第2話

文字数 16,179文字

「金なしのマジシャン兼探偵 後編」

 新藤が依頼人であるスミレの元を訪れたのは依頼を受けた翌日のことだった。場所は新藤がいつもマジックを披露している小さな公園だ。砂場とブランコ、後はベンチがあるだけで今日は他の子供の姿もない。
「すみませんね、わざわざ再び会うことになっちゃって」
 よれよれの服装に古びた帽子、首元には目をひく赤いスカーフが巻かれている。マジックを演じる時と同じ格好で新藤は愛想笑いを浮かべていた。
「いえ、それは別にいいんですけど。あの、この人は?」
 ハチの姿を見たスミレは少し驚いた顔をした。新藤は帽子をかぶり直しながら溜息を吐いた。
「あー、俺のまあ協力者みたいな感じ。一度依頼人に自己紹介したいってうるさくてな」
「初めまして! 僕は新藤英之探偵事務所の事務員兼探偵助手の小林です!」
 この時を待っていたと言うようにハチは胸を張る。予想もつかなかった自己紹介に新藤は更に溜息を吐いた。
「……自称な? 俺は事務所なんか持ってねえし、お前を事務員や助手にした覚えもねえ」
 シミだらけで壁の薄いあの部屋を事務所と言うのなら自室つきの一軒家なんかは豪邸扱いだ。
「いいじゃないですかー! 僕は大恩人である先生と一緒にいたいんですー!」
「はいはいわかった。わかったからお前ちょっと黙れ」
 二人のやり取りにスミレは初め戸惑った様子を見せていたが、少しだけ微笑んだ。
「仲、いいんですね。少しだけうらやましいです」
 それからスミレに改めて詳しい依頼を聞いた。
「失くしたキーホルダーは仲のよかった知り合いの手作りなんです。だからどうしても見つけたくて」
 自宅の周りや学校の教室など一応思いついた場所は探したらしいが見つからないらしい。
「こんな感じの小さいキーホルダーなんですけど」
 スミレが手書きで見せてくれたのは金淵に彩られた四つ葉のクローバーだった。上には金の金具がついている。
「ふーん、上手い絵だな。でもなんで紐だけ残して落とすんだよ。金具だってあるのに」
「実はもらったのが中一の終わり頃で、劣化で一度金具が外れたんです。だからテープとかで色々補強してて……」
 元々ボロボロだった物がある日不意にポロリと落ちた。ありえない話ではない。
「じゃあポスターとかSNSで周囲に呼び掛けてみるとかどうです? そうすればすぐに見つかるかも」
「……絶対駄目です!!」
 突然スミレが目を向いて大声を出した。
「そんなことしたら、気持ち悪いって思われるに決まってます! それが秩序です! 正しいんです!」
「おい、急にどうした。そんな興奮して」
 秩序? 正しいこと? 思いもよらなかったスミレの言葉を二人は困惑しながら聞いた。
「……なんだかよくわかんねえけど、気持ち悪くはねえと思うぞ? たぶん……」
 瞬きしながら新藤は再度言った。
「逆になんで、気持ち悪いって思うわけ?」
 するとスミレはしばらく口をもごもごさせたあと、小さく呟いた。
「……当たり前のことを言っただけじゃないですか」
 思わぬ答えに新藤はハチと困惑しながら顔を見合わせた。
「スミレさんって……なんつうかさあ」
「す、すみません。僕が変なことを言ったせいですよね?」
 落ち込んだハチを見てスミレは我に返ったようだった。
「いえ、悪いのは全部私なんです。……SNSは見るのも嫌ですし」
 そんなことよりキーホルダーを探しましょうと笑うスミレの笑顔を新藤はどこか痛々しく感じていた。

 その後とりあえず三人で手分けして公園内を捜索した。この公園は遊具と言えばブランコとジャングルジムと砂場だけだ。だが市の管理がお粗末なのか端の方に目をやれば空き缶などのゴミが捨ててあった。
「僕、公園はもうちょっと綺麗な物だと思ってたんですけど」
 ひしゃげた空き缶を手でどけながらハチが顔をしかめた。
「こんなもん、ホームレスたちがたむろしているゴミ捨て場に比べたらかわいいもんだぜ? 生ゴミや食べ残しなんかがあって臭いんだから」
「う……僕絶対そんなところで暮らしたくありません」
 公園の周りを囲うように生えている木々の間からも泥だらけになった菓子の袋やらボロボロになったビニール紐など……。キーホルダーは見つからない。
「なぜこの公園に落ちていると思うわけ?」
 地面に顔を張り付けるようにして新藤はスミレに向かって問う。それに対して探す手を止めることなく彼女は答えた。
「……だって外でスマホ出した記憶ってここぐらいしかなくて」
 どこかすねたような口調はまるでいたずらをとがめられた子供のようだ。その時新藤の目線が小さな光る物をとらえた。
「あ! あそこの草むらの影、なんか光ってるぞ」
 声を弾ませながら新藤は手をのばす。しかしそう簡単に物事が終了する訳もなく……。
「なんだ。ただのプラスチックの欠片みたいですよ。キーホルダーじゃなさそうです」
「そう、ですか。残念ですね」
「先生、驚かせないでくださいよ」
 溜息を吐いていると新藤は近くでやや鼻につく匂いがかすかにした。見るとスミレは左腕をさすっていた。新藤はわざとらしく声をかけた。
「スミレさん、手首のところ汚れてるぞ。土はちゃんと落とさないと」
「あ、そうですか? ありがとうございます」
 しかしそばにいたハチが首をかしげながら言い返す。
「汚れなんてないですよ? ほら間違いなく」
 スミレの顔はハチの声を聞いて引きつっている。それを見て新藤は明るい声を出した。
「ハチ、そこはのっかってくれよ~。スミレさんの顔が引きつっているじゃないか」
「え!? 先生冗談なんて言うんですね」
 二人のやりとりをスミレは瞬きしながら見つめている。やがて彼女はかすかに笑いながら言った。
「私も――があったらお二人みたいな関係になれたかな」
 かすかな声で新藤もハチも伏せられた言葉は聞き取れなかった。

「スミレさん、よっぽどあのキーホルダーが大事なんですね。早く見つけてあげないと」
「……」
「先生? 黙っちゃってどうしたんです?」
「ん? いやなんか引っかかるんだよな。色々とさ」
 何かあった時のためにすぐに知らせられるように連絡先は交換したが、どうもこれから何度も使うことになりそうだ。
(生ゴミは慣れたが血の匂いはどうも慣れないな……)

 数日ほど公園を含めてキーホルダーが落ちてそうな場所を捜索してみたがさっぱり見つからない。
「なあもし仮に見つからなかったとしてもまた作ってくれた友だちに作り直してもらったらどうだ? もちろん俺もできるかぎり探すが」
 ある日再び公園であったスミレに新藤はこんな提案をした。
「今の私は会えないんです。連絡だって取れないし、何より……」
 ベンチに座りながらうつむいて小さく呟いた。
「私、その人のこといじめていたんです。今更『友だち』なんて言えませんよ」
 その言葉は新藤ではなくスミレが自分に向かって言い聞かせているようだった。
「ふーん、じゃあその腕の怪我は仕返しでもあったのかな? 正面からなら相手は左利きか?」
 新藤が指摘するとスミレは目を見開いた。そして自分の左腕を握りしめる。
「……なんのことですか?」
 それでもわざとらしく首をかしげて問いかける。
「昨日出会った時腕の動きがやけにぎこちなかったから。単に服が汚れるのが嫌な訳でもなさそうだったし?」
 ついでにわずかながら血の匂いがしたことを話すとスミレは観念したように肩の力を抜いた。
「あの時から気付いていたんですか。助手の子は騙せたようですが」
「あー、俺はちょっと血の匂いに敏感だから。最近も切ったんだろ?」
 スミレは無言で左腕の袖をめくる。そこには数本の細い切り傷があった。絆創膏は貼ってあるが、はみ出た部分からは僅かに血が滲んでいる。
「……気を使わせないように隠していたつもりだったんですけど」
「隠そう隠そうって思うほど、他人の目を引くもんさ。マジックだってそうだしな」
 穏やかに新藤が微笑むとスミレは大きく目を開いた。
「そう言えば新藤さんってマジックもしてましたね。……変人の詐欺師ですけど」
「その変人に依頼をしたのは君だろ? 友人にも家族にも頼むことなくだ。あと詐欺師は勘弁して。俺の心はデリケートなの」
 あえて報酬をもらっていないだけでマジシャンも探偵も立派な職業だ。ボロ雑巾のようなよれよれ衣装を着た新藤が言っても説得力はないかもしれないが……。
「なんでわざわざ俺みたいなやつに頼んだ?」
 ただの物探しかと思いきや面倒なことになりそうだ。しかし今更知らぬふりをして放り出すことは新藤にできなかった。
「新藤さんが、私のことよく知らないから」
 膝に置いた荷物を握りしめうつむきながらスミレの声がもれた。
「私を知っている人は都合のいい答えしかくれないから。『あなたは何も悪くない』って」
 自分がした悪いことを知り合いは誰も悪いと言ってくれないから、とスミレは繰り返した。スミレにとっての大切な「友だち」に悪いことをした時も誰も怒らなかったと言う。
「……なあ、その友だちのことについてもう少し詳しく教えてくれないか?」
 新藤は思わず続きを聞きたくなってしまった。
「私はこれ以上」
「俺は中途半端な依頼は受けない」
 新藤の一喝に顔をこわばらせた後、ポツポツとスミレは話し始めた。
「その人って言うか友だちと言えなかった知り合いの女の子なんです。キーホルダーをくれた私にとっては大切な人で」
 スミレには中学時代に仲良くしていた人が二人いた。だがそのうちの一人に本当は仲良くなりたいのに暴言ばかり吐いていたらしい。
「私なんにも悪いことしてない人に暴言吐いたんですよ? 結局最後まで謝らなくて……!」
 中学を卒業して以来その人とは連絡がとれていない。他の人に聞いても誰も連絡をとれていない。だから謝りたくても今更どうしようもない。
「暴言吐いたのはどうして? その人が気に食わなかったから?」
 新藤の質問にスミレは勢いよく首を横に振って否定する。
「……その人が、昔裏切られた先生に似ていたから」
 そこまで言った時スミレの目から涙が次々溢れた。
「私、小学六年の頃にクラスメイトからいじめられたことがあって……!」
 興奮か、あるいは軽いパニックかスミレの言葉はどこか断片的だ。それでも新藤はできるだけ口を挟まず話を全て聞くことにした。
「当時の先生に相談したらいじめられるお前が悪いって言われたんです」
 きっかけはクラスメイトの数人からいじめを受けたことだった。身体的な暴力や嫌がらせの落書きなど、持ち物を隠されたり壊されたりするのは日常茶飯事だったそうだ。それくらいあれば担任の教師が多少は動きそうだが、面倒事が増えることを嫌ったスミレの担任はいじめを隠蔽しようとした。本来守られるでき立場であるいじめの被害者を脅迫する形で。
「……私、少なくとも先生だけは味方でいてくれると信じていたんですけどね」
 普段は人の悪口を言ってはいけないと指導している人物からいじめを擁護する言葉が飛び出した。子供にとってもショックな出来事だっただろう。
「裏切られるのが嫌で、悪口言われるのが嫌で! だから、だからもういっそ誰とも仲良くならない方がいいんじゃないかって思って……! 優しくしてくれた大切な人に、『どっか行って』『馬鹿にしないで』とか暴言ばかり吐いて……! 毎日ですよ!? 中学卒業するまでずっと! ほんっと最低なんですよ私は!!」
 新藤の脳裏でハチの笑顔がふと浮かんだ。あの時少しでも会う時期がずれていたら彼もここまでボロボロになっていたんだろうか。今この場にハチがいなくて本当によかった。
「……でもその友だちからキーホルダーをもらったんだよな? ずっと嫌なことされてもそこまでしたんだ。スミレさんのことは大切に……」
「大嫌いだったに決まってるじゃないですか! 誰が毎日暴言吐いてくる人好きになるんですか!」
 新藤の言葉を遮るようにスミレは言った。
「四つ葉のクローバーには意味があるんですよ。『私を忘れないで』って花言葉が。だから忘れちゃ駄目なんです。ずっとずっと、自分がしたこと忘れるなってことでしょ」
 自分に暗示をかけるようにかみしめて話すスミレの姿は痛々しさがあった。
(……真面目過ぎるタイプだな。責任感が強すぎると言うか)
「大切な人の名前、さくらって言うんですよ。花言葉もキーホルダーをくれた時に教えてくれました」
 もう話は終わりだと言うようにスミレは荷物を持ってベンチから立ち上がる。その背中に向かって新藤は呼びかける。
「スミレさん、君は本当にキーホルダーを取り戻したいと思ってる?」
 すると怒りの表情を浮かべてスミレは振り返る。
「当たり前じゃないですか! じゃないとおかし……」
「その『友だち』本人に会うことよりも? 建前なんか聞いてない。君の真の依頼は本当にそれでいいの?」
 新藤の覚悟のこもった目を見てスミレは一瞬言葉が出なかった。だがやがて力が抜けたように口を開いた。
「あのプレゼントは……」
 スミレの目元で新しい涙が光る。
「もう会うことが許されない人の代わりなんです」
 その言葉を言い終わると振り返ることなくスミレは公園を出て行った。
「許されない……ね」
 一人残された新藤は誰にも聞かれることない言葉を吐く。そして無意識に首元のスカーフに触れる。
「まだあんたは間に合うだろ。ふざけんなよ」
 自分でも驚く程の低い声が出た。
 
 帰り道を歩きながら新藤はスマホで検索をした。するとしばらくしてスミレの話に類似する記事が出て来た。
「『小学校教師、教え子のいじめを隠蔽か――』当時は騒がれた出来事だったんだな」
 画面をスクロールすると文字の羅列が出てくる。被害者に対する罵倒のコメントの履歴を見てスミレがなぜSNSを嫌っていたのかわかるような気がした。
 新藤が一人でアパートに戻ると大家に会った。しかし今日持っているのはほうきではない。
「へえ、珍しい。誰かからもらったんですか?」
 大家は手に小さな花束を抱えていた。種類はわからないが、赤やピンクなどの色鮮やかな花がある。
「来週アパートを出る人がいてね。今までお世話になったからってその人からもらったんだよ」
「お世話になったから花、か」
 スミレのことを思い返し新藤は思わず声がもれた。
「なあちょっと聞きたいことあるんだけどさ」
 新藤の言葉を聞いた時大家は眉をひそめた後溜息を吐いた。
「……どうせ探偵ごっこの話だろ? いい加減真面目に働いたらいいのに」
 大家の小言を聞き流しながら新藤は疑問をぶつけた。
「大嫌いな人に花をプレゼントしたりしますかね? 毎日自分に向かって悪口言ってくるような人に」
 スミレが探しているキーホルダーは手作りだと言っていた。
「まあ、人によるんじゃないかい? あたしは花を贈るなんかしないけど」
 新藤はその中で少しだけスミレのことを話した。昔喧嘩した人からのプレゼントを探しているぐらいの簡単なものだが。
「数日ぐらい俺のマジックを見てくれている人なんだけど」
「なんだい、あんたそんなに仲よくなっていたのかい?」
 新藤は駄目元で例のイラストを見せた。案の定、大家は首を振った。
「知らんね。まあどっかそこら辺にでも落ちてるんじゃないかい?」
 投げやりに言い放つ。元から大して期待はしていない。軽く礼を言った後自分の部屋に戻ろうとした。
「あ、ちょっと待ちな」
 立ち去ろうとした新藤を不意に大家が呼び止めた。
「例えば直接は言い辛いことをメッセージにしたかったとか。まあ相手の解釈にもよるだろうけどさ」
 ――周りは私に都合のいい答えしかくれないから。
 ――四つ葉のクローバーには意味があるんですよ。『私を忘れないで』って花言葉が。だから忘れちゃ駄目なんです。
「そうか、そう言う考えもあるのか」
 一つ考えを思いついた。上手くいけばスミレの涙を止めることができるかもしれない。
「ありがとうババア! 俺再来月こそは家賃払うよ!」
「誰がババアだ! 後何さりげなく来月まですっ飛ばしてんだい!」
 大家の罵声を聞き流しながら新藤はアパートとは逆方向に駈け出した。

 その足で新藤が訪れたのはアパートの近所にある小さな花屋だった。
「いらっしゃいませ。あら新藤さん、またマジック用の花ですか?」
「いや今日は探偵業として来てるんだ。マジシャンとしては今度な」
 出迎えてくれたのは黒髪でポニーテールの女性だった。この店の制服でもあるピンクのエプロンを身に着けている。
「早苗さん、すっかりオーナーの姿が様になってるよ」
「そうですか? 新藤さんにそう言ってもらえて嬉しいです」
 早苗の言葉に微笑んだ後、その場で頭を下げた。
「早苗さん、花言葉について詳しく教えてくれないか? 依頼者のために必要なんだよ」

 翌日の夕方、新藤は協力者と情報共有をしていた。しかし思いがけず知ったスミレの過去や花屋のことは伝えていない。今はあくまでスミレの最初の依頼が優先だ。
「ハチ、そっちの方はどうだ? 何か手がかりはあったか?」
「駄目ですね。一応近くの交番とかにもあたってみたんですけど」
 いつもの公園の近くを歩きながら新藤は盛大な溜息を吐く。手にしたスマホからは相変わらずハチの声がする。
「あの先生、僕の方からSNSで情報提供を呼びかけましょうか? スミレさんだって必死に探してはいるんでしょう?」
「……っ!」
 今ここで情報提供を呼びかけたとして万が一スミレの過去の記憶がほじくり返されるのはまずい。ましてやハチはまだ彼女の過去を知らないのだ。もしハチのトラウマまで刺激してしまったら……!
「……あー、最終的にはそうしてくれ。だがあくまで依頼者の気持ちに寄り添え、わかったな?」
 念を押して新藤は電話を切る。改めて歩き出そうとするとはしゃいだ声に呼ばれた。
「あ! マジックの兄ちゃんだ!」
 後ろを振り返るといつも新藤のマジックを見てくれている小学生の男子三人組だった。
「ねー、なんで最近はマジックやんないの? 俺ら毎回楽しみにしてんのに」
 スミレの依頼を受けてから新藤はしばらくマジックショーを休止していた。元々探偵業と並行してやっているから週に二回できたらいい方だ。だから一週間以上何もなかったら楽しみにしている方は寂しいだろう。
「ごめんな、近いうちに必ずマジックをやってやるから待ってろよ」
 子供たちと視線を合わせるように新藤はかがんだ。
「最近兄ちゃんのマジック見てないから、俺らで宝さがしごっこやってんだ」
「宝さがしごっこ?」
「そう! 拾ってきたやつとか自分の物を使って公園内に埋めるんだ。それで時間内に見つけられたら勝ちってやつ」
 スマホゲームなどの室内でもできる娯楽がある現代で随分と原始的な遊びをする子供たちだ。まあ確かにこの公園内は常に色々な物が転がっているから宝さがしとしては悪くないだろう。
「最近きれいな飾り見つけたんだよ。中に花が入ったやつなんだ」
 不意に子供が発した言葉に新藤は大きく目を見開く。脳裏にスミレが探していたキーホルダーの映像が浮かび上がる。新藤は食いつき気味に男子の両肩を掴んだ。
「それどこら辺に埋めたか覚えてるか!? 知り合いの女の子がずっと探してんだよ!」
 突然勢いよく両肩を掴まれた子供だけでなく周囲の子供まで新藤の変わり様に困惑していた。
「えーでも俺たちの宝さがし……」
「代わりの物なら俺が用意するから早く教えろ! 緊急事態なんだよこっちは!」
 新藤の迫力に圧倒されたのかしばらく考え込んだ後、子供は公園の端の方にかけて行った。
「あ、あった! たぶんこれだ」
 子供が掘り返したのは公園に生えている木の根元付近だった。しかも穴を掘った上に土と枯れ葉を大量にかぶせてわかりにくくしていた。
「……まさに、灯台下暗しだな」
 その現場を見ていて思わず新藤は呟いていた。
 土の中にうもれていたのは四つ葉のクローバーが入ったキーホルダーだった。間違いなくスミレが探していたプレゼントだった。

「それじゃあ僕らが最初に探したところにずっとあったってことですか!?」
 新藤から連絡を受けてとんできたハチは拍子抜けした顔をしていた。色々な意味で驚いているのは新藤も同じだ。
「そうみたいなんだよな。土の中に埋もれていたって言うのは考えつかなかった」
「じゃあさっそくスミレさんに連絡してあげましょうよ! きっと喜びますよ!」
 今にも駈け出しそうな様子のハチとは反対に新藤は暗い表情を浮かべていた。
「私を忘れないで」は四つ葉のクローバーの花言葉だ。葉の部分が変色していることから本物かもしれない。いやおそらくそうだろう。
 だがスミレにとっては悪いことを忘れるなと言う別の解釈をしている。新藤の脳裏にスミレの泣き顔が浮かんだ。
「……これはある意味呪いだな」
 新藤はキーホルダーを眺めながら立ち上がった。そしてハチの方を振り向く。
「ハチ、この件は一旦保留だ。準備が整ったら人探しするぞ」
「え……? どういうことでしょう?」
 思いがけない台詞にハチは困惑した表情を見せた。
「こっから先はマジシャンの仕事だ。少なくともショーが終わるまでネタばらしは厳禁な?」
 にこやかに笑いながら愛用の帽子をかぶる。手にはスミレのキーホルダーをしっかり握っていた。
「まずちょっと依頼者の高校に不法侵入……じゃなくて聞き込みしてくる。真面目で素直じゃない依頼者の本心をこじ開けるためにな!」
 片手を振って新藤は去って行く。あとには困惑状態のハチと大家だけが残された。
「……今、あいつ不法侵入って言わなかったかい?」
「はい、確かに。以前も僕の学校に忍び込んで警備員と追いかけっこしてました」
 当時を思い返しながらハチは肩をすくめる。あの騒動は今でも時々話題になるくらいハチ以外の人間も記憶に残っている。
「はあ!? 前々からやばい人とは思っていたけどそれ程とはね……」
「いいんです。新藤さんがああまでしてくれたから僕は救われたんですから」
 迷いのないはっきりとしたハチの口調に大家はただ目を丸くしていた。
「……ま、あいつはとびっきりの変人だけど悪い奴ではないからね」
 大家もかつてある意味新藤に助けられた一人だったから。

「スミレが中学の頃の話? 探偵さん落とし物探してるんでしょ?」
「まあ一番の目的はそれなんだけどさ、ちょっと気になることあってね」
 新藤が訪れたのはスミレが通っている高校だった。中高一貫校なこともあってスミレの過去の情報を集めることは難しくなかった。
「ネットニュースで読んだんだけどスミレさんが小六の時にクラスメイトからいじめを受けていたって」
「……正確には一部のクラスメイトと担任の先生からね。うん、かなりきついやつを」
 奈津子という女子高生は話しながら唇を噛んでいた。中学の頃からスミレとは親しいらしい。初めて情報を知った新藤でさえ顔をしかめるくらいだ。親しい人からすればもっときついだろう。
 下校途中スミレと並んで出て来たところを新藤は見つけ一人になったところで声をかけた。彼女は当然最初こそ驚いていたがスミレの探し物について断片的に話すと納得したようだった。
「私はその時違う学校だったからあんまり知らなかったけど、今だったら少なくともクラスメイトの一人は殴ってもいいんじゃないかなって思う」
 心底腹立たしそうに奈津子は言い捨てる。友人とは言えここまで心配しているのは日々のスミレの性格もあるだろう。
 ネットの中では一時期さらし者にされ、顔も事情も知らない相手からは叩かれまくった。それでもスミレは小中学と長期的に休むことはなかった。
「仮に学校に通うとしても週に二回からとか制限つけるとか。いっそ通信制の学校に編入するとか……色々あったと思うけど。スミレ、一回も学校休んだりとかなかったんだよね」
 スミレのいじめを教師が隠蔽し更に暴言まで吐いていたと言う事実は一時期ネット内では話題になった。すぐに削除されたが被害者となったスミレの個人情報まで出回ったことさえあった。
「君から見て、当時の彼女はどう見えた?」
 感情をあふれさせないようできるだけ平坦な声で新藤は尋ねる。そうしないと当時のスミレの感情が自分にまで移ってしまいそうだった。
「なんて言うか怯えてた。ずぅと周りの顔色うかがいながら過ごしてるって言うか……。昼休みになるとトイレでこっそり吐いてたりもあったな。人が怖かったんじゃないのかな」
「……おそらく、そうだろうな」
 善意や悪意によって自分のトラウマがネットで話題となった。第三者から見たらただのちょっとおもしろいネタだったとしても本人は辛い。
「私を含めた周りもどう接していいかわからなくってさ。中学になってメンバーが変わってもみんなどこか遠巻きに見てるしかなくて」
 自分たちのすぐ近くで被害にあった人がいる。それは周囲の好奇心を高めるだけでなく巻き込まれたくないと言う想いも芽生えてしまう。
「でも、さくらだけは違ってた」
 手に持った荷物を握りしめながら奈津子は言った。
「人が怖くて疑心暗鬼になっていたスミレに向き合っていた。騒動のことも知っていたはずなのにさ」
 私は先越されちゃったんだよね、と奈津子は苦笑する。新藤はスミレの話と照らし合わせながら再度問いかけた。驚きで目を丸くしながら。
「そのさくらさんをいじめていたってスミレさんから聞いたんだけど」
 すると奈津子は目を丸くした。
「スミレがさくらにいじめ? まあ確かに最初のうちは言い過ぎな言葉もあったけど、それでもさくらの方は全然気にしてないって笑ってたし」
 スミレやさくらから何気なく尋ねてみても精神的にくる暴言も身体的な暴力も一切なかったそうだ。
「むしろスミレの方が気にしてたな。さくらがいないところで馬鹿とか言ったことをずっと悔やんでた。『離れた方がさくらを傷つけなくてすむのに私が弱いせいで』って」
 そんな板挟み状態で君は平気だったのかと新藤が聞くと奈津子は大きくうなずいた。
「よく三人で遊んだりお昼食べたりしましたもん。スミレはほら、過去に色々あったから逆に自分を責めちゃってたんでしょ」
 スマホから見せてくれたスミレたちの写真はどれも楽しそうな笑顔があふれていた。写真の中にショートカットの女の子が写っている。この人がスミレの友人のさくらなんだろう。
「じゃあさくらさんがスミレさんと連絡をとらなくなったのは」
「……よくある自然消滅って感じだと思いますよ? 大半の子がエスカレーター式に進学していきましたけど、さくらは別の高校に進学しましたから」
 これでようやく新藤にもことの全体像が見えてきた。あと知りたいのは一つだけだ。
「さくらさんの連絡先、知ってたりしないか?」
「それスミレからも聞かれたな。でも家に行ったりしてる訳じゃないから詳しくは。SNSやってたってぐらいしか」
「結構だ。どこだか教えてほしい。あとはこっちで探しておく」
 奈津子から聞いたことをメモしながら新藤は考えを組み立てていた。
「ご協力ありがとう。じゃあこれからも彼女を支えてやってくれ」
 丁寧に頭を下げ新藤はその場を後にした。

「先生目の下のクマすごいですよ……?」
「そんなくだらないこと気にしなくていいから作業進めろ」
 ハチの声に顔を上げることなく新藤はさくらの過去のSNSの画像を凝視していた。写真に写り込んだ建物や風景を実際に見た景色とつなぎ合わせていく。特定班に頼めばもう少し手間も時間も短縮できただろうが、新藤はあえてほとんど一人で行っていた。
「どうして先生はもっと効率的な方法をとらないんですか?」
 作業を始めてから何度繰り返したかわからない質問をハチは再びすることになった。自分も一応手伝っているとは言え作業の八割は新藤が受け持っている。おかげで睡眠不足と目の酷使で新藤の顔色は誰が見ても悪い。スミレの高校で話を聞いてくると飛び出したかと思えば今日で三日間スミレの友人の居場所特定のために動いている。
 しかしそんな極限状態でさえ新藤の答えは変わっていない。
「スミレさんは特定班に一度心を殺されたんだ。二度も追い詰めるわけにはいかねえんだよ」
 一度も手を止めることなく作業を続ける。そのかいあって夜中の二時に新藤はずっとほしかった情報を手に入れた。

 奈津子から話を聞いた後、新藤はまた馴染みの花屋へ行った。
「早苗さん、ちょっと予約でとっておいてほしい花があるんだけど」
 顔色の悪い新藤を早苗は目を丸くして驚いていた。
「もしかして花言葉と一緒に私が教えた花ですか? それなりの値段がしますけど」
「いいんだ。金は俺が払うから」
 戸惑う早苗に半場無理やり料金を握らせた。手持ちの金は全てなくなったが構うことはない。今の自分にしてやれることは全てやる覚悟だった。
 空になった財布をふって新藤は苦笑しながらハチに明日指定の場所で待つように連絡した。
 こうして全ての準備を終えた後、スミレに向けてメッセージを送った。
 ――明日の午後五時、いつもマジックをしている公園に来てほしい。

「結論から言うとキーホルダーは見つからなかった。あちこち探したんだけどな」
 スミレと再会した時、新藤はまずそう言った。
「……そう、ですか。残念です」
 軽く瞬きをした後スミレは小さく溜息を吐いた。手には紐だけになったキーホルダーがスマホに絡みついている。
「スミレさんにプレゼントをくれた友人って酷いやつだよな」
 何の前触れもなく新藤はそう言い放った。突然のことにスミレは表情が固まっている。
「私じゃなくて、なんでさくらが悪いんですか……?」
 絞り出した声はどこか震えていた。
「挙句ちょっと優しくしてあげたら周りからいい人扱いだ。スミレさんはただ利用されてたんだよ、かわいそうにな」
「……それ、さくらのこと全部調べた上で言ってるんですよね?」
「いや、俺個人の考えだよ。でもほら中学生って色々あるじゃない。クラスでの自分の地位をよくしたいとか」
 スミレの雰囲気が怒りへと変わったことに気が付いていないのか新藤は更に話し続ける。
「さくらさんって実は最低最悪のクズ人間だったんじゃない?」
 その瞬間スミレの握り拳が新藤の頰に直撃した。
「私の……」
 スミレは涙を流しながら大声で叫んだ。
「私の大好きな人を、そんなに悪く言わないで!!」
 殴られた拍子に新藤の帽子が地面に落ちる。だが新藤の顔に驚きの表情はない。むしろ驚いているのはスミレの方だった。
「そうかよ」
 新藤は唾を吐く。わずかに血の味がしたが気にすることはない。
「……そんだけわかってたら、十分だ」
 帽子を拾い上げることなくふらつきながら新藤は立ち上がる。そしてズボンのポケットからもう一つの調査結果のメモを取り出した。
「ようやく自分の本心を言えたんだな」
 力なく笑いながらスミレに向けてメモを渡す。内容を見た時、スミレは驚きの表情を浮かべた。
「これ……もしかして」
「どうするかは自分で考えろ」
 メモはスミレの友人の、さくらの現住所だった。受け取るスミレの指先は小刻みに震えている。
「どうやって? だって誰も連絡先すら知らないって」
「これでも一応探偵なんでな。相手がSNSやってたって第三者から聞いて、あとはしらみつぶしだ」
 ほぼ不眠不休で作業した結果ようやく得られた情報だった。念のため現場に行って確認もしてある。あとはどうするのかはスミレ次第だ。
「でも今さら謝ったって怒られるだけかも」
「甘えるな」
 スミレの弱音を新藤はぴしゃりと切り捨てた。
「じゃあ何を今さらって怒られてこい。言いたいことがあるならちゃんと伝えろ」
 ここで言わないともはやチャンスはない。再び悩み出した彼女に向かって新藤は言い放った。
「謝りたい相手がちゃんといる。それってすごくありがたいことなんだぞ」
「……」
 無言のままスミレは再度メモの内容を凝視する。やがてはっきりとした口調で新藤に告げた。
「……ひとまず会って、聞きたかったこと聞いてきます」
 背を向けて足早にスミレは公園を出て行く。その背中を新藤は微笑みながら眺めていた。
(これで少しは彼女が前に進めるといいんだが)
 肩の力を抜くと今になって殴られた頬が痛み始めた。

「先生、大丈夫ですか!? 思いっきり殴られてましたけど」
 スミレが去ったのを見届けるとハチが慌ててそばに走り寄ってきた。ちゃんと指示通りスミレから死角になる場所で見届けてくれていたらしい。
「大丈夫だって。だてに毎回ババア……じゃなくて大家のほうき殴り受けてるわけじゃないし」
 落ちた帽子を拾い上げ新藤は笑う。
「あの、なんであんな酷いことを……? キーホルダーだって本当は……」
 言いかけたハチの言葉を新藤は手で制した。
「話す前に場所を変えるぞ。万が一、スミレさんに聞かれたらまずい」

「スミレさんの話によれば、プレゼントをくれた人をいじめてたんだそうだ」
 とにかくスミレが去った道とは逆方向へ足を進めながら新藤はまず切り出した。
「……いじめって具体的には?」
「暴言、と本人は言っていたが馬鹿とかぐらいだしなあ。いじめって言うより仲のいい同士の悪口? そんな感じだったよ」
 初めて聞いた時は拍子抜けした。殴り合いも精神的にくるような悪口もない。そこまで言って新藤はハチの方を向いた。
「もしかして嫌なこと思い出したか?」
 かつてのトラウマを言われていい気はしないだろうと新藤は思っていたが、ハチはへらりと笑っている。
「全然? だって先生があの時助けてくれたじゃないですか。気にしないでください」
「……そう、か。ならいい」
 初めて会った時は気が弱くて泣き虫なやつだったのに随分と変わったものだ。新藤は内心驚いていた。
「でも珍しいですね。仮とは言えいじめた側がそこまで後悔するの。逆ならまあわかりますけど」
「彼女は過去にいじめにあったことがあったんだよ。だからまあきついだろ」
 そこで新藤はスミレがかつて教師やクラスメイトからいじめを受けていたことを話した。
「いじめる側にしちゃ真面目過ぎたんだよ。ちょっとのことでもすぐくよくよしちまう」
 信用してまた裏切られたくない、だから仲良くなる前にわざと嫌われるようなことをする。しかし友人はそんなスミレの本心に気付いていたとしたら――。
 奈津子との会話を思い返しながら新藤は言葉を続けた。
「悪いことをしたら必ず報いを受けるべきだと本気で思ってんだよ。だから特に仕返しも何もなかったから……」
 スミレは心の中でもずっと泣いていた。忘れたいのに忘れられない。前に進みたいのに進んではいけない。そんな矛盾していてどちらも正しい選択が本当は優しい彼女には残酷すぎた。
「過度なこだわりや真面目さは時に相手を束縛するんだ。今回のスミレさんのように……」
 新藤が取り出したのは古びた四つ葉のクローバーのキーホルダーだった。中にはよく見ると本物の四つ葉のクローバーが入っている。
「贈った相手は悪意なんて一切なかったのかもしれない。でもスミレさんはそんな優しい彼女を傷つけたのは自分だって責めてる。おまけに本人とは連絡が取れない」
 だから真実を確かめようがない。どれだけお礼や感謝を伝えたくても相手には届かない。
「『私を忘れないで』は野崎スミレと言う真面目人間には呪いの言葉だよ」
 右手でキーホルダーを軽く握る。
「ずっと謝りたかった、ありがとうって言いたかった。でも酷いことを言ってしまった自分には謝る資格はないかもしれない」
 なら強引でも選択肢を作るしかない。さくらはスミレを許すのか、またはしつこいと嫌われるのか。どんな結果になるのかは二人の関係性次第だ。
「この世には正義が必ず勝つと約束されていない。むしろ優しい人が損することだってある。ならせめて依頼者だけでも救ってやりたいじゃないか」
 スミレがさくらに絶交されようが再び人間不信になるかはわからない。でも一度後悔と向き合って少なくとも悩み続けた想いは薄れるかもしれない。
「スミレさんの心の謎を解いたなんて先生はやっぱり名探偵ですね!」
「……言い過ぎだっつの、馬鹿助手が」
 うれしそうに笑ったハチを新藤は目をそらしながら頭を撫でた。

 それから一週間後、新藤が調べた住所付近のカフェでスミレは二人の女の子と笑い合っていた。一人は新藤と話をした奈津子、あと一人は――。
「スミレちゃんそんなに落ち込んでたんだ。なんか意外」
「全くだよ。しかも私に一言も声をかけずわざわざ探偵雇って探そうとしてて」
「……だってもう誰にも迷惑かけたくなくて」
 うつむきながらスミレはフォークでイチゴのショートケーキを切る。
「ねえさくら、なんで私のこと嫌わなかったの? 酷いことだって散々言ったしせっかくくれたキーホルダーだって」
「何言ってんのよ」
 さくらはスミレに向かってにっこり笑った。
「こうして話していることが答えだと思うけど?」
 茫然としているスミレにさくらは言葉を続ける。
「スミレちゃんの言葉は優しさからくる物でしょ? そうじゃなきゃいくら私でも付き合ったりしないもの」
 さくらの言葉にスミレは持っていたフォークを落とした。しかし落とした物に目もくれることなくさくらの顔を凝視する。
「だから言ったでしょ? 『私を忘れないで』って。どんな状態であったとしても私はスミレちゃんと一緒に話したかったの」
「さくらに日々言ってたのは暴言じゃなくてただ構ってほしい言葉でしょ? 本当に、スミレは昔から斜め上に物事を考え過ぎなんだから」
 横から奈津子がちゃかすように口をはさむ。その時三人から笑いが起こった。
「友情って離れていても案外すぐにくっつくんだな」
 久しぶりに再会した親友同士を新藤はハチと共に離れた席から見守っていた。
 スミレは肩の荷が下りたかのように友人たちと笑い合っている。
「あの様子じゃ、知り合いの花屋からのプレゼントはいらなさそうだな」
 新藤が選んだ花はガザニアだった。花言葉は「あなたを誇りに思う」だ。「私を忘れないで」と言う彼女にとっての束縛の花より前に進む花の方が似合う。万が一スミレがまた落ち込んだ時に渡す気でいたが。
「どうやら俺は余計な心配をしていたようだな」
 右手で握ったスミレのキーホルダーを新藤はためらうことなく握りつぶした。手のひらで割れたプラスチックの感触がする。スミレが抱えていた過去の後悔がバラバラに砕けていく。
 すっきりした表情の新藤をハチは複雑な表情で眺めていた。
「あの、スミレさんに殴られる必要ありました?」
「……大人になればな、殴られた方がマシなこともあるんだよ」
 薄く笑いながら新藤は殴られた頬を撫でた。

「どうして本当のことをスミレさんに話さなかったんです? 先生なりの気遣いですか?」
 カフェからの帰り道、ずっと気になっていたことをハチは尋ねた。これまで何気なく新藤に尋ねてきたがそのたびにはぐらかされていた。
「……そうだな、もう依頼は完了したし話してもいいか」
 新藤は労力のわりに感謝や依頼料といった見返りをほとんど要求しない。更に今回は依頼者のために自ら損害を被ったとも言っていい。
「マジシャンはマジックのタネあかしはしないもんさ」
 微笑みながら新藤は首元のスカーフを取った。
「あの、前から気になっていたんですけど……」
 ハチの視線の先には古びた赤いスカーフがあった。
「ん? どうした、ハチ」
 新藤は頬をさすりながら顔を上げた。
「先生は、どうしていつも赤いスカーフを巻いてるんですか?」
 ハチが新藤と出会ってから数カ月、いつどんな時でも新藤は首元にスカーフを巻いていた。自分の前でスカーフをとった姿をハチは初めて見た。
「なんだ、似合わねえか?」
「いや、そんなことは決してないです。ただどうしてかなあって」
 慌てて言葉を足したハチに新藤は口角を上げる。。
「元は俺の大事なやつの物だ。あと……」
 新藤の手がスカーフに触れる。
「約束と証明のしるし、かな……」
 帽子の下から見えた新藤の表情はどこか悲し気だった。
                       次回へ続く。
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