第1話

文字数 911文字

 ねえ、雨って、好き?

 ううん、そうじゃないの。わたしだって、月曜日の朝、雨がびしょびしょ降っていたりしたら、それはブルーな気分になるわ。
 一週間の始まりが雨なんて、最悪。会社に行くのやめて、このままおふとんにもぐって二度寝しちゃおうかなって考える。もちろん、そんな度胸ないけど。
 わたしが言ってるのはね、そんな雨じゃないの。

 夜ふけに降る雨。
 皆が寝静まった後に降り始めて、夜のうちにやんでしまうような雨。翌朝、道路がちょっと濡れているのを見るまでは、誰も気づかない雨。

 雨音はしなくても、「あ、今雨が降ってる」ってわかる時ない?
 わたしは、あるの。音がするんじゃなくて、逆に音が消える。街の音が吸い取られるように消えてしまうから、雨が降ってるんだってわかるの。

 えっ、そもそも夜ふけの街に音があるのかって? 
 あるわ。こんな時間にも、誰かがどこかへ行こうとして、あるいはどこかから帰ろうとして車を走らせている。終電の後も、遠くの踏切の音が響いている。
 幽霊列車? 
 やだ。そんなわけないでしょ。
 そう、貨物列車や夜行列車が通るのよね。
 夜行列車って、なんだかロマンチックだと思わない? わたし、眠れない夜には踏切を通り過ぎる夜行列車を想像することにしてるの。
 明るい車両の中にいる人たち――女のひと、男のひと。どんな服装で、どんな年齢で、そしてどんな表情をしているか、ひとりひとり想像していくの。そのうち、うまいぐあいに眠れることもあるわ。羊を数えるよりは効果的。

 でもね、うまくいかない夜もあって、そんな時、音がふっと消えるのがわかるの。車の音もしないし、踏切も鳴らない。ああ、雨。わたしは細く窓を開けて、雨の匂いをかぐの。 
 なんだか自分の部屋が雨の綿で包まれて、ふわりと夜空に浮かんでいるような気分。

 ――眠れないわたしは、窓辺に頬杖をついて、あなたのことを思う。

 あなたとわたしの距離。その間をやわらかく埋めつくす雨に向かって、そっとつぶやけば、このメッセージはあなたの夢の中にまで届く気がする。
 朝目ざめた時のあなたは、たぶん、何も覚えていないでしょうけど。

 好き。
 夜ふけの雨じゃなくて。
 あなたのことが。
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