第3話
文字数 1,794文字
蓋のついた陶器の器だった。触ってみるとまだ暖かい。ふたを開けるとふわりと湯気が上がり、香ばしい香りが立った。
「和え麵 ね」
麵に具を絡めて食べる料理のことを和え麵 と呼ぶ。
「残った食材でちょっと作っただけだから、味はどうかわからないけど」
サユは箸で麵と具を軽く混ぜてから、口に入れた。
酸味と辛味がすぐに口の中を支配したが、後から
「うん。とってもおいしい。あり合わせのものなのに、こんなに上手にできるなんて流石ね」
「そう? 適当に塩と胡椒を振って炒めただけなんだけど」
「麵の茹で加減もいいわ。私が具合が悪いからって、柔らかくしてくれたのね」
「まぁ、ちょっと茹ですぎたかもしれないけど」
サユは屈託なく料理を褒めた。そういう人柄なのだ。そう知っていたから、こうやって料理を出して褒めさせて、漬物で一番を奪われた腹いせをしようとしたのだ。
「漬物は私のじゃないわよね。あなたの?」
「そうよ」
ぶっきらぼうに答えた。別に隠すつもりはなかった。食べれば味が違うのはすぐにわかることであったし。しかしなんとなく、自分の漬物を食べさせて、おいしいと言わせて、優越感に浸っていることは知られたくなかった。だから敢て言わなかったのだ。
サユがカルマの妬みに気が付くことはない。ただただ善意で料理を持ってきてくれたのだと信じている。
その善性に呆れもするが、羨ましくもあった。折角少しは気が晴れたのに、また薄暗い気持ちになった。
「いいわね。あなたの漬物おいしいわ」
サユはまたもや何のてらいもなく言った。
お世辞だろう。料理を持ってきてくれた礼のつもりだろうと、カルマは思った。だが、そうではなかった。
「本当においしいわ。私、ちょっと酸味が強くて、辛い方が好きなのよ。私のはちょっと、味が緩くなってしまった。色々食材を入れてみたのが悪かったのかしら。合いそうな食材ばかりだったのに。失敗しちゃったわ」
サユはカルマの作った和え麵 を食べる途中で、ちょっと自分の瓶から漬物をつまんで、残念そうにそう言った。
「失敗ですって? その漬物、よくできていた。皆おいしいって食べて、だからそんなに少なくなってしまったんじゃない。一番出来がいいって、教育係の女官様も言っていたわ。また一番を取ったのに、出来が良くなかったなんて、残念なんて」
「でも、私はあなたが漬けたのみたいな味が好きなの」
カルマは絶句した。誰よりも出来が良かったのに、本人がそれを認めず、劣っている自分の漬物のほうがいい。それが好きだなどと。何という傲慢だろうか。何という屈辱だろうか。
「馬鹿なことを言う元気があるなら、寝ている必要なんてないじゃない。和え麵 を作ってくるんじゃなかった」
カルマは勢いよく立ち上がった。
「あ、待ってよ。どうやって漬けたのか教えてくれる?」
「教えるわけないでしょ。自分で好みの味にできるようにせいぜい工夫しなさいよ。もう行くわ。私がお昼を食べそこねる」
カルマは乱暴に戸を開けて出て行った。
腹を立てているようだった。自分が何かしただろうかと、サユ首をかしげた。
彼女はいつもそうだ。同じ見習い仲間として、一緒に料理の修行をしているだけなのに、なぜか突然不機嫌になって、ぷんぷん怒ってしまうのだ。一体どうしてそうなのか、まるでわからない。
サユは残っている和え麵 に箸を伸ばした。麵と一緒に漬物を噛むと、ピリリとした酸味と辛味、その後ろにまろやかな白菜や大根の甘みがある。豚肉と炒めていても、漬物自体の味ははっきりとわかる。
自分の漬物にも、まったく不満ばかりということはない。これまで食べたどの野菜の塩漬け とも違う味がした。あれこそが自分の味なのだ。
それはカルマの漬物も同じだ。彼女だけが出せる唯一の味がした。
そう考えると、漬け方を教えてもらっても、カルマが漬けたのと、寸分たがわず同じ味に作ることはできないのだろう。やはり言われた通り、理想の味を作るのが近道だろうか。
もう一口、サユは和え麵 を食べた。よく覚えておかなくては。次に漬ける時は、この大好きな味を真似しなくてはいけない。
「
麵に具を絡めて食べる料理のことを
「残った食材でちょっと作っただけだから、味はどうかわからないけど」
サユは箸で麵と具を軽く混ぜてから、口に入れた。
酸味と辛味がすぐに口の中を支配したが、後から
こく
のある一種の甘みがそれを和らげてくれる。そして白菜と大根の味がみずみずしさを保って感じられる。そこに豚肉の脂が濃厚さを加えて、食欲をかきたてる。シャキシャキとした漬物の食感とモチモチとした麵の舌触りが楽しく、食べていて飽きなかった。「うん。とってもおいしい。あり合わせのものなのに、こんなに上手にできるなんて流石ね」
「そう? 適当に塩と胡椒を振って炒めただけなんだけど」
「麵の茹で加減もいいわ。私が具合が悪いからって、柔らかくしてくれたのね」
「まぁ、ちょっと茹ですぎたかもしれないけど」
サユは屈託なく料理を褒めた。そういう人柄なのだ。そう知っていたから、こうやって料理を出して褒めさせて、漬物で一番を奪われた腹いせをしようとしたのだ。
「漬物は私のじゃないわよね。あなたの?」
「そうよ」
ぶっきらぼうに答えた。別に隠すつもりはなかった。食べれば味が違うのはすぐにわかることであったし。しかしなんとなく、自分の漬物を食べさせて、おいしいと言わせて、優越感に浸っていることは知られたくなかった。だから敢て言わなかったのだ。
サユがカルマの妬みに気が付くことはない。ただただ善意で料理を持ってきてくれたのだと信じている。
その善性に呆れもするが、羨ましくもあった。折角少しは気が晴れたのに、また薄暗い気持ちになった。
「いいわね。あなたの漬物おいしいわ」
サユはまたもや何のてらいもなく言った。
お世辞だろう。料理を持ってきてくれた礼のつもりだろうと、カルマは思った。だが、そうではなかった。
「本当においしいわ。私、ちょっと酸味が強くて、辛い方が好きなのよ。私のはちょっと、味が緩くなってしまった。色々食材を入れてみたのが悪かったのかしら。合いそうな食材ばかりだったのに。失敗しちゃったわ」
サユはカルマの作った
「失敗ですって? その漬物、よくできていた。皆おいしいって食べて、だからそんなに少なくなってしまったんじゃない。一番出来がいいって、教育係の女官様も言っていたわ。また一番を取ったのに、出来が良くなかったなんて、残念なんて」
「でも、私はあなたが漬けたのみたいな味が好きなの」
カルマは絶句した。誰よりも出来が良かったのに、本人がそれを認めず、劣っている自分の漬物のほうがいい。それが好きだなどと。何という傲慢だろうか。何という屈辱だろうか。
「馬鹿なことを言う元気があるなら、寝ている必要なんてないじゃない。
カルマは勢いよく立ち上がった。
「あ、待ってよ。どうやって漬けたのか教えてくれる?」
「教えるわけないでしょ。自分で好みの味にできるようにせいぜい工夫しなさいよ。もう行くわ。私がお昼を食べそこねる」
カルマは乱暴に戸を開けて出て行った。
腹を立てているようだった。自分が何かしただろうかと、サユ首をかしげた。
彼女はいつもそうだ。同じ見習い仲間として、一緒に料理の修行をしているだけなのに、なぜか突然不機嫌になって、ぷんぷん怒ってしまうのだ。一体どうしてそうなのか、まるでわからない。
サユは残っている
自分の漬物にも、まったく不満ばかりということはない。これまで食べたどの
それはカルマの漬物も同じだ。彼女だけが出せる唯一の味がした。
そう考えると、漬け方を教えてもらっても、カルマが漬けたのと、寸分たがわず同じ味に作ることはできないのだろう。やはり言われた通り、理想の味を作るのが近道だろうか。
もう一口、サユは