第3話 手紙

文字数 1,461文字

『愛してる!』
そう後ろから聞こえた。 
僕の気持ちが君にもちゃんと伝わったみたいで安心した。
正直、まだまだ明日自分が死ぬなんて実感は無かった。
家に帰り、風呂に入り一息つくとピピピと時計の無機質な音が聞こえた日が変わったということだ。ああ、遺書とか残しとくべきだったかな?なんて思う。
30秒経っても僕は死んでなかった。まあ、誰も日が変わった瞬間に死ぬなんて言ってないのを思い出した。ということはまだ何か出来るかもしれない。
机に向かって遺書を書いてみることにした。でも、あまりにも急すぎて何も思い浮かばない。
君に送るものも書いたはいいけど言いたいことは一つしかなかった。
ずっと机と睨めっこしてると気が付けば部屋に朝陽が差し込んできていた。
まだ、生きてた。ふと、たった4文字の君への遺書をみて、これを残すくらいなら最後に一瞬でもいいから会って伝えたいと思った。すぐに『会いたい。昨日の場所で待ってる』とメールで送った。丁度昼頃だった。
14時になった。まだ来ない。急だったからと心を落ち着かせて桜が待っていくのを眺めた。
16時になった。まだ来ない。春の陽気に誘われて寝てなかったのもあって少し寝てしまった。まだ返信も来ない。
18時になった。まだ来ない。日が沈んでく。夕空に散っていく桜が映える。
20時になった。まだ来ない。今日も月は輝いている。夜桜もまた綺麗だった。
22時になった。まだ来ない。桜が咲く季節とはいえ夜はさすがに冷える。月に叢雲がかかった。でも桜は提灯に照らされそれもまた綺麗だった。

ピピピと日が変わったことを腕時計が告げた。
日が変わっていた。僕はまだ死んでいなかった。
そして、彼女とはこの日会うことは叶わなかった。

翌日、彼女に自分が生きていることを伝えようと電話を掛けた。
でも彼女は出なかった。
連絡もできず、会うことも出来ずで一週間が過ぎた。
告白した日からちょうど一週間経った朝に白い封筒が投函されてた。宛名は彼女の字で書かれていた。


この手紙を読んでいるということはあなたは生きているということですね。
それなら私は幸せです。一番愛する人の命を自分の愛で救えたということなので。
あと言いたいのはこれだけです。
  どうか、幸せになってください。

追伸 この手紙はあの場所で燃やしてください。


僕は彼女に守られたのだと気が付いた。告白に答えてしまった日のうちに死ねば君が呪いと共に死んで僕が守れるかもしれないという可能性に彼女は賭けたんだろう。 
そして君は賭けに勝った。愛を証明した。
どうしようもなく涙が流れた。呪いに勝ったと喜んだ自分が情けなかった。
そして、どうしようも無く悲しかった。
僕は君に愛の存在を認めてほしかった。その目標は果たせたかもしれない。でもそれ以上に君に幸せになって欲しかった。それでも君に生きて幸せになってほしかった。
泣きながらもう一度、君からの最後の手紙を読んで同じ気持ちだったと気が付く。

忘れることは出来そうにない。

桜がとうに散り切り、夏を少し感じる季節になってやっとあの場所、告白した場所に来た。
2か月振りだった。
僕は君の遺言通りに遺書を燃やす。
煙が澄み切った青い空に煙が棚引く。
煙が消えないうちにもう一枚紙を燃やす。僕が遺書だと思ってあの日書いたものを。
宛名も何も書いてはいない。でも届くと信じてる。
君に送る僕からの最後の手紙だ
『愛してる。』

二筋の煙は空で交わってゆっくりと消えていった。

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