おみやげ

文字数 945文字

 これは息子がまだ小さかったころの実話です。
 身内の自慢話のようでちょっと気恥ずかしいのですが、非常に印象に残っているのでご紹介します。



「パパ、あれなに?」
「どれ?」
「なんとかのおいしいなんとか」
「ああ、あれは『南アルプスのおいしい水』って書いてあるんだ」
「おいしいの?」
「うん、自然の水だからね、おいしいよ」
「あれ、かってくれる?」
「いいけど……甘くないよ、サイダーとかラムネみたいにシュワシュワしてないし、ただの水って言えばただの水だけど?」
「うん、わかってる、おみやげにしたいんだ」
「ふうん……まあ、いいよ、一本でいいかな?」
「うん」

 同居している私の母、息子にとっては祖母もまじえて出かけた長野旅行、最後に立ち寄った観光地で売っていた天然水を息子が欲しがった。
 その時まだ5歳、水の味の差なんてわからないだろうと思ったのだが、熱心に欲しがるし、安いものだし、家に帰ってそれを飲んで『おいしい』と感じるのならまあ、ひとつの教育にもなるだろう、そう思って買ってやった。
 
 どうせ帰りの車の中で飲んでガッカリするのだろうと思っていたのだが、息子は自分の小さなリュックにそれを入れたまま……。
 『おみやげにする』と言っていたが、どういうつもりなんだろう?
 もっとも、もう忘れているだけなのかもしれない、そう思ってその天然水のことはすっかり忘れてしまい、私は車を走らせた……。

 翌朝のことだ。
 息子は朝から祖母の部屋に……。

「おばあちゃん、おはよう」
「はい、おはよう」
「りょこう、たのしかったね」
「そうね、楽しかったわねぇ」
「またいこうね」
「また行きたいねぇ」
「これね、パパにかってもらったんだ」
「『南アルプスのおいしい水』、天然水ね」
「このおみず、おいしいんでしょ?」
「そうよ、湧き水だからね、消毒のにおいがする水道の水とは違うよ」
「よかった……おばあちゃんはいつもおじいちゃんのぶつだんにおみずをあげてるでしょ? これ、おじいちゃんにおみやげなんだ」



(父は私が結婚する前に亡くなっていますので、息子は祖父を知りません)

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