第1話 ワープじゃなくて飛び地

文字数 1,903文字

「ホトケノザ、明日の現場は遠いぞ」

 寮のプレハブのドアをノックするスズシロ親方。
電話やライン、インターホンは使用せず、直接会って声をかけるのが親方流。
「はい。どこですか?」
「北の方、朝4時出発だ」

 僕は親方の言う『社会人として基本的なこと』は守るようにしている。
遅刻をしない。嘘をつかない。挨拶をする。健康管理。

 翌朝、駐車場に3時50分に行く。まだ真っ暗。ホストのようなゴギョウ兄さんも来た。
親方がやって来て、
「ホトちゃんと風来坊、揃っているな、行くぞ」
ホトちゃんは僕のことで、風来坊はゴギョウ兄さんのこと。

 大きなバンに乗り込み、兄さんの運転で高速を北へと走る。
途中のインターチェンジで親方がご飯を(おご)ってくれる。これが楽しみの1つ。
今日は西方ラーメンを食べた。


 車の中から流れる景色を眺める。
僕は(しゅう)国と(かい)国との間に位置する暗礁島(あんしょうとう)出身。両親は鉱山で働いていた。
 大震災で鉱山が倒壊し孤児になった僕を、スズシロ親方は雇ってくれた。
どうして僕を雇ってくれたのですかと、一度聞いたことがある。

「俺はな、顔を見て声を聞きゃあわかるんだよ」

 親方は人間の能力と、修繕歴や残価年数がわかるらしい。
「残価年数ってなんですか?」
「余命だよ」そして、
「残価年数がわかると何かと取引に都合がいいんだ、ホトちゃんにはちょっと難しいか」

 風来坊ことゴギョウ兄さんは『紐付(ひもづ)かない男』だ。
顔と名前、マイナンバー、指紋を変えることができるので、たまに印象が変わる。
ギャンブルで借金を作っては踏み倒して、親方から叱られている。

 僕も経歴を兄さんに変えてもらった。
暗礁島は今や界国に乗っ取られてしまっている。僕が数少ない暗礁島出身の生き残りであることがわかると、政治的な利用をされてしまうらしい。
 そこらへんは僕はよくわからないけど、親方の言うとおりにしていれば間違いない。

「よし、着いたぞ」
 時計を見ると7時。バンから降りると、なで肩のおじさんが揉み手で走って来た。
「スズシロさん、遠くから悪いね、職人さん達が来る前にさっそくお願いできるかな」
ススキ野原の中の分譲地だろうか。黒い土が広がっている。
「さむ」兄さんが首をすくめる。
 風に乗って懐かしい潮の香り。海が近くにあるのかな。

「どこを刻んで調べても土壌汚染されているんだよ。この土、無くせるかな?」
 泣きそうなおじさん。親方は僕の背中をポンと叩いた。「頼むぞ」
「はい」
「お、得意のワープ法」兄さんはいつも軽口を叩く。そのたびに親方は訂正するのだ。

「ワープじゃなくて”飛び地”だよ。ここに暗礁島を呼ぶんだ」

 僕は荒涼とした海と岩だらけの暗礁島を思い描く。
うら寂しくも懐かしい風景。今や異国の民に乗っ取られた故郷。
集中する。
ここに飛び地を出現させるまで10分。無くしたいものを包み込んだまま、飛び地を消滅させるまで20分。黒い土は均等にえぐられていた。

「ホトちゃん、なんでも好きなもの買っていいぞ」
帰りのコンビニで親方は言った。
僕が迷っていると「全部買え」と、(あん)かけ炒飯、餡かけ焼きそば、カボチャのプリン、林檎のサイダーを買ってくれた。


「ホトちゃん、急ぎの仕事が入った」
「はい」
 またゴギョウ兄さんが運転手。今日の兄さんは眼鏡でサラリーマンのような雰囲気。
今回の現場は1時間ほどで着いた。午後2時20分。

 広い現場だった。マンションでも建てるのかな。低く垂れ込めた雲。
ニッカボッカの関係者3人が険しい顔で立っている。
そのうちの1人の角刈りが駆け寄ってきて案内してくれた。

 みんなで掘削(くっさく)した土壌を覗き込む。僕と兄さんはなんのことやらわからずポカンとする。
さすがは親方、気がついたらしい。
「あ、これ、まずいな」

 親方の指さす方を見る。陶器の欠片がいくつか見える。あと……骨?
角刈りが声をひそめる。
「ここで埋蔵物なんて出て調査に入られたら、ますます工期が遅れっちまうよ、冗談じゃねえ、資金ショートしちまう」
どうやら遺跡らしい。
 僕は親方から言われたとおり、暗礁島の飛び地を出現させ遺跡ごと包んだ。


 今日の帰りはファミレスだった。
親方は僕の注文したミックスグリルに、ライスとサラダとドリンクバーとデザートを付けてくれた。今日もいい日だ。

 ゴギョウ兄さんは言った。
「暗礁島からここの遺跡が出たらみんな驚くね」
「そしたら暗礁島は昔から州国のものだって証明できるじゃねえか、願ったり叶ったりだ」
「でも学者は大騒ぎだよねー」
眼鏡をクイッと上げて、今日の兄さんは賢そう。

「学者にはお宝でも俺たちにとっちゃあ面倒なゴミだ」

僕は、誰かのお宝が置き去りにされている暗礁島を思い描きそうになり、慌てて打ち消した。

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