一 謎の人骨と墓参者 

文字数 4,167文字


「えっ…なにこれ」
 家紋付きの墓石をよけて骨室を開けるなり、旭光太郎は絶句した。
 二十一年前に祖父の友蔵が入ったのを最後に、誰もこの墓に入った人はいないはずなのだが、そこには、土のうを入れるような巾着式の樹脂袋が、木の骨箱の上に重しのごとく、どんと置かれていた。引き上げて中を見ると、ずっしりとした重さとともに、大人一人分と思しき人骨が入っていた。
「えっ、て。なに? 何なの、その袋」
「お骨だって」
「お爺ちゃんの骨壺って、その箱でしょう? そして、何でこんなものが上に乗っかっているの??」
「いや、自分こそ聞きたいんで」
 祖母きぬ子の四十九日法要を終え、納骨で訪れていた一同がどよめいた。樹脂袋の周りには、友蔵の納骨前まで自宅の仮祭壇にあった木の位牌や、クリスマスリースのような謎の飾りが、骨箱の上に無造作に放り込まれている。
 まるでゴミ捨て場のような雑然さに、覗き込んだ光太郎は言葉を失った。そして、骨室を開けた途端、喘息持ちにとって、まともに吸い込めば発作に見舞われそうな埃っぽさと、黄泉の情念とでもいうのだろうか、言い知れぬ圧のようなものを一身に浴びる感覚がした。
「ほんと、何でこんなものが入っているんだろう。これ、クリスマス飾り?」
 状況が飲み込めず呆気に取られていたら、父親の卓司が、忌々しがりながら遠目に覗き込み、「ゲホッ。そのままにしておけ。婆さんの骨だけ入れて、さっさと閉じればいいだろ」と、なぜか怒気めいてもいる。
 この人は、いつもこの調子だ。面倒なことには一切関わりたがらないし、興味もない。何もやろうとしない。卓司は友蔵ときぬ子の一人息子だが、長らく二世帯住宅で暮らしていても、日常でも、両親とは極力関わりを持とうとしていなかった。墓参りや日常の営みに限らず、家族や旧知の仲間との旅行などでも、現地では食事を除けば単独行動で、数少ない縁戚の名前を覚えようともせず、ましてや、その関係性などまったく興味がない。幼い頃から記憶力がよく、細かな人の関係性にも興味があるような、早熟気味だった光太郎にとっては、三十代半ばを過ぎた今も、これが自分の父親かと信じられないことが、よくある。
 四十九日の納骨の儀なので、祖母のそれを骨室に納めれば、つつがなく終了するはずだった。だが、開けた途端、入っているはずがない、この見知らぬ人骨を発見した以上、これを一体どうするのか、まるでゴミ捨て場のように投げ込まれていたそれらを片付けなければ、先祖が浮かばれないだろうし、障りがあるやも知れない。
 埃と圧に戸惑いながらも、生来の「事件好き」な光太郎は、遭遇した目の前の事態を受けて、妙な使命感のようなものにも駆られていた。
「いえ、しっかり片付けましょう。中に入っていたゴミはうちのお寺でお焚き上げしますし、お骨は、まとめて土に還しませんか。骨壺に入れたままだといつまでも還りませんし、ここのお墓は下が土なので、撒けば、いつかは土に還ります。いい機会なので、すべてのお骨を一つにして撒いてしまいましょう」
 法要から、納骨の読経で付き添ってくれている平岸(へいがん)寺の清田善道住職からの、拍子抜けするほどあっさりとした提案を受けて、一同は妙な納得感に包まれた。常々、こうした時こそ、たじろがずにしっかりと対応することが筋の通った供養だと思っている光太郎は、善道住職の助言が援護射撃のように思えて、何とも心強かった。
「じゃあ、奥の曽祖父母から順に撒いていくよ。いいね?」
 そこから先は、光太郎が一手に引き受けた。最後に、樹脂袋に入った、誰のものとも知れぬ人骨も撒いて、骨室の中は完全にそれらが入り混じった。浄土系の宗派で、教義のようにして言われる「倶会一処(くえいっしょ)」というやつだ。
 それにしても、肉親なのか何なのか、赤の他人の墓に人骨を投げ込むなど、ずいぶんと大胆で非常識な仕業ではないか。そのまま、その場で即断し合葬する方もする方かもしれないが…。
 まったく心当たりのない人骨がそこにあるなどということになれば、普通なら迷わず警察に通報するだろう。万が一、その人骨になんらかの事件性があって、その処分に困った「犯人」がカモフラージュに最適と考えたとしたら…。墓地のどこか入れやすい場所を探して、家紋の入った墓石をずらせばすぐ開くような「ゆるい」我が家の墓を見つけて込んでいった可能性も、ゼロではないのだから。
 自分たちの一存で勝手に埋葬してしまえば、何らかの犯罪に加担することにもなりかねない。いや、確実にそうなるだろう。 
 光太郎にしてもそのことは頭をよぎったが、
「そうですね。一緒にしちゃいましょうか」
と、その場の勢いで、骨室の奥にあった曾祖父母らの骨壺から、取り出しては順番に蒔いていった。
「うぇっ…ひどいわ。変な埃がすごい…」
 骨室からは、あまりの埃っぽさとともに、なんとも言葉にしがたい圧といったら良いのか、あふれ出る積年の思いのようなものを真正面から浴びながら、「そうだ、倶会一処だよな。しっかりお参りしていこう」と言い聞かせるように、次々に骨を撒いていった。
 そうしてすべてを撒き終わり、幾人かの人骨がひとつの山になったのを見て、光太郎は、でも不思議とやり遂げたような、すっきりとした気持ちになっていた。隣で一部始終を見ながら、骨をあけた樹脂袋をつまんで持っていた妹の加奈子も、「別にいいんじゃない? 皆まとめてしっかりお参りしていれば災いも起きないよ」と、淡々としたものだ。
 光太郎は、つくづく、この家族は適当な人たちだよなぁと呆れながら、「こんなこと、よその人に話せば、『なんで警察に届けなかったの? 信じられない!』とか言われるんだからね。そこのところは、わかってる?」と当てつけ気味に発した。



「事件」から三カ月ほどが過ぎた、きぬ子の初盆。光太郎は、母親のもみじとともに墓参りに来ると、自分たち親族が誰も来ていないにもかかわらず、謎の花が供えられていた。
「もう、結構前からなんだよね。最初は、サチエおばさんか千鶴子さんかと思って、電話で、お参りに来てくれました? って聞いたら、二人とも行ってないって。うちの親戚でお墓に来てくれる人なんてそのくらいだし。誰なんだろうね…」
 もみじも、不思議そうにつぶやいた。たしかに、わざわざ旭家の墓参りをする人は他に思い当たらない。友蔵の会社の後輩や登山サークルの人にもひと通り聞いてみたものの、誰一人行っていないとのことだった。そもそも、その人たちは墓の場所さえ知らないのだから、旭家の誰かに所在を聞かねばならないのだ。この花は、いったい誰が供えているのか。
 かといって薄気味悪さはあまりなく、純粋に、足しげく墓参しているのが、誰なのかが気になっているのだ。光太郎をはじめ、おそらく、墓にお骨を入れた当人か、そのことを知る人物だろうと見立てているのだが、その正体を突き止めて話をしようとすれば、その期間に二十四時間、交代で墓の近くから見張っていなければならない。この数年ずっとそうだが、盆や彼岸の前週あたりに墓を訪れて、光太郎たち旭家の人間とは、努めて鉢合わせることを避けているのがわかる。
「会いたいんですよね、お骨を投げ込んだ人に。このままだと、あまりにミステリーすぎますもん」
 秋の彼岸中日に平岸寺に行くと、光太郎は善道住職が寺務所に入っていくところを捕まえて、何かよい方法はないか、相談を兼ねて投げかけた。
 善道は、入ってすぐの応接ソファに光太郎を促し、備え付けのドリンクサーバーで二人分のほうじ茶を入れてきて腰を掛けると、ふっと一息ついて、光太郎をしっかりと見て話し始めた。
「たぶん、お骨を入れた人がお参りに来ているのかなと、私も思うんだよね。それでね。お墓に貼り紙をしてみたらどうだろう。『お骨は、家族のものと合わせて供養しています。ただ、将来的に墓じまいをするかもしれませんので、連絡をいただけますか。咎めるようなことはありませんので、ご安心ください』みたいなことを書いて貼っておく。すぐに連絡がなくても、相手にすれば、こちらの存在を把握しているんだ、お骨を一緒にしてくれてお参りしているんだと分かるし、ちゃんとボールを投げたことになるから」
 まったく思いつきもしなかったことで、光太郎は「それ、すぐにやりますね」と返した。そして、さっそくとばかりに、翌日、善道に言われた通りの内容を書いて、百円ショップに売っているラミネートにして墓石の右隣に貼った。当人の命日と思われる日も含めて、その人は年に数回は律儀に訪れているので、いずれ確実にそれを見るだろう。すぐに連絡してこないにしても、とりあえず電話番号は控えておくかもしれない。何より、こちらからボールを投げておくことに意味があるし、時間を経てリアクションをしてくるかもしれない。そんな、期待に近い思いを持ってのことだ。もしかすると、スマートフォンを操れないほどの高齢者の姿と、手書きで電話番号を控えて、黒電話からダイヤルしては止めて、みたいにためらう絵も浮かんでいた。光太郎は、まるで想像できないからこそ、像を描いては消していた。
「電話、かけてくるかな…ないような気もするけど。それこそ、お盆前に朝から日暮まで交代で張り込んでいれば会えるかも」
 光太郎は、貼り紙のことを母親のもみじや家族にもひとしきり話した。その人は、盆や彼岸の一週間前くらいに来ている。供えてある花の枯れ具合からして、自分たち家族と鉢合わせないよう、盆や彼岸の墓参に訪れる数日前をめがけて来ていることも分かっている。人骨と、おそらくそれを投げ込んだと思しき足しげく墓参するその人は、一体誰なのか。会って話がしたい。そんな思いに駆られていた。ただ、いくら家族で交代してといっても、朝から晩まで張り込むなんてのも無理な話だ。ある時は、今朝来ていったばかりじゃないかということもあった。
「もしかして、自分たちのことをどっかの木陰から見ているかもよ?」。もみじがそう言うと、光太郎も「こちらはどこの誰か分からないのに、向こうは自分たちのことを知っているかもだし。墓の存在も元々知っていたのなら、なんか怖いような、不思議なような」とつぶやいた。
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