第1話 致命的な過ち

文字数 1,649文字

 静かな土曜の夜だった。

 俺の母親は同窓会に出席しており、帰宅は深夜になるという。
 父親は仕事で海外に在住しており、俺に兄弟や祖父母はいないため、つまり、自宅には自分しかいなかった。

 といっても、俺ももう高校一年生、別に寂しがる歳でもなく、むしろのんびり過ごせると考えていたのだが……。

 部屋で遅くまでネットの動画を見ていたのだが、鼻づまりが酷い。
 季節は3月、スギ花粉が飛び始めていた。
 小学生の頃から花粉症に悩まされていたのだが、今年は特につらい。

 我慢できず、点鼻薬を使おうとしたのだが、もう空っぽになってしまっていた。
 今の時間、近所の薬局はもう営業終了している。

 あまり気が進まないが……母親も花粉症で悩んでおり、同じ点鼻薬を使用しているので、それを借りる事にした。まあ、使う前と後にティッシュでノズルを良く拭いておけばいいだろう。

 階段を下りて母の寝室に入り、点鼻薬を探す。
 ところが、なかなか見つからない。

 なんか涙も出てきて、あまりよく見えなかったせいもあるが、点鼻薬なんてたいていすぐ手の届くところに置いているだろうと考えていたのだが。

 ひょっとしたら、同窓会に持って行ってしまったのかな……そんな事を考えながも探し続けていると、なぜか園芸用のハサミや霧吹きが入っている小物入れの仲に、その点鼻薬を見つけた。
 ああ、あった、良かったと安心し、ちょっとノズルの先端をティッシュで拭いて、左右の鼻の穴に連続して勢いよく吹き付けた。

 ……一瞬の後。

「……うぐあほあぁーーーーっ!」
 俺は絶叫を上げ、寝室をのたうち回った。

「ひっ……ひぎぃぃぃーーーっ!」
 鼻の穴に釘を突き刺されたような強烈な痛み、あふれ出す涙。
 ぼやける視界の中、持っていた点鼻薬に目をやると、マジックで

『アブラムシ用 殺虫剤入れ替え』
 と書いているではないかっ!
 おのれ良子(注:母親の名前)、なんてことしてくれたんだっ!

 ……しかし、そのうちに少しずつ痛みが治まってきた。
 ああ、よかった。あふれ出した鼻水やよだれ、涙のせいで、殺虫剤成分は体の外にでていったんだな……。

 しかし、次に異変が現れたのは、なぜか喉だった。
 なんか、締め付けられるような感触がして、呼吸の度にヒュー、ヒューと変な音がする。
 ……やばいっ、喉が腫れてきてるっ!

 これはまずいっ!
 しかし、助けを呼ぼうにも、この家には現在、俺以外誰もいない。
 どうする、救急車を呼ぶかっ!?

 いや、でも何て説明するんだ?
「花粉症用の点鼻薬と間違えて殺虫剤を鼻の中に噴射してしまった」なんてバカな話、するのか?
 そんなの、信じてくれるだろうか?

 いや、そりゃあ救急車は来てくれるだろうが、その後、どんな恥ずかしい目にあうだろうか。
 もし、美人の女医さんや看護師さんが担当になってくれたとして……

「……あの、どうして、鼻の穴に間違って殺虫剤を噴射してしまったんですか?」
 なんて恥ずかしい質問、されてしまわなければならないのか。
 たぶん、ものすごく笑いを堪えながら質問されるに違いない。

 それで、万一入院するハメになったとして、それで同じ病室にものすごく可愛い女の子がいたりして、その子に
「あなたは、どうして入院することになったんですか?」
 って聞かれて、

「いや、花粉症用の点鼻薬と間違えて鼻の穴に殺虫剤を……(以下、略)」
 なんてバカな答えをしてしまって、呆れられて、以降、話しかけられなくなったりしないだろうか。
(注:この時点で『男女が同じ病室になる事はあるのだろうか』なんて冷静な考えをめぐらす余裕などない)

 そんなふうに、恥ずかしい想像ばかりが頭の中に浮かんできて、救急車を呼ぶタイミングを失ってしまった。
 そうしているうちに、完全に喉が塞がり、息ができなくなり……自分で、体がビクン、ビクンと痙攣しているのが分かった。

 ああ、俺は死ぬ。
 それも、こんなバカでマヌケで恥ずかしい死に方で。
 ……マジで?
 嘘だろっ?

 ……。
 …………。
 ……………………。

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