第四縁 【託】
文字数 8,389文字
「我々は限りある失望を受け入れなければならない。しかし、限りない希望を捨ててはならない」
マーティン・ルーサー・キング・ジュニア
「巧急げ!」
「わーってるって」
突如として”たぬき班”に仕事が舞い込んできた。
いつも仕事がないわけではないが、この三人は特別な任務を任されている。
それはごく一部の者しか知り得ないことなのだが、今回その特別な任務がいきなりやってきたのだ。
紫﨑、碧羽、そして柑野の三人は、教えられた場所へとすぐさま向かう。
それは街中などではなく、森の中。
「どこだ?」
「こんな生い茂ってたら見つけられない」
「んなこと言ってねぇで見つけるんだよ
!探せ!どっかにいるはずだから!」
三人は、渡されている特別任務用のスマホ片手に辺りを捜索する。
すると、どこからかくしゃみが聞こえてきた。
「くちゅ・・・」
なんとも可愛らしいくしゃみだったが、声からして男だろう。
柑野が声が聞こえてきた場所へ一目散に向かうと、そこには赤い髪の男と、その横に緑の髪をした男。
くしゃみとしたのは赤い髪の男のようだが、柑野が声をかけようとするよりも先に、緑の髪の男が柑野に襲い掛かろうとする。
「待った待った待った待った!!!!!俺たち味方だから!!!護衛に来ただけだから!!!!!!!」
その必死の言葉に、緑の髪の男はピタリと動きを止める。
だが、まだ自分たちを追ってきた敵かもしれない可能性を捨てきれなかったのか、すぐにまた柑野に向かって拳を振り上げてくる。
「敦!待ってください!」
「・・・・・・」
赤い髪の男の言葉に、緑の髪の男が再び動きを止める。
「こいつらが追手ということも考えられる」
「大丈夫です。この人たちは敵ではないと思います」
「思います、じゃ確信出来ないだろう。お前、自分が狙われていることをわかっているのか。見ろ、あいつなんてまるで敵のような顔つきだ」
「・・・俺のこと?」
緑の髪をした”敦”と呼ばれた男は、柑野の後ろのほうにいる碧羽を指さしていた。
なんという言いぐさだろうと思っていたが、赤い髪の男は柑野たちに向かって申し訳なさそうに笑う。
「すみません。敦は警戒心が強いだけなんです」
「いや、こちらこそ人相の悪い奴らを連れてきて悪かった」
「もしかしなくても俺とゆっきーのこと言ってる?龍ちゃんだって似たようなもんなのに」
「保坂太一さんに、陽刃敦さんですね。護衛に参りました、紫﨑龍路に」
紫﨑がそこまでいうと、後ろからひょこっと顔をのぞかせた柑野が自己紹介をする。
「俺が柑野巧。イケメンで優しくて強くて誰からも好かれる人気者だ!」
「碧羽恭久」
「お前そんなんだから敵認定されちまうんだよ。もっと愛想よくいけ」
「愛想いいからって味方とは限らない」
「元も子もねえな」
赤い髪の男、太一はそんな会話を聞いて小さく笑った。
太一と敦の事情を知っている紫﨑たちは、なんとも驚いた顔をする。
「それより早くしろ。俺たちを連れていけ」
「偉そうなんだけどこいつ」
「俺たちも今から行く場所は初めてなんだ。地図を確認しながら進む。巧は前、恭久は後ろから頼む」
太一と敦を間に挟みながら前後に移動すると、紫崎は中央あたりを歩きながら柑野に指示をする。
「巧、ちょっとそれた。東側に戻ってくれ」
「右か左で言ってくんね?」
「柑野さんの前方左側三十度ほどです。柑野さんは右利きですか?でしたら左というのはお茶碗を持つ方の手になります。もし柑野さんが左利きでしたらお箸を持つ方の」
「それくらいはわかるけどな」
優しいつもりなのかもしれないが、馬鹿にいしているような描写も含まれていた太一の言葉に、柑野はストップをかける。
とはいいつつ感謝も述べる。
太一は「すみません」と謝るが、紫﨑に謝る必要はないと言われる。
「龍ちゃん、俺疲れた」
「我慢しろ。一番体力があるんじゃなかったのか」
「あのなあ!俺はお前らが歩きやすいようにってずっとずーーーーーーーーっとこの険しい草木を左右に足でゲシゲシやってるんだよ!!顔あたりの枝とかも全部対処してんの!!土も踏み踏みして歩きやすいようにしてんの!!!」
「そりゃご苦労だな」
「そのくらいやれ、人間どもが」
「眠い・・・」
「ありがとうございます」
「太一いいいいいい!!!!お前だけだよ俺のこと褒めてくれてんのは!!!」
「褒めてはいません。感謝しました」
「どっちでもいいんだよ。同じようなもんだから」
「さっきからうるさいぞ人間」
「こいつなんなの。喧嘩売ってんの」
太一とは正反対のような性格の敦に、柑野はぐぬぬ、と歯を食いしばる。
そしてまた歩きを再開しようとしたそのときだった。
「なんだこいつら!!!」
オレンジの髪をした男を筆頭に、数人の男女が紫﨑たちの前に現れた。
「こいつらも和樹の同類か。よし、さっさと捕まえて連れていくぞ」
「同類ってのは・・・全員か?逃げたのは弐体って聞いてるぞ」
オレンジの髪の男は、瞬時に誰がどのような動きをしたかを見定めると、他の男女に向けてこう言った。
「赤い髪と緑の髪だ。他はいらねぇ」
「いらねえってのは俺のことか!!!」
「!!!!」
いきなり隊列を乱した柑野が、自分と同じようなオレンジの髪をした男へと向かって蹴りを入れる。
男の顔すれすれを通った柑野の足は、そのまま一旦地面を蹴ると、今度は逆の足で男の顔面を狙う。
男はにやりと笑いながら、柑野の蹴りを掌で軽く受け流す。
かと思いきや、柑野の足をつかんで自分の方へ引き寄せると、柑野の顔面をわしづかみしようとする。
「あれ?」
「っぶねぇ!!!こいつらただの人間じゃねえぞ!気ィつけろよ!!!」
つかんだと思っていた柑野の頭は、いつの間にか遠い場所にあった。
首だけが動いたわけではない。
柑野は男に頭をつかまれる前に、男の腕に刺激を与えて自分の足を解放させたのだ。
「龍ちゃんグッズ絶好調だぜ」
「その言い方やめろ」
「面白いな。でも足りない。ここで殺すしかないな」
「そう簡単に殺されてたまるかってんだよ!」
「どうした?そう簡単に殺さないんだろ?ならもっと楽しませてくれよ」
「くそったれ・・・!」
オレンジの髪の男を前に、柑野、紫﨑、碧羽はすでに疲弊しきっていた。
別の男が太一たちの方へ向かおうとする。
しかし、碧羽が銃を撃って足を止める。
「面倒だな」
そう言いながらも、すでにまともに動けなさそうな紫﨑たちをチラ見して、太一たちへと再び近づいていく。
碧羽がまた銃を撃とうとすると、別の男によって腕ごと強く踏まれてしまい、その手から銃が離れる。
「太一、こっちに来い。そうすればこいつらは殺さない」
「嘘つけよ!太一!嘘だからな!こいつらの言うことなんて聞くんじゃねえぞ!」
「本当だよ、俺たちはこう見えて優しいんだ。というか、弱い人間には興味がない。興味があるのはお前たちだけだ。わかるか?」
「・・・・・・」
太一と敦はじっと男の方を見る。
男は困ったようにオレンジの髪の男を見ると、オレンジの髪の男がゆっくりと近づいていき、無邪気に笑う。
「そうだよな。まずは自己紹介しなきゃな。俺は亜緋人、よろしくな」
「あ、ひ、と?」
「そう。未来のためにお前たちの力が必要なんだ。俺たちに協力してくれるか?」
「・・・・・・」
亜緋人と名乗った男は、太一たちへそう言うと、微笑んだまま返事を待つ。
太一と敦は互いの顔を見たあと、亜緋人へと視線を戻して答える。
「以前いただいた『信頼できる仲間』の一覧にはあなたの名前は記載されていません。ですので、大変心苦しいのですが、あなたのことを信頼するのは困難と判断します」
「・・・・・・は?」
「聞こえなかったのか。俺たちを狙う輩がいることは博士からも聞いてる。だから信頼にたる人間かどうか、優一にわかるよう一覧を作ってもらったんだ」
「・・・優一?」
「とにかく、お前らのことは信頼しない。信頼できない。信頼するに至らない。以上だ」
太一がなるべくオブラートに包んで答えたのだが、敦はばっさりと切った。
それに驚いていたのは他でもない亜緋人だったが、敦が次の言葉を述べるよりも先に、亜緋人が敦の腹を抉ろうと腕を伸ばしてきた。
なんとか回避した敦だが、かすれた場所からは血が出てくる。
「敦!」
「五月蠅い。いちいち騒ぐな。俺は平気だ」
「でも血が出てます!止血しないと」
「!!!!!馬鹿!」
亜緋人は今度太一を狙ってくる。
それに気づいた敦は、太一の腕を引っ張ってその辺に放り込む。
軽く転んでしまった太一だが、怪我は大したことなさそうだ。
「あつ・・・」
敦の名前を呼ぼうとそちらを見た太一だったが、太一の目に映ったのは、亜緋人によって腹を抉られている敦の背中だった。
「あ、つし・・・」
「おい、そこでへたばってる人間ども。さすがにまだ動けるんだろうな」
「俺たちのことか」
「この馬鹿を連れてさっさと逃げろ。こいつらの相手は俺がする」
「何を言ってるんですか敦!ダメです!危険すぎます!」
太一が敦の方に駆け寄ろうとするが、敦にものすごい目つきで睨まれてしまった。
びくっと身体を縮めたところで、別の男が太一を捕獲しようと距離をつめてきた。
そのとき、紫﨑が男に向けて何かを放り投げると、男はまるで雷に打たれたようにびりびりと電流が走り、肌が黒くなって倒れてしまった。
その間に柑野がひょいっと太一を担ぐと、碧羽が追いかけてこようとする別の男女に銃を撃ちながら、紫﨑も草木に何か仕掛けをしながら走り出す。
「敦!!!!敦!!!!!」
後ろから自分の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。
「・・・・・・お前らにそういう感情があるのか」
「なんのことだ」
「仲間を庇うとか、するんだな」
「別に庇ったわけじゃない」
「じゃあなんだ?手助けか?」
「敦ーーーーーー!!!!!」
「・・・・・・」
一度は自分の手で葬り去ろうとした太一という恨めしい存在。
殺そうとしたのに、助けられた。
敦は太一に聞こえるように、大きめの声を出す
「俺の方が強い。お前は足手まといだから先に行け」
「・・・ッ!!」
紫﨑も碧羽も柑野も、当然聞こえていた。
自分たちに課せられた任務ももちろん、理解していた。
すでに互いの姿など見えていないが、太一だけは、敦の小さくなっていく背中が見えていた。
「敦・・・!!!!」
「少しスピード上げるぞ」
「ああ」
「ったく。面倒かけやがって」
「俺たちは人間のために作られただけだ。お前らのためじゃねぇ」
「知ってるさ。だから欲しかったのに。おとなしく言うこと聞いてくれれば、痛い思いもしなくて済んだ」
「どうせ俺より太一目当てだったんだろ」
「ご名答。よくわかったね。さすが劣等因子なだけあるね」
「勝手に言ってろ。けどな、俺はお前たちの好きにはならねえ」
「自爆でもするつもり?やめておいた方がいい。それは博士が悲しむよ?なんだっけ?優一?」
「正直優一のことなんて俺はどうでもいいんだ。あいつは所詮後釜だからな」
「じゃああれだ。初代博士のことだ。名前なんだったかな。死んだ人間のことなんて忘れちゃったな」
「くたばれ」
敦はそういって、自分に備わっている緊急事態にのみ発動することができる自爆スイッチを発動させようとする。
しかし、それよりも早く亜緋人が敦の首をぐきっとへし折る。
そのまま首を引きちぎると、首の裏に備え付けてあるリセットボタンを押す。
敦は自分の視界が徐々に砂嵐のようになっていき、だんだんと暗くなっていくのをただ抵抗することなく受け入れるしかなかった。
「いいのか。これまでのデータとか飛ぶんじゃないのか」
「別に飛んだっていいよ。新しく俺の道具として生まれ変わらせるんだから。和樹には備わっていない装備もありそうだ。研究室に持って行って早速解体しよう」
「その前に太一だろ」
「そうだった。ま、エドたちが追いかけていったんだから大丈夫なんじゃないか?」
「それより、大したことなかったな。そいつ。敦とか言ったか」
「まあ、人造人間なんて言ったって、所詮はロボットみたいなものだからね。強いかもしれないけど、俺には敵わない」
「人間が絶滅危惧種になったのっていつだっけ」
「今もだよ」
「でも人間は増え続けてるだろ」
「じゃあ、俺たちは人間に入る?」
「・・・・・・どうだかな」
「人間のくせにね。自分たちが今までどれだけの生物を絶滅させてきたかわかってねぇんだよ。だから自分たちがピンチのときだけ喚いてんだ。まったく。うるせえ連中だ」
「お前は本当に人間が嫌いだな」
「そんなことない、好きだよ」
「嘘つけよ」
「人間のこと大好きだよ。俺より弱くて愚かで脆いからね。簡単に潰れるから、見てて面白いよ」
「ただのおもちゃだろソレ」
「そうだよ。信も面白かったけど、まだまだだね。泣いてばかりで成長しないから。俺をもっと楽しませてほしかったよ」
「おい、まだ動いてるぞ」
「え」
鳴海という男に言われ足元を見てみると、先ほどリセットボタンを押したはずの敦の身体が動いていたのだ。
なぜかはわからないが、敦は死に絶えそうな人間のように、腕を必死に伸ばして何か言いたそうにしていた。
「・・・・・・」
亜緋人は敦のその腕を思い切り強く踏みつけると、敦の腕はぼきっと骨の折れるような音がして、それから血も流れてきた。
「・・・ゴキブリのようにしぶとい」
「おい、いちいち壊すな。修理すんのも大変なんだぞ」
「別に人間みたいに臓器が必要なわけじゃない。大丈夫だ。なんだったらこいつに使われてる部品を和樹にあてがってもいいくらいだ」
「どんだけ和樹贔屓なんだよ」
「ま、こいつもできるとこまで改造はしてみるけどな」
あれからどのくらいの距離進んだのかはわからないが、きっとそれほど進んでいない。
すぐ後ろをいまだ追いかけてくる男女に、紫﨑たちは次の手を考えていた。
「巧、お前は太一担いだまままだ走れるな」
「走れっけどなんで」
「じゃあそのまま進め。恭久、お前、銃弾は替え持ってるか」
「あるけどなんで」
「俺がなんとかしてあいつら止めるから、その間にお前ら先に行け。いいな」
「龍ちゃん冗談キツイぜ」
「あいつらただの人間じゃない。ちょっとやそっとのことじゃ足止めなんて出来ないよ」
「俺にはコレがあっからよ」
そういうと、紫﨑は腰にぶら下げてあるそこから、手榴弾を取り出す。
そんなものずっと持っていたのかと驚く一方、それを使うとなると一定の距離を取らないと自分たちも巻き込まれることになる。
「いいな、何があっても振り向くなよ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
走りながらもしっかりとした声で伝えてきた紫﨑に、碧羽も柑野も黙ってしまう。
そして紫﨑が足を止めて身体を反転させる。
近くまで来ている男女を確認すると、手榴弾とともに腰にぶらさげてあった拳銃も取り出し距離を測る。
「龍ちゃん!」
覚悟を決めたとき、柑野に呼ばれ後ろを向く。
「!!!」
すると、太一が降ってきた。
思わず太一を受け止めた紫﨑の前に、柑野が立っていた。
「お前何して」
そしてその手には、紫﨑が手放してしまった手榴弾と拳銃が握りしめられている。
「そういうのは俺の仕事っしょ。龍ちゃんこそ、ちゃんと太一くん送り届けなよ」
「お前!!!こんなときに何言ってんだ!」
「こんなときだからだよ」
近づいてくる男女を見つめながら、柑野は躊躇なく手榴弾を一つ、思い切り投げつける。
離れたところで爆発したそれだが、紫﨑たちのいる場所までもかなり強い爆風、それと砂埃や枝なども飛んできた。
それを腕で防ぐようにしていると、碧羽が「急げ」と叫ぶ。
「巧!お前のほうが体力もあるし足も速い!任務遂行第一だろ!」
「・・・龍ちゃんてばこんなときまで真面目だねぇ」
「ふざけるな!!!!」
「俺はさ、俺っていう存在はさ、あるようで無ぇからよ」
「何言って・・・」
柑野は、木々で生い茂っていてそれほど綺麗に見えない空を見上げる。
「空っぽなんだ、ずっと」
「・・・・・・」
爆発の煙の中から、ゆらりと動く影が見える。
先ほどの爆発でも生きているのかと、紫﨑は太一を抱える腕に力を込める。
そんな中、柑野はいつもの調子だ。
「でもさ」
「巧!行くぞ!」
「それを埋めてくれたのは、お前らなんだわ」
「巧!!!」
「紫﨑!来るぞ!!!」
碧羽の声の直後、男女が姿を現してこちらに向かってきた。
「じゃ、そういうわけでここは俺に任せとけ。お前らより腕っぷしの良い俺しか相手できねえだろ?」
「・・・ッお前、なんで」
紫﨑と柑野へと近づく男女に、碧羽は銃を構える。
男女の足や腹などを狙って撃つが、やはり自分たちとは違う”何か”のようで、平然と歩いてくる。
そして向かってくる男の腕が徐々に変化していったかと思うと、チェーンソーが柑野を襲う。
「柑野!」
碧羽の声に、柑野はにへら、と笑う。
男の攻撃を避けると、今まで見てきたはずの攻撃よりも強い柑野の足技が男の頭に入り、男は思わず立ち眩みを起こす。
普通の人間の蹴りであればこんなことにはならないと、女は驚いた様子だ。
それは紫﨑と碧羽も同じはずなのだが、状況が状況だからなのか、驚いてはいなかった。
うっすらとにじみ出てきた血は、きっと避けたと思っていた男の攻撃が少し当たってしまったものだろう。
それでも柑野は痛がるわけでもなく、その笑みを崩すことなく紫﨑と碧羽を見る。
「ありがとうな、龍ちゃん、ゆっきー」
それはまるで、別れの言葉のように聞こえた。
「俺は楽しかったよ。お前らと一緒にいられて」
「巧・・・」
「こんなときのために俺はいるんだ。覚悟してた。だからさっさと行ってくれや、龍ちゃん」
「柑野!!!」
「最初で最期の”かっこつけ”だ。頼むよ、黙って行ってくれや」
「・・・・・・」
ぐ、と唇をかみしめると、紫﨑は太一を担いで立ち上がる。
柑野に背中を向けると、男女は太一を奪還すべく走り出してきたが、それと同時に、柑野と紫﨑は互いに逆歩行に走る準備をする。
そして背中越しに、言葉を交わす。
「お前のせいで、毎日楽しくて仕方なかったよ」
「おー、嬉しいこと言ってくれるねぇ」
「・・・死ぬなよ」
「・・・ゆっきーにも伝えといて。せいぜい、長生きしろよ、って」
その時、二人に近づく影を見て、碧羽が銃を空に向かって撃つ。
銃声が響くと、瞬時に走り出した。
紫﨑は見ることの出来ない柑野の背中を、太一はじっと見つめる。
「お前一人で止められると思うなよ」
「そうよね。格が違うわ」
男女は柑野に同時に襲い掛かろうとするが、女はフェイントで紫﨑へと向かっていく。
それを見逃さない柑野は、女であろうと容赦なく足をつかみ、そのままぶん投げて男の方に投げ飛ばす。
「いたた・・・ったく。こいつなんて馬鹿力してんのよ。そもそも女の子投げるってどういうこと」
「こいつも普通の人間とは少しだけ違うようだ。面白い」
「お前ら、俺相手に二人でいいのか?こう見えて結構強いぜ?」
ごきごきと首を鳴らしながらニヒルに笑う柑野に、男女は互いの顔を見て、こちらも同じように笑うのだ。
「紫﨑、大丈夫か」
「何がだ」
「いろいろ」
「今はやるべきことをやる。それだけだ」
「・・・・・・」
「あの人は、柑野さんは、あなたたちのことが大好きなんですね」
ふと、担いでいる太一がつぶやく。
それがしっかりと耳に入ると、紫﨑も碧羽も、ぐ、と口を一文字に閉じる。
「あなたたちを離れ離れにさせてしまったのは俺のせいです。すみません」
「くだらないことを言うな。俺たちはそれぞれの役目を全うしているだけだ。太一くんのせいでもない」
「太一でいいです」
「じゃあ太一。よく聞けよ」
「はい」
「これから先、何が起こったとしても、お前は必ず逃げるんだ。逃げ切るんだ。いいな」
「俺だけが逃げますか」
「できるだけ俺たちが一緒にはいる。だが、どうなるかわからないのも事実だ」
「・・・敦や柑野さんのように、戦うんですか」
「そういうことも有り得る」
「俺は、逃げてどうなりますか」
「それは今考える必要はない。とにかく今は逃げる。それだけだ。例え、俺たちが」
屍を越えていけ。その先にたどり着ける未来がある。
その未来がどんなものかなどわかりはしないが。
その道を歩かされているのもまた、神の思し召しである。
マーティン・ルーサー・キング・ジュニア
「巧急げ!」
「わーってるって」
突如として”たぬき班”に仕事が舞い込んできた。
いつも仕事がないわけではないが、この三人は特別な任務を任されている。
それはごく一部の者しか知り得ないことなのだが、今回その特別な任務がいきなりやってきたのだ。
紫﨑、碧羽、そして柑野の三人は、教えられた場所へとすぐさま向かう。
それは街中などではなく、森の中。
「どこだ?」
「こんな生い茂ってたら見つけられない」
「んなこと言ってねぇで見つけるんだよ
!探せ!どっかにいるはずだから!」
三人は、渡されている特別任務用のスマホ片手に辺りを捜索する。
すると、どこからかくしゃみが聞こえてきた。
「くちゅ・・・」
なんとも可愛らしいくしゃみだったが、声からして男だろう。
柑野が声が聞こえてきた場所へ一目散に向かうと、そこには赤い髪の男と、その横に緑の髪をした男。
くしゃみとしたのは赤い髪の男のようだが、柑野が声をかけようとするよりも先に、緑の髪の男が柑野に襲い掛かろうとする。
「待った待った待った待った!!!!!俺たち味方だから!!!護衛に来ただけだから!!!!!!!」
その必死の言葉に、緑の髪の男はピタリと動きを止める。
だが、まだ自分たちを追ってきた敵かもしれない可能性を捨てきれなかったのか、すぐにまた柑野に向かって拳を振り上げてくる。
「敦!待ってください!」
「・・・・・・」
赤い髪の男の言葉に、緑の髪の男が再び動きを止める。
「こいつらが追手ということも考えられる」
「大丈夫です。この人たちは敵ではないと思います」
「思います、じゃ確信出来ないだろう。お前、自分が狙われていることをわかっているのか。見ろ、あいつなんてまるで敵のような顔つきだ」
「・・・俺のこと?」
緑の髪をした”敦”と呼ばれた男は、柑野の後ろのほうにいる碧羽を指さしていた。
なんという言いぐさだろうと思っていたが、赤い髪の男は柑野たちに向かって申し訳なさそうに笑う。
「すみません。敦は警戒心が強いだけなんです」
「いや、こちらこそ人相の悪い奴らを連れてきて悪かった」
「もしかしなくても俺とゆっきーのこと言ってる?龍ちゃんだって似たようなもんなのに」
「保坂太一さんに、陽刃敦さんですね。護衛に参りました、紫﨑龍路に」
紫﨑がそこまでいうと、後ろからひょこっと顔をのぞかせた柑野が自己紹介をする。
「俺が柑野巧。イケメンで優しくて強くて誰からも好かれる人気者だ!」
「碧羽恭久」
「お前そんなんだから敵認定されちまうんだよ。もっと愛想よくいけ」
「愛想いいからって味方とは限らない」
「元も子もねえな」
赤い髪の男、太一はそんな会話を聞いて小さく笑った。
太一と敦の事情を知っている紫﨑たちは、なんとも驚いた顔をする。
「それより早くしろ。俺たちを連れていけ」
「偉そうなんだけどこいつ」
「俺たちも今から行く場所は初めてなんだ。地図を確認しながら進む。巧は前、恭久は後ろから頼む」
太一と敦を間に挟みながら前後に移動すると、紫崎は中央あたりを歩きながら柑野に指示をする。
「巧、ちょっとそれた。東側に戻ってくれ」
「右か左で言ってくんね?」
「柑野さんの前方左側三十度ほどです。柑野さんは右利きですか?でしたら左というのはお茶碗を持つ方の手になります。もし柑野さんが左利きでしたらお箸を持つ方の」
「それくらいはわかるけどな」
優しいつもりなのかもしれないが、馬鹿にいしているような描写も含まれていた太一の言葉に、柑野はストップをかける。
とはいいつつ感謝も述べる。
太一は「すみません」と謝るが、紫﨑に謝る必要はないと言われる。
「龍ちゃん、俺疲れた」
「我慢しろ。一番体力があるんじゃなかったのか」
「あのなあ!俺はお前らが歩きやすいようにってずっとずーーーーーーーーっとこの険しい草木を左右に足でゲシゲシやってるんだよ!!顔あたりの枝とかも全部対処してんの!!土も踏み踏みして歩きやすいようにしてんの!!!」
「そりゃご苦労だな」
「そのくらいやれ、人間どもが」
「眠い・・・」
「ありがとうございます」
「太一いいいいいい!!!!お前だけだよ俺のこと褒めてくれてんのは!!!」
「褒めてはいません。感謝しました」
「どっちでもいいんだよ。同じようなもんだから」
「さっきからうるさいぞ人間」
「こいつなんなの。喧嘩売ってんの」
太一とは正反対のような性格の敦に、柑野はぐぬぬ、と歯を食いしばる。
そしてまた歩きを再開しようとしたそのときだった。
「なんだこいつら!!!」
オレンジの髪をした男を筆頭に、数人の男女が紫﨑たちの前に現れた。
「こいつらも和樹の同類か。よし、さっさと捕まえて連れていくぞ」
「同類ってのは・・・全員か?逃げたのは弐体って聞いてるぞ」
オレンジの髪の男は、瞬時に誰がどのような動きをしたかを見定めると、他の男女に向けてこう言った。
「赤い髪と緑の髪だ。他はいらねぇ」
「いらねえってのは俺のことか!!!」
「!!!!」
いきなり隊列を乱した柑野が、自分と同じようなオレンジの髪をした男へと向かって蹴りを入れる。
男の顔すれすれを通った柑野の足は、そのまま一旦地面を蹴ると、今度は逆の足で男の顔面を狙う。
男はにやりと笑いながら、柑野の蹴りを掌で軽く受け流す。
かと思いきや、柑野の足をつかんで自分の方へ引き寄せると、柑野の顔面をわしづかみしようとする。
「あれ?」
「っぶねぇ!!!こいつらただの人間じゃねえぞ!気ィつけろよ!!!」
つかんだと思っていた柑野の頭は、いつの間にか遠い場所にあった。
首だけが動いたわけではない。
柑野は男に頭をつかまれる前に、男の腕に刺激を与えて自分の足を解放させたのだ。
「龍ちゃんグッズ絶好調だぜ」
「その言い方やめろ」
「面白いな。でも足りない。ここで殺すしかないな」
「そう簡単に殺されてたまるかってんだよ!」
「どうした?そう簡単に殺さないんだろ?ならもっと楽しませてくれよ」
「くそったれ・・・!」
オレンジの髪の男を前に、柑野、紫﨑、碧羽はすでに疲弊しきっていた。
別の男が太一たちの方へ向かおうとする。
しかし、碧羽が銃を撃って足を止める。
「面倒だな」
そう言いながらも、すでにまともに動けなさそうな紫﨑たちをチラ見して、太一たちへと再び近づいていく。
碧羽がまた銃を撃とうとすると、別の男によって腕ごと強く踏まれてしまい、その手から銃が離れる。
「太一、こっちに来い。そうすればこいつらは殺さない」
「嘘つけよ!太一!嘘だからな!こいつらの言うことなんて聞くんじゃねえぞ!」
「本当だよ、俺たちはこう見えて優しいんだ。というか、弱い人間には興味がない。興味があるのはお前たちだけだ。わかるか?」
「・・・・・・」
太一と敦はじっと男の方を見る。
男は困ったようにオレンジの髪の男を見ると、オレンジの髪の男がゆっくりと近づいていき、無邪気に笑う。
「そうだよな。まずは自己紹介しなきゃな。俺は亜緋人、よろしくな」
「あ、ひ、と?」
「そう。未来のためにお前たちの力が必要なんだ。俺たちに協力してくれるか?」
「・・・・・・」
亜緋人と名乗った男は、太一たちへそう言うと、微笑んだまま返事を待つ。
太一と敦は互いの顔を見たあと、亜緋人へと視線を戻して答える。
「以前いただいた『信頼できる仲間』の一覧にはあなたの名前は記載されていません。ですので、大変心苦しいのですが、あなたのことを信頼するのは困難と判断します」
「・・・・・・は?」
「聞こえなかったのか。俺たちを狙う輩がいることは博士からも聞いてる。だから信頼にたる人間かどうか、優一にわかるよう一覧を作ってもらったんだ」
「・・・優一?」
「とにかく、お前らのことは信頼しない。信頼できない。信頼するに至らない。以上だ」
太一がなるべくオブラートに包んで答えたのだが、敦はばっさりと切った。
それに驚いていたのは他でもない亜緋人だったが、敦が次の言葉を述べるよりも先に、亜緋人が敦の腹を抉ろうと腕を伸ばしてきた。
なんとか回避した敦だが、かすれた場所からは血が出てくる。
「敦!」
「五月蠅い。いちいち騒ぐな。俺は平気だ」
「でも血が出てます!止血しないと」
「!!!!!馬鹿!」
亜緋人は今度太一を狙ってくる。
それに気づいた敦は、太一の腕を引っ張ってその辺に放り込む。
軽く転んでしまった太一だが、怪我は大したことなさそうだ。
「あつ・・・」
敦の名前を呼ぼうとそちらを見た太一だったが、太一の目に映ったのは、亜緋人によって腹を抉られている敦の背中だった。
「あ、つし・・・」
「おい、そこでへたばってる人間ども。さすがにまだ動けるんだろうな」
「俺たちのことか」
「この馬鹿を連れてさっさと逃げろ。こいつらの相手は俺がする」
「何を言ってるんですか敦!ダメです!危険すぎます!」
太一が敦の方に駆け寄ろうとするが、敦にものすごい目つきで睨まれてしまった。
びくっと身体を縮めたところで、別の男が太一を捕獲しようと距離をつめてきた。
そのとき、紫﨑が男に向けて何かを放り投げると、男はまるで雷に打たれたようにびりびりと電流が走り、肌が黒くなって倒れてしまった。
その間に柑野がひょいっと太一を担ぐと、碧羽が追いかけてこようとする別の男女に銃を撃ちながら、紫﨑も草木に何か仕掛けをしながら走り出す。
「敦!!!!敦!!!!!」
後ろから自分の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。
「・・・・・・お前らにそういう感情があるのか」
「なんのことだ」
「仲間を庇うとか、するんだな」
「別に庇ったわけじゃない」
「じゃあなんだ?手助けか?」
「敦ーーーーーー!!!!!」
「・・・・・・」
一度は自分の手で葬り去ろうとした太一という恨めしい存在。
殺そうとしたのに、助けられた。
敦は太一に聞こえるように、大きめの声を出す
「俺の方が強い。お前は足手まといだから先に行け」
「・・・ッ!!」
紫﨑も碧羽も柑野も、当然聞こえていた。
自分たちに課せられた任務ももちろん、理解していた。
すでに互いの姿など見えていないが、太一だけは、敦の小さくなっていく背中が見えていた。
「敦・・・!!!!」
「少しスピード上げるぞ」
「ああ」
「ったく。面倒かけやがって」
「俺たちは人間のために作られただけだ。お前らのためじゃねぇ」
「知ってるさ。だから欲しかったのに。おとなしく言うこと聞いてくれれば、痛い思いもしなくて済んだ」
「どうせ俺より太一目当てだったんだろ」
「ご名答。よくわかったね。さすが劣等因子なだけあるね」
「勝手に言ってろ。けどな、俺はお前たちの好きにはならねえ」
「自爆でもするつもり?やめておいた方がいい。それは博士が悲しむよ?なんだっけ?優一?」
「正直優一のことなんて俺はどうでもいいんだ。あいつは所詮後釜だからな」
「じゃああれだ。初代博士のことだ。名前なんだったかな。死んだ人間のことなんて忘れちゃったな」
「くたばれ」
敦はそういって、自分に備わっている緊急事態にのみ発動することができる自爆スイッチを発動させようとする。
しかし、それよりも早く亜緋人が敦の首をぐきっとへし折る。
そのまま首を引きちぎると、首の裏に備え付けてあるリセットボタンを押す。
敦は自分の視界が徐々に砂嵐のようになっていき、だんだんと暗くなっていくのをただ抵抗することなく受け入れるしかなかった。
「いいのか。これまでのデータとか飛ぶんじゃないのか」
「別に飛んだっていいよ。新しく俺の道具として生まれ変わらせるんだから。和樹には備わっていない装備もありそうだ。研究室に持って行って早速解体しよう」
「その前に太一だろ」
「そうだった。ま、エドたちが追いかけていったんだから大丈夫なんじゃないか?」
「それより、大したことなかったな。そいつ。敦とか言ったか」
「まあ、人造人間なんて言ったって、所詮はロボットみたいなものだからね。強いかもしれないけど、俺には敵わない」
「人間が絶滅危惧種になったのっていつだっけ」
「今もだよ」
「でも人間は増え続けてるだろ」
「じゃあ、俺たちは人間に入る?」
「・・・・・・どうだかな」
「人間のくせにね。自分たちが今までどれだけの生物を絶滅させてきたかわかってねぇんだよ。だから自分たちがピンチのときだけ喚いてんだ。まったく。うるせえ連中だ」
「お前は本当に人間が嫌いだな」
「そんなことない、好きだよ」
「嘘つけよ」
「人間のこと大好きだよ。俺より弱くて愚かで脆いからね。簡単に潰れるから、見てて面白いよ」
「ただのおもちゃだろソレ」
「そうだよ。信も面白かったけど、まだまだだね。泣いてばかりで成長しないから。俺をもっと楽しませてほしかったよ」
「おい、まだ動いてるぞ」
「え」
鳴海という男に言われ足元を見てみると、先ほどリセットボタンを押したはずの敦の身体が動いていたのだ。
なぜかはわからないが、敦は死に絶えそうな人間のように、腕を必死に伸ばして何か言いたそうにしていた。
「・・・・・・」
亜緋人は敦のその腕を思い切り強く踏みつけると、敦の腕はぼきっと骨の折れるような音がして、それから血も流れてきた。
「・・・ゴキブリのようにしぶとい」
「おい、いちいち壊すな。修理すんのも大変なんだぞ」
「別に人間みたいに臓器が必要なわけじゃない。大丈夫だ。なんだったらこいつに使われてる部品を和樹にあてがってもいいくらいだ」
「どんだけ和樹贔屓なんだよ」
「ま、こいつもできるとこまで改造はしてみるけどな」
あれからどのくらいの距離進んだのかはわからないが、きっとそれほど進んでいない。
すぐ後ろをいまだ追いかけてくる男女に、紫﨑たちは次の手を考えていた。
「巧、お前は太一担いだまままだ走れるな」
「走れっけどなんで」
「じゃあそのまま進め。恭久、お前、銃弾は替え持ってるか」
「あるけどなんで」
「俺がなんとかしてあいつら止めるから、その間にお前ら先に行け。いいな」
「龍ちゃん冗談キツイぜ」
「あいつらただの人間じゃない。ちょっとやそっとのことじゃ足止めなんて出来ないよ」
「俺にはコレがあっからよ」
そういうと、紫﨑は腰にぶら下げてあるそこから、手榴弾を取り出す。
そんなものずっと持っていたのかと驚く一方、それを使うとなると一定の距離を取らないと自分たちも巻き込まれることになる。
「いいな、何があっても振り向くなよ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
走りながらもしっかりとした声で伝えてきた紫﨑に、碧羽も柑野も黙ってしまう。
そして紫﨑が足を止めて身体を反転させる。
近くまで来ている男女を確認すると、手榴弾とともに腰にぶらさげてあった拳銃も取り出し距離を測る。
「龍ちゃん!」
覚悟を決めたとき、柑野に呼ばれ後ろを向く。
「!!!」
すると、太一が降ってきた。
思わず太一を受け止めた紫﨑の前に、柑野が立っていた。
「お前何して」
そしてその手には、紫﨑が手放してしまった手榴弾と拳銃が握りしめられている。
「そういうのは俺の仕事っしょ。龍ちゃんこそ、ちゃんと太一くん送り届けなよ」
「お前!!!こんなときに何言ってんだ!」
「こんなときだからだよ」
近づいてくる男女を見つめながら、柑野は躊躇なく手榴弾を一つ、思い切り投げつける。
離れたところで爆発したそれだが、紫﨑たちのいる場所までもかなり強い爆風、それと砂埃や枝なども飛んできた。
それを腕で防ぐようにしていると、碧羽が「急げ」と叫ぶ。
「巧!お前のほうが体力もあるし足も速い!任務遂行第一だろ!」
「・・・龍ちゃんてばこんなときまで真面目だねぇ」
「ふざけるな!!!!」
「俺はさ、俺っていう存在はさ、あるようで無ぇからよ」
「何言って・・・」
柑野は、木々で生い茂っていてそれほど綺麗に見えない空を見上げる。
「空っぽなんだ、ずっと」
「・・・・・・」
爆発の煙の中から、ゆらりと動く影が見える。
先ほどの爆発でも生きているのかと、紫﨑は太一を抱える腕に力を込める。
そんな中、柑野はいつもの調子だ。
「でもさ」
「巧!行くぞ!」
「それを埋めてくれたのは、お前らなんだわ」
「巧!!!」
「紫﨑!来るぞ!!!」
碧羽の声の直後、男女が姿を現してこちらに向かってきた。
「じゃ、そういうわけでここは俺に任せとけ。お前らより腕っぷしの良い俺しか相手できねえだろ?」
「・・・ッお前、なんで」
紫﨑と柑野へと近づく男女に、碧羽は銃を構える。
男女の足や腹などを狙って撃つが、やはり自分たちとは違う”何か”のようで、平然と歩いてくる。
そして向かってくる男の腕が徐々に変化していったかと思うと、チェーンソーが柑野を襲う。
「柑野!」
碧羽の声に、柑野はにへら、と笑う。
男の攻撃を避けると、今まで見てきたはずの攻撃よりも強い柑野の足技が男の頭に入り、男は思わず立ち眩みを起こす。
普通の人間の蹴りであればこんなことにはならないと、女は驚いた様子だ。
それは紫﨑と碧羽も同じはずなのだが、状況が状況だからなのか、驚いてはいなかった。
うっすらとにじみ出てきた血は、きっと避けたと思っていた男の攻撃が少し当たってしまったものだろう。
それでも柑野は痛がるわけでもなく、その笑みを崩すことなく紫﨑と碧羽を見る。
「ありがとうな、龍ちゃん、ゆっきー」
それはまるで、別れの言葉のように聞こえた。
「俺は楽しかったよ。お前らと一緒にいられて」
「巧・・・」
「こんなときのために俺はいるんだ。覚悟してた。だからさっさと行ってくれや、龍ちゃん」
「柑野!!!」
「最初で最期の”かっこつけ”だ。頼むよ、黙って行ってくれや」
「・・・・・・」
ぐ、と唇をかみしめると、紫﨑は太一を担いで立ち上がる。
柑野に背中を向けると、男女は太一を奪還すべく走り出してきたが、それと同時に、柑野と紫﨑は互いに逆歩行に走る準備をする。
そして背中越しに、言葉を交わす。
「お前のせいで、毎日楽しくて仕方なかったよ」
「おー、嬉しいこと言ってくれるねぇ」
「・・・死ぬなよ」
「・・・ゆっきーにも伝えといて。せいぜい、長生きしろよ、って」
その時、二人に近づく影を見て、碧羽が銃を空に向かって撃つ。
銃声が響くと、瞬時に走り出した。
紫﨑は見ることの出来ない柑野の背中を、太一はじっと見つめる。
「お前一人で止められると思うなよ」
「そうよね。格が違うわ」
男女は柑野に同時に襲い掛かろうとするが、女はフェイントで紫﨑へと向かっていく。
それを見逃さない柑野は、女であろうと容赦なく足をつかみ、そのままぶん投げて男の方に投げ飛ばす。
「いたた・・・ったく。こいつなんて馬鹿力してんのよ。そもそも女の子投げるってどういうこと」
「こいつも普通の人間とは少しだけ違うようだ。面白い」
「お前ら、俺相手に二人でいいのか?こう見えて結構強いぜ?」
ごきごきと首を鳴らしながらニヒルに笑う柑野に、男女は互いの顔を見て、こちらも同じように笑うのだ。
「紫﨑、大丈夫か」
「何がだ」
「いろいろ」
「今はやるべきことをやる。それだけだ」
「・・・・・・」
「あの人は、柑野さんは、あなたたちのことが大好きなんですね」
ふと、担いでいる太一がつぶやく。
それがしっかりと耳に入ると、紫﨑も碧羽も、ぐ、と口を一文字に閉じる。
「あなたたちを離れ離れにさせてしまったのは俺のせいです。すみません」
「くだらないことを言うな。俺たちはそれぞれの役目を全うしているだけだ。太一くんのせいでもない」
「太一でいいです」
「じゃあ太一。よく聞けよ」
「はい」
「これから先、何が起こったとしても、お前は必ず逃げるんだ。逃げ切るんだ。いいな」
「俺だけが逃げますか」
「できるだけ俺たちが一緒にはいる。だが、どうなるかわからないのも事実だ」
「・・・敦や柑野さんのように、戦うんですか」
「そういうことも有り得る」
「俺は、逃げてどうなりますか」
「それは今考える必要はない。とにかく今は逃げる。それだけだ。例え、俺たちが」
屍を越えていけ。その先にたどり着ける未来がある。
その未来がどんなものかなどわかりはしないが。
その道を歩かされているのもまた、神の思し召しである。