第1話 貧乏人は帰れ
文字数 4,229文字
0
振り払っただけのつもりだった。どうして予想できるだろうか。正木羽菜が運悪くバランスを崩し、運悪く彼女が頭から倒れた先に机の角があるだなんて。
彼女はしばらくその場でもんどりうつようにして事切れた。
殺すつもりはなかった。しかし彼女が今わの際にいるなかなんとかして助けようとも思えず、その場で事切れるのを待っていた。
彼はベッドに腰掛けると、心を落ち着かせるためにたばこをふかしはじめる。自分は人を殺してしまった。そんな実感がいまさらながらに込み上げてきた。
1
関刺市のホテルで殺人事件があった。そんな連絡がきたのはついさっきのことだ。県警の新米刑事内田はせっかくの非番なのにとぼやきながら現場へと向かう。
ちょうど昨日は関刺市の友人の家に泊まったところで、友人の家から現場までは徒歩で十数分となかった。
おそらく県警の刑事のなかでは自分が最初に臨場することになるだろう。手柄を立ててやるぞという功名心とささやかな緊張感を胸に抱きながら内田は近隣の交番職員に案内され関刺チャンドラーホテルの201号室を訪れる。
現場には上司の九島警部がすでに到着していた。内田は少しがっかりしつつも、ほっとする気持ちのほうが大きかった。
「おお、内田、早いな」
「警部こそ早いですね」
「まあ俺は自宅この辺だからな」
「え!?」
「どうした」
「い、いえ、なんでもないんです」
内田は友人と飲みによくこの辺りを訪れるのだが、職場からも距離のあるここなら誰も聞いていないだろうと思い、職場の愚痴などを飲み屋で漏らしていた。もちろん捜査上の守秘義務に反するようなことは言っていないが。
「それで仏さんは」
「こっちだよ。なかなか凄惨だぞ」
九島は内田を浴室に案内する。そこには首の切断された死体がバスタブのなかに横たわっていた。
内田は朝食べたベーコンエッグが逆流して胸をせりあがってくるのを何とか抑えた。捜査一課の刑事が遺体を見て吐くなんて何言われるかわかったものじゃない。
内田は改めて遺体を観察する。状況から見て自殺ではない。服装や体つきから遺体が女性であることはわかる。
「この部屋には昨夜から男女の2人組が泊まっていたそうだ。サングラスとマスクで顔を隠していたらしい。名前や住所は記入してはいるが、大方偽名だろうな。
この部屋に泊まっていた男は10時前にチェックアウトしたらしく、そのときホテル従業員は女の姿を見かけなかったそうだが、自分たちの気づかないうちにホテルの敷地外にでも出たんだろうと気にも留めなかったらしい」
「じゃあその男が犯人の可能性が高いってことですか」
「その通りだ。だから今、ホテル従業員の証言からその男の行方を追っている」
「捕まりますかね」
「そう簡単にはいかんだろうな。しかし捕まりさえすれば犯人は凶器や首を持っている可能性が高い。事件は一発で解決だ」
内田は九島の発言ではじめて室内に目の前の遺体から切り離された首が見当たらないことに気づく。
それから十数分後のことであった。九島警部の携帯電話に着信が入る。九島警部は目を見開いて驚愕すると、それから二言、三言相手と言葉を交わすと、マイクから口を話して内田のほうを向く。
「どうやら事件は解決だ」
「え?」
「犯人が捕まった。カバンのなかには首と凶器が入っていたらしい」
のちに関刺ビジネスホテル首切り殺人事件と名付けられるこの事件は拍子抜けするような結末を迎えるのであった。
2
上原由佳は花御堂探偵事務所の門の前で思わず立ち尽くしていた。
豪奢なその門は一介の高校生である由佳を拒絶するには十分すぎるほどの迫力があった。
そんな由佳に後から声をかける人物が1人。
「どうかされましたか?」
「――――」
由佳は驚きのあまり声にならない声をあげる。
振り向くと、そこにはモーニングコートを着た初老の男性がいた。両手にはタクシードライバーがするような白手袋をしている。優しそうな目元とは裏腹にその背筋はびしりと垂直だ。
「失礼。驚かせてしまったようですな。わたくし執事の菊岡と申します」
「執事? この探偵事務所の?」
なんとなく恰好を見たときからこの人が執事というやつなのではないかと思ったが、かといってなぜこんな場所に執事が。
「難しい質問ですな。会社に仕える執事というのがありえるのでしょうか。もっとも誤解がない言い方をするのであれば、この探偵事務所の所長である花御堂律哉 さまに仕える執事でございます」
なるほど。そういう関係か。しかし探偵事務所の所長とは執事を雇えるほど儲かるのだろうか。
「あの菊岡さん、私、花御堂さんに調査の依頼がしたくてやってきたんです」
菊岡は少し不思議そうな顔をした。それは由佳が学生服を着ているせいであろう。制服から彼女が女子高生、あるいは女子高生のコスプレをした人物であることはわかる。こんな平日の昼間に高校生が探偵事務所に何の用だろうか、菊岡の顔はそういう顔であった。
しかし何か事情があるのだろうと思ったのか、数秒ののち菊岡は何事もなかったかのようにふるまった。
「そうでしたか。それではどうぞなかへとお入りください」
菊岡はそう言って門を開けると、右手で由佳を手引きする。
探偵事務所――とはいえ建築の形態は明らかに事務所ではない。チロリアン風の住宅である――のなかは必要以上に豪奢だった。華美な装飾品や家具、古今東西の美術品がところ狭しと並べられている。
しかし趣があるというよりは、成金趣味というか、誇示的なものを感じる。
そんな風に屋敷内を物色しながら歩いていると、一つの扉の前に立たされた。菊岡はその扉をゆっくりと開けると、中に入るよう促した。
なかに入ると、男性が椅子に座ってこちらに背を向け、窓の外を眺めていた。
「坊っちゃん、ご依頼のお客様がいらっしゃいました」
「ああ。わかっている。ちょうど窓から君たちが入ってくるところを見ていたからね」
男性はそう言いながらこちらへ向き直った。少しキザったらしい印象があるが、そこそこの男前である。歳のころはまだ20代後半といったところか。この事務所内の成金趣味に比べ、彼の装いはシンプルかつ気品に溢れているように見えた。
――この人が花御堂律哉。どんな事件でも多額の報酬と引き換えに解決してくれる名探偵。この人ならば。
少しするとメイドのような女性がやってきて由佳と花御堂に紅茶を注いでくれる。秋葉原とかで見るようなメイド服ではなく、フリルなどのついていないシンプルで本格的なメイド服である。
――メイドさんまで。というかこの人もまたすごい美人。
メイドは紅茶を注ぎ終わると、一礼して部屋の後に下がっていった。
「お嬢さん、まず確認したいんだが、ご予算はいくらぐらいを考えているのかな。この探偵事務所は相場よりいくらか高額な報酬を請求する。加えて言うならば、一般論として普通の高校生には普通の探偵事務所への依頼料すら払えないと思うのだけど」
「え? お金ですか。えっと、5千円ぐらいなら。あ、いやお小遣いとかいろいろ前借すれば3万円ぐらいは」と恐る恐る言ってみる。探偵事務所の相場っていくらぐらいなのだろうか。
花御堂はそれを聞いてにこりと笑う。
「菊岡、どうやらお帰りだそうだ」「かしこまりました。どうぞこちらへ」
そう言って菊岡は右手で退室を促した。
「わーちょっと待ってください! 話ぐらい聞いて下さいよ!」
「……君のために言っているんだ。相談料1時間1万円と言ったが、それに加えて私は着手金だけで100万円は請求する。それに当然日当がかかる。加えて手数料もある。私の探偵法は金を湯水のごとく使う。これも君がとても払える額ではない。わかったら、大人しく帰りたまえ。
――まあしかし平日の昼間にわざわざ来てくれた高校生をあまり無下に追い返すのも確かに忍びない」
そう言うと花御堂は手元の紙片に万年筆でサラサラと何かを記入する。そしてそれを由佳へと手渡した。そこには電話番号と住所が書かれていた。
「いいか。この譜久村という探偵は金も品もない貧乏探偵だが、推理力だけはまあそこそこ見れたものがある。ぜひこの探偵に相談したまえ。3万円もあれば泣いて事件解決に協力してくれることだろう。なんならむしろ向こうからお願いしてくるかもしれないぞ」
ばしん。由佳はカバンの中から新書サイズの書籍を取り出すと応接室の机に叩きつけた。表紙には『よくわかる青酸カリ』と書いてある。
「なんだ。それは?」
「見ればわかりますよ」
由佳は新書のカバーを取り外すとそれを裏返す。
「この探偵事務所のクーポン券よ」
カバー裏には手書きでこう書かれていた。この書状と交換で、花御堂探偵事務所において上原晴彦氏の依頼を1件に限り相談料・着手金・手数料全て無償で引き受ける。末尾には花御堂理知也の署名つきである。
「こ、これは間違いなく理知也さまの筆跡」と菊岡。
「し、しかしこんな新書のカバー裏に書いたものにどこまで法的拘束力があるかは」とメイド。
「よせ。白勢」と花御堂。どうやら白勢というのがメイドの名前らしかった。
「あまり僕に恥をかかせるな。これは間違いなく僕が書いたものだ。法的拘束力があるかどうかは僕にもわからないが、そんなことは関係ない」
花御堂は一旦心を落ち着かせるためか椅子に座り直す。
「悪かった、お嬢さん。君が明らかに上原晴彦 氏でないことは明らかだが、この書状を持っている以上事情ぐらいは聞かせてもらおう」
「ええ、お願いします」
由佳は形勢逆転とばかりににこりと笑う。
「――それでなぜ君がこの1回無料券を持っていたんだい?」と花御堂。
「昔父がこんなものを花御堂さんという探偵にもらったと話していたのを覚えていたんです。それで父の書斎から昔の記憶を頼りにこの本を見つけ出しました」
「ということは」
「ええ。私は上原晴彦の娘、上原由佳です。依頼というのは、父を助けて欲しいんです」
振り払っただけのつもりだった。どうして予想できるだろうか。正木羽菜が運悪くバランスを崩し、運悪く彼女が頭から倒れた先に机の角があるだなんて。
彼女はしばらくその場でもんどりうつようにして事切れた。
殺すつもりはなかった。しかし彼女が今わの際にいるなかなんとかして助けようとも思えず、その場で事切れるのを待っていた。
彼はベッドに腰掛けると、心を落ち着かせるためにたばこをふかしはじめる。自分は人を殺してしまった。そんな実感がいまさらながらに込み上げてきた。
1
関刺市のホテルで殺人事件があった。そんな連絡がきたのはついさっきのことだ。県警の新米刑事内田はせっかくの非番なのにとぼやきながら現場へと向かう。
ちょうど昨日は関刺市の友人の家に泊まったところで、友人の家から現場までは徒歩で十数分となかった。
おそらく県警の刑事のなかでは自分が最初に臨場することになるだろう。手柄を立ててやるぞという功名心とささやかな緊張感を胸に抱きながら内田は近隣の交番職員に案内され関刺チャンドラーホテルの201号室を訪れる。
現場には上司の九島警部がすでに到着していた。内田は少しがっかりしつつも、ほっとする気持ちのほうが大きかった。
「おお、内田、早いな」
「警部こそ早いですね」
「まあ俺は自宅この辺だからな」
「え!?」
「どうした」
「い、いえ、なんでもないんです」
内田は友人と飲みによくこの辺りを訪れるのだが、職場からも距離のあるここなら誰も聞いていないだろうと思い、職場の愚痴などを飲み屋で漏らしていた。もちろん捜査上の守秘義務に反するようなことは言っていないが。
「それで仏さんは」
「こっちだよ。なかなか凄惨だぞ」
九島は内田を浴室に案内する。そこには首の切断された死体がバスタブのなかに横たわっていた。
内田は朝食べたベーコンエッグが逆流して胸をせりあがってくるのを何とか抑えた。捜査一課の刑事が遺体を見て吐くなんて何言われるかわかったものじゃない。
内田は改めて遺体を観察する。状況から見て自殺ではない。服装や体つきから遺体が女性であることはわかる。
「この部屋には昨夜から男女の2人組が泊まっていたそうだ。サングラスとマスクで顔を隠していたらしい。名前や住所は記入してはいるが、大方偽名だろうな。
この部屋に泊まっていた男は10時前にチェックアウトしたらしく、そのときホテル従業員は女の姿を見かけなかったそうだが、自分たちの気づかないうちにホテルの敷地外にでも出たんだろうと気にも留めなかったらしい」
「じゃあその男が犯人の可能性が高いってことですか」
「その通りだ。だから今、ホテル従業員の証言からその男の行方を追っている」
「捕まりますかね」
「そう簡単にはいかんだろうな。しかし捕まりさえすれば犯人は凶器や首を持っている可能性が高い。事件は一発で解決だ」
内田は九島の発言ではじめて室内に目の前の遺体から切り離された首が見当たらないことに気づく。
それから十数分後のことであった。九島警部の携帯電話に着信が入る。九島警部は目を見開いて驚愕すると、それから二言、三言相手と言葉を交わすと、マイクから口を話して内田のほうを向く。
「どうやら事件は解決だ」
「え?」
「犯人が捕まった。カバンのなかには首と凶器が入っていたらしい」
のちに関刺ビジネスホテル首切り殺人事件と名付けられるこの事件は拍子抜けするような結末を迎えるのであった。
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上原由佳は花御堂探偵事務所の門の前で思わず立ち尽くしていた。
豪奢なその門は一介の高校生である由佳を拒絶するには十分すぎるほどの迫力があった。
そんな由佳に後から声をかける人物が1人。
「どうかされましたか?」
「――――」
由佳は驚きのあまり声にならない声をあげる。
振り向くと、そこにはモーニングコートを着た初老の男性がいた。両手にはタクシードライバーがするような白手袋をしている。優しそうな目元とは裏腹にその背筋はびしりと垂直だ。
「失礼。驚かせてしまったようですな。わたくし執事の菊岡と申します」
「執事? この探偵事務所の?」
なんとなく恰好を見たときからこの人が執事というやつなのではないかと思ったが、かといってなぜこんな場所に執事が。
「難しい質問ですな。会社に仕える執事というのがありえるのでしょうか。もっとも誤解がない言い方をするのであれば、この探偵事務所の所長である
なるほど。そういう関係か。しかし探偵事務所の所長とは執事を雇えるほど儲かるのだろうか。
「あの菊岡さん、私、花御堂さんに調査の依頼がしたくてやってきたんです」
菊岡は少し不思議そうな顔をした。それは由佳が学生服を着ているせいであろう。制服から彼女が女子高生、あるいは女子高生のコスプレをした人物であることはわかる。こんな平日の昼間に高校生が探偵事務所に何の用だろうか、菊岡の顔はそういう顔であった。
しかし何か事情があるのだろうと思ったのか、数秒ののち菊岡は何事もなかったかのようにふるまった。
「そうでしたか。それではどうぞなかへとお入りください」
菊岡はそう言って門を開けると、右手で由佳を手引きする。
探偵事務所――とはいえ建築の形態は明らかに事務所ではない。チロリアン風の住宅である――のなかは必要以上に豪奢だった。華美な装飾品や家具、古今東西の美術品がところ狭しと並べられている。
しかし趣があるというよりは、成金趣味というか、誇示的なものを感じる。
そんな風に屋敷内を物色しながら歩いていると、一つの扉の前に立たされた。菊岡はその扉をゆっくりと開けると、中に入るよう促した。
なかに入ると、男性が椅子に座ってこちらに背を向け、窓の外を眺めていた。
「坊っちゃん、ご依頼のお客様がいらっしゃいました」
「ああ。わかっている。ちょうど窓から君たちが入ってくるところを見ていたからね」
男性はそう言いながらこちらへ向き直った。少しキザったらしい印象があるが、そこそこの男前である。歳のころはまだ20代後半といったところか。この事務所内の成金趣味に比べ、彼の装いはシンプルかつ気品に溢れているように見えた。
――この人が花御堂律哉。どんな事件でも多額の報酬と引き換えに解決してくれる名探偵。この人ならば。
少しするとメイドのような女性がやってきて由佳と花御堂に紅茶を注いでくれる。秋葉原とかで見るようなメイド服ではなく、フリルなどのついていないシンプルで本格的なメイド服である。
――メイドさんまで。というかこの人もまたすごい美人。
メイドは紅茶を注ぎ終わると、一礼して部屋の後に下がっていった。
「お嬢さん、まず確認したいんだが、ご予算はいくらぐらいを考えているのかな。この探偵事務所は相場よりいくらか高額な報酬を請求する。加えて言うならば、一般論として普通の高校生には普通の探偵事務所への依頼料すら払えないと思うのだけど」
「え? お金ですか。えっと、5千円ぐらいなら。あ、いやお小遣いとかいろいろ前借すれば3万円ぐらいは」と恐る恐る言ってみる。探偵事務所の相場っていくらぐらいなのだろうか。
花御堂はそれを聞いてにこりと笑う。
「菊岡、どうやらお帰りだそうだ」「かしこまりました。どうぞこちらへ」
そう言って菊岡は右手で退室を促した。
「わーちょっと待ってください! 話ぐらい聞いて下さいよ!」
「……君のために言っているんだ。相談料1時間1万円と言ったが、それに加えて私は着手金だけで100万円は請求する。それに当然日当がかかる。加えて手数料もある。私の探偵法は金を湯水のごとく使う。これも君がとても払える額ではない。わかったら、大人しく帰りたまえ。
――まあしかし平日の昼間にわざわざ来てくれた高校生をあまり無下に追い返すのも確かに忍びない」
そう言うと花御堂は手元の紙片に万年筆でサラサラと何かを記入する。そしてそれを由佳へと手渡した。そこには電話番号と住所が書かれていた。
「いいか。この譜久村という探偵は金も品もない貧乏探偵だが、推理力だけはまあそこそこ見れたものがある。ぜひこの探偵に相談したまえ。3万円もあれば泣いて事件解決に協力してくれることだろう。なんならむしろ向こうからお願いしてくるかもしれないぞ」
ばしん。由佳はカバンの中から新書サイズの書籍を取り出すと応接室の机に叩きつけた。表紙には『よくわかる青酸カリ』と書いてある。
「なんだ。それは?」
「見ればわかりますよ」
由佳は新書のカバーを取り外すとそれを裏返す。
「この探偵事務所のクーポン券よ」
カバー裏には手書きでこう書かれていた。この書状と交換で、花御堂探偵事務所において上原晴彦氏の依頼を1件に限り相談料・着手金・手数料全て無償で引き受ける。末尾には花御堂理知也の署名つきである。
「こ、これは間違いなく理知也さまの筆跡」と菊岡。
「し、しかしこんな新書のカバー裏に書いたものにどこまで法的拘束力があるかは」とメイド。
「よせ。白勢」と花御堂。どうやら白勢というのがメイドの名前らしかった。
「あまり僕に恥をかかせるな。これは間違いなく僕が書いたものだ。法的拘束力があるかどうかは僕にもわからないが、そんなことは関係ない」
花御堂は一旦心を落ち着かせるためか椅子に座り直す。
「悪かった、お嬢さん。君が明らかに
「ええ、お願いします」
由佳は形勢逆転とばかりににこりと笑う。
「――それでなぜ君がこの1回無料券を持っていたんだい?」と花御堂。
「昔父がこんなものを花御堂さんという探偵にもらったと話していたのを覚えていたんです。それで父の書斎から昔の記憶を頼りにこの本を見つけ出しました」
「ということは」
「ええ。私は上原晴彦の娘、上原由佳です。依頼というのは、父を助けて欲しいんです」