第2話 任務②
文字数 2,736文字
それに伴う崩落は地下どころか、隣にある電車のホームにまで拡大した。大きな音を鳴らすとともに崩れていく建物。そんななか、木下は落ちるどころか、ものすごい勢いでがれきとともに足利が立つホームへと上がってきた。
足利の能力の特徴は、必ず時計回りに歪曲すること。つまり、足利から見て三時の方向ではなく、九時の方向に立っていれば一時的に無重力状態になるため、がれきに巻き込まれながらも体が浮くことになる。先ほど、あえて行使させるように煽ったのは能力の特性を見て理解するためであった。
なんとかホームに着地すると、ポケットから折り畳みナイフを取り出して足利へと振りかかった。
しかし、足利はそれを華麗に避けた。こちらも素早い動きで何度も突くが、相手も軽い足並みで避けていった。そしてもう一突きした瞬間、ナイフを持っていた腕をつかまれ、喉ぼとけに向かってチョップをかましてきた。だが、もう片方の手で守り、掴まれていた腕をほどくと素早く肩に刺した。
「…グヌッ!」
そして怯んだ隙に何度も身体に刺し傷を作った。それに対して足利は対処することができず、急所のみに守りを徹していた。必死の抵抗で一度能力を使おうと手をかざすが、気づいたら両手の指がコンソメスープのウィンナーのようにバラバラになっていた。
その後も二人の激しい攻防が続くが、木下の方が近接戦闘に優れていた。
木下は足利を壁に押し付け、髪の毛を掴むとナイフを首に振りかかった。しかし、足利はそれを自らの手のひらで受け止めると、とっさに木下の後ろに回って両腕で首を力強く締め付けた。
「くっ…」
だが、隙が空きすぎだ。
ナイフを逆手に持ち変えると、足利の太ももへと深く刺した。そしてそのまま背負い投げをして地面へと叩きつける。さらに木下は追い打ちをかけた。倒れた足利の顔面を殴ると、ナイフを顔へと振りかぶった。
足利は両腕で木下の手首を必死に抑える。が、その瞬間に木下はナイフの付け根のボタンをプッシュすると刃は足利の顔へと飛んでいった。
「うあ゛ぁぁぁぁ!!!」
飛ばした刃は眼球へと刺さり、足利は想像を絶する苦痛に悲鳴をあげた。
だが、どちらにしろこいつが死ぬのは時間の問題だ。大動脈に傷がついた太ももからは大量の血が溢れ出し、そのうち出血性ショックで死に至る。
「あんたは負けたんだよ」
腰のポーチからもう一つ折りたたみナイフを取り出してもう一度ふりかぶる。だが足利は粘り強く抵抗を続けた。
だが、足利の力は弱っていた。木下は両手でナイフをグッと押してさらに刃先を喉へと近づける。
「やめろ…っ!」
「…断る」
すると、木下はトドメを刺すようにナイフを大きく振り上げた。
「…!」
次の瞬間、刃がパキンと割れ、衝撃で手がジーンと痺れた。木下が刺したのは皮膚ではなく、固いアスファルトだったのだ。そして、目の前にいたはずの足利もいなくなっていた。
とっさに周りを見渡すものの、足利の姿はどこにもない。
一体何が起こったのかはわからなかった。今できることは、ただ思考を巡らせることだけである。
そういえば、新幹線が来ていないのにも関わらず、なぜか足利は到着していたことを思い出した。最初は足利が仕掛けた嘘の情報かと思っていたが、この状況を考えれば他の可能性もないことはない。
「…まさか」
とその時、空間が歪む感覚を覚えた。
足利の能力だ。
必死に体を動かし、逃げようと試みるがすでに遅かった。
その時、俺は死を悟った。
「おい」
「…!」
たった今、死という瞬間に直面している最中、後ろからそう呼びかけられた。声がする方へ振り向くと、そこには不敵な笑みを浮かべた足利が指のない手をかざして立っていた。
「お疲れざまぁ!木下さんよぉぉ!!!」
「クソ…」
ナイフを向けようと身体を捻るが、おそらく間に合わない。そう死を覚悟したその時だった。
「…」
崩れない…?
足利をみると、突然時が止まったかのように固まっていた。何が起こったかはわからないが、この絶好の機会を逃すわけにはいかなかった。
木下は足利がすぐに動き出すことを頭に入れ、拳銃を腰のホルスターから抜いた。そしてチャンバーチェックを済ませると、フリーズしている足利の頭を目掛けて照準を合わせ——
——ドゴォン!!
鋭い爆発音が名古屋駅周辺に鳴り響いた。
鉛玉を食らった足利は背中から倒れ、仰向けになると血の海を作った。木下はすかさず安否を確認する。
「…」
脈は止まっていた。
「はぁ…」
緊張の糸がほつれたのか自然と床にへたり込んでしまった。
このままゆっくりしたいところではあるが、もうじき警官やらが駆けつけてくる。その前にはこいつを処理しておきたい。
拳銃をホルスターに納め、足利の遺体を引きずると、高さ数十メートルある崩落した穴に落とした。
これは事故に見せかけた処理方法である。通常、遺体はコンクリートに埋めるか燃やしたりするが、現場の被害が大きければ事故を装って処理することもできる。
自分の能力で起こした崩落事故の死亡者になるとはなんとも皮肉である。
引きずったことがバレないよう血痕を掃除し、撤収作業に入ると、ある重要なことに気づいた。
「薬莢がない…」
先の発砲で排出されたはずの薬莢がないことに気がついたのだ。このままではまずいと発砲した周辺をしばらく探るが、それらしきものは見つからない。すると、階段を登るような足音がかすかに聞こえてきた。
警察か消防か…どちらにしろ早くここを撤収しなければならないのは確か。駆け足で反対側の階段へと向かおうとした。
「おい待て」
その瞬間、ドスの効いた男の声が階段へ向かう足を止めた。どうやら遅かったようだ。
「なんだ?」
恐る恐る後ろを振り返った。しかし、そこにいたのは警察でも消防でもなかった。
ゴリラのような体格に、金髪モヒカン…消防はもちろん、警察とは程遠い身だしなみであった。では、この男は一体何者なのか。
「あんた誰だよ?警察でもなさそうだしな」
そう問うが、男は質問に答えずにゆっくりと距離を詰めてきた。
しかし、木下は冷静な姿勢を崩さなかった。この男からは殺気が感じられないのもあってか、引き下がることはしなかった。
そして、ついには目の前まで来てしまった。
身体のデカさもそうだが、身長の高さにも少々驚いた。およそニ〇〇センチメートルはあるだろうか、デカすぎる。
「お前が木下か」
数秒沈黙していると、ようやく口を動かした。
「だとしたら?」
すると、モヒカン男は胸ポケットからICカードのようなものを取り出し、提示してきた。
「五六 龍二(ふかぼり りゅうじ)。近畿を担当しているKeep Orderの人間だ」
× × ×
足利の能力の特徴は、必ず時計回りに歪曲すること。つまり、足利から見て三時の方向ではなく、九時の方向に立っていれば一時的に無重力状態になるため、がれきに巻き込まれながらも体が浮くことになる。先ほど、あえて行使させるように煽ったのは能力の特性を見て理解するためであった。
なんとかホームに着地すると、ポケットから折り畳みナイフを取り出して足利へと振りかかった。
しかし、足利はそれを華麗に避けた。こちらも素早い動きで何度も突くが、相手も軽い足並みで避けていった。そしてもう一突きした瞬間、ナイフを持っていた腕をつかまれ、喉ぼとけに向かってチョップをかましてきた。だが、もう片方の手で守り、掴まれていた腕をほどくと素早く肩に刺した。
「…グヌッ!」
そして怯んだ隙に何度も身体に刺し傷を作った。それに対して足利は対処することができず、急所のみに守りを徹していた。必死の抵抗で一度能力を使おうと手をかざすが、気づいたら両手の指がコンソメスープのウィンナーのようにバラバラになっていた。
その後も二人の激しい攻防が続くが、木下の方が近接戦闘に優れていた。
木下は足利を壁に押し付け、髪の毛を掴むとナイフを首に振りかかった。しかし、足利はそれを自らの手のひらで受け止めると、とっさに木下の後ろに回って両腕で首を力強く締め付けた。
「くっ…」
だが、隙が空きすぎだ。
ナイフを逆手に持ち変えると、足利の太ももへと深く刺した。そしてそのまま背負い投げをして地面へと叩きつける。さらに木下は追い打ちをかけた。倒れた足利の顔面を殴ると、ナイフを顔へと振りかぶった。
足利は両腕で木下の手首を必死に抑える。が、その瞬間に木下はナイフの付け根のボタンをプッシュすると刃は足利の顔へと飛んでいった。
「うあ゛ぁぁぁぁ!!!」
飛ばした刃は眼球へと刺さり、足利は想像を絶する苦痛に悲鳴をあげた。
だが、どちらにしろこいつが死ぬのは時間の問題だ。大動脈に傷がついた太ももからは大量の血が溢れ出し、そのうち出血性ショックで死に至る。
「あんたは負けたんだよ」
腰のポーチからもう一つ折りたたみナイフを取り出してもう一度ふりかぶる。だが足利は粘り強く抵抗を続けた。
だが、足利の力は弱っていた。木下は両手でナイフをグッと押してさらに刃先を喉へと近づける。
「やめろ…っ!」
「…断る」
すると、木下はトドメを刺すようにナイフを大きく振り上げた。
「…!」
次の瞬間、刃がパキンと割れ、衝撃で手がジーンと痺れた。木下が刺したのは皮膚ではなく、固いアスファルトだったのだ。そして、目の前にいたはずの足利もいなくなっていた。
とっさに周りを見渡すものの、足利の姿はどこにもない。
一体何が起こったのかはわからなかった。今できることは、ただ思考を巡らせることだけである。
そういえば、新幹線が来ていないのにも関わらず、なぜか足利は到着していたことを思い出した。最初は足利が仕掛けた嘘の情報かと思っていたが、この状況を考えれば他の可能性もないことはない。
「…まさか」
とその時、空間が歪む感覚を覚えた。
足利の能力だ。
必死に体を動かし、逃げようと試みるがすでに遅かった。
その時、俺は死を悟った。
「おい」
「…!」
たった今、死という瞬間に直面している最中、後ろからそう呼びかけられた。声がする方へ振り向くと、そこには不敵な笑みを浮かべた足利が指のない手をかざして立っていた。
「お疲れざまぁ!木下さんよぉぉ!!!」
「クソ…」
ナイフを向けようと身体を捻るが、おそらく間に合わない。そう死を覚悟したその時だった。
「…」
崩れない…?
足利をみると、突然時が止まったかのように固まっていた。何が起こったかはわからないが、この絶好の機会を逃すわけにはいかなかった。
木下は足利がすぐに動き出すことを頭に入れ、拳銃を腰のホルスターから抜いた。そしてチャンバーチェックを済ませると、フリーズしている足利の頭を目掛けて照準を合わせ——
——ドゴォン!!
鋭い爆発音が名古屋駅周辺に鳴り響いた。
鉛玉を食らった足利は背中から倒れ、仰向けになると血の海を作った。木下はすかさず安否を確認する。
「…」
脈は止まっていた。
「はぁ…」
緊張の糸がほつれたのか自然と床にへたり込んでしまった。
このままゆっくりしたいところではあるが、もうじき警官やらが駆けつけてくる。その前にはこいつを処理しておきたい。
拳銃をホルスターに納め、足利の遺体を引きずると、高さ数十メートルある崩落した穴に落とした。
これは事故に見せかけた処理方法である。通常、遺体はコンクリートに埋めるか燃やしたりするが、現場の被害が大きければ事故を装って処理することもできる。
自分の能力で起こした崩落事故の死亡者になるとはなんとも皮肉である。
引きずったことがバレないよう血痕を掃除し、撤収作業に入ると、ある重要なことに気づいた。
「薬莢がない…」
先の発砲で排出されたはずの薬莢がないことに気がついたのだ。このままではまずいと発砲した周辺をしばらく探るが、それらしきものは見つからない。すると、階段を登るような足音がかすかに聞こえてきた。
警察か消防か…どちらにしろ早くここを撤収しなければならないのは確か。駆け足で反対側の階段へと向かおうとした。
「おい待て」
その瞬間、ドスの効いた男の声が階段へ向かう足を止めた。どうやら遅かったようだ。
「なんだ?」
恐る恐る後ろを振り返った。しかし、そこにいたのは警察でも消防でもなかった。
ゴリラのような体格に、金髪モヒカン…消防はもちろん、警察とは程遠い身だしなみであった。では、この男は一体何者なのか。
「あんた誰だよ?警察でもなさそうだしな」
そう問うが、男は質問に答えずにゆっくりと距離を詰めてきた。
しかし、木下は冷静な姿勢を崩さなかった。この男からは殺気が感じられないのもあってか、引き下がることはしなかった。
そして、ついには目の前まで来てしまった。
身体のデカさもそうだが、身長の高さにも少々驚いた。およそニ〇〇センチメートルはあるだろうか、デカすぎる。
「お前が木下か」
数秒沈黙していると、ようやく口を動かした。
「だとしたら?」
すると、モヒカン男は胸ポケットからICカードのようなものを取り出し、提示してきた。
「五六 龍二(ふかぼり りゅうじ)。近畿を担当しているKeep Orderの人間だ」
× × ×