第2話 10枚の絵

文字数 530文字

「しかし、悪趣味だなあ。」
部屋も、落書きも。
昭和の末期に建てられたラブホテルは、赤を基調とした壁と床に、ピンクのシーツのベッドが置かれている。シャンデリアを模した照明の、錆び付いた金色の装飾はもう輝かない。赤もピンクも塵に塗れてくすんでいるが、却ってその方が良いと思えるような、目に刺さるデザインだ。
僕は玉座のように回転ベッドに寝そべると、天井の、何も写らない鏡を仰いだ。
ここの落書きは全部で10枚。女が子を宿し、男と交わり、殺される過程が下手くそな文章とともに描かれている。
全てを写真に収めた瞬間に女が襲ってくる、とか、全てを見ると呪われる、とか、どぎつい噂話が蔓延してることは知っている。
「流石に、何も棲んでないってことはないだろうし、絶対強そうだよね。」
僕の狙いは、噂の主をこの身に取り込むこと、そして、僕がこの廃墟の王になることだ。
「もう死んでるから、怖いものなんてないしね。」
透けた手を鏡に伸ばし、自嘲した。ここに来る前は、美しい海辺の街にいた。そこで自分より強い霊に襲われ、弱らされてここに辿り着いた。
これ以上、弱ったら、消えてしまうのだろうか。
消えて何が困るのだろうか。
「消えるのも怖くないんだけどね。」
割れた窓を、賑やかなエンジン音が震わせる。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み