3.ヤミとおばあちゃん後篇
文字数 6,552文字
ああ、兄弟達は死んでしまった……
一人だけ色が違う私をみた親が気味悪がって私だけでなく、兄弟達すら見捨てたのだ。
私は、泣いた。次々と力なく倒れていく兄弟達をみてどうして私だけが最後まで生き残ってしまったのだろうと。
そうした後悔を抱いて、私も死んだ。
――否、これではあんまりではないか、死んでも死に切れないではないかと死の淵で思ってしまった。
身体が溶けて、心も憎悪以外、溶けていった。
だが、私は出会った。
あのヒトに。
そのヒトは目がみえていないようだった。
だから、私のことを恐れなかった。気味悪がらなかった。
だから、身体のない魔物であると知らずに、食べ物を置いていった。
だから、こんな意味のない事を毎日続けるのだ。
――だから、私は憎悪以外の感情を思い出したのだ。
長い年月が経ち、やがてあの女性も私の前に現れなくなった。
会いにいこうと思った。
しかし彼女の住んでいる町には魔物を良く思わない騎士達がいる。
姿を現せば、滅されてしまうだろう。
せめて身体があれば、会いにいけるのに。
何度も思案してはたと気づいた。
最近になって町はずれの岬の洋館に少女が住みはじめたのだ。
あの少女の魔力には惹かれるモノがある。
彼女になら、上手く取り憑けるだろう。
そうだ、あの少女の身体を借りよう。
それで、私はあのヒトに会って言うのだ。
一度も言えなかったお礼を。
ヤミに呑まれる。でも、今度は苦しくなかった。
確かにこの魔物には憎悪以外の温かさを感じるのだ。
このヤミの記憶みて、私は同情したのかもしれない。
同情は傲慢なことだと思う。ヤミの悩み、苦しみはヤミだけのものだ。
それでも、それを頭で理解していても、私にはヤミの願いを放っておくなんてできなかったのだ。
心を読まれやすいということは他者の心を自分の心に招いているのと同じじゃ
魔力の質が良いというのもあるが、魔物を引き寄せるのもそれが理由だ
心を招くお前の力に魔物が引き寄せられているのじゃ
お前の力の本質は『共感と理解』。巫女でないお前がそんな特異な力を持っているのは少々気になるが
それだけではない、ヤミの記憶の夢をみるよりずっと前に誰かの記憶のようなものを夢でみることがあった。
あるときは、近所の男の子がおねしょをしてしまう夢、またあるときは知り合いのお店の店主の夫婦喧嘩の夢。
まだ小さかった私は特に何も考えずそれを本人の前で言ってしまって余計に気味悪がられたっけ……。
そう、これはただの記憶、夢ではない。
私がみていたのは彼らの心そのものだったとしたら。
なんて皮肉、この忌々しい力がよりにもよって『共感と理解』だなんて……。
……やめよう。
これは今考えるべきことじゃない。
ヤミを助けることだけを考えなさい、アリス。
私の過去がどうあれ、今は、誰かを助けることができる……。
私の、他者の心を招きいれるこの力ならヤミの想いを届ける方法があるはず。
私の目に流れ星が映った。
――沢山の流れ星が光っては消えていく。
大層な願いを考える暇なんてなかった。
今日は色々ありすぎた。頭がどうにかなりそうだった。
――だから、この今日の変化が希望に満ちた明日に繋がりますようにと。
ただ願った。
* * *
朝になり、私とおじ神様はヤミと共に町へ向かった。
魔物は夜に行動する。
朝なら、町までの道中で魔物に襲われる可能性も低くなるのだ。
町にはすぐに着いた。
町の人々私を見るなり、顔を背け、私から離れていく。
もう慣れてしまった。
幸いお金を払えば、一応買い物はできる。
辛くないと言えば、嘘になる。だから力を手放そうとしたのよね……。
不意に私の心に憎悪が広がるのを感じる。
これは、私の憎悪じゃない。
私の中にいるヤミだ。私の気持ちを知ったヤミは怒っているのだ。
ヤミの取り憑き自体はすんなりいった。ヤミは黒い球体となり、私の口の中に入ったのだ。
身体の主導権は私にあるみたいだけど、最初は落ち着かなかった。
時期に慣れたけどね。
肩にはおじ神様。 身体の中にはヤミ。
まさか、魔物や神様と行動を共にするなんてね。
自分で決断したとはいえ、おかしな今の状況になんだか笑ってしまう。
ヤミがみている場所を私も立ち止まってみる。
どこにでもあるような普通の家だった。
意を決して扉をノックしてみる。
少し、気だるそうな男性がしばらくして出てきた。
―――
――――
―――
幼い頃に父が他界し、女で一つで僕を育ててくれた。よくある話だ 僕が成人したころ、今までの無理のツケがきて、目がみえなくなったんだ
だが、母は目がみえなくなっても外に出るのをやめなかった。仕事をしなくなってもだ。それどころか、魔物がいる町のはずれ通いだしたんだ
私の髪の辺り隠れていたおじ神様をはたく。
男性が怪訝な表情でみていたが、笑って誤魔化した。
流石におじ神様を気づかれるのはまずいだろう。
仕事しながらの家事だ。仕事がない私ですら家事に慣れるまでにだいぶ時間がかかった。
そんなことを考えていると男性が話し始めた。
私はおばあちゃんの手を取った。
目を閉じて意識を内に向ける。
ヤミに乗っ取られかけたときと同じだ。相手と一体化する。心の扉を開いて繋ぐ。
~心の中~
白い光の世界。私達は気がつくとそんな世界に居た。
おばあちゃんとヤミは内に溜まっていた想いを吐き出すかのように、話し始める。
会話らしい会話をしたことはないはずだ。
それなのに、私にはおばあちゃんもヤミもまるで旧友に再会したかようにみえた。
私は話しているヤミとおばあちゃんを眺める。
おじ神様と話している間に、ヤミの張り詰めた声が聞こえてきた。
お礼を伝えるのだろう。
私には憎悪しかなかった。私のせいで兄弟達も死んで、私だけ生き残ってこんな姿に成り果てた。
そんな私に貴女は、食べ物をくれた。
……必要なかったかもしれない。
けれど、意味はあったんだ。その行為が私に感情を思い出させてくれた。
私にとってあの時間はかけがえのない幸福だった。
……本当にありがとう
こちらこそありがとう。 私ね、あのとき目が視えなくなって少なからず、悲しんでね。
誰も居ないところへ行きたかった。一人になりたかったの そんなときに、悲しい魔力の気配を感じた。
それがあなた。 お腹を空かせているのだと勘違いしてね。
家に連れて行くことも考えたけれど、ガノが反対するだろうからできなかった。
それでも、自分と重ねちゃったのかしらね 放っておけなかった。
嬉しそうにする貴女の魔力をみてずっと通ったわ。
老いた私に役目を与えてくれた。本当に楽しかった。 ありがとう。ヤミちゃん。
お父さんとお母さんの顔を思い出す。そうだ、今もおばあちゃんはそこにいるのだ。
また何度でも会いたい人に会える。私と違って、だから……!
ヤミが光となって淡く消えていく。
消える瞬間、ヤミの魔物になる前の姿をみた。
金に輝く、美しい狼。
その金色は光の粒子と合わさり幻想的だった。
まるで、ヤミの今までの、そしてこれからの旅路を祝福しているかのように。
ヤミは大きく目を見開いた。
――私は貴女達、人間が大好きだ。
* * *
結局、菓子を貰ってしまった。
* * *
この力を手放したい気持ちは今も変わらない。
でも、おばあちゃんの笑顔とヤミの最後の笑顔はとても綺麗だった。
だからね、おじ神様。
そんな声にならない声が私の心の中に響いた。