プロローグ 

文字数 2,219文字

 皆さんは寝ることが好きだろうか?

 私は寝ることが好きだ。
 眠っている間は余計なことを何一つ考えなくてもいい、煩わしい人間関係も将来への漠然とした不安も。
 
 私は昔から良く寝る人間だった。
 暇があれば寝る、暇が無くても寝る、疲れたら寝る、課題があっても寝る。
 授業中も、両親の運転する車の後部座席でも、床屋でも、どこでもだ。

 私は寝ることが好きだった。

 それと同時に私は良く夢を見た。
 好きなものを食べる夢、欲しかったものが手に入る夢、自分の夢がかなった夢。
 私が子供のころの夢は具体的でかつ明るいものが多かった。

 だから時たまにに見る恐ろしい夢に怯えたものだ。
 小さい頃、私がまだ両親と四つ年上の姉と同じ寝室で眠っていた時の事だ。

 十二畳ほどの和室に四人が並んで眠る。
 窓側から父、姉、私、母の順で布団を敷いて眠っていた。
 
 夜、私が目を覚ますと体が全く動かない。
 心霊番組で金縛りというものの存在は知っていたが、本当になるなんて思ってもいなかった。

 体は硬くなり、私は布団の中で気を付けの姿勢のまま動けずにいた。
 まだ小さかった私は初めて体験する金縛りに、驚きと興奮を覚えずにはいられなかった。
 ワクワクしていたと言っても過言では無い、ここからどうなるのか? 本当に幽霊は出るのだろうか? 
 そんな感情ばかりが沸き上がる。
 金縛りは良く、上から押さえつけられるような苦しみや、息苦しさと同時に語られる。
 だが、その時の金縛りにはそういった不快感は無く、ただ体が動かないだけだった。

 そんなワクワクが恐怖に変わるのに、そう時間はかからなかった。

 私たちの寝室は二階にあり、ベランダは無く窓を開けるとすぐ外に繋がっている。
 そして寝る前に、家中の窓のカギを閉めるのは私と母の仕事だった。
 もちろんこの日も家中の窓という窓に鍵をかけた、そして二階の窓の鍵を閉めたのは他でもない私だ。
 
 だが『それ』はいとも簡単に私たちの寝室に入ってきた。
 音もなく静かに鍵をかけたはずの窓が開き、黒い人影が父の横に立つ。

 豆電球のオレンジ色の光のおかげで、そこに誰かがいるのは分かるのに誰かは全く分からない。
 恐怖におびえる私を他所に、両親と姉はすうすうと寝息を立てている。

 そして黒い人影は、父の顔を覗き込んだ直後にその胸に包丁を突き立てた。
 私はパニックを起こしていた。
 逃げなければ、周りに知らせなければと体を動かすが、声は出ず更に体も動かない。

 父の胸から『それ』は包丁を引き抜く、よほど深く刺したのか引き抜くときに父の体が少し浮いていた。
 次は姉だった、姉の胸にも包丁が突き立てられる。
 二度ほど体をびくつかせてから、姉の寝息が止まる。

 次は私の番だ、暴れたいのに暴れることが出来ない。
 助けて、とどれだけ叫んでもそれは言葉にならない。

 そして私に向かって包丁が振り上げられた。

 何度も、何度も刺す。
 私の事を執拗にその人影は刺している。
 何度も何度も何度も刺す。

 前の二人は一刺しで終わらせたのに。
 どうして一度で終わらせてくれないのか? 

 体を何度も包丁で刺されて苦しく痛いはずなのに、不思議と頭は冷静だった。
 刃が突き立てられるたびに体が揺れる、少しずつ視界が狭まる。

 目の前が真っ暗になった瞬間目を覚ます。
 そこにはいつも通りの朝があった。

 私が最後に起きたらしく、すでに他の三人の姿はない。
 ここでようやく昨晩の出来事が夢だったという事に気付き、私は階段を転がるように駆け降りる。
 朝食の用意をする母の姿を見て、やっと肩の力が抜けたのだった。

 後に知った事だが、刺される夢というのは悪い意味ばかりではないという事を知った。
 だが幼い私にとって、家族が刺される夢は不吉なものでしかなかった。
 それから少しの間は、眠る事が恐ろしかったことを今でも覚えている。


 それからも夢はよく見たが、あれほど恐ろしい夢は無かった。
 学生の頃は子供のころと夢の中身はそう変わらない。
 欲しい物を買った夢、テストでいい点を取った夢……恐ろしい夢といえば精々部活の顧問に怒鳴られる夢くらいなものだ。

 兎にも角にも、私の昔見ていた夢には共通点があった。
 
『嬉しい出来事』

『自分が体験した事のある出来事、もしくはこれから起こりうる出来事』

 という点だ。


 物を買う、いい点を取るなどは私にとって嬉しい事だ。
 また、夢の中身は自分が過去に体験した事を思い出すような夢。
 もしくはこれから起こってもおかしくない出来事を夢として見ていた。
 そしてそのどれもが具体的だった。

 この二点が、多く当てはまるような夢を私は見ていた。


 だが一月前から見始めた夢は何かがおかしいのだ。

 明らかに、今までの夢とは一線を画いている。
 
 嬉しくも無い、体験した事も無い、そしてこれから起こりうる可能性も限りなく低い。

 一体なぜこんな夢を見るようになってしまったのかは分からない。
 私は、あの意味不明な夢を一人で抱えているのが恐ろしくなった。
 調べれば大概の事が出てくる世になったにもかかわらず、どれだけ調べても出てこない夢を。

 だから私はそれを文にすることにした。
 空想だと思ってくれても構わない、頭がおかしいと言われても仕方ない内容だと言う事は承知の上だ。

 だが私は自分が見た夢をそのまま文にするだけだ、何と言われても私がこれから書く内容の夢を見た。
 それだけは揺るがない事実なのだから。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

 本作の主人公。

 どこにでもいる、平凡な男。

 一月前から奇妙な夢を見始める

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み