ふわふわ

文字数 1,221文字

「なんか、派手じゃない?」

 私の浴衣姿を見て、佐々木くんはそう言った。

 派手?
 紺地に白抜きで描かれた桔梗(ききょう)の花。
 この日のためにあつらえた浴衣は、パソコンの画面に並んだ他の浴衣よりも落ち着いたデザインに見えた。

 佐々木くんはもっと派手な浴衣の方が好みかもしれないな……。

 たくさん並ぶ浴衣の画像を見ながら、私はそう思った。

 ううん、ちがう。

 もっと派手な浴衣が似合う女の子が——の間違いだ。

 でも私はカラフルな浴衣や(あで)やかな浴衣を身に(まと)おうとは思わない。
 少しレトロで、落ち着いたこの柄が好きだ。

 結局、自分を曲げられないんだ。

 片思いの相手の好みがなんとなくわかっていても。

 だから、佐々木くんが私の浴衣姿を見て「派手」と言ったのは意外だった。「地味」と言われるかと思ったから。

 心のどこかでわかっていた。
 佐々木くんは私を好きじゃない。
 だから、何を着ていても文句を言いたくなるんだ。

 恋愛対象として好きじゃなくても、友達としては嫌いじゃないんだろうな。
 だからこんなふうに気紛れにお祭りに誘ったりする。
 それで私がどれだけ舞い上がるかも知らないで。

 しばらくお祭りの雑踏を歩いて、すぐに佐々木くんの友達が集まっているという居酒屋に行った。
 私はよく知らない人ばかり、男女合わせて8人ぐらいの飲み会だった。
 いつもならそんな時は居酒屋に行く前に「バイバイ」ってされるから、一緒に連れて来てくれたことがうれしかった。
 夜店をあれこれ見たり、金魚すくいにチャレンジしたり……、そんなお祭りを夢見ていた私の気持ちはくちゃくちゃに丸めて捨てられたけど。
 
 佐々木くんの仲間に馴染みたくて生ビールをジョッキで飲んだ。
 案の定、慣れない帯を巻いたお腹が苦しくなって、私は先に退散した。
 もちろん佐々木くんは送ってくれたりしない。

 でも今日は、いつもより少し長く私の顔を見てくれていたね。
 それはたぶん、下地クリームのおかげ。
 頬の赤い私は、ベースカラーで肌色をコントロールできると知った。
 赤みを抑えるグリーン。
 新しく買ったグリーンの下地を塗ってファンデーションを重ねると、今までより少し白く大人っぽい肌に見えた。

 少しはドキッとしてくれたかな。
 たとえ、すぐに忘れるとしても。

 家に帰って下駄を脱ぐ。
 板の間の廊下を歩くと、足跡がつきそうなくらいふわふわな感覚がした。

 素足の裏に硬い下駄の感覚が残っているから?

 滅多に味わえないふわふわの感覚が面白くて、私は自分の恋が可笑しくなってきた。

 なにしてるんだろ。

 きっと私を好きになってくれる人は、桔梗(ききょう)の浴衣を「いいね」と言ってくれる。
 私の赤みがかった頬も好きになってくれる。
 きっと、そんな気がする。

 ちゃんと振りもしない、受け入れてもくれない、そんな厄介な人に恋をした。

 もうそろそろ踏ん切りをつけよう。

 ふわふわの感覚が消えるのがもったいなくて、何度も足踏みをした。

 バイバイ、佐々木くん。
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