11 夕陽の中で
文字数 1,500文字
「ロウ!何してるの!?」
観覧車の窓に張り付いて乗降場所を見下ろすと、ロウがスタッフの女性に話しかけ、彼女の後ろに回り込んで私達を見上げて手を振った。
私達が戻るまで、スタッフの女性の傍で待っている事にしたらしい。
「どうやら僕達、気を遣われたようですね」
同じように窓に張り付いていた早坂さんが、はにかんで頬をかいた。
はっきり言われると、狭い密室に二人きりという状況を意識してしまい、途端に恥ずかしい。
おずおずとお互いに無言のまま、向かい合わせでシートに座った。
「本当にスミマセン。後でちゃんと言って聞かせますので…」
ひとまず、ロウの優しさから来る暴挙を謝罪した。
ゆっくりと回る観覧車は、もう90度付近に迫っている。
「あぁ、いえ、いいんですよ。ロウ君の優しさだと解 っています」
早坂さんは相変わらず、穏やかな笑みと雰囲気を崩さない。
けれど突然二人きりになった狭い空間には、気恥ずかしさだけが漂っていた。
お互いに言葉に詰まり、観覧車の回る軋 む音だけが、やけに耳に響く。
何とか言葉を繋げようと会話の糸口を探したけれど、私には先程の謝罪以外何も浮かばず、沈黙がどんどん重くなる。
気まず過ぎて、ふと視線を窓の外へ向けた。
その瞬間、ずっと俯 いていた早坂さんが顔を上げ、口を開いた。
ゆっくりと視線を彼に戻す。
「ロウ君が楽しんでくれたようで、今日、遊園地を選んで良かったです。…最初は、舞美さんにあんなに大きなお子さんが居るとは思わなかったので驚きましたが…」
想定外の言葉に、何の事かと、すぐには理解できなかった。
「え…『お子さん』?」
「はい。ロウ君は、舞美さんの息子さんですよね?」
真面目な顔で、コクリと頷 く早坂さん。
驚愕と焦りのあまり、早急に否定しようと一気に息を吸い込んでしまい、ゲホゲホと色気のない盛大な咳き込みに襲われた。
「舞美さん!?大丈夫ですか!?」
「ゲホッゴホッゴホッ…ケホッ…ハァハァ…ハァ…ケホ…す、すみません。ビックリしすぎて…」
「?」
「…あの…ロウは私の子供ではないんです。ある事情で一時的に預かっているだけで…」
「…は……え……えぇっ!?もっももも申し訳ありません!僕、てっきり…ッ」
「ひゃっ!」
「うわっ!」
もの凄く慌てふためく早坂さんが勢いよく腰を浮かせたせいで、ゴンドラがグラグラと揺れた。
揺れが収まるまで呼吸を抑え、暫く二人で身を固めてじっとする。
その可笑しな静止と沈黙に堪えられず…
「…ぷっ…くくっ…あははは――!」
「ま、舞美さん?」
ついに私は吹き出した。
早坂さんは突然笑い出した私を、キョトンとした顔で見つめている。
もしかしたら…
「早坂さん、もしかして…一週間、それに悩んで連絡をくれなかったんですか?」
「…っ!?…それはっその……はい…そうです…」
やっぱり!
初婚で子持ちの相手と結婚をする…
それは女性でも男性でも、相当の覚悟が必要だ。
だから、仕事が忙しくて連絡できなかった、と言うのはフェイク。
この一週間、連絡先を聞いた手前、私との関係をどうしようかと悩んでいたに違いない。
「勘違いだったと分かった訳ですから、もう何も気にしないでください」
未だにクスクス笑いながら、私は早坂さんを宥 めた。
「ありがとうございます。…でも、舞美さんが僕を好きになる可能性がゼロなのは変わりません。ですから…」
もう少しで大観覧車の頂点に辿り着く頃。
夕陽の濃い橙色の強い光が観覧車全体を包み始めて、眩しさに目を細めた。
「今日は最初で最後のデートにしようと思って来ました」
「…え…」
唐突で想定外だった早坂さんの言葉は、スローモーションで耳に届く。
夕陽に照らされて優しく微笑む早坂さんから、目を離せなくなった。
*
観覧車の窓に張り付いて乗降場所を見下ろすと、ロウがスタッフの女性に話しかけ、彼女の後ろに回り込んで私達を見上げて手を振った。
私達が戻るまで、スタッフの女性の傍で待っている事にしたらしい。
「どうやら僕達、気を遣われたようですね」
同じように窓に張り付いていた早坂さんが、はにかんで頬をかいた。
はっきり言われると、狭い密室に二人きりという状況を意識してしまい、途端に恥ずかしい。
おずおずとお互いに無言のまま、向かい合わせでシートに座った。
「本当にスミマセン。後でちゃんと言って聞かせますので…」
ひとまず、ロウの優しさから来る暴挙を謝罪した。
ゆっくりと回る観覧車は、もう90度付近に迫っている。
「あぁ、いえ、いいんですよ。ロウ君の優しさだと
早坂さんは相変わらず、穏やかな笑みと雰囲気を崩さない。
けれど突然二人きりになった狭い空間には、気恥ずかしさだけが漂っていた。
お互いに言葉に詰まり、観覧車の回る
何とか言葉を繋げようと会話の糸口を探したけれど、私には先程の謝罪以外何も浮かばず、沈黙がどんどん重くなる。
気まず過ぎて、ふと視線を窓の外へ向けた。
その瞬間、ずっと
ゆっくりと視線を彼に戻す。
「ロウ君が楽しんでくれたようで、今日、遊園地を選んで良かったです。…最初は、舞美さんにあんなに大きなお子さんが居るとは思わなかったので驚きましたが…」
想定外の言葉に、何の事かと、すぐには理解できなかった。
「え…『お子さん』?」
「はい。ロウ君は、舞美さんの息子さんですよね?」
真面目な顔で、コクリと
驚愕と焦りのあまり、早急に否定しようと一気に息を吸い込んでしまい、ゲホゲホと色気のない盛大な咳き込みに襲われた。
「舞美さん!?大丈夫ですか!?」
「ゲホッゴホッゴホッ…ケホッ…ハァハァ…ハァ…ケホ…す、すみません。ビックリしすぎて…」
「?」
「…あの…ロウは私の子供ではないんです。ある事情で一時的に預かっているだけで…」
「…は……え……えぇっ!?もっももも申し訳ありません!僕、てっきり…ッ」
「ひゃっ!」
「うわっ!」
もの凄く慌てふためく早坂さんが勢いよく腰を浮かせたせいで、ゴンドラがグラグラと揺れた。
揺れが収まるまで呼吸を抑え、暫く二人で身を固めてじっとする。
その可笑しな静止と沈黙に堪えられず…
「…ぷっ…くくっ…あははは――!」
「ま、舞美さん?」
ついに私は吹き出した。
早坂さんは突然笑い出した私を、キョトンとした顔で見つめている。
もしかしたら…
「早坂さん、もしかして…一週間、それに悩んで連絡をくれなかったんですか?」
「…っ!?…それはっその……はい…そうです…」
やっぱり!
初婚で子持ちの相手と結婚をする…
それは女性でも男性でも、相当の覚悟が必要だ。
だから、仕事が忙しくて連絡できなかった、と言うのはフェイク。
この一週間、連絡先を聞いた手前、私との関係をどうしようかと悩んでいたに違いない。
「勘違いだったと分かった訳ですから、もう何も気にしないでください」
未だにクスクス笑いながら、私は早坂さんを
「ありがとうございます。…でも、舞美さんが僕を好きになる可能性がゼロなのは変わりません。ですから…」
もう少しで大観覧車の頂点に辿り着く頃。
夕陽の濃い橙色の強い光が観覧車全体を包み始めて、眩しさに目を細めた。
「今日は最初で最後のデートにしようと思って来ました」
「…え…」
唐突で想定外だった早坂さんの言葉は、スローモーションで耳に届く。
夕陽に照らされて優しく微笑む早坂さんから、目を離せなくなった。
*