第1話

文字数 1,990文字

「僕、今まで頑張ってきましたが」
「はい」
「最近ひどく疲れるんです、心にもない嘘をつき続けるのが」
「世界を保つための嘘なのよ、仕事と割り切ろう?」
「あんなお妃より、若く無邪気な白雪姫の方が可愛いに決まっていますよ、主任だってそう思うでしょ?」
黒曜(こくよう)君、覆水盆に返らず、口に出した言葉は回収不可能。気をつけて?」

 私は魔法省事務指導課主任の柘榴(ざくろ)。おとぎの世界の鏡に接続して、リモート面談中。
というのは先日、魔法の鏡の中の人(キャリア採用の黒曜君)からサポートデスクに相談があったからだ。

相談内容:
おとぎの世界で魔法関連業務を掛け持ちしています。今回、白雪姫の件で相談です。
お妃(人物難あり)の対応に消耗し、負担が生じています。真実を口頭漏洩(こうとうろうえい)し、物語の封印を解除する事務ミスが発生する恐れがあります。


 魔法省では白雪姫の話は封印すると決定済である。
七歳の少女が森に捨てられ、七人の男たちと暮らし、三度殺され、ネクロフィリア疑いの王子様にもらわれていく……「めでたし」とは言い難しと判断されたからだ。
もし黒曜君が真実を口走ったら、物語が動き出してしまう。影響度は低いとはいえ、事務ミスは事務ミス。お妃さまをおだててご機嫌を取り、物語を停滞させ、世界の安寧(あんねい)を保つのが黒曜君の仕事なのだ。
対面での面談が必要と判断した私は、おとぎの世界へ赴くことにした。


 白雪姫の世界に到着。
黒曜君の接待で村の酒場へ移動し、まずは一杯。
「主任、ご足労かけます」
「美味しい、このビール!」
「ここの名物なんです、ハムとチーズもぜひ」
「いただきます」
「……僕、もう、飲まないとやっていられません。あのお妃、いっつも同じ質問ばっかりしてくるんですよ。この国で一番美しいのは誰?……どうだっていいよそんなこと、誰も興味ないよ。いい年してバカみたいな質問して、もっと他に気にすることあるだろって。マスターおかわり!」
「黒曜君、飲み過ぎだよ」
「もし僕がうっかり白雪姫が美しいって口走ったら、それだけであのお妃、白雪姫を殺すんでしょ? 頭おかしい」
「あのお妃さまは承認欲求の(かたまり)、重度のナルシストね。傲慢(ごうまん)(ねた)みと権利意識が強くて、突き詰めればひどく孤独で脆弱(ぜいじゃく)で」
「ああ、そうですね。“自分は特別な存在” と(たた)えて欲しくて必死ですもんね。特別扱いされなかったら、傷ついたと逆上して大騒ぎするタイプ」
「そう、お妃さまは権力者なのに、心はちょっとしたことで壊れてしまう脆弱な世界に生きている。この世界を支えるのは黒曜君、あなたよ」
「プレッシャーですよ~明日サポートしてくださいね」

 次の日、私は黒曜君の後ろで待機した。
「鏡よ鏡、この国で一番美しいのは誰?」
「お妃さまです」
「嘘、白雪姫でしょ」
「いいえ、お妃さまの方が美しいです」
(黒曜君、その調子)
「だって私、もうおばさんだし、ぜんぜん自信ない」
「そんなことないです」
(黒曜君、具体的に誉めるのよ、薔薇のようとか、品があるとか)
(無理っす)
「私なんてだめ、誰も私の気持ちわかってくれないし、私なんか誰からも愛されない」
(黒曜君、その愚痴アピールは  “さあ、こんな可哀そうな私をあなたはどう慰めるの? お手並み拝見” という挑発よ! うんざりを顔に出しちゃダメ、平常心で持ち(こた)えて)
(……はい!)
「お妃さま、大丈夫です、自信持って、元気出してください、応援してます」
「なにそれ。まあ、いいわ」
(黒曜君、ちょっと棒読みだったけど回避できたね、上出来!)

 昨日の酒場にて。
「主任、お疲れ様でした」
「黒曜君こそお疲れ様。仕事の後のビールは美味しいわね! 出張もたまにはいいものだわ」
「……僕、実績積んだら、魔法省本部で仕事がしたいです」
「希望出しなよ、待っているから」
「そうなったらいいな、また飲みましょう」
「もちろん」


 その三年後、黒曜君は念願通り魔法省本部の環境保全課に異動となった。
そして黒曜君の代わりに「魔法の鏡の中の人」担当になったのが、シニア世代のおじさん職員だった。が、このおじさん、着任そうそう

てしまい……

 あろうことか、おじさん職員はお妃さまの愚痴に対し、「アドバイス」をしてしまったのだ。アドバイスは難しい、自慢や自分語りになってしまうから。
「お妃さん、あんた、他人の目を気にし過ぎだ。みんな自分のことで精一杯だからさ、あんたの美醜なんか気にかけちゃいないよ。それに、老いはそう悪いものではない、自分は老いを柔軟に受け入れているよ、例えば……」
滔々(とうとう)と自分語りを披露してしまったという。もちろん、お妃さまのご不興(ふきょう)を買ったのは言うまでもない。

 世界に雷鳴が轟き、白雪姫は捨てられ、物語はあっさりと動き出した。

 私と黒曜君は、当該事務ミス報告を聞いたその日に飲みに行った。
「飲まずにはいられませんよ。僕があれだけ辛抱したのに」
 今夜は黒曜君にとことんつき合うつもりだ。

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