第1話 マブイを落とした京子さん
文字数 2,099文字
とあるキャリア女子が言った。そういう時人は、思いっきり現実逃避したがる。
都会に疲れた京子さん、観光パンフの海を見た。そこは美ら海、離島の浜。
ビーチの白さ眩しさに、京子のハートはわしづかみ。職場に書類を提出し、京子は年休取りました。
飛行機のマイルも貯まっていたので東京から沖縄本島、さらに那覇空港から石垣空港まで飛行機を乗り換えて、やっとついたよ石垣島。
しかし、目的地の波照間島まで行くには。離島桟橋から船で約45分かかる。
京子さんは海外旅行用のどでかいキャリーバッグを引きずって船に乗り込んだので、定員40人の船の中で乗客は20人弱。
京子さんが旅に慣れてない沖縄ビギナーということはどうみても周りの乗客たちにバレバレだった。
出港して10分も立たないうちに、京子さんは船酔いでめまいを起こしてしまった。
「お姉さん、酔いやすい人は前の席に座った方がいいさー」
と京子さんに声をかけてきたのは癖のあるロン毛を後ろで束ねた男。
男は眉が濃く、南の島の人の血をしっかり受け継いでいる彫りの深いいい顔だちをしていた、が、カンカン帽にハイビスカス柄のかりゆしウェアに破れジーンズにスニーカーという風体に、
この人地元のチャラ男。
と京子さんは判断していえ、いいです!と目の前で粉末の酔い止めを飲み、前の席に移動した。
「俺の名前は
初対面の人に個人情報教えまくりのエーシンは、そこで改めて京子さんの顔を覗き込んだ。
まあ名前ぐらいは名乗ってやろうか…
「京子、鍛治京子です」薬が効いたので酔いが収まった京子さんは改めてエーシンに自己紹介をした。
「お姉さん、ちゅらさん(美人さん)ねぇ~」とエーシンはぼうっとした顔で船が波照間に着くまで京子さんを見つめ続ける。
なにこの人、新手のナンパなの?まあいい、港に着いたらおさらばよ。わたしは私で一人で旅を満喫したいんだから。
港には各民宿から来た送迎のワゴン車が並んでいて、車から降りた職員たちがおのおのの宿の名を書いたプラカードを掲げている。
その中から「しらはま荘」のプラカードを見つけて「予約していた鍛治です」と京子さんは日焼けした若者に挨拶した。
「はい鍛治さんですね?早速民宿までお送りしますが」と若者は京子さんの後ろにぴったり張り付いているエーシンを一目見るなり
「ニイニイ(お兄ちゃん)!」と目をみはって驚いた。
「しらはま荘は俺の実家さぁ、京子さんと行き先同じねぇー」とエーシンは無邪気に喜んだ。
おう、なんてこったい。
薬が効いてる筈なのに京子さんはまためまいを起こしそうになった。
ついた宿には京子さんの他に新婚旅行で来た、という30過ぎの夫婦と、
大学のゼミ旅行で来たというずんぐりむっくり体型の教授と
不承不承連れてこられた、という表情を隠さない教え子の男子学生二人、その内一人は灰色の髪と目をした外国人だった。
そして一番京子さんの目を引いたのは、バックパッカー風の20代半ばの女性。長い髪をひっつめにし、Tシャツにジーンズにリュックサックと旅なれた様子。
民宿の説明を始めるエーシンの祖母、克子オバアの前には様々なところから来た7人の宿泊客が南国の暖かさで完全にリラックスして話を聞いている。
ふと、三者三様という言葉を京子さんは思い出した。
部屋を割り当てられた京子さんは旅装を解いて、ゆったりとしたワンピースに着替え、民宿の食事にしては多すぎる程の夕食を戴いてから翌日のニシ浜ビーチでのシュノーケリングに備えて早めに眠った。
翌朝のシュノーケリング教室の講師はエーシンだった事に少し顔をひきつらせたが、他に新婚夫婦も習いに来ているし、警戒することはないか、とエーシンの指示通りにフィンを付け、ゴーグルを付けてシュノーケルをくわえて海に潜ると、どこまでも透明に輝く海に、自分のまわりをちらちらと泳ぐ小魚。
そして、眼下に広がる白い砂底とサンゴとごつごつとした岩の眺めに…
ああ、これが自然なのか。人はなんと、自然から離れた暮らしをしているのだろう…と慌てて追い付いたエーシンに捕まるまで我を忘れて泳いでいた。
「気分はどうだった?」
とエーシンに聞かれて京子さんは
「最高でした!」と初めてエーシンに笑顔を見せた。
帰りは皆で屋外レストランで昼食を食べて波照間中学校近くのアイスクリーム屋であかばなー(ハイビスカス)アイスを食べて午後二時から夕方まで島全体が昼休憩に入るため、宿に戻って大満足で京子さんも宿に帰って夕食の後自室の布団の上で寝入ってしまった。
異変は翌朝8時、朝食の時間になっても来ない京子さんを克子オバアが起こしに来たが、目を覚ましているのに、京子さんの体が動かない。
ちょっと、私意識ははっきりしてるし体が動かないだけよ!
と言いたかったが唇も動かせない。
心配した宿泊客たちもこぞって京子さんを取り巻いている。
克子オバアは京子さんの顔つきを見て
「どうやらマブイ落っことしたようだねえ」
とのんびりした口調で皆に言った。
マブイって何よ!?