第2話 破
文字数 1,030文字
「――え。ちょっと、このキャラ……ここで殺しちゃうの?」
友人の描いた漫画を読んでいた絵実 は、ページをめくる手を止めて顔を上げた。
視線の先では、それを描いた本人である白奈 が悪戯っぽく笑みを浮かべている。彼女らは同じ大学の文芸イラストサークルに所属する友人同士だ。
今日も二人は、絵実の部屋にて安酒を傾けながら、互いの漫画を批評し合っていた。
「まったく、思い切った事描くなぁ」
「まぁね。ヘイトも溜めたし、ここら辺で退場! なーんてね」
無邪気な笑顔を浮かべながら、クビを切る仕草をしてみせる。天真爛漫に振る舞いながらも、彼女は生々しい人間の心理を描き出すのが特異な作者であった。少しばかりそれを羨ましく思う絵実はと言えば、とにかく線の迫力が持ち味の、絵で魅せる作風を得意としている。長所がそれぞれ違うのだから、相手を羨ましく感じるのも無理からぬことであった。
「あ、白奈。そろそろ時間じゃない?」
時計を見やる絵実に対し、急いで白奈が立ち上がる。
「いっけない! ごめん、それじゃあ今日は帰るね!」
白奈には、付き合っている男子がいる。時計の針は、彼がそろそろバイトを終える時間を示していた。
彼女の研ぎ澄まされた心理描写は、現実の経験に裏打ちされたものと言える。サークルを三つも掛け持ちし、多くの飲み会やイベントに顔を出す社交性。その経験則が注ぎ込まれた作品だからこそ、彼女の描く世界では無数の住人が息づいているのである。
「……いいなぁ」
白奈が帰宅した後、絵実は小さく言葉を漏らす。
自分の作品が限界に来ている事に、彼女はとうに気が付いていた。
絵実の漫画の特徴は、その絵にある。基本的なデッサンも上手いし、技術も十二分にある。先述の通り、迫力などはサークルの誰にも負けていない。
だが、そこ止まりなのだ。
要するに、中身がイマイチ欠けているのである。絵実の作品の面白さはガワだけ。誰かに言われた訳ではないが、白奈の引き込まれるような漫画を見ていると、その現実を叩きつけられたような気分になる。
「あと、四ヶ月かぁ……」
自身が女子大生として応募できる最後の漫画コンクール、その締切まではあと四ヶ月。白奈も応募するだろう。彼女は内容も然ることながら、絵も人並み以上には上手い。良い所までいくはずだ。それを考えると、やはり負けたくない気持ちに火が灯る。
その晩絵実は、自身の漫画を何度も何度も読み返した。
友人の描いた漫画を読んでいた
視線の先では、それを描いた本人である
今日も二人は、絵実の部屋にて安酒を傾けながら、互いの漫画を批評し合っていた。
「まったく、思い切った事描くなぁ」
「まぁね。ヘイトも溜めたし、ここら辺で退場! なーんてね」
無邪気な笑顔を浮かべながら、クビを切る仕草をしてみせる。天真爛漫に振る舞いながらも、彼女は生々しい人間の心理を描き出すのが特異な作者であった。少しばかりそれを羨ましく思う絵実はと言えば、とにかく線の迫力が持ち味の、絵で魅せる作風を得意としている。長所がそれぞれ違うのだから、相手を羨ましく感じるのも無理からぬことであった。
「あ、白奈。そろそろ時間じゃない?」
時計を見やる絵実に対し、急いで白奈が立ち上がる。
「いっけない! ごめん、それじゃあ今日は帰るね!」
白奈には、付き合っている男子がいる。時計の針は、彼がそろそろバイトを終える時間を示していた。
彼女の研ぎ澄まされた心理描写は、現実の経験に裏打ちされたものと言える。サークルを三つも掛け持ちし、多くの飲み会やイベントに顔を出す社交性。その経験則が注ぎ込まれた作品だからこそ、彼女の描く世界では無数の住人が息づいているのである。
「……いいなぁ」
白奈が帰宅した後、絵実は小さく言葉を漏らす。
自分の作品が限界に来ている事に、彼女はとうに気が付いていた。
絵実の漫画の特徴は、その絵にある。基本的なデッサンも上手いし、技術も十二分にある。先述の通り、迫力などはサークルの誰にも負けていない。
だが、そこ止まりなのだ。
要するに、中身がイマイチ欠けているのである。絵実の作品の面白さはガワだけ。誰かに言われた訳ではないが、白奈の引き込まれるような漫画を見ていると、その現実を叩きつけられたような気分になる。
「あと、四ヶ月かぁ……」
自身が女子大生として応募できる最後の漫画コンクール、その締切まではあと四ヶ月。白奈も応募するだろう。彼女は内容も然ることながら、絵も人並み以上には上手い。良い所までいくはずだ。それを考えると、やはり負けたくない気持ちに火が灯る。
その晩絵実は、自身の漫画を何度も何度も読み返した。