第22話 お姫様抱っこ

文字数 4,832文字

 いよいよ待望の、夏休みが始まった。
 今回の夏休みは、今までとは全然違う。
 部活動に入っているわけではない俺に取って、去年は小説を書いたり、読んだり、お盆休みに家族三人で小旅行に出かけるぐらいだった。
 ところが今回は、
1.彼女ができた。
2.その彼女と、共同執筆の小説が全国出版されるため、その準備をする。
3.瞳、泪さん、レナさんと『取材』と称してあちこち遊びに行くことが決定した。
 ……という、まあ、いわゆる『リア充』状態だ。
 特に最後の『3.』に関しては、夏休み初日に無理矢理予定を入れられてしまった。
 レナさんが、いきなり
「みんなで、川に泳ぎに行こう!」
 と強引に誘ってきたのだ。
 なぜ海ではなく川なのか、と疑問に思ったのだが、
「小説の中に出てくる水浴びのシーンを再現したいから」
 という言葉を聞いて、納得した。
 彼女はイラストレーターで、俺たちの小説の挿絵を書いてくれることになっている。
 そのイメージを掴みたいと言われれば、これは納得せざるを得ない……って、まあ、俺としては瞳を含むみんなで、ワイワイと遊びに行くのは楽しみではある。
 俺たちの住む町は地方なので、ちょっと車で川上に向かえば、飲んでも問題無いほどの綺麗な清流がいくつも存在しており、広い川原では、毎年キャンプに訪れている者も多い。
 前夜から水着や水中眼鏡なんかを準備し、朝九時過ぎにはシャワーも済ませてそわそわしながら待っていると、到着を告げる電話が瞳から入った。
 外に出てみると、ピカピカのミドルサイズハッチバックが停車していた。
 泪さんが運転し、助手席はレナさん。そして後部座席には瞳が乗っていた。
 俺の荷物を乗せるためにレナさんが荷室を開けると、そこに満載されたアイテムにちょっと引いてしまった。
 ビーチパラソル、ビーチボール、そしてジュースや缶ビール、保冷剤がぎっしり詰まったクーラーボックス。
 折りたたみのテーブルと椅子、レジャーマット、バーベキューセット。
 うん、なかなか本格的に遊びにいくつもりだ……一応、取材っていう口実なんだけど。
 大人二人はハイテンションなんだけど、瞳だけがちょっと憂鬱そうな表情。
 どうしたのか聞いてみると、
「えっと……まだ秘密。でも、私も楽しみにしてるよ」
 という、なんとも意味深な返事。
 上半身は白いTシャツだけの彼女、純白の下着がほんの少し透けて見えて、ちょっとドキドキしてしまうのだが……まあ、これは年頃の男だったらだれでもそうなってしまうものだ、と自分を納得させる。
 その後、近所のスーパーでバーベキューの食材を買う。
 俺以外は全員女性、しかも美人、美少女ばかり。うん、ハーレム状態だ。
 肉や野菜、買い忘れていた焼き肉のタレなんかを買い揃えるのだが、
「あれも要る」
「これも必要」
「ゴハンは持ってきている」
「そんなに食べきれない」
 と、ワイワイしながら店内を回るのは楽しかったし、瞳もニコニコしていた。
 それから車を一時間半ほど、阿奈津川上流へ向かって走らせると、徐々に道が細くなっていき、建物の数が減っていく。
 天気は快晴で、外気温はすでに三十度を超えている。
 そんな真夏の田舎道を走るのは、景色も良くて気持ちがいい。
 やがて舗装されていない砂利道に出て、揺られながら五分ほど走ると、堤防から川原に降りられる緩やかな坂があって、そこを下ると目的地だった。
 白い砂利の川原が幅二十メートルほどに渡って広がっている、絶好のキャンプポイントだ。
 ただ、自分達の他には誰も居ない。
 この日はまだ夏休み初日で、一般企業は営業日だから、家族連れなんかは来られていないんじゃないかな、と泪さんが説明してくれた。
 ちなみに、その泪さんは有給休暇を取っているという。レナさんはフリーのイラストレーターだから、あんまり関係無い。
 車から外に出ると、強烈な日差しとうだるような暑さだ。
 あと、対岸のセミの泣き声が凄まじい。
 女性陣は全員、日焼け止めを塗ってきているらしいが、泳ぐのだったらあまり意味がないんじゃないだろうか?
 そんな疑問を持ちつつ、唯一男の俺は、荷物の運搬を強要させられる。
 レジャーシートやテーブルを設置し、ベースキャンプのような場所ができたところで、
「……じゃあ、先に取材、しちゃおうか!」
 とレナさんが上機嫌で宣言した。
「えっと……取材って、何するんですか?」
 そう尋ねると、彼女は
「言っておいたでしょう? 小説の中で、主人公とヒロインが裸になって水浴びするシーンを再現したいって」
 と答えた。
「……あ、そうですね。でも、まさかホントに裸ってワケじゃないでしょう?」
「そりゃそうよ。いくらなんでも、そんなの強要したら犯罪になっちゃうからね……二人とも水着になって!」
 レナさんも泪さんも、ニコニコしながらそう話しかけてきた。
 実は、俺はそんな話を聞いていたので事前にサーフパンツを履いてきていた。そのことを告げると、
「あら、準備がいいのね。瞳と一緒」
 と、泪さんはさらに笑顔を深めてそう言った。
「えっ……ひょっとして瞳、水着着込んでいるのか?」
 その問いに、美少女は顔を桜色に染めて、小さく頷いた。
 ……トクン、と鼓動が跳ね上がる。
 さっき、Tシャツの下の白い下着が透けて見える、と思ったのだが、実は、あれはビキニの上側だった……いや、下着にしか見えない。
「……お姉ちゃんが、結構大胆な水着買ってきちゃってて……恥ずかしいって言ったんだけど、逆に恥ずかしがらないと、『裸で背を向け合って水浴びする』シーンの再現ができないっていわれて……」
「そう、その通り。主人公のタクが照れて、ヒロインのユウが恥ずかしがる。そういう表情も参考にしたかったから。ちょっと大人しい瞳には大胆な水着だから、和也君は見ないようにしてあげてね!」
 泪さんの笑みは、完全に俺たちの動揺を楽しんでいるかのようなものだった。
 レナさんも同じだ。
 えっと、これって……でも、従わないといけないんだよな?

 その後、俺はアイマスクをされ、美女二人に手を引かれて連れて行かれる。
 冷たい水の中に入った感触はあるが、流れは緩やかで、足を取られることはない。
 丸い石がごろごろと明日の裏に当たるが、痛いと感じるほどではなかった。
 やがて、膝まで水に浸かるぐらいの場所で手を離され、そのまま待機と言われた……真っ暗で何も見えず、このまま置いて帰られないか、ちょっと不安な状況だ。
 しかし、女性陣のキャッキャ、ウフフという声は聞こえるから大丈夫だろう。
 五分ぐらいだろうか……俺に取っては凄く長い時間だったが、待っていると人が近づいて来る気配を感じた。
「……和也君、絶対に後、見ちゃダメだからね……」
 瞳の声だった。
 そう言うということは……今、彼女は下着にしか見えない、白いビキニ姿のはずだ。
「ああ、分かっているよ」
 冷静にそう言ったものの、心臓は早鐘を打っていた。
「はい、じゃあ、和也君、アイマスク取っていいよ。ただし、振り返っちゃダメだからね! あ、こっちは見ていいよ!」
 レナさんのその声に安堵して、そっとアイマスクを取って、声がしている方向を向いてみると……累算は黒を基調としたバンドゥビキニに、レナさんはピンクの、派手で且つ露出度の高いビキニ姿になっており、さらに俺の頭に血が上るのが分かった。
「……絶対こっち、見ちゃダメだからね……」
 すぐ背後から、また声が聞こえた……瞳が、居る。
 イラストレーターであるレナさんの指示に従い、瞳はパシャパシャと水を自分にかけていて、そのしぶきが時折俺の方にまで飛んできた。

 後ろを振り返りたい欲求はあるが、黒い水着の女性は背後の少女の姉であり、しっかりと見張られている。その視線がなかったとしても、俺は彼女との約束を破ることなどできないのだが……。
「うん、じゃあ、今度は太陽の光を全身に浴びるように、大きくのけぞってみて!」

 ハイテンションのイラストレーターから、また無茶ぶりが少女に向かって飛ぶ。

「あ、はいっ! ……うん、これも芸術のため、ラノベのため……」

 彼女の、決意のつぶやきが聞こえ、また鼓動が高鳴った。
 今、すぐ後ろで、どうしようもない程に好きになってしまった女の子が、裸に近い姿でのけぞっている……。

 と、次の瞬間、

「キャッ!」

 と、短く、しかし鋭い悲鳴が聞こえ、思わず後ろを振り向いてしまった。

 一瞬遅れて、その少女は、前のめりに俺の方へと倒れ込んできた。
 反射的に、その体を抱き締める。
 俺ごと後に倒れそうになったが、何とか踏みとどまった。

「あ……」

 ――その少女は、俺に抱きついていた。
 
 思わぬ展開にプチパニックになった俺だが、すぐに冷静さを取り戻し、二、三秒おいて、彼女を気遣って

「大丈夫か……」

 と、少し体を離そうとしたのだが、

「だめ、見ちゃダメ!」

 と、また抱きついてきた。

 少女の、意外と膨らみのある柔らかな感触が、俺の腕の中に伝わってきて、かっと顔が熱くなるのを感じた。
 どうやら彼女は、こうやって体がくっついていることより、今の姿を間近で見られることの方が恥ずかしいようだった。

 その大胆な行動と、あまりの愛おしさに、俺は少し、彼女を抱き締める手に力を入れてしまった。

「……ありがと……」

 彼女の方からの、俺に抱きつく力も強くなるのが分かり、思いもかけぬこの展開に、今までの人生でも覚えがないぐらいの幸せを感じた。
 
「瞳、大丈夫?」
 彼女の姉である泪さんが、次にレナさんがバシャバシャと慌てた様子で駆けつけて来る。

「……足、ひねっちゃったみたい……」
 俺にかきついたまま、辛そうに彼女は話した。
「ほら、これ来て……和也君は向こう向いててね」
 泪さんが、持ってきた瞳のTシャツを渡したようだ。
 彼女は、両側を二人の女性に支えられながら、それを受け取って着ているようだった。
 俺は顔を逸らしている……なぜか、それが疎外感というか、除け者にされているような気がした。
「どうする、瞳。肩貸してあげるけど……歩ける?」
「……平らなところだったら大丈夫かもしれないけど、下、石だし、ちょっと流れもあるから……」
 瞳の声は、辛そうだった。
「和也君、もうこっち向いていいよ……どうしたらいいと思う?」
 泪さんも困っている。
 ――例えば、自分が小説の中の主人公『タク』ならば、パートナーの『ユウ』が水浴びの最中にこうなったら、どのような行動を取るだろうか……。
 そして俺は、浮かんできたある行動を取ることにした。
「……瞳は、俺の大切なパートナーで、彼女です。だから、俺が運ぶ」
 そう言って少しかがみ込み、左腕を彼女の背に、そして右手を彼女の膝の後ろに廻して、一気に持ち上げた。
「キャッ!」
 いわゆる『お姫様抱っこ』の体制になり、瞳は慌てて両手を俺の首に廻してきた。
「……キターッ!」
「やるぅ!」
 先のがレナさんの反応、後のが泪さんの声だった。
 思った通り、華奢な瞳の体は、抱きかかえて歩いていけそうだった。
「……このままレジャーシートのとこまで俺が運んでいくよ……それでいいか?」
「……う、うん……」
 そして俺は、ゆっくり歩き始めた。
 泪さんは心配そうにすぐ側で一緒に歩いていたが、レナさんは、ちょっと早めに戻って、両手で長方形を作って俺たちの様子をのぞき込んでいた。
「……和也君、ありがと……大好き……」
 瞳が、俺にだけ聞こえるようにぼそっとつぶやいた。
 俺は、顔が熱くなるのを感じながら、抱える腕に力を込めて、それに答えたのだった。
 ――今回の水浴び中のトラブル、及び『お姫様抱っこ』で運ぶ様子は、後日そのまま小説に反映されることとなった。
 そして懸念点だった『ヒロインが主人公に対して、明確に恋に陥る瞬間』は、まさにこの抱え上げて運ぶ瞬間だということが決まった。さらに、その場面のイラストも書かれることになったのだった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み