韻九縄爾簾

文字数 733文字

 一人がぎりぎり通れる幅の道を進む。海岸から登っている筈なのに、下っている様な感覚もある。回りは木に囲まれており、海岸に比べて薄暗い。
 道は一本しかなく、迷うことも出来ない。そして、木々に囲まれているのに、動物の気配はない。方向感覚など、何時から失ってしまったのか分からない。どの方向に向かっているのか、それすらも曖昧だ。だが、引き返すことは出来ない。そう、それだけが決まっていた。
 道を進んでいくと、その幅は段々と広くなった。だから、歩き易くはなった。歩き易くはなったが、相変わらず現在地の手掛かりはない。標識の類が一切見当たらないのだ。いや、それどころか、金属製のものを見掛けてすらいない。

 コンクリート製の壁や木製の小屋。小屋に在った机や神棚の様なものに、味も想像出来ぬ食べ物。人間の手が加わっていそうなものはあったが、金属製のものを見掛けない。いや、そもそも人が居るのかすら定かでは……駄目だ、訳が分からない。
 考えながら歩いていると、開けた道に出た。ここからは住宅地なのか、道が舗装されている様だ。だが、見る限り人は見当たらない。犬や猫も見当たらない。鳩や烏も見当たらない。生き物の気配がまるで無い。そのことに違和感を覚えながら、この場所の手掛かりを探して歩いた。
 歩き続けている内に、ぽつんと佇む電話ボックスを見つけた。電話線が繋がっているかは分からない。だが、これは希望だった。



 電話ボックスに駆け寄り、中を覗く。黄緑色の良くある公衆電話がそこにあった。電話ボックスの中に入り、連絡すべき場所について考えた。緊急通報ならば、指定のボタンを押せば良かったと思う。だが、これは緊急事態なのか……?
 そう悶々としていた時、電話からけたたましい電子音が鳴った。
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