第1話 任務①

文字数 2,288文字

『木下、今どこだ?』
「もうじき名古屋駅を出るとこですけど」

 多くの人で賑わう駅構内。鳴り出したガラパゴスケータイを耳にあてながら出口へと歩く。

『緊急の任務だ。それもクレイジーな奴のな』
「…足利ですか?」
『あぁそうだ』

 足利 次郎(あしかが じろう)。空間を歪ませる能力を持ち、隊員を次々と殺害していることから、組織としても危惧すべき存在であった。

『近畿を担当している奴からの情報によると、どうやら新幹線でそっちに向かっているらしい。お前は人混みに紛れるなり、タイミングを見計らって確実に狩れ』
「了解」
『あと、昨日の時点でそいつに殺された数は一般人含め二〇人以上だ。お前も認知されているかもしれない。念の為言っておくが、死ぬな——』

 電話を切ると、歩いてきた道に戻り、幹線ホームへと向かった。

 どこからかは知らないが、うちの組織の情報が数十年前から漏れ出していた。そのため、組織の情報を知ったある能力者たちは同じ能力を持つ者を集めてとある団体を作り、隊員らを特定しては次々と殺していた。それは今回現れた足利次郎も例外ではなかった。

 ささっと改札を通り、階段を登ると落下防止柵が取り付けられた14・15番線ホームが見えてきた。人ごみの中に溶け込むとはいったものの、溶け込めるほどの数ではなかったため、ホームにある待合室で足利の到着を待つことにした。
 
 足利の特徴はたった一つ、首に切られたような傷がいくつかあることだ。この三枚の写真から推測するに、能力の副作用といったところだろう。三枚とも傷の数が異なり、新しい写真につれ傷が多くなっているのが一目でわかる。おそらく、能力を使うたびにそのような傷ができてしまうのだ。

『間もなく、15番線に、21時56分発、つくし、732号、東京行きが到着いたします。黄色い線ま——』
「そろそろか…」

 アナウンスで退屈な時間の終わりを告げられると、ほかの誰もいないしんみりとした待合室に、マフラーを巻いた一人の男性が自動扉をくぐって中に入ってきた。
 さすがに二人だけの空間は気まずいと思い、外に出ようと席を立とうとしたその時——

「——ッ」

 席に吸い込まれるように体が沈んでいった。
 まさかと思い、入ってきた男に目を向けると、わずかではあるがマフラーの隙間から傷が見えた。新幹線はまだ止まっていないはずだ、なのになぜいるのかと疑問に思ったが、今はそれどころではない。
 しかし、沈みゆく体は抜け出すことができず、がれきと共にそのまま飲み込まれてしまった。
 
 名古屋駅周辺は、一部ホームの崩落により煙に巻かれ、混乱に包まれた。高いビルが立ち並ぶ街中に救急車やパトカーの音が響き渡るなか、その音さえも聞こえない地下鉄ホームまで木下は落下していた。

 空間歪曲…本当に歪むんだな。
 木下はがれきの中から手を出し、ゆっくりと立ち上がった。
 
「やっぱり、安全第一は現場の見方だね」

 そう言ってかぶっていたのは緑色のラインが入った黄色のヘルメット。落ちる際、背負っていたリュックからとっさに取り出してかぶったのである。だが、助かった要因はそれだけではなかった。地面にたたきつけられた際、ヘルメットのおかげか幸い気を失うことなく、大きな落下物を避けることが出来たのだ。もし、もう1メートル右にいたら確実に死んでいただろう。

 なにか騒がしいと思い周辺を見渡すと、わずかではあるが電車を待つ一般人があまりの出来事にこちらを見て呆然としていた。

「あんた大丈夫か?!」
「それより、ここにいるとあんた死ぬよ」

 一人のサラリーマンの声掛けに対して素早く外に避難するよう伝えた。

「おい!いまのあぶねぇだろ!」

 周りに人がいなくなったところで、崩れた穴から差す光に向かってそう言った。
 
「なんだ、生きていたのか」
「まぁさすがにな」

 上を覗くと、穴の向こうにはマフラーをつけていた男がこちらを見下ろしていた。なんだか見下されている感じがしてとても気分が悪い。

「そんなことより、そこから見下ろしてないで降りて来いよ!」
「…?」

 聞こえていないのか男からの反応がない。

「どうした?聞こえないのか足利、糸電話でもするか?」

 すると、足利はこちらに向かって手をかざした。その瞬間、きしむ音と同時に自分周辺の空間が歪み、床にひびが入るとそのまま崩れはじめた。

「うお、危ない危ない」

 だが、今度はしっかりと足利の動きを予測していたので崩落に巻き込まれることはなかった。

「もうその能力意味ないよ?一度お前の能力を見てしまったんだ。不意打ち作戦はこちらがミスをしない限り、もう通じることはない」
「お前にできることは、ただひたすら逃げることだ」

 しかし、あきらめが悪いのか足利は先ほどよりも広い範囲で能力を行使した。
 崩れる天井、地面の崩壊は半径三十メートルにも及ぶが、それらを軽い足取りで避けていった。

「あきらめの悪い男だな。何度も言わせるな、それはもう効果がない」

 さすがにため息が出た。自分の能力を過信しすぎだと、そう思った。

「もし、まだこのまま続けるのであれば——殺す」

 しかし、足利は警告の言葉を無視してもう一度手をかざしたその時。

「ッ!」

 木下は足利のもとへ向かうように階段へと猛ダッシュした。
 足利はそれに気づいたのか今度は先ほどよりもさらに広い範囲で空間を歪曲した。
 それに伴う崩落は地下どころか、隣にある電車のホームにまで拡大した。大きな音を鳴らすとともに崩れていく建物。そんななか、木下は落ちるどころか、ものすごい勢いでがれきとともに足利が立つホームへと上がってきた。

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