第2話 十二支の神

文字数 1,769文字

 私のクラスは崩壊の危機にあった。
 「312」という干支をモチーフにしたクソゲーがまずは男子を、そして数人の女子を蝕んでいた。そして魔の手は私の腰元まで忍び寄って来ていた。
「チュートリアル見るより口で説明した方が早いから、飛ばすね」
 白田は、人非ざるスピードで私のスマホの画面を連打していた。そうきっと白田は人ではないのだ。もっと高次の何かだ。多分このゲームを作ったのも彼で、私たち人間がこのゲームで狂っていくのが面白くてしょうがないのだ。
 私では彼を止められない。彼の指を止められない。白田は人差し指と中指を使って連打を続けている。薬指なんていらないと主張するかのように。
「来た来た。ガチャ引くとこまで来たよ。流石にガチャは自分で引きたいっしょ」
 白田が私のスマホを私に手渡してくる。私のスマホは変わり果てた姿になったような気がした。だけど、こんなものいらないと投げ捨てるには、スマホは高価すぎた。もうガチャも引きたくない。最後のガチャを私に引かせて、全責任を私に追わせようとしている魂胆が見え見えだった。あの時ガチャを引いたのは君じゃないか、そう遠くない未来で、そう言われる映像が鮮明に浮かんだ。何も知らない子に選択をさせないでよ。
 ガチャがどういうものか位は理解している。私は初回無料12連ガチャと表記された箇所をタップした。
「これ、人のガチャ見るのも面白いんだよな」
 白田の声はできるだけ聞かないようにした。スマホの画面には既存の十二支が走り去った後に神様が出てきて、一度光ってから暗闇に包まれ、動物が出てきた。一体目はオオサンショウウオだった。多少デフォルメされているが、あまりキャラクター性はなかった。次にチワワ。それから、パキケファロサウルス、ショウジョウバエ、麒麟、マンドリル、ヘラジカ、モモンガ、梟、オニイトマキエイ、ラッパムシ、陸上部副部長、で全部だった。
 この時、私の心境にはごく僅かではあるものの変化が生じていた。それにはパキケファロサウルスと麒麟が与えた影響が強い。そもそも干支に辰がいることと友だち紹介するとミノタウロスが貰えることから、もっと早く気づいても良さそうだったが、絶滅した生物も架空の生き物もこのゲームでは登場することを再認識した。
 このゲームの「君だけの十二支を作れ」という謳い文句は、誇張などでは決してなかった。本当に私だけの十二支を作れるかもしれない、と微かな希望が見えた。
 私はかっこいいものが好きな男の子ではない。だから、気づきを与えてくれたパキケファロサウルスや麒麟には申し訳ないが、彼らが私の十二支に残留することはないだろう。このようないかにも魅力的な生物またはキャラが存在することが重要なのだ。王道があるから邪道が生まれる。彼らの存在は無駄ではなく、結果として他の生物の隠れた魅力を引き出している。
「気づいたみたいだな。このゲームがなぜ沼なのか」
 私の顔を観察していたのだろうか。白田は私の表情の些細な変化を見逃さずに捉えていた。私は白田の言葉を素直に受け止めることが悔しかったから、「えぉ」という肯定か否定か、言葉か吐息か、何も分からない言葉を発した。つまり無視はしたくないが何も悟られたくないという私の感情にぴったりの発声だったといえる。
「とりあえず、俺の方でミノタウロスがゲットできたから、今後ゲームを続けるかどうかはみいこに任せるけど、一応この後のゲームの進め方聞く?」
 いつの間にか、白田はやることを済ませていた。私が白田から勧められて「312」を始めたことをこのゲームが察していたとは、私も思わないから、白田は私のスマホに何か細工したに違いない。
 私の「312」のプレイ画面にもプレゼントされたミノタウロスが神々しく立っていた。
「私、一人でやってみたい。できるところまで」
 もう白田なしでも私はやっていけるところを見せたかった。だから、白田には「逞しくなったな」という種の返答を期待していた。
「ああ、おっけ」
 白田はそう言って自席に戻り、勉強を始めてしまった。
 現実は思った通りにはいかない。そんな陳腐な言葉で片づけたくなくて私は言った。
「チ陳腐イプイ」
 「312」ライフはまだまだ続くのに、次回は「312」と全く関係のない話を一旦挟むという暴挙に出るのでよろしく頼む。


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