第3話

文字数 4,736文字

「ハフトそっち行ったぞ!」
「回り込め!外出ちまうぞ!」

 聖域を出ようとするハフト、獣人にすらなれなかった人間の成れの果てを追う。身体能力はあちらが上のため、俺たち獣人が頭を使って彼らを確保する必要がある。全力でハフトの進行方向の前へ回り込み、4人で囲い込む。

「アレックス!今だ!」
「分かってる!ハァ!」

 周りを囲めば、4方向へ注意を働かせなければならず、後ろは手薄になる。なら、俺から振り向いて一瞬でも目を離したら、俺が後ろになるわけだ。

「捕まえたぞ、みんな手貸してくれ!」

 ハフトを捕まえて、落ち着かせる。人間が使うような麻酔銃とかはないから、どうしたって方法が手荒になる。本当は俺たちだってこんな事はしたくない。だが、いきなり獣人に堕とされて、人間のときに暮らしていた生活水準を一気に落とす必要が出てきたのだ。そんなクソみたいな場所が、天使様とやらが言う聖域らしい。あの社会でタブーを犯した人間が収監される楽園。まぁ、特に神聖な何かがあるわけではなく、あるのは鬱蒼としたただの森と、俺たち獣人と、ハフトだ。

 そうこう考えているうちに、ハフトが気絶する。凶暴なこいつは、人間の持っていた理性を失くしている。力が大きく、大変危険なため、放っておいても問題ないが、こいつはいずれ人里を襲うだろう。それは良くない。もう関係が無いとはいえ、元はそこが故郷だったのだ。襲われるのはなんとなく気分が良くない。

「よし、ハフトを村へ運ぼう」

 気絶したハフトを肩へと担いで持ち上げる。そうすると、狩りに参加していた相棒が話しかけてくる。

「やっ、アレックス。よく頑張ったね」
「エル、ああ、皆も」

 獣人には2つのタイプが有る。俺みたいないわゆるケモミミがあるタイプと、エルみたいな可愛らしい黒い翼が生えているタイプだ。

「さて、帰ろうか!」

 エルがそういうと、他の二人も村に向かって歩き始める。俺は最近堕とされて、この村でお世話になっている。天使は獣人を捨てるときには必ずこの森に捨てるが、この森だってかなり広い。運良く俺たちの村の近くなら助けることも出来るが、ハフトが蔓延するこの森で孤立すれば、生きていくことさえ難しい。この前だって100人近い獣人が送り込まれたが、気づくのが遅れたのと、かなり強いハフトが紛れていたため、森に捨てられてから1時間もしないうちに全員食い散らかされたようだ。その様子を確認しに行った同胞も何人か命を落とし、件のハフトはまだ生きている。俺たちだっていつ遭遇するかわからない。気を付けなければ。

「なぁ、アレックス」
「どうしたエル」
「村一番の腕っぷしを持つ君に、実は頼み事があるんだけど」
「内容によるけどもちろん聞くよ」
「よし!決まり!村に戻れたら話すよ」
「不安になるようなこと言わないでくれよ」

 周囲を警戒しつつも談笑できるくらいの余裕が、今はできた。俺が初めて狩りに出たときは緊張が酷くてよく吐いたものだ。いきなり生活が一変して、でも食べるのに必死で。生きていくのに必死で。俺は生きるために何とかここまで戦えるようになった。皆の協力もあったけど、こいつ、エルのおかげだ。こいつがいなかったら俺はだめになっていたかもしれない。そういう意味ではとても感謝している。

 しばらく道を進んでいると、俺たちの住処が見えてくる。多くの獣人がいて、賑わっている。最初の方はあまり活気が良くなかったが、エルが村を統治するようになって、皆の顔から笑顔があふれるようになった。

「みんな~~ただいま!」

 エルが帰ってきたことを村に知らせると、ちょっとしたお祭り騒ぎになる。無事に帰ってきただけだが、これが大事なのだ。絶対に帰ってくる人がいる。これは皆の中で厚い信頼につながる。死と隣り合わせの世界だ。みんな茶化したりするが、心の奥底ではかなり支えになっているはずだ。それは、当然俺にも言えることだ。俺はエルが心の支えになっているし、俺はエルの、皆の心の支えになっているはずだ。

 そんなエルの頼み事だ。しっかりと応えてやりたいが、どんなお願いだろうか。難しい頼み事だったら応えられるか分からないな。というよりも、わざわざお願いだというほどのお願いだ、もしかして死ぬほど難しい話なんじゃ…。いやいや、こんなこと考えていても仕方がない。早く家へ帰ろう。

 家へ帰ってくると、少し前の生活を思い出す。家族がいて、帰ってくるとおかえりが聞こえてきて、何の変哲もないけど、何の変哲もないからこそ、幸せだったあの頃の思い出が。まぶたの裏にこびりついたあの凄惨な現場が。ありありと。もう、誰も、失いたくない。

「やっほ~アレックス」

 しばらく物思いにふけっていると、エルが用事を済ませて俺の家まで来た。

「よっエル。それで、お願いって何だ?」
「実はね、戦争、起こそ?」
「はい?」



 エルが唐突に戦争をしようと言い出した。最初は頭がおかしくなったと思ったが、話を聞いていくうちに、段々と現実味がある話になってきた。要約すると

「実はね、天使の命は無限ではないの」
「コアを壊せば天使の活動は停止するの」
「コアを壊すためのアイテムは、機械が大量に捨てられているエリアにいる、ロボットのおじいさんが持っているという噂なの」

だそうだ。

「どう?これだけ情報が出揃っていたら、行けそうじゃない?」
「うーん」
「何が不安なの?」
「俺は、もう誰も失いたくない。ましてや戦争なんて」
「大丈夫。戦争って言っても、少数精鋭でコアを破壊しに行くだけだし、そのための算段はもう立ててある。それに、誰も死なないように作戦を立ててるから」
「だが、やはり危険が伴うよ」
「ダメって思ったら撤退すれば良いし、それが出来る人選をするつもり。それに、もしそのアイテムが無くて、徒労だったとしても、行動することは大事よ」

 エルが言っていることはよく分かる。だが、危険だって伴うし、なにより誰かがいなくなってしまうのがとても怖い。そう思って、下を向いていると、エルが突然俺の顔を両手で挟みこみ、双眸でじっと俺を見つめる。

「うわっぷ!」
「少年よ!大志をいだけ!いいのか、現状のままで。虐げられて、犯してもいない罪をでっち上げられて堕とされて!その上、まだそんな人間たちが増え続けてる!そんな状態を許して良いのか!」
「エル…」

 いや、たしかに、エルの言う通りだ。俺は、ずっと俺の心配だけしてきた。でも、もう俺だって大人だ。もう誰かのために自分を犠牲にしたりとか、誰かのために自分を支える人間にならないとダメだ。後世のために、皆のために、自分のために、そして、エルのために。

「エル。分かったよ。やってみよう」
「決まり!ありがとう、アレックス」



 俺は翌日、村の皆を集めて、昨日の話をした。

「という次第で、俺とエル、あと6人でチームを結成し、天使の暴虐を止めるべく、少数精鋭でコアを破壊しにいくことに決めた!それに当たって、諸君!君たちの陽動作戦がどうしても必要になってくる!もちろん安全は担保できない!怪我をするもの、果てには命を失ってしまうものが出てくることは明白だろう!だから!俺は強要しない!もし、我らの後世のために、自分のために、隣の同胞のために!力を貸してくれるのであれば!この作戦に参加してほしい!もう一度言うが、この作戦の成功に保証はない!ともすれば、何の成果も得られずに全滅する可能性だってある!1日よく考えてくれ!以上だ!」

 壇上から離れて、家に帰る道すがらエルが話しかけてきた。

「アレックス、演説なんて出来たんだね。びっくりしちゃった」
「俺もあんなに喋れるなんて、びっくりだよ」
「ありがとね。あとごめんね。こんなのに付き合わせちゃった」
「俺だってちゃんと納得してやってるんだ。そんな事言わないでくれ」
「アレックスは優しいですね」
「そんなこと。それより、あんなコアとかの情報ってどこから仕入れたんだ?」
「…ふふ、それは秘密。長く生きてれば分かってくることがあるのよ」
「そんなものか」
「そんなものよ」

 少し釈然としないが、彼女は村ができる前からここにいるらしいから、そういうこともあるのかもしれない。



 あの演説の後、すぐに大量の参加希望者が現れ、あっという間に作戦に必要な戦力が集まった。コア破壊の班には参加できなくても、その手伝いである陽動作戦でもなんでも任せてくれという意見が多く、村人の殆どが参加してくれることになった。予定通り8人のコア破壊班と、108人の陽動作戦班。さらに何匹かのハフトを放っても問題ないという分析が出た。どうやら人間社会の治安維持に使われているドローンなどロボットは、人間が傷つきそうになると、前に飛び出してかわりにダメージを受けるらしい。その点ハフトなら一気に近づいてダメージを効率的に与えることが出来るだろう。

 翌日、俺はもう一度壇上に立って話すことになった。

「ありがとう。皆のおかげで、作戦を成功に導くことができる可能性が高まった!きっと作戦は成功するだろう。だが!まだ不確定要素が取り除かれたわけじゃない!まずは機械が捨てられるエリアへ赴き、ロボットのおじいちゃんに会う必要がある。噂からの推測によると、どうやらロボットのおじいちゃんは天使のコアを破壊するためのアイテムを持っているらしい!それをどうにか譲り受け、我々は天使の統治に終わりをもたらすのだ!」

 そう、思い立ったのが吉日。昨日今日で立てた作戦だが、俺たちはすぐにこの村を出発する。

「まずはアイテムを手に入れなければ話にもならない!まずはアイテムを手に入れに行く!ここでは戦闘をするつもりは無いが、道中何が起こるかわからない!よって、破壊班の8人でそこへ赴き、回収任務を始めに行う。これが失敗に終われば作戦は失敗だ。それでは、8人を発表する。俺、アレックス!エル!アイリス!エドガー!デイビッド!エギル!ジャガー!アンドリュー!この8名で回収を行う!」

 俺たちは準備をした後、すぐに出発した。

「アレックス絶対に成功させよう」
「ああ、絶対に成功させよう」

 道中、何故破壊班に参加をしてくれたかを聞いたところ、皆、天使の統治には人一倍思うところがあったらしい。話を聞いてみたものの、とてもじゃないが、聞いていられなかった。中には吐き出してしまうものもいた。娘を置いて獣人になったもの、友人がハフトになるところを見てしまったもの、あまりの痛みに耐えきれずそのまま自らの子供を腕の中で潰してしまったもの、色々だ。3人目の話を聞いたあたりで、全員鬱屈としてしまって、エルが皆を元気づけるために歌を歌ってくれた。透き通った声で響く歌声は、荒んでしまった俺達の心を幾分か救ってくれた。

 エルのことは親友で、戦友だとも思ってる。皆の心が折れそうなら、相談に乗ってあげたり、怪我をしたなら治療をしてくれる。ああ、この人さえいれば、と、そう感じさせてくれる。教会にいるような、あんなまがい物の天使じゃなくて、本当の天使様がいるとしたら、きっと、エルみたいな人のことを言うんだろう。多分これは俺だけが思ってることじゃなくて、皆思ってる。実際、この短い道中でもさんざん助けられた。知識もあって、優しくて。

 いつか、エルが俺のことを見てくれたらな。そんなことを、思ったこともあった。

 ダメだな。遠征中にこんなことを考えたら。よし。俺は顔を手のひらで叩く。

「あの、アレックス?大丈夫?」

 皆も俺の方を見て、小首をかしげている。まぁ、そうだろう。いきなりやることじゃなかったな。少し赤面しつつ。

「大丈夫だ!さぁ皆!行くぞ!」

 気合を入れ直して、俺は、俺たちは、歩む速度を上げるのだった。
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