エト・アジン

文字数 2,000文字

 現実と伝説が交錯する、霧に包まれた天上界。その奥地には〝十二支(エト)〟と呼ばれまする尊き存在――亜神(アジン)様が、地上界の永きに渡る繁栄を願いながら、各々に生活を営んでおりました。
 この十二支とは、天上を統べる(ミカド)によって定められた『その年の象徴なる者』を地上界に顕現させて、その一年を見守る務めを果たすと言い伝えられております。故に、亜神様が天上へとお戻りになられる真冬の夜は、年の変わり目の合図であるとされていたのです。
 そして、今年は吉と凶が交錯することで有名な『辰年(タツドシ)』でございました。龍の亜神様であるロン様は、劫火(ごうか)海嘯(かいしょう)を思わす鱗に(まつ)われた堂々たる出で立ちということもあり、天上地上の身分を問わずして強い尊敬と畏怖の念を集めていることからも、その由来を察することができましょう。
 さて、そんな辰年も終わりに近付きますと、ロン様も暫しの祈りを捧げまして、最後は別れの言葉と共に天上へお戻りになられてゆくことになります。次なる暦である『巳年(ミドシ)』の到来も程近い中、地上の者達は神々しき昇り龍に(こうべ)を垂れたのでございました。
「おお、我が生涯の友であるショウよ。我は今、この天上へと戻ってきた!」
 ようやくして天上界へとお戻りになられたロン様は、友である蛇の亜神様のショウ様を探して、深く大きな声を放ちます。その声は二人がよく会う森の開けた広場にどっしりと響き渡り、ごごごと地鳴りを起こしてしまいました。
「そのような大声を張り上げなくとも聞こえておるぞ、我が友よ。よう戻られた」
 滑るように草叢(くさむら)を掻き分けながら現れたショウ様は、豪傑なロン様とは打って変わって優雅で繊細な印象の亜神様でありました。手足無き大蛇であられるショウ様でございますが、背中には三対の翼が生えており、その淡く煌めく七色の光から、彼のただならぬ血統が示されておられるのです。
「やあやあ、久方振りよのお。して、次はお前が下界へ行く番なのであろう。であれば、互いの祝いを称して酒でも飲もうかと思っていたのだが、いかがであろうか」
 変種の金緑石(アレキサンドライト)のような瞳を好奇心で輝かせたショウ様は、その長い身体をぐいと伸ばして、ロン様の背丈に合わせながらこう言いました。
「おお、それはそれは光栄の限り。我が友の望みであれば、何事であっても付き合おうぞ」
 こうして、二人だけの祝宴――もとい、晩酌が始まろうとしておりました。このような晩酌は初めてのことではなかったので、互いに慣れた手付きで準備を始めます。
 まずはロン様が地上界の手土産として渡されていた『その年最高の出来』だという酒の樽を、どかんと広場の中央に置いてゆきました。それを横目に、ショウ様はこの日を察してのことであろうか、どこからか取り出した小さな提灯をいくつか飾られまして、その明かりで暗くなってゆく空を温かく照らしておられたのでございます。
 さあ、ようやく夜が訪れますと、ロン様とショウ様の晩酌が始まりました。ロン様の強靭な爪で樽の栓がぽんと抜かれると、精巧な模様が彫られた立派な盃に黄金色の液体がトプトプと注がれてゆきます。
 そうして酒に満たされた盃がロン様から手渡されますと、ショウ様はそれを尾に巻き付けながら受け取りまして、その芳醇な香りに翼を小刻みに動かしたのでございました。
「我が年の終わりと、君の年の始まりに乾杯!」
「そして、どうぞ全ての生命に繁栄と調和をもたらしますように」
 彼らはぐいぐいと酒を飲み続け、賑やかに笑い声を上げておりましたが、夜が更けるにつれて、その勢いも徐々に弱まってゆき、最後は焚き火の爆ぜる音ばかりになってしまいました。
「はあ……今宵も月が綺麗よのう……」
 深酒ですっかり赤ら顔のロン様が深い溜息と共に空を見上げると、ショウ様も静かにその姿を追ってゆきます。
「ああ、ロンよ。明日には再び別れてしまうだなんて。私にとっては、どうにも寂しくて堪らない……」
 ロン様はその言葉に驚き、盃を持つ手が止まります。ふと顔を見合わせれば、ショウ様の瞳には儚げな月光が映り込んでおりまして、その感情に嘘偽りは無いようでした。ロン様は慎重に言葉を選びながら、ショウ様に応えます。
「ならば、ショウよ。約束しよう。我ら二人が再び相見(あいまみ)えるその日――その絆は決して断たれぬものになることを」
 ロン様が話を言い終えると、ショウ様は何も言わずにそっと優しくロン様を抱き寄せるように身体を巻き付けました。ロン様はショウ様の抱擁にそっと手を添えながら、柔らかな笑みを浮かべています。既に二人の間には言葉以上の繋がりがあり、この日の晩酌によって、その想いが更に深められたのでございました。
 ――その陰で、十二支達の複雑怪奇な関係性を見届けては胸躍らせる帝の姿は、いよいよもって知られることはなかったのでしたが、それはまた別の機会にお話しすることにいたしましょう。
 それでは、今回はこれにて、どっとはらい。
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