第1話 私の運命の人だから

文字数 2,165文字

 あれは私が両親と一緒にクラーク王国の感謝祭に参加したときのこと。当時5歳の私は両親とはぐれてしまって広場で泣いていた。
 そんな私のところに歳の近い男の子がやってきて「どうしたの?」と話しかけた。男の子はよい身なりをしていたから、きっと貴族の息子だろう。

「お父様とお母様とはぐれてしまって……」と私が泣きながら言ったら、男の子は「なーんだ、そんなことか。一緒に探してあげるよ」と言って私の手を取った。

 私と男の子は手をつなぎながら、いくつもの通りを歩いた。私の両親を探して。
 私が泣きそうになったら、男の子は「大丈夫だよ。きっと見つかるよ!」と私を励ましてくれた。

 感謝祭の屋台にはいろんな食べ物が売っていた。お腹の空いていた私が屋台を見ていたら、「食べてみたい?」と男の子は屋台の食べ物を買ってくれた。

 その食べ物は私が食べたことがないお菓子だった。揚げた生地に甘い砂糖がまぶしてあるフワフワとしたお菓子。

「何ていうの?」と私は男の子に聞いた。

「オリボーレンっていうんだ。知ってる?」
「知らない」
「冬に食べるお菓子なんだけど、油で揚げたお菓子だよ」
「へー、そうなんだ。私の国にはない」

「君は他の国から来たんだ。どこから来たの?」
「イザベル王国ってところ。知ってる?」
「知ってるよ。隣の国だね」
「そうよ。綺麗なところよ。行ったことは?」
「ないよ。綺麗なところかー、一度行ってみたいなー」
「じゃあ、もしあなたがイザベル王国に来たら、私が案内してあげるわ!」
「うん。お願いするよ」

「君の両親も探しているはずだから、感謝祭の会場にいればそのうち会えるよ」と男の子が言ったから、私たちは両親を探しながら感謝祭の会場をウロウロした。
 私たちは感謝祭のいろんな場所を回った。芝居を見たり、ゲームをしたりした。両親とはぐれて心細かったけど、男の子と一緒に回った感謝祭はとても楽しかった。

 射的ゲームをしていたら、隣にいた大人が「おっと、ごめんよ」と私にぶつかった。
 男の子が倒れそうになる私を引っ張って抱き寄せたら……事故が起こった。

 男の子が勢いよく私を引っ張るから……私は前のめりになって……男の子にキスしてしまった。

 キスした私と男の子は、少し気まずくなりながらも両親を探して感謝祭の会場を歩き回った。歩き疲れて噴水のところに座っていたら、「アンナ!」とお母様が私を抱きしめた。やっと両親と再会できたのだ。
 お母様は私を抱きしめながら「大丈夫だった?」「ケガはない?」「寂しくなかった?」と早口で私に捲し立てた。私が「この子が一緒に探してくれたの」と両親に男の子を紹介したら、両親は男の子にお礼を何度も言った。

 男の子が「よかったね!」と立ち去ろうとしたから、私は着けていたロケットペンダントをと渡した。私と家族の写真が中に入っている。

「これ、あげる。また会いましょう!」
「うん! 絶対に!」

 去り際に私は男の子に尋ねた。

「私はアンナっていうの。あなたは?」

「僕の名前は……〇?+×¥$……。じゃあね!」
 馬車が通ったから、男の子の名前は聞き取れなかった。

 私はあの男の子といつか再開できることを楽しみにしている。
 私の運命の人だから……


***


――あー、また失敗した……

 私は今日もお見合いに失敗した。何がダメなのか分からない。
 私がダメなのか? 相手がダメなのか? 私も相手もダメなのか?
 何がいけないのだろう……

 このまま家に帰ったら、またお父様に怒られる。
 お見合いを何度も失敗するなんて、公爵令嬢として恥ずかしいことだから。
 私は誰もいない河原で叫ぶ。

「なんでよーーーー」

 もうルーティンとなっているこの絶叫。お見合いに失敗したときのストレス解消だ。
 誰も見ていない河原で私は叫ぶ。

「何がいけないのよーーーー」
「あんたなんて、こっちから願い下げよーーーー」

 私は何度も絶叫する。


「〇?+×¥$」

 誰もいないはずの河原。誰かが何かを言っているが、よく聞こえない。
 私は誰かの何かをかき消すように、大声で叫ぶ。

「しねーーーーー」
「私よりいい女がいるはずないのーーーー」


「うるさいなー!」
 青年が河原の陰から出てきて私に文句を言った。

「せっかく気持ちよく寝ていたのに……大きな声を出して恥ずかしくないのか?」

 余計なお世話だ。喧嘩腰の青年に私は言い返す。

「ここは公共の場。私が何しようと、私の勝手よ!」
「は? 公共の場では節度を守るべきだろ?」
「節度?」
「うるさいんだよ! 他の人に迷惑だろ?」

「他の人? あなた以外誰もいないじゃない。あなたがどこかにいけば、誰の迷惑にもならないわ」
「残念。俺はここで待ち合わせしているから、しばらくいないといけない」
「じゃあ、少しの間我慢すればいい。私の罵声を静かに聞いておけばいいのよ」
「なんでだよ?」
「私はお見合いに失敗して……むしゃくしゃしているの!」

 青年は半笑いで私に言った。

「そうだろうなー。誰がこんな、残念なヤツを嫁にしたいんだ」

「きぃぃーーー。私の美しさを理解できないなんて、あなたの方が残念よ!」

 河原で会った青年と散々喧嘩をしてから家に帰った。
 青年と怒鳴り合いになって、ストレスは解消されたようだ。

 ただ、今からお父様の説教を聞かないといけないと思うと……
 はぁ、気分がしずむ。
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