3.ヤミとおばあちゃん後篇

文字数 6,552文字

~誰かの記憶~

ああ、兄弟達は死んでしまった……


一人だけ色が違う私をみた親が気味悪がって私だけでなく、兄弟達すら見捨てたのだ。


私は、泣いた。次々と力なく倒れていく兄弟達をみてどうして私だけが最後まで生き残ってしまったのだろうと。

そうした後悔を抱いて、私も死んだ。


――否、これではあんまりではないか、死んでも死に切れないではないかと死の淵で思ってしまった。


身体が溶けて、心も憎悪以外、溶けていった。

 
そうして、私は、世界を呪う怨念『闇』の魔物となった。
何をしているの?

だが、私は出会った。


あのヒトに。



そのヒトは目がみえていないようだった。



だから、私のことを恐れなかった。気味悪がらなかった。

だから、身体のない魔物であると知らずに、食べ物を置いていった。

だから、こんな意味のない事を毎日続けるのだ。



それでも。



――だから、私は憎悪以外の感情を思い出したのだ。

長い年月が経ち、やがてあの女性も私の前に現れなくなった。


会いにいこうと思った。

しかし彼女の住んでいる町には魔物を良く思わない騎士達がいる。

姿を現せば、滅されてしまうだろう。


せめて身体があれば、会いにいけるのに。


…………

何度も思案してはたと気づいた。


最近になって町はずれの岬の洋館に少女が住みはじめたのだ。



あの少女の魔力には惹かれるモノがある。

彼女になら、上手く取り憑けるだろう。

そうだ、あの少女の身体を借りよう。


それで、私はあのヒトに会って言うのだ。


一度も言えなかったお礼を。


……う、ううん
――夢で誰かの記憶をみた気がした。
起きたか、アリス
あ、おじ神様

私、助かったんだ……

……その、助けてくれてありがとう

扉を開けるように仕向けたのはワシじゃ アリスの覚悟を試すためにな

だから、礼など不用じゃよ

今はそれより……

そうだ、あの夢は、この子の……
 
私の目の前にヤミの魔物がいた。
この魔物はな、お前の身体と意識を乗っ取ろうとしたのじゃ
スミマセン、勝手に乗っ取ろうとシテ
魔物が喋ったーーー?!
身体を乗っ取られそうになったことで魔物の心と言葉を理解できるようになったようじゃな
私が、魔物の言葉を……?
魔物に惹かれるという力が取り憑かれたことによって本来の力を発揮したといったところか

――神であるワシの言葉だって初めから理解していたじゃろ

そういえば、そっか
お願イ、アナタの身体、貸シテ
さて、どうする? アリス
もう私の心は決まっている。
いやよ
そんナ……
だって、呼吸できなかったし、下手したら死んでいたわ

意識が薄れていくあの感覚を私にもう一度味わえって?

デモ……
少しの沈黙のち、私は乱れた髪を整えて応えた。
……おほんっ けれど、私の身体を乗っ取らなくてもその会いたい人のところまで連れて行くことはできる。 身体を勝手に乗っ取らないって約束するなら、手伝ってあげてもいいわ

ア、アリガトウ!

ヤクソクする!

ちょ、ちょっとやめてくすぐったい!


ス、スミマセン

ヤミに呑まれる。でも、今度は苦しくなかった。

確かにこの魔物には憎悪以外の温かさを感じるのだ。


このヤミの記憶みて、私は同情したのかもしれない。

同情は傲慢なことだと思う。ヤミの悩み、苦しみはヤミだけのものだ。



それでも、それを頭で理解していても、私にはヤミの願いを放っておくなんてできなかったのだ。


だが、ヤミが町に入れば、町の人間は魔物が現れたと騒いで警戒するじゃろう

会うどころではなくなるぞ

さっきおじ神様がいった私の本当の力……

私はヤミの言葉を、記憶を、心を理解できた。

この力なら、ヤミの想いを繋いで届けることができるかもしれないわ

その答えだと80点じゃな……


また試すようなことをいって……


おじ神様はわかっているんでしょう? 私の力で何ができるのか。

もったぶらずに、は・な・し・て!

私は、おじ神様を手で掬いあげてシェイクする。

むぎゅう?!


わ、わかったから揺らすのをやめるのじゃ 酔う……
わかればよろしい……

ふぅ、単刀直入に言うぞ。アリス、お前はお前自身の心を他者に読ませることできる

それだけではない、他者の心を自分の心に招くことができるのじゃ


私にそんな力が……?

心を読まれやすいということは他者の心を自分の心に招いているのと同じじゃ

魔力の質が良いというのもあるが、魔物を引き寄せるのもそれが理由だ

心を招くお前の力に魔物が引き寄せられているのじゃ


お前の力の本質は『共感と理解』。巫女でないお前がそんな特異な力を持っているのは少々気になるが

思い当たる節はあった。 ヤミの記憶の夢は鮮明だった。まるで私自身がヤミであるかのように錯覚してしまうほどに。


それだけではない、ヤミの記憶の夢をみるよりずっと前に誰かの記憶のようなものを夢でみることがあった。


あるときは、近所の男の子がおねしょをしてしまう夢、またあるときは知り合いのお店の店主の夫婦喧嘩の夢。


まだ小さかった私は特に何も考えずそれを本人の前で言ってしまって余計に気味悪がられたっけ……。

そう、これはただの記憶、夢ではない。



私がみていたのは彼らの心そのものだったとしたら。



なんて皮肉、この忌々しい力がよりにもよって『共感と理解』だなんて……。

……アリスサン
ヤミが不安そうに私をみつめている。


……やめよう。 

これは今考えるべきことじゃない。

ヤミを助けることだけを考えなさい、アリス。


私の過去がどうあれ、今は、誰かを助けることができる……。


私の、他者の心を招きいれるこの力ならヤミの想いを届ける方法があるはず。

おじ神様、当然ヤミに協力する方法があるから私を試したのよね……


教えて!もったいぶらずに、さもないと……またシェイクよ

わかったわかった、だからそんな怖い顔をするな


……そうじゃな 身体を乗っ取るのではなく、アリスの中にヤミを取り憑かせて、お前の心にヤミとヤミの会いたい人間を招けば解決じゃ


――方法を教えよう

おじ神様に方法を教わりながら、闇が深まった空を眺める。


私の目に流れ星が映った。


――沢山の流れ星が光っては消えていく。


大層な願いを考える暇なんてなかった。

今日は色々ありすぎた。頭がどうにかなりそうだった。


――だから、この今日の変化が希望に満ちた明日に繋がりますようにと。


ただ願った。


*  *  *




朝になり、私とおじ神様はヤミと共に町へ向かった。

魔物は夜に行動する。

朝なら、町までの道中で魔物に襲われる可能性も低くなるのだ。


町にはすぐに着いた。

町の人々私を見るなり、顔を背け、私から離れていく。


もう慣れてしまった。

幸いお金を払えば、一応買い物はできる。

辛くないと言えば、嘘になる。だから力を手放そうとしたのよね……。


不意に私の心に憎悪が広がるのを感じる。

これは、私の憎悪じゃない。

私の中にいるヤミだ。私の気持ちを知ったヤミは怒っているのだ。

ありがとうヤミ、でも大丈夫だから
『――ハイ……』

ヤミの取り憑き自体はすんなりいった。ヤミは黒い球体となり、私の口の中に入ったのだ。

身体の主導権は私にあるみたいだけど、最初は落ち着かなかった。

時期に慣れたけどね。


肩にはおじ神様。 身体の中にはヤミ。

……ふふっ

まさか、魔物や神様と行動を共にするなんてね。

自分で決断したとはいえ、おかしな今の状況になんだか笑ってしまう。

『あれデス』

ヤミがみている場所を私も立ち止まってみる。


どこにでもあるような普通の家だった。


意を決して扉をノックしてみる。


少し、気だるそうな男性がしばらくして出てきた。

なんだい、こんな朝早くに……
はじめまして、こちらに住んでいる女性にお会いしたいのですが
キミは……!

母さんに何の用だ、帰ってくれ! キミみたいなのと関わったらまた母さんは…… 

私のことを知っているのだろう。男性は私をみて顔を歪める。
これを拾ったのですが
これは……母さんのペンダント?!
~少し前~。
落としたペンダントを届けてお礼を言いたいのね、中に写っているのは小さな男の子と女性……か
彼女を探して、イル 近くにいけば、彼女の気配、わかル
了解、ヤミ、絶対みつけようね!
ウン
~現在~。
母さんに会いたいのか?
(……コクッ)
……中に入りなさい

―――

 ――――

   ―――



知っているかもしれないが、僕の母は失明している


幼い頃に父が他界し、女で一つで僕を育ててくれた。よくある話だ 僕が成人したころ、今までの無理のツケがきて、目がみえなくなったんだ



だが、母は目がみえなくなっても外に出るのをやめなかった。仕事をしなくなってもだ。それどころか、魔物がいる町のはずれ通いだしたんだ

……
もちろん僕は全力で止めたさ
目がみえなくて、道に迷ったりはしなかったのですか?
母は魔力感知に長けていたからね。生き物にもモノにも魔力は宿る。物の配置や地形を覚えて、それを頼りに歩いていたんだ
なるほど
(……黙って!)
ふぎゃっ?!
……?

私の髪の辺り隠れていたおじ神様をはたく。

男性が怪訝な表情でみていたが、笑って誤魔化した。

流石におじ神様を気づかれるのはまずいだろう。


ふむ……君は、あの岬に住んでいるんだったね ペンダントは拾ったのかい?
……ええ
ありがとう……これは僕や母にとって大切な思い出の品なんだ。 そうか、あの町はずれに……母さんが落としたんだろうね。 今はもう足を運ばない場所、どれだけ探してもみつからないわけだ。
いえいえ……えっとそれで今、お母様はどちらに?
部屋で休んでいるよ こっちだ
家の中は綺麗だった。恐らく、この男性がすべてやっているのだろう。

仕事しながらの家事だ。仕事がない私ですら家事に慣れるまでにだいぶ時間がかかった。


そんなことを考えていると男性が話し始めた。

最終的に母を魔物のいる町はずれには行かないように説得できたんだけどね
とある部屋の前で男は立ち止まり、扉を開けた。
眠っている……?
ベットで眠っているおばあちゃんの姿がそこにはあった。
最近はよく眠るようになってね。 ……あの町はずれに行かなくなってからだったかな
よくきましたね……
母さん?! 起きたのか
久々のお客様だもの、家の前にきたときから起きていたのよ
……そうか
まあ!この魔力は女の子かしら……もう少し近くにいらっしゃい
は、はい!
なんだか、懐かしい感覚……ガノ? あなた少し、部屋の外に出ていてくれないかしら
でも、母さん
私は大丈夫だから
……わかったよ
ガノさんは部屋の外に出ていった。
さて、可愛いお嬢さん、名前は何というの?
アリスです。
アリス、いい名前ね。 ……『あの子』がそばにいるのでしょう 会いにきてくれたのよね?
気づいていたんですか
当然、あの子の魔力を忘れるわけないじゃない
この子は――ヤミは貴女に会いたがっていました。おばさま? 手を少し取っても?
ええ? でも一体何を
ヤミに会えます

私はおばあちゃんの手を取った。


目を閉じて意識を内に向ける。

ヤミに乗っ取られかけたときと同じだ。相手と一体化する。心の扉を開いて繋ぐ。


*  *  *


~心の中~

まあ、あなたがヤミちゃん?! 黒くてぷにぷにしてて可愛いらしいわね
えっと、そんなことナイ……

白い光の世界。私達は気がつくとそんな世界に居た。

おばあちゃんとヤミは内に溜まっていた想いを吐き出すかのように、話し始める。

会話らしい会話をしたことはないはずだ。

それなのに、私にはおばあちゃんもヤミもまるで旧友に再会したかようにみえた。

食べ物いらなかったの?! もうヤミちゃんったら言ってくれればいいのに
言葉、通じない、ソレに言ったらもう、こなくなるんじゃないかと思ッテ

馬鹿ね 食べ物なんておまけよ 私はヤミちゃんに会いに行ってたんだから 知っていてもガノに止められるまでは会いに行ってたわよ


――――

私は話しているヤミとおばあちゃんを眺める。

混ざらんでいいのか?
おじ神様、ついてきてたの?
力の大半を失っていても神じゃからな
そうなんだ……なんていうか二人の時間を邪魔しちゃいけないかなって
心の奥では二人と話してみたいと思っとるのに、ヒトとは面倒くさい生き物じゃな
ところ構わず心を読むと嫌われるわよ 乙女は繊細なんだから
なんて、この力を持っていることを知ってしまった私が言っても皮肉でしかないんだけどね。
何を言っておる。 そこに書いてあるぞ
え?!
確かにヤミとおばあちゃんと喋りたいと足元に書かれていた。
ここはアリスの心の中じゃからな……アリスの思ったことがそのまま反映されるのじゃ
心の世界ってなんだか難しいな……。
あノ!
なあに、ヤミちゃん

おじ神様と話している間に、ヤミの張り詰めた声が聞こえてきた。

お礼を伝えるのだろう。


ワ、私は、貴女に沢山の物を貰いました
普通に喋れるんかい?!
空気読まんか、アリス
おじ神様に言われたくない……

私には憎悪しかなかった。私のせいで兄弟達も死んで、私だけ生き残ってこんな姿に成り果てた。

そんな私に貴女は、食べ物をくれた。

……必要なかったかもしれない。

けれど、意味はあったんだ。その行為が私に感情を思い出させてくれた。

私にとってあの時間はかけがえのない幸福だった。

……本当にありがとう

こちらこそありがとう。 私ね、あのとき目が視えなくなって少なからず、悲しんでね。

誰も居ないところへ行きたかった。一人になりたかったの そんなときに、悲しい魔力の気配を感じた。

それがあなた。 お腹を空かせているのだと勘違いしてね。

家に連れて行くことも考えたけれど、ガノが反対するだろうからできなかった。

それでも、自分と重ねちゃったのかしらね 放っておけなかった。

嬉しそうにする貴女の魔力をみてずっと通ったわ。

老いた私に役目を与えてくれた。本当に楽しかった。 ありがとう。ヤミちゃん。

感謝されるって嬉しいな
ヤミは嬉しそうに呟く。
やっと言えた……言えたんだ
突然ヤミが光に包まれる。
どういうこと、おじ神様?!

ヤミは想いの強さで生きておったのだ。 初めは世界への憎悪。

そして今回はあの者への感謝、礼を言うためにな。

魔物とは即ち、世界に焼きついた感情。

それがなくなってしまえば、待つのは死だけじゃ。

止めなきゃ!
本来、あやつは既に死んでいた存在。もう手遅れじゃ
でも…でもやっと話せたんだよ! 会えたんだよ。 まだ、そこにいるじゃない!

ここにいればまた会えるじゃない!

お父さんとお母さんの顔を思い出す。そうだ、今もおばあちゃんはそこにいるのだ。

また何度でも会いたい人に会える。私と違って、だから……!

優しいな、アリスは…でもいいんだ、私は充分生きた。ここまで連れてきてくれてありがとう。兄弟達のところへいくよ
ヤミがこちらを向いて喋りかけてくる。
ヤミ……
いってしまうのね…ヤミちゃん
はい、お別れです
そう、またいつか、向こうで会いましょう
ええ

ヤミが光となって淡く消えていく。

さようなら、皆さん

消える瞬間、ヤミの魔物になる前の姿をみた。

金に輝く、美しい狼。


その金色は光の粒子と合わさり幻想的だった。

まるで、ヤミの今までの、そしてこれからの旅路を祝福しているかのように。

わぁ……
まあ、素敵な色ね……
……?!
――その言葉がヤミにとって、どれほどの救いとなったのか。

ヤミは大きく目を見開いた。

……最後に貴女達に会えてよかった。


――私は貴女達、人間が大好きだ。

*  *  *


母さんがあんなふうに笑っているのをみたのは久しぶりだ。 ありがとう
そんな、お礼なんて別に……
いいんだ。すまなかったね。君の噂ばかりをみて、僕は君自身をみていなかった

だから、受け取ってくれ。

結局、菓子を貰ってしまった。


また、いつでもきてくれていい
……?! はい、ありがとうございます!

*  *  *


菓子か むぐ……旨ーーーい!
あー、おじ神様、勝手に食べないでよ
また食いにいくぞ。もっと食わせるのじゃ
もう、食意地はってるんだから……ふふ
嬉しそうじゃな
……自分でもよくわからない。害にしかないと思っていたの、この力は。だけど……

不思議な気持ち。きっとおじ神様の言うとおり嬉しいんだと思う。

そうか

この力を手放したい気持ちは今も変わらない。

でも、おばあちゃんの笑顔とヤミの最後の笑顔はとても綺麗だった。

だからね、おじ神様。


また、機会あったら
もぐもぐ
ちょっとおじ神様食べすぎ!
うるさいもっと食わせるのじゃ
――また機会があったら、想い繋いでみたいな……

そんな声にならない声が私の心の中に響いた。

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登場人物紹介

アリス・グレイウェーブ

15歳


魔物を引き寄せる力と性質を持つ。

この力のせいで、周囲の人間からは忌み子と嫌われている。

力を手放すため、願いを叶えてくれる神様を呼び出そうとする。


おじ神様



願いを叶えてくれる神様。

アリスによって呼び出されたが、力を失っているようだ。

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