第4章 草莽アカデミー 1/3 夢の理り

文字数 31,434文字

うとうとしててもママはママ
ツノが生えてもママはママ
いっしょに買い物、ママはママ
横から見てもママはママ
後ろから見てもパパはパパ
お空を飛んでもパパはパパ
自転車リンリン、パパとママ
蹴られた時もパパはパパ
ヨタヨタしててもパパはパパ
目がまっ赤っかでもパパはパパ
いびきをかいてもママはママ
いびきをかいてもパパはパパ
歩いていてもママはママ
走っていてもママはママ
怒鳴っていてもママはママ
お酒を飲んでもママはママ
縮んでいてもママはママ
ゆびきりげんまん、ママはママ
カラスが嫌い、パパはパパ
水たまりバシャバシャ、パパはパパ
けんけんパ、パパはパパ
今日も明日もパパはパパ
お出かけしててもママはママ
口笛で夕焼け小焼けができる、パパはパパ
お迎え忘れてもパパはパパ
ママが泣いてもパパはパパ
ママが笑ってもパパはパパ
逆立ちしてもパパはパパ
叩かれた時もママはママ
つねられた時もママはママ
じゃんけんぽん、ママはママ
正座しててもママはママ
お着物きててもママはママ
いっぱいおしゃべりママはママ
ご飯が無くてもママはママ
パパがいるからママはママ
石投げがじょうず、ママはママ
犬小屋で寝た時もママはママ
パトカーのった時もパパはパパ
じゃんけんぽん、パパはパパ
おうどんこねてもパパはパパ
砂場でトンネルたくさん作ってくれたパパはパパ
ゲーゲーしててもパパはパパ
雪だるまを壊してもママはママ
ミシンを壊してもママはママ
自転車を押してくれた、パパはパパ
・・・
「黒辺さん、もうしばらくお待ちください。チサキ所長はお客さまとのお話が、まだ終わらなくて、すいません。こちらへお座りください」
ロビーの壁にかけられていた、額縁の中の長い巻物のような和紙に綴られた詩を、半分ほど右から目で追っていたとき、コーヒーを運んで来た事務員の女性が、席を勧めてくれた。西に傾いて来た日差しが2階の広いバルコニーから差し込んでおり、カップの液面から反射してその和紙の一部を染めている。
「和紙は、光で黄ばんでしまうんじゃないんですか?宝物にまちがないと思って、眺めてたんですけど、」
「ええ、所長の宝物ですし、本来こちらから訪問すべき先生方の中にもこれがご覧になりたくて、足を運んでいらっしゃる方が多いんです。このアカデミーの宝物、なんですねえ。そうよねえ、黄ばんだら大変ですよねえ、でも所長はそんなふうに言われたことないんですよ、私も今、気が付きました。」
「宝物なら、UVカットのガラスを額縁にはめるとか、ペンキをかけられても拭き取れるようにコーティングするとか、うちでどんな材料でも手配できますよ、、何ならおいらを警備員として雇うってのも、ありかなあ。」
「黒辺さんたら、おじょうずねえ。所長があなたを重宝しているのが、よくわかるわ。フフフ。」
笑うと急に子供っぽい表情が現れた、そしてこの時までずっととどまっていたのだろうわずかな香りが、その顔のほころびと共にはじけたようだった。思うに上品だけど、この香水はこの人には似合わない。反面、時計も指輪もせず口紅もささない質素さと、小さなカメオを革ひもで首にかけている大胆さと、くちばしをわずかに開いた鳥のモチーフはそのどちらにもマッチしていて自然だった。
・・・
階段を登るとロビーがあり、その先の南側にはバルコニーが広がっていた、反対側のつまり北側に事務室と応接室がならんでいる。東側の階段を見下ろせる格好で手すりが設けられていて、手すり越しに詩を眺めていた。うながされて席へ向かい、バルコニー越しに広がる光景に目を移すと、その中に見慣れた建物を発見した。JAXAが見えますね、とおいらが呟くと勅使河原女子は嬉しそうに喋り出す。
「息子がね、まだ小学校4年生なんですけどね、おれはあそこで働くんだって、毎日言っているんですよ。
なかなか賢いって、チサキ所長にも褒められましてね、勉強にも身が入って来たところなんです。
私以外の職員さんはみんな、それなりの学歴経歴の方々で、その方々が俊のことを可愛がってくれているんです。
こちらにお邪魔するようになって、そろそろ1年になるんですよ。」
喋り続けている様子を見ていて、こんな母親であれば子供はどんな職場であっても職務を全うする大人になるだろう、JAXAであろうとJAXAでなかろうと、と思えた。もしNASAへ行ってしまったらお母さんもいっしょに行くのがいいでしょうかねえ、もしかしたらお父さんもJAXAで働いているんですか、といった質問をしてみてちょっと失敗した。雲が日差しを遮ったと思わせるほど、勅使河原女子の頭上に影が差したように感じられたのだ、思った通りにとても素直な方なのだろう。
「あの子の父親はね、あの子が3つの時に病気で死んでしまったんです。おっしゃる通り、JAXAへ品物を収める業者をしていましたもので、あの子もそれが自慢なんです。だから、ここのバルコニーからあちらを、JAXAの方をよく飽きずに眺めていまして、でもクルーになりたいっていうわけではないんですよ、近くに見えることがただ嬉しいっていうのかしら。」
悪いことを聞いてしまったという気持ちもあって、もう少しおしゃべりしようと決し、勅使河原女子の横へと立ち上がった。でもいつものことで、最後には少々気まずくなって、やはり喋りすぎたと後悔することになる。
・・・
「勅使河原さんは、6月生まれですか? ああ、いやその、お名前は名札を見たものですから、、、」
「ええ、そうですけど、、、」
不意を突かれた様子で、当然、返事は遅れて返って来た。おいらは時を移さず、西側の壁をさしながら、次の質問に移る。
「あそこのアイズピリの油絵、いつ頃掛けられたんですか、最近ですか?」
「はいそうです。半年ほど前でしょうか。私がチサキ所長から仰せつかって、飾ったんです。」
なるほど、所長は文系の博士らしく、韻を踏むように薔薇薔薇とあつらえている。それも相当高価なバラ、花びらの質感が不自然に一枚一枚異なっていて散りゆく順番が示されているのかもしれない、色合いがちょっと暗いけどこんなのが所長の好みなのだろうか。ちょっと見渡してみたがこれ1枚のほかには事務室の中にも絵画はないし、生け花も飾られていないから花好きということでもない。ただ最近バラを愛でるようになった、これからもう一輪あつらえるのかもしれないし、もうすでにあつらえているのかもしれない。殺風景なロビーだけれども、観葉植物がバルコニー側にあるのがおいらには救いだった、コーヒーカップを両手にかかえて一歩近づき、一息入れる。
「ええと、勅使河原さんが付けられている香水が気になったものですから、ちょっと尋ねてみたんです。」
「ああ、これはお盆休み前の納涼会の時の景品として、所長が配られたもので、男性には万年筆で女性には香水でした。何人も大学へ出向してますから、年に2回は20人ほど全員がここに集まって集約と親睦会をするんですって。大阪へ出向されている女性の先生は、これをいただいてとっても喜ばれてましたよ。」
ゲランを贈られたらそれは喜ぶだろう、当たり前のことだ、しかしこの様子だと勅使河原女子は社交辞令程度に、お礼くらいにしか思っていなかったはず、そしてブランドもほとんど気にかけていないと想像される。最初の印象そのまま、分かりやすい方だ。
事務所の様子を取り止めもなく聞いているだけ、あるいは業者さんが何か話題を探っているだけ、そう感じたに違いない、気持ちの柔らかさが戻ってきたみたいだった。
・・・
けっして的を外すことは無いだろう。おいらの推論を、伝えることにした。出入りの業者の立場では、このまま続けるのは得策でないと頭ではわかっていたけど、なぜだか喋り続けようという気持ちが勝ってしまっていた。
「初対面で失礼は承知なのですけれど、これも何かの縁と思って喋りますね。チサキ所長は勅使河原さんに、気があるみたいです。たぶん。」
その眼には一気に不機嫌な光がうつろい、一歩後ずさりして「何をいうかと思えば、とんでもないことを、、、」と小声を発して、黙り込んでしまった。
さもありなん、しかし決してしまったからにはしょうがない、おいらは話を続けざるを得ない。事実を語らないでいると体に支障をきたしてしまう、厄介な性分だからいたしかたない。悪い方向へ転ぶことが多かった経験をふまえて、なんとか対応しようとするのだが、いかんせん途中でやめられた試しがない。
「つまり博士はある時から、6月の花である薔薇を象徴的に愛でるようになった。薔薇をモチーフにした高価な絵画を飾ることを思いつき、薔薇の香調の香水を選んで景品としたのでしょう。きっと大阪の先生は、誕生日が6月ではないはずですよ。」
どうやら、混乱を収拾しようと秩序を求める気持ちと、なぜこの人からこんな憶測を聞かなければならないのかという険しい気持と、体が陽光を浴びて暖かくなる気持と、足が震えて居心地が悪くなってくる感覚と、驚きを通り越して真っ白になる気持ちと、グルグルと回っているようで気を失う手前でさまよっている、そんな気配が感じられてくる。
ちょうどその時、階下からお母さんを呼ぶ声が元気良く響き、その声が彼女に届いた。運よく正気を取り戻し、家に帰ろうという意志だけは回りだした。よかった、このままだとおいらが彼女にコーヒーを運んできて、落ち着くようにと席を進める順番になるところだった。勅使河原女子は気を取り直し、無言のまま階段を降りて、俊君といっしょに帰宅の途につくことができた。
・・・
おいらはいつも、1階の倉庫へ納品へうかがっている。所長は1日の大半を、その車2台乗り入れられるガレージ風の倉庫で執務を取っているようなので、今まではいつもそこで用事が済んでしまっていた。2階へ上がるように指示されたのは、納品で伺うようになってから半年ほど経って初めてのことだった。2階には事務室と応接室があり、事務員は4人常駐している、そう聞いていたので本来は事務室にいるべきなのに、だだっ広いスペースが好きなのだろうかそれとも気にいらない事務員がいるのだろうかと、勘ぐっていたものである。しかし今日、第3の可能性に気が付いて、それが正しいことがはっきりした。所長は44歳で独身、勅使河原女子は30歳から35歳といったところだろうか。
結局コーヒーには手をつけることはなく、程なくして所長が応接室から長身の男を伴って現れた。この八坂という刑事とここで出会ってしまったために、おいらの生活は一変し、この先ずっと色々な事件へと引っ張り回されることになる。普通の刑事だったなら、この時逃げおおせたはずなのに、なぜ普通の刑事ではないと見抜けなかったのだろう。おいらの感性が節穴であったことはない、そこには自信があるはずなのだ、まさか自分でも信じがたいことだが、逃げきれないと思って無意識に観念していたのだろうか。
二人の間の透明な空気が、白く凍って尾を引く感覚があり、自分をそこにとどめて動かさない、心が動けなかったのは覚えている。そうではなかったのだろうか、おいらの心が、その刑事の心を無意識のうちに縛ってしまっていたのだろうか、もしそうなら新たな運命を自分で選んだことになる、この賭けに勝ったと言えるのはいつ、どんな時なのだろう。いや、やはりこれは自分の賭けではなくて、彼の、八坂刑事の賭けなのではないか、この人はとてつもなく大きな賭けをしている、そんな感じもした。
・・・
180cmをゆうに超えるけれど巨漢とは言いがたい初老のアスリートが、所長と一緒にドアから現れ、コーヒーの湯気に一瞥してからこちらへ歩み寄り、席に腰を下ろしていたおいらに声をかけた。
「お客様をお待たせして、申し訳ありませんでした。そういえば、詩織さんにも一緒に話しを聞いてもらいたかったんですけど、駿くんのお迎えに出られていたみたいで、すれ違いでしたね。」
そうか、おいらにコーヒーを運んだら、少しの時間、申し訳程度に応接室へ向かう予定だったのかもしれない、そこまでは気がつかなかった。向かおうという意志がなくてつまりは同席したくなくて言い訳していた、面倒に巻き込まれたくなかったということなのだろう、そう思い直してなるほどと納得した。本当はもっと長くおいらとおしゃべりしていたかった、そんな雰囲気だったけれど世間話が思わぬ方向へ急カーブしてしまった、申し訳なかった。
次に口を開いたのは、所長だった。
「黒辺くん、遠慮せずに、途中からでも入ってきていただいて構わなかったんですよ。ほんとうに。八坂刑事からいつものように夢解きの相談があって、苦労してるところでねえ。君や詩織さんみたいに、時々当たり前のことを言って茶化してくれる人がいた方が、コンを詰めなくて済むから助かるのに。」
「本職よりも、そちらの方が忙しいみたいですね。いっそのこと、萬相談所の所長ってのに、鞍替えしてはどうですか。」
どうやら八坂刑事は本庁から、つくばに事務所を構えるここ、一般財団法人草莽アカデミーへ、たびたび相談に来ているらしい。苣木莞爾はミッション系の大学で長く教鞭をとったこともあり、政治経済の著書も出版したほどの学究肌である。明恵上人の研究でも第1人者であり、その著作がヒットしたため、八坂刑事に目をつけられたのだそうだ。刑事さんが夢の相談に来た、自分の見た夢にどんな意味があるのか相談に来たということなのか、こんな刑事の鏡のようないかつい人が怖い夢にうなされているとは人は見かけによらない、ああそうか、犯人を撃ち殺してしまって心を病んでいるというのはありそうなことだ、でもそれなら必要なのは心理学が専門のカウンセラーだろう。所長の専門と多少かぶっているかもしれないけれど、彼にはカウンセラーの素養はないはずだ。
・・・
「鞍替えはするつもりはないんだけどね、夢解きの実践が少しは役に立っているみたいだし、どうも最近ではユングよりもまともな思考回路で、考察できている気もしてるんですよ。」
博士はニコニコしながら、今日の成果報告を喋り始めた。
3日前から行方不明になっている4歳の女の子の母親が、その直後から時々怖い夢を見るようになった。それは当たり前のストレスの現象、とどのつまりはそれが博士の結論だった、あたりまえすぎてたったひとつの考察以外はすべて排除できる、とでも言いたげだった。
博士はやはり持論から前置きをして喋り始めた。夢が深層心理に繋がっているという主流の考え方はありますから、それに沿って考えるならばその方はとても慎重な方で、きっと試験に遅れた経験などないはずです。お子さんの保育園の送り迎えだって時間通り、でもお子さんの食事が時間どおりかというと、家の中のことはルーズかもしれません。お子さんがいなくなった状況でも焦っていないように、はたからは見えるに違いない。内心は焦っているのかもしれないけど、自分は完璧だという自負から、子供は戻ってくるという感覚へ直結しているみたいなところがありそうです。
でも夢というのは、自分の夢ではなくて他人の夢を見ることだってある、とても昔の出来事ってこともありますから、本人の現状に結びつかない夢解きもないことはないんです。それから誰しもが夢はすぐに忘れるのが常ですから、半分はあやふやなはずで、特に「自分は走っている」と証言しているけれど、夢全体の中に登場するある人物が自分にすり替わっているのかもしれない。逆に明確な証言部分は目覚める直前の部分で、つまり扉を開けたことそして開けるまでに自分はだいぶ苦労したんだという感覚は、本人の人生経験と何か関連しているのかもしれません。
・・・
学校の定期考査の開始時間が迫っていて、自分は走っている。でもぜんぜん速く走れないので焦っている。やっとのことで階段を登って、教室の扉を開けたところで目が覚める。そんな夢でした。以前にも同じのを、幾度かみたことがあるんです。こんなことを聴取して、何か意味ありますか?
カナちゃんの母親、百瀬明日香は八坂刑事が最初に話を聞いたときに、こう答えていた。老若男女どんな者へと質問しても、怪訝そうな反応は同じだが、八坂は必ず反応を見ながら「最近なにか夢を見たか」と問いかけることにしていた。苣木博士という味方がいることと、何より怪訝そうな反応というのがその者の深層心理の一端のように見えて役に立つこともあるし、次の質問につながることもある。
「そんな夢、おいらも見たことありますよ。でもまあ、おいらはその人と違って、自分が受けてるストレスはよくわかっていて、ストレスに気が付かないなんてことあるのかなあ。」
「ストレスに気が付いていない、自尊心が高い人にはありがちなんじゃないかな。君のようにいつも自然体の人には、理解できないのかなあ。」
おいらにしょっちゅう会っている博士は、おいらの人柄をそのままに受け止めていたのだろう。一方で八坂刑事はその言葉じりを捕らえ、別の興味に駆られておいらのほうへ目を向けていた。長身からのぞき込んでくるその落差はさらさらの蟻地獄のようで、おいらはひっぱりこまれるように、言葉を続けていた。
「なんか、うそっぽくないですか。会ってみたら分かるかなあ?」
ちょっと二人の会話を聞いただけで、嘘かどうかなんてわかるはずもない。でもこの刑事さんは、嘘かもしれないと思っている、そんな気がおいらにはしたのだ、当たっているに違いない。博士もそう思ったのかもしれず、合いの手を挟んできた。
「黒辺君はカンが鋭いところがあって、びっくりさせられることもあるんですよ。私の考え、とはいっても複雑なことじゃなくて、どちらにしようか見比べているときなんかにはいつも察知して、好みの方を勧めてくれますしねえ。役に立つんですよ、そういうところが。」
刑事のくぼんだ眼が博士からおいらへと移され、空気が冷えていく感覚が伝わってくる、嫌な予感がする、しかし嫌な感覚ではない、理性が凍って感性が研ぎ澄まされていく、とても愉快な感覚になっていた。そして嫌な予感は的中した、これほど理性を欠いた会話がこともなげに進行しようとは、真剣な面持ちのままで心の中では笑いが止まらなかった。
「なるほど、では一緒に会ってもらいましょう。頼みます。」
「いやいや、どうしてそうなるんですかあ。おかしいでしょう、相当おかしいって。」
・・・
愛想笑いなどするでもなく、暗く沈んだ眼球を厚い縁取りのメガネでカムフラージュしながら、目の前の俗人もプロファイリングしようとそっと覗き込んでいる様は、なるほど刑事とはこういう人かと納得させるに十分だった。苣木所長と話を合わせてその博識を吸い出しているわけだから、警視庁のキャリアなのかと思いきや、交番勤務から引き揚げられたたたき上げで、さらに警官になる前は高校の教師だったと聞いたときは、ウーンと唸ってしまった。
今の風貌からは想像だにできないし、白く凍った霧をまとった雰囲気というのはきっと過去から遠のいてしまっている証、つまり以前にはぜんぜん違う雰囲気の本来の姿があったはず、そんなふうにおいらには思えた。それをハッキリと確認できたのは、あるとき俊君に接しているときだった、白い霧はそのままなのに子供に対しては違う空間の中で接している様にかすんでいる、まるで背が低くなった印象さえ受ける、これが本来の姿に近いのか。
ところで、アスリートと値踏みした点は的をえていたが、まだ40を超えていないと後で知った時には驚いた。白髪混じりというよりも、銀髪という表現で誰もが納得するだろう。そしてずっとしっくりきていなかった違和感がなんであるか、やっと気がついた。アカデミーへ相棒が、ついて来ていなかった、いつも一人で相談に来るそうである。本当に仕事で来ているのだろうか。
そもそも、草莽アカデミーの仕事は文科省に関連していて、警察庁や国交省などの絡みはだれも思いつきもしないだろう、上長にはなんと報告しているものやら。ああ、やっと腑に落ちた、この代議士が絡んでいるなら上長の意向も左右できるはずだ、きっとそうだ。帰り際に例の宝物を見直して、ハハーンと気持ちが晴れた。
すでに日は落ちて、オレンジ色がかった蛍光灯に宝物が照らされている。
・・・
ミミズをつまんで食べちゃった、パパはパパ
ツノが生えても、ママはママ
おせんべ大好き、ママはママ
お風呂が大好き、ママはママ
ダメダメだめだめ、ママはママ
プールでじゃぶじゃぶ、ママはママ
お月さまを見上げていてもママはママ
救急車にのった時もママはママ
屋根に登った時もパパはパパ
お参りした時もパパはパパ
お昼寝した時もパパはパパ
凧揚げした時もパパはパパ
凧揚げした時もママはママ
ママがいるからパパはパパ
  題 こどもの見る夢
  作 美無遊一
政治家なんて絶対に近づきたくないおいらでも、名前は知っている、地盤がしっかりしている名門の雄氏、端正なサラブレッドだ。もしかしたら、一歩近づいてしまったのだろうか。
そういえば上司が、苣木所長には政治家の後ろ盾もあるんだよ、あの人は人格者だから機嫌を損ねるようなことはないとおもうけど、その周りの関係機関というかお役所にも気を配ってくれよ、といっていた。まさか警察庁まで気にする必要があったとは、そう思っただけで頭が重くなってくる、交番はまだしも警察署はわざわざ迂回するルートを探すのが日常になっているおいらにとっては、悩ましい状況になってきた。
・・・
この草莽アカデミーの宝物には、何か大きな意味があるのだろうかと、つい気になってしまう。
もしあるとすれば、大学は大学生のためにある、大学生は大学のために学費を納めているのではない、ということだろうか。子供たちは本来、衣食住に困らないし食費を親へ支払ったりしない、大学生は成人だという考え方は正しいかもしれないけれど、勉強を本分としているならば子供なのだ、そうアカデミーは言いたいのかもしれない。
そもそものアカデミーの大きなプロジェクトは、大学間の連携。教授など人事の流動化、駅前開発など大きな官民事業の検証と提言、グラウンドやテニスコートなど校舎も含めて地域へオープンにするなどの活用、研究開発の統合と先鋭化など、今は6つの大学が参画していて特徴のある単科大学など含めてマンモス大学に対抗する図式のようにも見えている。だが一方では、統合によるリストラクチャーを進めたいのが大学トップの意向なのだろう、でも教授連が管理職的立場とは言えリストラや早期退職がなじむはずがない、あの手この手の提案をして4年たっても一向にそのあたりは進まない。
それでもおいらは一つだけ知っている、参画しているある大学で実験的に教授連の管理職的立場の再編が実施されて、うまく回りだしている。講師という役職名であっても給与体系をドラスティックに3段階に分けて最上級は教授と同じにしてしまった、講師の立場は生徒への教育指導であり少人数のゼミに人気があればそのゼミのコマ数をどんどん増やし、教育力を評価していくことにしている、だから大学4年生でも実践的なゼミを選べるようなカリキュラムを考案した。学会の発表や見識を深めるのに特化した研究肌の先生方はこれまでどおりの階段があり、4年生の卒業研究と大学院が主な持ち場となる。
教授の負担になっていた対外的な雑用は大学職員に回ってきていたところ、共通性のある雑用はアカデミーが受け持つことができて、少しは効率化できたのだろう。統合を進めて、学生の授業料を半分にする経営がゴールなのだそうだ、夢のまた夢、誰も信じないだろう。
・・・
アカデミーから引き返していった八坂刑事は、苣木所長が言っていた「母親は自分が完璧だという自負が強い」という印象に、同調していたように見えた。行方不明の通報があってから母親とのやりとりを重ねてきた八坂刑事にとって、この1点に自分の考えを向かわせることに、迷いがなくなったのだろう。もう一度、家の中の様子を見に行く必要がある、そう思ったようだ。
「チサキ所長、八坂です。昨日お会いした、黒辺君ですけど、今日時間を作ってもらえますか?チサキさんのところで半日拘束するとか、業者のオフィスへ頼んでみたらどうでしょう。」
「拘束するのはいいけれど、本人がなんていうかなあ。」
「そこをなんとか、おねがいします。」
おいらのことを八坂刑事がどんな第一印象でとらえていたのか、その後も聞いたことはない。でも、使えるものは何でも使う、という強引なスタイルであることは、鈍感な苣木所長でもわかるのだろうし、そして得意先のわがままにおいらが太刀打ちできるはずもない。逆に言えば、使えないものはすぐに手放すに決まっている、そうあってほしいとの願いが通じる相手だろうか、はたして。
「ところでチサキ所長、八坂刑事が強引な人だってことは言われなくてもわかったんですけど、どんな人なんですか?」
「頭の切れる人だよ、でもそれ以上に頭を使わない人なんだなあ、自分では考えすぎないっていうか、考えすぎると直感が薄れていくからねえ、それは臨床データでもとっくにサポートされているんだ、知ってるかい。目の前のだれもが容疑者だと並列に見つめ続けるためには、誰かの証言へわずかでも感情移入するのは危険だと思っているんだろうねえ。なかなかできるものではないし、人間であればできるはずもないんだけどねえ。」
「あの白の霧は、氷のカーテンだったのか。ちょっと水色っぽかったかなあ。」
「なになに、なにが水玉っぽいって?」
おいらは黙って苦笑していた。水玉っぽい光の揺らぎでは、決してなかった。
・・・
百瀬明日香は、幼稚園で任された仕事はしっかりするし、お母さんたちの名前も子供たちの名前もみんな覚えていて、話も上手だから保護者からも悪い評判はなかったし、職場の仕事も早めに切り上げて家のことを優先していることは窺える。ただ、離婚してからすぐに男の人が近寄ってきてるみたいなのがタマニキズなのよねえ、超が付く美人だから仕方ないわねえ。という声はご近所さんから聞こえてきた。誘拐当日の保育園の様子は、いつものように車で保育園の駐車場に入ってカナちゃんを下ろし、百瀬夫人がちょっと遅れて他のお母さん3人に加わって話が弾んでいたところ、子供4人が門を入っていった、いつもの通り、との証言は誰とも食い違ってはいない。
八坂時之は、経験に基づいた勘を大切にしながら捜査の道筋を見極めてきたが、自分にはないつまり経験に基づかない直感も利用すべきではないかと思っている。黒辺未知成のカンが頼りにできるかもしれない、そう感じるセンサーには非凡なところがあった。素人を巻き込んでしまって良いものだろうかといった、遠慮とか迷いが欠けているところもまた非凡と言える。証言が誰とも食い違ってはいないという点がどうも気に食わない、この時点で八坂にはそう思えてならなかったが、それを肯定してくれる関係者は誰もおらず、やっと一人だけ未知成が現れて暗かった道筋に光が差した気がし始めたのだ。
ところで父親の方は半年ほどカナちゃんに会っておらず、今回の件はすぐに知らされて驚いていたが、関わりたくない風は明白だった。一流の会社で猛烈に働くタイプであり、40近くになって勧められて愛のない結婚をしてしまった様子が、友人知人から漏れ聞こえてきた。母親の方もそれなりの学校を出て銀行の事務をそつなくこなしていており、高給取りの夫はステイタスのように思えたはずである。当然にカナちゃんを授かったけれど、離婚の理由に事欠くことはなくて長続きはしなかった。
カナちゃんのことを小さい頃から知っている保育園の関係者などは、母親が4歳のこの時まで一人で面倒を見ていて、夫は家に帰っても何もしないということを知っていたので、母親に同情的ではある。しかし、カナちゃんは何度か体調不良で入院したことがあり、ひと回り小さくて体重がなかなか増えない、加えて下痢や嘔吐が原因不明で続くこともあったので、最近でも児童相談所の聞き取りのあったことが知られている。アザや怪我は全くないので、2回ともすぐに家に戻されている。もともとおとなしい子なので、全ての関係者がどうしたら良いか扱いに困るといった、そういったこれまでの経緯の中で、さらに困った事態が目の前に起こってしまった。こうした概要が大人の世界の様相である。
・・・
ただ一人、八坂時之にはカナちゃんはそれほど危険な場所ではなくて、むしろ安全な場所にいるように思われてならなかった。これまでそうであったように賢く、じっと動かずおとなしくしているはず。
「黒辺君、ここが百瀬夫人の家なんだ。仕事はずっと休んでいて家にいる、会ってみよう。」
黒辺未知成は黙って従った、自分らしくない羊みたいに従順な姿に苦笑しながら。
駅に近い真新しい一軒家で、広い間取りの上に庭には砂場もある、そんな家なので家の中と外とをこまめに見ていて20分ほどもかかっただろうか。現場はここではないのだから、百瀬夫人は自分が疑われていると認識するに違いない、しかしイヤそうな顔を見せるそぶりはない。端正な顔立ちは仮面のように、まばたきする以外はぴたりととまっているが緊張感からとは見えない、そして八坂がする質問に対しては正確に切り返している。感情の薄い人に特有なぼんやりとした暖気が未知成には伝わってくる、ただ熱の色模様までは伝わってこなかった。
苣木莞爾はストレスを受けているのは明白と言っていたが、未知成の目にはそうは映らない、もしそうなら熱のよどんだ色が重たく感じられる、少なくとも悲しいという重さではなかった。こういう場所からは離れたいと未知成は思う、頭が飽和してふくれてくる。
苣木所長のもうひとつの指摘について、八坂も検証している、家の中の様子には多少の乱雑さが見て取れた、ただこれ以上に整理整頓されていたらそれも異常に見えそうな範疇に入ってくる、つまり普通なのだ。
西陽が庭におぼろげな影を作っていて、子供のシルエットを生み出しては消えるカゲロウが、未知成の脳裏には映っていた。けれど、居間にかざってあったカナちゃんの写真のあどけない残像は、そのカゲロウには重なることなく流れて行ってしまう。
・・・
「会ってみて、どうだった?」
駅まで二人で並んで歩いていると、やはりおいらからは八坂刑事を見上げる恰好になる、次に会うことがあったら高いヒールの靴がいいだろうなどと、他愛もないことを考えていた。ふくらんだ重い頭を軽くする努力がもう少し必要だったけれど、まあそういう問いかけは必然で、答えは用意できていた。まずは、八坂刑事の百瀬夫人に対する心証をそのまま語ればいいだけなのだ。
「嘘はついていませんよ、だから狂言という線はないでしょうねえ。でもなんか嫌な感じ。心では泣いてない感じかなあ。」
「うん、それから」
「チサキ博士はストレスを受けているって言ってたけど、おいらにはそうは見えなかった、そんなによどんでいる風には見えなかったかなあ。家の中は、博士のいうとおり多少乱雑だったけれど、普通かなあ。気になったのはゴミ箱がやたらと多くて部屋に3つあるって場所もあって、どれも満杯だったことかなあ、あれは普通じゃなかったかも。それからゴミ箱には、アイマスクがいくつも捨ててあった、カナちゃんが愛用していたのかなあ、それもちょっと普通じゃないかも。」
「母親が、愛用していたのではないのか?」
「寝室のゴミ箱にはなかったから、カナちゃんでしょう。」
「田辺君は、父親のことは知らないでしょう。父親はよりを戻す気なんてさらさらないんだけれど、書斎がそのままなんだ、それも普通じゃない気がする。」
「殺風景なのが、気にならない人なのかなあ。でも普通な部分を探すなら、家族だけには他人と違って特別に気兼ねのない態度をとるってこと、どこの誰でも変わらずにあるでしょう、よそよそしくない態度っていうか、変に口出ししたり、喧嘩したり。あの人は仕事仲間とも普通に会話するし顧客にも保育園でもちゃんと接することができるけど、本当は静かに暮らしたい人なんじゃないかなあ、だから家の中では遠慮なく殺風景な空間で過ごして、カナちゃんにもその点で遠慮していない。おいらも、書斎を見て普通じゃないかも、書斎をそのままにしておく理由が何かあるかもって気もしたけどきっと何の理由もない、彼女にはそれが普通なんでしょう、たぶん。」
別においらのことを試験しているつもりはないのだろう、自問自答しているかんじだった。もう一つ付け加えたときに、はじめておいらの目をのぞき込んできた。
・・・
「それから、カナちゃんは庭で遊んだことはなさそうでしたねえ。多分一度も。」
「そうなのか?」
「外で遊んだら、すぐに片付けないと気が済まないでしょうねえあのお母さん、近所の目を気にするようだし。でもあのお母さん、そういうのが苦手でおのずと動線が狭くなる、カナちゃんの動線も限られていたんじゃないかな。そう躾けられていたなら、保育園での動線もおのずと狭くなっていた気もしますねえ。」
「なるほど、ルーティーンだな。なるほど、そうか、アイマスクはそのためか。」
さすがに保育園ではアイマスクはしていなかっただろう、けれどだれかから「あっち行こう、あれで遊ぼう」と誘われない限り、自分から動き出すことはなかったようだ、食が細いし元気がないことは保育士も心配していたところだが、ほかの子と行動が違う点は特に心配するまでもないことなのだ。カナちゃんはお母さんが大好きで、お母さんの真似をすることが一番心が落ち着くことに自然と気づいていた、普通の保育士ではその点は気が付かなかったことだろう。これもごく普通のことだとおいらは思うのだけれど、子供が元気がない様子や積極的でない様子が見て取れたなら、お母さんに元気になってもらい積極的になってもらえばいいのではないか、お母さんを保育する係りの人なんているのかなあ。
駅に着いたちょうどそのとき、八坂刑事へ勅使川原女史から電話がかかってきた。母親が、自分の車の隣に止めてあった車を白のセダンと証言しているけれど、それはありそうな気がしない。もしうそを言っているなら、百瀬夫人は共犯の線が濃くなるけれど、でも何人もいる容疑者と百瀬夫人の関係はドライで、みんな片思いなんでしょうから、父親のお金が目当てで一緒に計画したとかかしら。でもお金に困っている様子も浪費家の線もないから、納得のいく動機がなにも見えてこないのよねえ。
「動機は、子供からすこしでも離れたい、ということだったんじゃないか。そんな動機は、法を犯す動機には、ふつうはならないんだがなあ。俺の言っていることは、おかしいだろう。ハハハ。詩織さんには、よく笑われるんだ、バカなことを言っているってな。」
初めて笑った、もう2度と見ることはできないから決して忘れないでおこうと胸に刺さるほど、短く切ない声だった。
・・・
勅使川原女史にも一度だけ、事件現場への動向を打診したことがあるそうだが、とんでもない形相になったのであきらめたそうだ。正直な人だから、仮にもう一度尋ねたら、まったく同じ形相でにらむに決まっている、八坂刑事もそれはわかっていて、もっぱらすべての捜査状況を的確に伝えて意見を求めるのを、常としているようだ。普通の世界の常識と別の世界の異質な部分との対比は重要だし、何かに気が付くか気が付かないかという感性は、非凡な一般人の方に軍配が上がることがあって不思議ではない、それに賢くて気が利く人は総じて頭の中の引き出しの整理が行き届いていて、素直なストーリーを好むから違和感のあるストーリーには敏感なのだろう。おいらも順を追って、復習してみた。
事件当日、百瀬夫人は時間通りに車を保育園の駐車場に乗りつけ、カナちゃんはいつものように自分で車から降りて門の前の子供たちのところへ行き、その日はひとりだけ先に入ったようだと思った、よくあることで気にしなかった、と証言している。園の子供たちにも保育士の先生たちからも証言を得たが、ひとりだけが「いなかったと思う」と答えたほかは「いたと思う」とあやふやで、おそらく園児にとっては昨日のことと今日のこととがごちゃまぜになっている、そんな感じのにちがいない。
学校に付属している保育園なので、その駐車場は学校の来校者用の駐車場とも兼ねていて十分広い、朝の来校者は皆無なので園児の保護者は空いているスペースの順番待ちなどする必要はない、母親数人に確認しても隣に車が止まっていた経験は数少ないと言っていた。そうすると、百瀬夫人もわざわざ駐車している車の横に乗りつけることはなく、帰り際にめずらしく車があったので気になったから証言に登場させた、それも不自然ではない。もしそうなら容疑者は、カナちゃんを園内から誘い出すだろうから、白いセダンを横付けする理由は何だろうか。
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百瀬夫人はなぜ、こんな余計なことをしゃべったのか?何か意図があると考えてみよう。
まずは共犯者だとすれば、カナちゃんを園内へ送り出したふりをするところまでがうまく運んだところで、自分の車から容疑者の車へカナちゃんを移動させるだろう、その場合はあとから「カナちゃんが先に園の門をくぐったと思っていたのは、勘違いだったかもしれない」と、証言を訂正することになる。そう訂正すると、自分の知らないうちに容疑者がカナちゃんを別の車へ移動させたというストーリーになって、白いセダンは百瀬夫人が自分の車へ戻るまでに走り去っているはずである。もちろん、走り去る白いセダンを見た、という証言ならつじつまが合うのだが。あるいは容疑者の車は白いセダンでないことを知っているから、容疑者をかばってうそをついているのか、かばうならそれはなぜか?。
では単独犯で、すでにカナちゃんの命はなく、カモフラージュのための発言なのか。突発的な犯行ならまだしも、カナちゃんを園内へ送り出したふりができると確証を得るまでの冷徹な準備と、けっしてカナちゃんのことをないがしろにしていなかった平時の生活とを結び付けていくのには無理があり、殺人者というプロファイリングには到底無理がある。
プロファイリングなどしなくても、百瀬夫人と顔を合わせたおいらになら、はっきりわかる。何かを隠しているけれど、それは単に感情の不安なしこりのようなものを隠しているだけで、証拠に当たるようなものではない、何かを隠したくて白いセダンに言及したのではない。もしかしたら、「カナちゃんは車にいた。」という自白をすんでのところで飲み込んで、「白いセダンがあった」という発言に入れ替わってしまった、そんなことはないだろうか。おいらの記憶には、居間にあった純白のワンピースを着たカナちゃんのポートレートが、強烈なイメージとして残っている。
百瀬夫人は無関係、というケースならどうなるか。カナちゃんが先に園の門をくぐったと本当に思っていた、あるいはカナちゃんがまだ車にいるうちに3人の子を園内へ送り出してから車へ戻り、いないことに初めて気が付いたけれどそのままにしておくことにした。もちろん誰かが連れていった可能性も頭に浮かんだが、なぜかすぐに確認しなかった。
なぜか?、が交錯している。
・・・
事態が動いたのは、黒辺未知成が母親に面会してから2日後、カナちゃんがお昼過ぎの保育園の駐車場に一人でたたずんでいるところを、隣り合う学校の関係者に発見された。保育園のカバンを背負って当日の服装そのまま、そしてアイマスクをしており、来校者も少ないことからもしかしたら1時間以上たたずんでいた可能性もあり、そして車の目撃情報もないに等しかった。
カナちゃんは普段どおりにおとなしくて、一緒にいた容疑者を一度も見ることはなかったこと以外には何の証言も得られない、病院での検査においても何の異常も認められずに健康との所見、あたかもなにもなかったかの印象なのだ。
ただひとつ新しい知見があるとすれば、カナちゃんが解放された場所に本人には大きめのリュックが置かれていたことだろう。母親の説明によれば、それはいつも車に積んでいるカナちゃん用の旅行セット兼非常用セットで、ちょっとしたことでも不都合が生じないようにまえまえから用意して、車に常備していたものだった。そしてアイマスクも、やはり常備されていた。家にじっとしている間は車に乗ることはなく、無くなっているかどうかも知らない状態だった。だからそれは、容疑者がカナちゃんといっしょに車から持ち出し、6日間の間そばにあったことになる、。
つまりカナちゃんは別の場所で普段どおりに暮らしていた、さらに仮説としては誰にも内緒でひとりで自分の隠れ家に行ってすごしていた、そういう説明だって成立しうるということになる。本当はなにもなかったというのが真相だったという可能性は?そんな可能性はないと誰もが確信していて、警察は真相究明を急いだ。
すでに容疑者は3人に絞られていて、事件の次の日から事情聴取も進んでいる。容疑者は焦り、捜索の末に発見されるよりも前に、カナちゃんを手放したのに違いない。それからすぐに真相の構図は見えてくるのだが、事件の発端はというと、その単純な構図の中に根本的なトリガーが隠れていたことを、八坂は気が付くことになる。その点は、容疑者とは無縁といえば無縁、そういえるのかもしれない。
・・・
「黒辺君、さっきカナちゃんが保護されました、報告しておきます。それで次は、犯人逮捕に動いているんですけど、ちょっと手伝ってもらえませんか、なあに大した事じゃありません。雑木町に19時30分に来れますか?」
断れるはずもなく、おいらは目的地へ向かう、とても嫌な予感がする。嫌な予感は的中し、その一つ目は八坂刑事がいなかった事、代わりに権左と名乗る同僚が合流した。180cm弱と八坂刑事よりも背丈は低いが巨漢と言える体格で、ゴツゴツした大きい手と重心が低いことから推し量るに柔道の有段者なのだろう、警察手帳など見なくても警官だというのは一目瞭然だ。まあ、安心してついていける。
的中した嫌な予感の二つ目は、容疑者の家の捜索が目的だったこと、三つ目は容疑者と言葉を交わす羽目になること、その他もろもろ、すべて八坂刑事の筋書きのとおりに進むことになった。
容疑者の名前はユアサマキオ、どんな男かなんておいらには興味がない、ただの変態男で誘拐犯、それだけだ。そして指示されたのは、その男が留守の部屋へ入って中を見回し、気がついたことを権左刑事に伝えること、それ自体は差して大変なことではないけれど、タバコ臭いのには閉口した。まず最初に向かったのは奥の部屋で、真っ先に窓を開けた。振り向いて見聞すると、目についたのは二つ。
「このカバンは女物だから本人のものではないでしょうねえ、百瀬夫人にプレゼントするはずだったのかな、証拠になりそうだから処分すればいいのに。このブルゾンも本人のものではないですねえ、この部屋のタバコの匂いと違う銘柄のタバコがポケットに入ってました、、、。すいません、気分が悪くなってきて、トイレはどこですか。」
やっぱり来るんじゃなかった、膨れた脳細胞で考え続けていると、その次にはお腹が膨れて胃からの逆流を抑えられなくなる。トイレには、なんとか間に合った。
・・・
「どうした急に、大丈夫か?緊張してるんだろうなあ、きっと。」
「はい、なんとか、早く終わらせましょう。」
「確かにタバコの匂いはするが、吸い殻はないし、銘柄はこれと同じじゃないのか?」
「いいえ、違います。ブルゾン自体が、本人のものじゃない気がします。陽気につられて、ある時誰かが置き忘れて行ったのかもしれません。」
「もしそうなら、関係者でこの銘柄のたばこを愛用している者、このブルゾンを着ていた者を見つければいいわけだ。」
「そんなこと、おいらにはできませんよ。」
「できる、シーネットに頼もう。」
「へえ、外人さんもいるんですか、なんかすごい。」
権左刑事が電話で依頼している間、おいらはマンションの窓から外周りを見渡し、それから別の部屋も見て回った、家に仕事を持ち込むタイプで公私混同する、計画的だけど頓挫すると冷静さを失う、そんな感じだろう。でもタバコのけむたさで色合いが覆われていて、百瀬夫人の薄くて硬い生活感の重なりまでは辿れない、それでも彼女はここにはきていない、根拠はないがそう感じる。それに、しっかり計画を立てていたなら、カナちゃんをここへ連れてくることはないだろう、隅々まで見て回ってもその気配はしなかった。
もう一度、窓の外を見回しているところへ権左刑事が戻ってくる。
「他に気がついたことは、あったかな?」
「いいえ。でもちょっと聞いていいですか。カナちゃんの家は、この方角だと思うんですけど、あってますか?それから、あそこに大きな学校が見えますけど、カナちゃんの保育園はあそこでしょうか?」
「君は目がいいんだなあ、カナちゃんが今日解放されていた、その学校が見える。それがどうかしたか。」
「そうですか。あそこで、解放されていたんですか。」
きっと、アイマスクをしていたんでしょうねえ、声には出さなかった。
・・・
「1時間ほど、ここで待っていてほしい、そう八坂さんが言ってるんだ。頼むよ、夕食代はこっち持ちにするから、時間を潰そう。」
「ええ、いいですよ。ああ、でもダメだ、もう1回トイレ行ってきます。」
誘拐犯を捕まえるための手助け、4歳の女の子をさらった男を憎々しいという感情というか、正義感で義務を果たそうという思いから、無理をしてしまった。柄でもないことをして、その結果2回も吐いてしまった。でもそれにも増して自分の感覚を押し込めているのは、この権左という刑事の感情が伝わってこないことだ、これほどガードされている心に出会うと、逆に自分の感覚が信じられなくなってくる。こういう実直すぎて自分の感情を消してしまうロボットのような人を、八坂刑事は信頼するのだろう。それは、分かる気がする。
「本当に大丈夫か?急患対応の病院へ、連れて行ってもいいぞ。」
「すいません、緊張もしてると思いますけど、よくあることなんで、まあ大丈夫です。それよりおいら、お腹減りましたよ、吐いちゃったから。ファミレスまで歩きましょう、今すごく気分が悪いけど、歩くと回復すると思うんで。」
「はっはっは、やっとおいらって言ったなあ。情報どおりだ、わっはっは。」
「ああ、八坂刑事が噂してたんですね。あの人、今なにしてるんだろう。おいらが気がつくことなんて、あの人がすでに気がついてるはずなんじゃないんですかねえ、そう思いませんか。」
「気づいているかもしれないし、気づいていなかったかもしれない。俺はただ、指示通りに動いているだけだ、さっき君が気づいたことをそのまま報告した、そのことにどんな意味があるか推理するつもりはない。自分の役割は、自分で決めないことにしている、君もあまり無理をしないほうがいい。」
巨大な氷河がゆっくりと近づいてくる緊迫感に心が縮んでいく、ただし苦しくなっていくわけではなくて心が整っていくようだった。この刑事さんの隣を歩くのは、悪くない。
・・・
「はい、了解しました。」
「八坂刑事、なんて言ってました?」
「湯浅容疑者の居場所が割り出せた、ここから徒歩でも30分以内に到着できる。自首するよう、誘導してくれと言っていた、君にしかできないことをやってほしいんだが、やってくれないか。」
「何をするんですか、おいらにしかできないって、大袈裟すぎでしょう。死んでくれとか、言いませんよねえ、へへへ。」
「死なないように、援護する。」
この刑事さんが真顔になると、途端に不安になってきた。
おいらの役割は、湯浅容疑者に声をかけて自首を促すこと、近くに待機している権左刑事のところへ容疑者を連れていくことで自首が成立する。刑事が湯浅容疑者に声をかけてしまったら自首したことにはならなくなってしまうから、自首という形をとるためには民間人が誘導するしかない。
容疑者の潜伏先は、同業者から臨時に借りていた倉庫兼事務所で、おいらたちが着いた時にはもう一人のお仲間が仕掛けを完了しているところだった、でもその人の姿は見えない。かくして、作戦が開始された。最初に、パトカーのサイレンが行きすぎる音、次にパトカーが近づいてきて止まりサイレンが鳴り止むシーン、またパトカーのサイレンが行きすぎる音、こうした音に不安を覚えた者には、移動したほうが安心だという心理が働くそうだ。果たしてその通りに、容疑者らしき男が現れた。おいらは、すぐ横の自動販売機へ近づいてホットコーヒーを買う。
「ああ、あったかい。」そして声を絞って、続けた。「あのう、おいらは部外者なんで、逃げないでください、お願いします。エヘヘ。」
「な、なんだよお前は。」
・・・
おいらは、いつの間にか容疑者の前にいて、声をかけて笑いかけていた、なんとか愛想笑いができた、そして相手の第一声を聞くと一瞬で胃酸が沸騰して、真っ青に顔色が染まっていく。
「ウッ、すいません。急に気分が悪くなってきた、ちょっと待ってください。」
自動販売機の脇の花壇へ近づいて、さっき食べたばかりのラーメンを吐いてしまった。とんでもない匂いが肺の隙間を掻き回すが、それでもあの部屋と同じタバコ臭がかき消されたのは助けとなった。相手は、一歩後ずさる。
「ちょっと待ってください。逃げてもいいけど、そしたらすぐ捕まっちゃいますから、やめたほうがいい。」
「だから、なんだよお前は。邪魔するなよ。」
「おいらはただのメッセンジャー、伝えることは自首したほうがいいってこと。あたりを、見回してみたらわかりますよ。パトカーが2台見えるでしょう、あそことそしてあっちにも、それからあの建物の陰から一人出てきますから見ててください、あれは刑事さん。だからエー、こういうのを包囲されているっていうんでしょう。逃げても5分以内に捕まっちゃいますよ、分かるでしょう。おいらだったら、逃げきれないと思っても衝動的に逃げちゃうかもしれないけど、どうします?」
「なんで、捕まえにこないんだ、なんでお前がそんなこと言うんだ、関係ないだろう。」
「おいらの知り合いに八坂って刑事さんがいて、あなたが自首するのを待っているんです。だから誰も捕まえにこない、逮捕という形をとりたくない自首という形にしたいって言ってました、理由は知りません。」
「お前は、俺が何をしたか知ってるか。」
「はい」
「こんなに早く見つかるとはなあ。自首したら、罪が軽くなるってことか?」
「それは、、、聞いてないので、わかりません。」
・・・
湯浅容疑者は観念した。八坂時之が電気屋に手配して、プロジェクトマッピングでパトカー2台を配置し、パトカーのサイレンで不安を煽っただけの舞台、つまり実働は権左刑事ひとりだったが、相手はそれに気が付かなかった。見事に騙し討ちできた、といったところだろう。もし走って逃げたら、取り逃したかもしれない。八坂の頭の中では、取り逃してしまったらつまり自首させられなかったらそれも仕方ないと計算されていた、逮捕は時間の問題だったからだ。それでも捜査本部の大トリ物の前に自分が先に確保したかった、それには大きな理由がある。黒辺未知成がまだ知らない理由は、しばらくして明らかになる。
捜査本部は、個人事業主として百瀬明日香の勤める銀行の融資課へも金策に訪れていた湯浅万亀男を、有力な容疑者としてマークしていた。不審者の情報は近隣市町村でも皆無、保育園・保護者・関係者・学校構内など最近のトラブルもなかったので、警察の方針は最初から最後まで、資産家の父親に対する身代金の要求目的に絞られていた。
離婚前から彼女にアプローチしていた男性は8人ほども挙げられたが、離婚後に熱を入れて近づいていたのは3人、みな家庭の事情をつまりはカナちゃんと百瀬夫人との日常を、把握していたようである。つまりは、同じ犯行の機会に同じ犯行の動機、同じ関係性に同じ経済状況で、甲乙を付けられないから家宅捜索もかけられない。最初の数日は、膠着した状態で時間が過ぎていった。
リストに上がった男性は、誰もがもっぱら平日の昼休みに百瀬夫人を食事に誘っていて、自慢話やら内輪の話をしていた。聞き込みの初動捜査を集約したが、特に親しかった者、つまりは百瀬夫人と共犯関係を築けそうな者を割り出すことはできなかった。そして元夫が相当な資産を有していることは、皆知っていた。一方、百瀬宅へ行ったことはなくカナちゃんに会ったことはないとの話は、みな同じだった。そして例の3人ともに、アリバイはあるが時間的にはぎりぎり、保育園へ乗り付けてカナちゃんを載せてUターンすることは可能なのだ。事件当日の、3人のそれぞれの車の動きは小間切れに追うこともできたが、やはり決定的な確証を得るには至らなかったのである。
・・・
3人の容疑者には3日目から監視が張り付くことになり、煙たい存在だったし仕事もまともにできないからみんな監視の目を盗もうとする、そして最初にしっぽを出したのが湯浅万亀男だった。5日目に姿を消したのだ、そして6日目にカナちゃんが解放された。しかし姿を消すことなどできるわけがない、防犯カメラの検索を続けられ、八坂時之に見つかって身柄が確保された。
誰もが驚かされたのはその供述内容の中身で、父親には当日の午前に1度話ができただけで、その後は電話が不通になってしまったそうだ、父親は「連絡はない」とうそをついて事件とのかかわりを断とうとしたという事実が明るみに出たのである。そして今なお父親は最初の供述を翻すことなく、どちらが真実なのかの判断材料に決定的なものがない。さらに父親は湯浅を訴えるつもりもなく、真実をほり下げてつまびらかにしようとはしなかった。
母親の方も湯浅を訴えようとはしなかったことは、いろいろな憶測を呼ぶことになる。彼女が安堵していたのは事実で、元の生活に戻っていやなことを忘れようとしているようにも見える、けっして湯浅をかばっているようには見えない、しかしこのまま黙ってしまっては「母親との会話から、父親の資産に魅力を感じるようになり、子供を軟禁するのも容易と思い込まされた、知らず知らずに誘導されコントロールされた」との湯浅の供述が基本ストーリーとなってしまう。直接関与していないとしても母親には大きな打撃になるはず、そして白いセダンという目撃証言の謎がその打撃に輪をかけることにもなる。カナちゃんが大きくなって、今回の事実の重大さに思いをはせた時のトラウマ、不可思議さに対する懐疑心が芽生えた時のことを思うと、今収拾しておかなかったら取り返しがつかなくなる。
こうしたいくつもの不可思議な人間模様には黒辺未知成も唖然とし、焦燥感で赤黒い星が目の前にちらついてきていた。
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おいらに再び声がかかったのは、湯浅万亀男の書類送検が順当に進んで、逮捕から数えて3日目にあたる土曜日の午後だった。その頃には母娘の今後の生活の青写真が、八坂刑事が主導しながらおおよそ出来上がってきていた。すでに旧姓に戻すことも、決めていた。どうやら八坂刑事は、児童虐待など含めて子供に関する事件が主担当であることにも聞き及び、容疑者を鬼の形相でにらみつけるはずの風貌とのギャップがありすぎて、ウーンと唸ってしまった。
あれから毎日のようにアカデミーへはお邪魔していて、苣木所長からも毎度のこと「八坂さんからは、何か言ってきたかい?」と問われ、もしまた所長に打診が来てもおいらへは繋がないでくださいと返していた。しかし敵もさるもの、警官が家に押しかけてきて言伝して帰っていくという離れ業、権力の乱用もいいところ、予想だにしなかった展開だ、このままごねていても次はパトカーに乗せて連行されてしまいそうだ。
1度きりで切り捨てられるはずとの期待は、シャボンのようにはじけてしまった、けれどふくらんでいく脳細胞がはじけるわけではなく、普段とは逆に血流が冷えていくのがわかる、透析して健康を取り戻すというのはきっとこんな風なんだろうと感じていた。この爽快感は、期待されているという満足感というわけではない、警察という巣窟にたいする嫌悪感が吹き飛んでしまっている妙な感覚は、自分の感性がひっくり返っていく真空状態とでもいえようか。
もう一度百瀬夫人の家を一緒に訪問してほしい、おいらの感想を聞いてから八坂刑事自身の結論を出したいのだそうだ。もちろんおいらの感想を聞くというのは、その必要があるからなのだろう。でも八坂刑事の意向は、もう決まっているはずだ。そしてそれは、おいらも含めて児童相談所・保育士・警察・犯人・カウンセラーそして世論みんながそろって、眉をしかめることになるほど風変わりで、誰も賛成しないはずというしろものだった。
・・・
おいらが2度目にカナちゃんの家を訪問した土曜日の午後、八坂刑事は「今日はカナちゃんの様子を見ていてほしい。自分は母親と話をするから、カナちゃんと一緒に家の中を一周して見てくれ。」そう言ったきり、他には何も指示しなかった。おいらは1回目の訪問時と同じように家の中を一周した、カナちゃんは聞いていた通りにおとなしくて自分からは何も話始めないけれど、質問すれば答えは返ってきた。
「ここはカナちゃんの部屋だね」
「うん」
「これは保育園の写真だね、好きなのは誰かなあ。」
「マコ先生」
「どうして」
「わかんないけど、好きだよ」
「お母さんはまだお話ししてるから、おいらと少し遊ぼうか。お砂場で遊ぶかい。」
「ママに聞かないとダメだよ」
「じゃあ、聞いてみよう。おいらがトンネル作ってあげよう」
「うん」
家の中の様子は、ほぼ1回目の訪問と同じ、アイマスクがゴミ箱に増えている。
「ママ、おいらがお砂場で遊びたいって言ってる。遊んでいい?」
「あら、いいですよ」
母親がにっこりと笑って返事を返す、何かが琴線に触れておかしかったわけでもない、魅力的なただの営業スマイルだった。
・・・
「黒辺くん、どうだった?」
「家の中の様子は、ほぼ1回目の訪問と同じでしたよ、八坂さんもわかっていると思うけど。」
「カナちゃんは?」
「おとなしくすることを強要されているふうには、見えないんです。それが普通のことと思っているというか、お母さんの振る舞いを真似ているだけというか、少なくとも嫌な思いはしてないですよ。砂場で一緒に遊ぶのかと思っていたんですけど、ずっと見ているだけで自分の手を動かさなかった、それはちょっと意外だったんだけど、おいらがトンネルを掘っているのを食い入るように楽しそうに見ていた。最後に砂場を元に戻して片付けなくちゃだから、トンネル壊すよって言ったらちょっと寂しそうだったのは、嗚呼やっぱり、って感じでしたね。」
「母親は、今回どこか変わっていたかい。」
「それが、ぜんぜん変わったところがない、自制心が強いのか、やっぱり感情が薄いという表現が近いのかなあ。カナちゃんの多感な心の動きについていけないんじゃないかなあ、あれじゃあねえ。カナちゃんはおいらの目をしっかり見つめてきて、おいらの心を読み取ろうとしてるんじゃないかという気にさせられる、4歳の子供がそんなつもりで見つめているはずもないけど、鋭い眼差しというか、まっすぐな直線をおいらの揺らいだ心に重ねてこられるような矯正感というか、そんな感じもしたんですけど、どうです、、、」
「そうか、それでアイマスクなのか。これほど相性の悪い母と娘は、なかなかいないのかもしれないなあ。」
「あのう、違和感があったというわけではなくて、ただまったくどういう心境なのかが見えてこないことがあって、カナちゃんのポートレートが前回と違っていたんです。あれは、なんなんですかねえ。」
「うん、あれは俺にもわからない。わからないままに、しておこうか。」
・・・
「それで、これからどうするか結論は出たんですか?多分、だいぶ前から見えていた結論なんでしょうけど。」
5秒ほどだろうか、会話が途切れた。結論は出ているはずなのに、迷ってはいないはずなのになぜだろう、あのカーテンがおいらをシャットアウトしようとしているという事か、おいらを巻き込むことをためらっているのか。まったく別の話を持ち出してきた。
「ところで、権左から話を聞いている、とても助かった。その折はだいぶ気分が悪そうだったって聞いているが、今日は大丈夫だったのかい?」
「ええ、まあ。あの時は3回吐いちゃって、緊張してたんでしょう。4回目に気分が悪くなった時には、吐きそうになったけどもう吐き出すものがなくて、ゲーゲー言ってただけでしたよ、お恥ずかしい。」
「そうか、別件では現場に来てもらうかもしれないけど、大丈夫だろうなあ。そういう体質なのか?」
「もう勘弁してくださいよ。今日も、これっきりと思って来たんですから。おいら、そういう体質なんですよ、変な場所には居たくないし、変な人とも会いたくない、妙な人間関係に近づきたくない、犯罪者なんて100メートルより近づきたくないんですから。」
「つまり、犯罪者かどうか、なんとなくわかるってことだ。すごいな。」
「そんなこと言ってないでしょう、いい加減にしてくださいよ、まったく。」
見透かされている、いやそんなことはない、この人はおいらと同質ではない、わかるはずはない。おいらの心を探るためのトラップなのか、たしかにそんな駆け引きはお手の物だろう。
もう一度、話題を元に戻した。どうしても聞き出したかった、本心がうずいている。聞かなければよかった、でも理性のブレーキが負けていた。
「それで、結論は出たんですか?」
「ああ、この事件は無かったことにする。それが一番いい。違うかい?」
・・・
とんでもない、息を呑んでしまい声が出てこなかったが、喉元から叫ぼうとした驚きのその言葉で、見えない空間全部が満たされていく。できっこない事、それこそ犯罪に当たりそうなこと、それを自信を持ってそれが一番良いと言っている、ここまで常識はずれな人だとは、何より刑事としての資質から外れすぎている。しかしこの人は、おいらと1メートルと離れていないところに立っていて異質な模様が何も伝わってこないとは、自分の体質に異変が起こったのだろうかと思えるほどだった。この人は、どういう人なのだろう、白く凍った霧の正体が、これほど自分を感動させている、心を暖かく包んでいく、離れるべきではないと思わせられる。
ただし、果たしてそんなことができるだろうか。そして、その目的は?頭の回転がついていけない。
「できるはずだ。まず父親も母親も容疑者を告訴しないと言っている、書類送検はしたけれどそれはほぼ全部が容疑者の湯浅の証言でストーリー建てされてる、他の証言との食い違いもあるから彼の証言の信憑性が判断の焦点になる、誘拐であっても危害は加えていないし逆に丁寧に扱っている、身代金を要求したというのは事実だけど事実認定されないように検事の心証を誘導できるはずだ。優秀な弁護士をつければ初犯であり執行猶予になるだろう、普通なら警察が異議を申し立てるけどそうしないように働きかける。
湯浅を先に見つけられてよかった、先に証言を整理できたからな、カナちゃんに会ったことはないと供述していたがそれは嘘で、やっぱり湯浅はカナちゃんと母親と三人で会うことが1度あったんだ。でも、会ったことはないという点だけは嘘を突き通すように説得したから、その点は誰も知ることはない。」
ん、今なんて言った?この人は、冗談を言う人なのか?たしか刑事と犯人が、口裏を合わせるって言った。権左って人は、本当は刑事ではないから刑事らしからぬこともできるってことなのか?。次に発したおいらの言葉も、その冗談に巻き込まれてしまう。
「権左って人も、本当は刑事さんじゃないってことなんですか?。それじゃあ、父親の方も口裏合わせておいたら、完璧でしょうねえ。まあ冗談でしょうけど。」
「父親の方とは話はついた、それこそ完璧に打ち合わせた、あんな男とは2度と会わなくて済むように。今後はずっと、電気屋が監視してくれることになっている、念のために。」
本気なんだ。この人は、違和感なく普通に話している、こんなことを前にも考えたことがある、前にもなんなく実行できた、そんな雰囲気なのだから、あきれてしまう。この人の怖さは、犯人を睨みつけるだけではなく、事件を操ってしまうってことなのか。
・・・
話を聞いていたらなんとなくできそうな気はしてきたけど、おいらにはそれが一番良い選択とは思えませんよ。子供が犯罪に遭ったのになかったことにするなんて、子供を蔑ろにした大人の世界の都合って、みんな思うでしょう。こんな犯罪が許されてしまったら、子供の人権が軽んじられる風潮になってしまうって。こんな犯罪が2度と起こらないために、刑を重くした方がいいっていう風潮にしなくちゃ、いけないんじゃないですか。容疑者の湯浅って人は、母親にそそのかされたとか証言して自分の刑を軽くする方法くらい考え付くでしょう、実際のところ母親にもそんな気持ちが確かにあったとおいらも思うし、誰だって「正しく罪を問え」っていうでしょう。
その通りだ、刑を重くした方がいいに決まっている。いつもなら、俺もその一択なんだ。でもカナちゃんの場合にかぎって整理した場合には、別の選択肢があると考えてみたんだよ。おまえは親に捨てられたり傷つけられたりした子供がどんな気持ちですごしていくことになるか、知らないんだ。俺はたくさん見てきたからよく知っている、今回の誘拐騒ぎに母親が少しでもかかわっているなんて知ったらその子がどんなふうになるか、お前はわかっていない。
幸い母親は犯罪に加担していないけれど、10歳になって15歳になって「母親は犯罪に間接的にでも関わっていたんじゃないか、自分は母親からいったん見放されたのではないか、自分はいない方がいいと思われていたのか。」そんなふうに考える時期がくると思う。関係者に聞くこともあるだろうし、どんな噂があったのかも知るだろう、でも誘拐罪とは言っても有罪とまでは言えない軽い犯罪だった、そう認定されたという事実があり、母親が告訴しなかったのは自分にも責任があったと悔いていたからだと思ってもらえた方がいいだろう、仮に身代金目的が認定されても「父親はお金を払うのを渋ったわけではない、その証拠に事件の後すぐに新しい家を用意してくれた」そんなふうに整理し直すことができる、将来必要であれば自分が担当刑事として説明できる。
流石に、うまく説明されている。カナちゃんの心の負担を軽減する、多少事実を捻じ曲げてでも普通の親が普通の対応をしたまっすぐなストーリーなら変な噂に対抗できる、それが目的だった。
・・・
そうですね、カナちゃんもさっきおいらに言ってましたよ「しばらく別の保育園に一人で行ってた、ママが迎えに来ると思って待ってた。」っていうふうに。10歳になって15歳になってもそういう風に思えていたら、そのまま静かに過ごせていたらいいんでしょうねえ。ただねえ、アイマスクは今も変わらず、これからも変わらないと思うんですよ、それこそトラウマを呼び起こす材料が残っちゃうんじゃないですか。
だからまた、別の保育園に行ってもらう、今度は専門の保育士がいる特別な保育園だ。
つまり、二人は別々に暮らすってこと?
そして、定期的に、例えば2週間ごとに面会するとかだな。
おいらはその後、その特別な保育園へは行ったことがない。でもその後の様子を聞く限り、このとんでもない八坂刑事のデザインした生活は、正しかったことがよくわかった。カナちゃんは保育士に抱きつく練習をしたそうだ、3ヶ月後くらいには母親に抱きつくのが普通になり、半年後には母親がカナちゃんを抱き上げるようになった、普通のことができるようになったわけだ。でもこれは普通のことを回避する手段、つまりカナちゃんが母親の瞳を覗き込むことのない、苦肉の策でもあった。
10歳になって15歳になって、いくら相性が悪くとも親子であれば信頼しあえるはずだ、4歳の記憶を呼び起こすキッカケなど何もない環境はできている、4歳の頃に自分はどこに住んでいたか知ることはあっても、果たしてアイマスクをして過ごしたことまで思い出すだろうか、思い出さないように祈ろう。
・・・
専門の保育士がいる特別な保育園には、勅使河原女子と俊君はなんども訪れたことあり、八坂に頼まれて補助的な手伝いをしていた。何も特別なことではない、普通の親子が普通に過ごしているだけのこと、でも園ではそれが普通のことではないから必要なことなのだ。そこにはカナちゃんみたいに親と離れていた方がよいと判断された子が、入園している。いろいろな状態の子が集まっているけれど、一緒にいた方がいいと判断された子たちが同じクラスになる、二人だけのクラスもあったりする。
こうした施設は、残念なことにいくつも存在することを、おいらも程なくして知ることになる。でも専門的な知識をもったひとを雇う余裕のある施設なんて、いつまで続くだろうかと心配になってしまう。それでもこうした施設が4か所、青森県・栃木県・京都府・高知県にあると、苣木博士が自慢げに話してくれた。なるほど博士もほかの心理学者も社会学者もこのプロジェクトにかかわっている、だから八坂刑事も安心して子供を預けられるという選択肢を持っている。
やはりあの代議士が関係しているから、専門家を巻き込むだけの予算を確保しながら大きなプロジェクトにしていけるに違いない、そう思われた。しまった、経済学者みたいな考え方になってしまった、会社がプロジェクトを大きくしていこうというのとは根本的に違う、小さくならなければいけないプロジェクトだった、自慢げな博士の姿を誤解してしまったおいらが、恥ずかしい。
しかし、そこまで考えている代議士が仮にいたとしても、たぶん何百年たってもプロジェクトは終わらない気もする。
・・・
湯浅容疑者には接近禁止令が出され、起訴は取り下げられた。これから一生の間、接近することがないように、八坂刑事が監視するそうだ。母娘は旧姓に変わり、引越し先は父親も含めて関係者には誰にも知らされていない。
勅使河原女子は、白いワゴンについての八坂刑事の見解を聞き、納得していた。つまりは母親の偽証であり娘との相性の悪さからの母親のわがまま、容疑者の湯浅の犯行をただ期待していただけ、でも事件が起きてしまった時は湯浅が身代金要求するための時間稼ぎのつもりであやふやな証言をした、そんな状況が裏側に隠れていた。
そもそものこの事件のきっかけは、誰かが娘を連れ出してくれたらいいのにという母親の欲求と言えるが、そのきっかけがねじれて運悪く誘拐という形になってしまった。「世の中複雑なのねえ」という勅使河原女子の感想は、色褪せることなく今後もおいらの目の前にいろんな模様となって、ちらつくことになる。
苣木博士は、自分の夢解きに成果があったのかどうか、微妙な状況を知って少々機嫌が悪くなった、何よりおいらが八坂刑事の信頼を得てしまったことが予想外で、気に食わないといったところだろう。でもおいらが予想外だったのは、八坂刑事がとんでもないことを言い出した時は、なんの力もないおいらでもなんとか止めなくちゃって思ったと告白した時の、博士の反応だった。驚きもせずに、ただ頷いていた。八坂刑事の考え方に巻き込まれてしまって慣れっこになっているのか、どうもそうではないようなのだ。まるで自分でもそうしただろうと言わんばかりに、平然と頷いている。こんな人が二人もいるはずがないと思った、でもそうではなかった、博士が言うにはまだ他にもいる、なんてこった。
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ところで八坂刑事は、夢解きが事件解決の糸口になるとは、さらさら思っていないのかもしれない。ただ、苣木博士の見る夢に対しては、期待を持てる何かがありそうだと思っているふしがある。人には藁にも縋りたいという気持ちになる時があって、それはお百度を踏んで来たことのある人にはわかるはかない期待といったものなのだろうか。何かを期待する、誰かに期待する、そういう感覚がおいらには薄いみたいだから、よくわからなかった。でも今回、子どもの未来が明るくなることを期待しようと思え、期待できそうと思えてしまったのは事実だ。おいらのことだから、こんな気持ちがいつまで続くかわからないけど。
そして八坂刑事の苣木博士に対する期待とは何なのか、付き合い始めてしばらくしてから聞かされ、不可思議ではあるけどなるほどと思えたことがある。博士は、自分が見た夢が自分に関係するものなのか、はたまた自分が見た夢が自分に関係するとは到底思えないものなのか、判断できる頭脳を持っていると八坂刑事はいうのだ。彼の頭には夢解きの事典が詰まっていて、さらに自分の夢も他人の夢も解析することができる、自分の夢のデータベースを閲覧しながら自分の心を整理しているのだから、その範囲を超えてしまう夢を見た時はどう判断するかというと、それは他人の夢だという解析結果にならざるを得ない。もちろんそんな判断を下すような前例や理論はないのだから、自分でも相当悩んで長い年月をかけて知恵を絞ったそうだが、結局諦めて前例のない結論を出さざるを得なかった。
世の中は広いから自分と似たサイコパスはきっといるはずだという気持ちも博士の中には同居していて、そういう学者を探して一緒に議論してみたいという気持ちもある。でもその興味が同調してしまったら、そしてなんらかの結論が見えてしまったら、学者として発表せずにはいられないに違いない、そこまでの勇気はつまり学者を辞めるという勇気につながってしまいそうで、踏み出せないでいるそうなのだ。学者をやめて、よろず相談所の所長をしたらいい、おいらならそうする、そうはできないのかなあ。
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おいらのような学問に興味がなくて、なんとなくしか世の中を理解しようとしていない者なら、一直線な思考回路は理解しやすいけれど、サイコパスってなんなのだろう。他人と違う思考回路ってことか、学者はそんなことを気にするのか。自分の夢であっても他人に夢であってもどうでもいいというか、ただ夢を見たというだけで、さらにはいちいち覚えていようなんてしないものだとおいらは思っている。そして、悩める苣木博士の悩める学説にどんなルートから近づいたのか、八坂刑事がアクセスしてきたのは博士にとって幸運だった。
八坂刑事は、夢の因果関係といったたぐいの学説が正しかろうが間違っていようが、その夢のお告げが事件を解く鍵になるのなら利用するだけのリアリストだから、学会発表に同調などしようはずもない。つまり、悩みは深まらずに止まってしまうのだから、幸運と言える。実際にその鍵が役に立ったことがあるらしく、博士とっては役に立つはずのない鍵を役に立てようと利用する者がいるなんて、おいらの目にはそれこそ夢か幻の世界だった。
ただしリアリストにとっては事件の世界しか見ているものはない、だから容疑者に対しては「最近何か、夢を見て記憶に残っている夢はありませんか」という質問を挟むようにしている、犯人であればどんな質問にも正直には答えないだろうし、正直に答えていれば解析して容疑者から外れるかもしれない、そして博士の夢にリンクしているかもしれないという飛び道具が用意されている。
そんな捜査方法が実を結んだことがあるというのだから、呆れてしまう。呆れてしまうけれど、おいらにとっては不思議というわけではない、不可思議な世界でなない、なるほどとは思う、とても興味深い。
・・・
草莽アカデミーへ納品に出向く時、前よりも足取りが軽くなっているのに気がついた。そして太陽に温められた地面から蒸気が立ち昇り、おいらの人影が揺らぎ踊っていた、犯罪の世界に近づいているはずなのにどうしたことだろう。確かに自分の意思で、近づいていっている、苦笑せざるを得ない。
その日は苣木博士が珍しくおいらに、自分が見た夢の話をしてきた、これは確かに自分の夢ではない他人の夢だ、誰の夢だろうかと聞いてくる、おいらの夢だと思っているのだろうか。それになぜ、こんなに真剣に夢を話題にするのだろうか、ここは学識の中心のアカデミーのはずなんだがなあ。
「目を閉じてたたずんでいる、すぐ足元で水の流れる音が、せせらぎの音がしている。耳を澄ましているとその小川の向こうから誰かが近づいてくる、足を水に濡らしてピチャリピチャリと近づいてくる音が聞こえる。その人は自分の脇に立ち止まり、もう一人が同じように自分に近づいてきた、目を開けて見上げたけれど二人の顔は見えない。なぜ見えないのだろう、足元は見えるのに。しばらくすると、水嵩が増えて自分の足首まで川が広がってきた、膝まで浸かる深さになったけれど水温は暖かくてなんの不安も感じない。目を凝らすと、他にも何人か近づいてくる、自分も含めて誰もが水面をピチャリピチャリと歩いている。」
これは、小さな子供の夢なんじゃないかなあ、おいらにはそう思えた。
・・・

二千二十四年三月 T著 


登場人物
黒辺 未知成 クロベ ミチナリ
苣木 莞爾 チサキ カンジ
勅使河原 詩織 テシガワラ シオリ
勅使河原 俊 テシガワラ シュン
八坂 時之 ヤサカ トキユキ
百瀬 明日香 モモセ アスカ
百瀬 加奈恵 モモセ カナエ

第四章 
 1/3 夢の理り
 2/3 特異体質
 3/3 デッキチェア
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