(九)

文字数 8,268文字

 翌日からは再びそれまでと変わらない日々が訪れた。リウェルは狩りや魔法について両親から教えられたことを一つひとつ身につけていった。それまで教えられなかった新たな魔法式についても、その構造を理解した上で、両親の見守る中で起動を試みた。それらの魔法式の中には、子竜であるリウェルの力では起動もままならないものもあったが、時が経てばいずれは起動できるであろう、その頃には使いこなせるようになるであろう、という両親の言葉を胸に学んでいった。飛竜としての日々は川の流れるように過ぎ行き、やがてリウェルはセリーヌの許を訪れる日の朝を迎えた。
 夜明け前、岩山の中腹の塒で目覚めたカレルとリラ、リウェルの三頭は鼻先を触れ合わせ、頬を擦りつけ合うと、普段と同じように向かい合ってうずくまった。
 〈では、いってまいります、ちちうえ、ははうえ。〉リウェルは、並んで座るカレルとリラを前に翼を畳み込むと、尻尾を真っ直ぐに伸ばし、姿勢を正した。
 〈気をつけるのだぞ。〉カレルはリウェルを見下ろした。〈これまで教えたことを守るように。いつも言っていることだが、敵は自身の内に()るのでな。〉
 〈はい。〉リウェルは返事をしつつも首を傾げながらカレルを見上げた。
 〈どうしたのだ?〉カレルは怪訝そうにリウェルを見た。〈そのような顔をしおって。〉
 〈いえ、その……、〉リウェルは視線を泳がせた。〈いつもでしたら、ちちうえのお話はもっと長いのにと思いました。〉リウェルの視線はカレルから離れると背後に聳える山々を飛び回り、東の空から北の空へと走ると、縋るかのようにリラを捉え、再びカレルに辿り着いた。
 〈そのことか。〉カレルは合点がいったとばかりに微笑んだ。〈あまり長々と話しても、再び眠りの底に落ちるだけであるからな。張り切っているところを(くじ)くことになるのでの。〉カレルは悪戯を仕掛けた子竜のような表情を浮かべた。
 〈え、あ……、はい……、いいえ。〉リウェルは助けを求めるかのようにリラを見た。
 〈気にすることはないわ。〉リラは宥めるかのように言った。〈カレルの言葉は全て頭の中に入っているわね。毎回毎回、出掛けようとするたびに言われていたものね。同じようなことばかり言われていたから、ここ最近は聞いている振りをして目を瞑っていたでしょ? だから、カレルも長々と言わないようにしただけよ。でも、カレルが言わなかったからといって、守らなくてもいいわけではないわ。気をつけるのよ。〉
 〈はい、わかりました。〉リウェルは姿勢を正し、リラを見ると、傍らのカレルを見上げた。
 〈では、気をつけるのだぞ。〉〈リウェル、気をつけてね。〉
 〈はい。〉答えるが早いか、リウェルは背の翼を広げると、その場から上昇を開始した。

    ◇

 塒を飛び立ち、南へと進んでいたリウェルは、連なる山々の終わりを前にして次第に速度を落とし、ついには空中に静止した。眼下の山々は東と北と西とに幾重にも連なり、東の山々を越え姿を現した陽の光に山肌は白く輝いた。碧い空へと続く、輝きを放つ白い雲は山々を繋ぐように漂い、そこかしこで地続きになったかにみえ、その果てを見通すことは叶わなかった。リウェルは朝陽を受けながら西の空へと顔を向けた。山々と雲と空とが交わるその先へと暫し目を凝らしたリウェルは、探しものを見つけ出したとばかりに笑みを浮かべた。リウェルの目に映ったのは、東を目指して飛行を続ける一頭の飛竜の姿だった。朝陽に向かって真っ直ぐに進むその飛竜は地上の星を思わせる煌めきを放った。西の空から近づきつつある飛竜の姿を目で追っていたリウェルは、自身の目で見るだけではなく、探索魔法からの反応も読み取った。
 〈おはよう、リウェル。〉東に向かって飛行を続けるフィオリナが念話で挨拶した。
 〈おはよう、フィオリナ。〉リウェルは西を向いたまま答えた。
 〈今日こそは、私のほうが早いと思ったのに、〉フィオリナは悔しそうに言った。〈今日もリウェルのほうが早かったわね。いつもより早く起きたのに。〉
 リウェルの目に映るフィオリナの姿は、念話で語りかける間も次第に大きさを増していた。
 〈そんなに急ぐことはないよ。〉リウェルはその場で首を巡らせ、朝陽の昇りつつある東の空を見遣った。〈まだ朝も早いし。〉リウェルは再び顔を西に向けた。〈もしかしたら、セリーヌさんはもう起きていらっしゃるかもしれないけど。〉
 フィオリナはリウェルに近づくにつれて徐々に速度を落とし、やがてリウェルの目の前で静止した。〈私を待っていたの?〉フィオリナはリウェルを上目遣いで見た。
 〈フィオリナと僕とで一緒に行って見せたほうが、セリーヌさんを驚かせることができるでしょ?〉リウェルは当然とばかりに言った。
 〈ありがと。〉フィオリナは目を細めた。〈それじゃ、行きましょう。〉
 〈わかった。〉リウェルはかすかに頷いた。
 リウェルとフィオリナは空中で体の向きを南へと変えると、揃って飛行を開始した。横に並んだ二頭は、その日会うまでの速さに比して、町歩きするがごとく、眼下に流れる草の一本一本を見分けられるほどにゆっくりと進んだ。
 〈僕らが構築した新しい魔法式のことだけど、〉リウェルは南を向いたままフィオリナに語りかけた。〈あのあと、キールおじさんとレイラおばさんに何か言われた?〉
 〈聞いてよ、リウェル、とうさまったらね、〉フィオリナは待っていましたとばかりに念話で語り始めた。〈とうさまとかあさまに、リウェルと一緒に魔法式を作ったことを話したら、とうさまは私のことを『すばらしい』とか、『飛竜の中でも、これまでにない才能を持っている』とか、『自分が子竜のときは考えもつかなかった』とか、『飛竜の歴史に残る偉大な発明だ』とか、とにかくおおげさなの。私、呆れてしまったわ。リウェルと一緒に作った魔法式が初めて作った魔法式だったから、それはそれで嬉しいけど、とうさまが言うほどのそんな大それたものではないと思うの。〉フィオリナは傍らを進むリウェルに顔を向けた。〈リウェル……、気を悪くしないでね。私の今の力は、旅にも出られないくらい、まだまだだと思っているわ。そんな子どもが作った魔法式が、そんな力を持つものではないことくらい、私だってわかっているもの……。それなのに、とうさまったら、この世界の一大事みたいな言い方をするから、何だかおもしろくなくて冷たく当たっちゃったの。〉
 〈レイラおばさんは?〉リウェルは落ち着いた様子でフィオリナを見た。〈何か言ってた?〉
 〈かあさまは普段どおりよ。〉フィオリナは息をつくと前を向いた。〈『普段どおりに』私のことを褒めてくれたわ。『リウェル君と一緒に作ったとはいえ、新しい魔法式を作ったことはすばらしい』って。『これからも、何か新しいものを作り出すのを忘れないように』って。あと、かあさまもとうさまに呆れていたわ。『娘のことになると、まともに考えられなくなるのですか』って、白い眼で見ていたわ。本当にそうよね。私がリウェルと会うことだって、とうさまはいちいち文句を言ってくるのだもの。私のことを心配してくれるのはいいのだけど、心配しすぎなのよ。私が旅に出るときには何て言うかしら。とうさまのことだから、『危険だ』、『おまえにはまだ早い』、『怪我をしたらどうする』、なんてこと、きっと言いそう。〉フィオリナは目を伏せ、大きく息を吐き出した。
 〈でも、キールおじさんもそれだけフィオリナのことを大切に思っているってことでしょ?〉リウェルは前を向いた。〈僕のちちうえもいろいろうるさいし、話は長いから聞いているうちに眠くなることもあるけど……、でも、それがなくなったら、ちちうえがちちうえじゃないみたいな気がする。そう思わない?〉リウェルはフィオリナに顔を向けた。
 〈それはそうなのだけど……、〉フィオリナは不満そうにリウェルを見た。〈でも、本当にうるさいのよね。〉フィオリナは再び前を向くと、目だけを空に向けた。
 〈フィオリナの言うとおりかもしれない。〉リウェルはあらぬ方向に目を遣ると、何かを思い出したかのように目を細め、わずかに口角を引き上げた。
 〈リウェルは何か言われた?〉フィオリナは南の空を見遣りながら訊ねた。〈あの日、塒に戻ってから、カレルおじさまとリラおばさまに新しい魔法式のことを話したのでしょ?〉
 〈話したよ。〉リウェルも南の空を見遣った。〈ちちうえは僕のことを『すばらしい』って。ちちうえは普段、僕のことをあまり褒めないから、少し驚いた。ちちうえもははうえも、僕が新しい魔法式を作るまでのことを聞きたいって言ったから、はじめから話していたのだけど、そのまま眠ってしまったみたいで、気がついたら朝だった。普段と同じ、ははうえの翼の下でね。ちちうえもははうえも僕の話をずっと聞いていてくれたみたい。〉
 〈いいなあ。〉フィオリナは空を見上げた。〈とうさまがもう少し『普通』だったらな……。でも、それだと、とうさまではないわね。〉フィオリナは顔を下ろすと、何かを振り払うかのように何度か首を横に振った。〈『普通』なとうさまなんて『普通』じゃないわ。口うるさくて、私のことを心配してばかり、言うことがおおげさなのが、とうさまなのよ。とうさまは、ああでなくては。〉フィオリナは独り納得したかのように頷いた。
 〈フィオリナも、キールおじさんのことを好きなのでしょ?〉リウェルはフィオリナを見詰めた。〈口では何だかんだ言っているけど、『普通』なキールおじさんは『普通』ではないって、何だかよくわからないことになっているよ。〉
 〈そう。いいの。〉フィオリナはきっぱりとした口調で言った。〈とうさまは今のままでいいの。とうさまは変わらないし、変わってほしくないわ。〉フィオリナはリウェルを見た。〈カレルおじさまもリウェルのことを心配して、いろいろ言われるのでしょ? だからって、リウェルはカレルおじさまのことを好きでないわけではないのよね。〉
 〈そうだね。〉リウェルはフィオリナと目を合わせた。〈ちちうえが口うるさくなかったら、ちちうえではない気がする。でも、今日出掛けるときに、ちちうえの話がいつもより短かったから驚いたしね。何かあったのかな。〉リウェルは前を向くと、首を傾げた。
 〈何かあったのよ、それは、きっと。〉フィオリナはリウェルを見ると再び前を向き、何かを確信したかのように言った。〈それが何かはわからないけど。〉
 リウェルとフィオリナは既に森の上空に到った。眼下に広がる森の樹々は空を目指して幹を伸ばし、その幹からは腕を広げるかのように四方八方に枝を広げていた。樹々の枝は互いに重なり合い、枝葉のわずかな隙間もその先は森の薄闇に包まれ、二頭が進む上空からは樹々の根元をはじめとして地上の様子を窺うことは叶わなかった。二頭は眼下の森を見遣った。
 〈通り過ぎていないよね。〉リウェルは自身に言い聞かせるかのように、あるいは、フィオリナに訊ねるかのように、念話を発した。〈話すのに夢中になっていて、セリーヌさんの小屋のある場所を通り過ぎたなんてことは――〉
 〈ないと思うわ。〉フィオリナも下を向いたまま自信なさそうに答えた。〈ない、と思いたいわ。〉フィオリナの声は次第に小さくなっていった。
 地上を覆う森は遥か南で空と溶け合い、その森を朝陽が東から照らし出し、樹々の葉を輝かせた。森の樹々は時折吹き抜ける風を受け、一斉にざわめいた。リウェルとフィオリナは首を巡らせ、後ろを振り返った。二頭の遥か後方に聳え立つ、森が進むのを遮るかのような岩の壁は、二頭が南へ進んでいたことを示していた。二頭は前を向くと徐々に速度を落とし、やがて空中に静止した。宙に留まること暫し、二頭はどちらからともなく顔を見合わせた。
 〈探索魔法の反応からすると……、〉リウェルは気まずそうに言った。〈行き過ぎたみたい。セリーヌさんらしき反応が、少し北のほうに見える。〉
 〈私も……、見えたわ。〉フィオリナは顔を北に向けた。〈戻りましょうか。〉
 〈戻ろう。〉リウェルも北の方角を見、力無く言った。
 リウェルとフィオリナは空中で体の向きを変えると、北に向かって飛行を開始した。森の上空を、下を確かめるかのようにそろそろと進んだ二頭は、すぐに樹々の海に開いた穴のような空地の上空に到達した。二頭は空地の上空で静止すると、長い首を伸ばし、下を覗き込んだ。
 〈セリーヌさんの姿は……、小屋の外には見えないね。〉リウェルは下を見ながら言った。〈起きているとは思うけど、小屋の中に居るのかな? 探索魔法の反応からすると――〉
 〈小屋の中に居るはずよ、探索魔法の反応からすると。〉フィオリナも下を見ながら言った。〈煙突から煙が出ているわ。火を使っているのよ。〉フィオリナは、空地の底から立ち上る煙を上から辿り、小屋へと目を向けた。
 〈あの煙を吸い込まないようにね。〉リウェルはフィオリナに顔を向けた。〈吸い込むと、くしゃみが出るから。〉リウェルはおおげさに顔を顰めてみせた。
 〈わかったわ。〉フィオリナは煙突から立ち上る煙を目で追った。
 リウェルとフィオリナは地上に向かって降下を開始した。揺らめきながら空へと立ち上る煙を避けながら、あるいは、煙の行く手を遮るまいとしながら、二頭はゆっくりと降下していった。二頭は、作物が何も植えられていない場所を探すべく、体の向きを小刻みに変えながら地上へと進んだ。やがて、二頭は小屋の前に位置する何もない場所を行き先と定めると、迷う様子も見せずに降下を続けた。そのまま地上に降り立つかにみえたが、降り立つ直前、地上からヒト族の膝ほどの高さで二頭は降下をやめ、そこで静止した。
 〈セリーヌさんは……、〉リウェルは小屋の扉を見遣り、次いで、傍らに浮かぶフィオリナを見た。〈僕らが来たことに気づいていないみたいだね。〉
 〈気づいていたら、〉フィオリナは小屋の扉を見詰めた。〈小屋から出てくると思うわ。〉
 〈驚かせるのだったら、念話で呼びかけたほうがいいよね。〉
 〈そうね。そのほうがいいわね。一緒に呼ぶ?〉
 〈そうしよう。〉
 リウェルとフィオリナは顔を見合わせると揃って頷き、再び小屋の扉へと顔を向けた。二頭は息を吸うと、本当の声そのままに念話で呼びかけた。〈セリーヌさん、おはようございます。〉
 リウェルとフィオリナの耳は、小屋の中で何かを倒したような音と、それに続く何か硬いものを落としたときのような音を捉えた。二頭はびくりと翼を震わせ、首を竦めると目を閉じた。暫し後、二頭は恐る恐るといった様子で目を開き、顔を見合わせた。二頭が目にしたのは、何が何だかわからないとでも言いたげなお互いの顔だった。
 〈何だろう。〉リウェルは首を傾げた。〈セリーヌさん、大丈夫かな?〉
 〈驚かせる前に驚かせてしまったかしら。〉フィオリナはばつの悪そうな表情を浮かべた。
 リウェルとフィオリナは小屋へと顔を向けた。二頭の見詰める先、小屋の扉はゆっくりと内側に開き、小屋の主が姿を見せた。セリーヌは顔にかかる髪もそのままに、どことなく疲れを感じさせる表情を浮かべ、二頭の白銀竜たちを見た。
 「おはよう、リウェル、フィオリナ。」セリーヌは扉を背にして立ち、両腕を体の前で組み、わずかに首を傾けながら、溜め息交じりに言った。「驚かさないでおくれよ。」セリーヌは二頭の白銀竜たちを交互に見た。「おまえさんたちの声が頭の中に響いたものだから、椅子を蹴り倒しちまったよ。持っていた盆も落としちまうし。せめて、扉を叩いてから声を掛けとくれ。」
 〈ごめんなさい、セリーヌさん。〉〈セリーヌさん、ごめんなさい。〉リウェルとフィオリナはその場で居住まいを正すと、力無く項垂れた。
 「次からは気をつけとくれよ。」セリーヌは二頭の白銀竜たちを見上げた。
 〈はい。〉リウェルとフィオリナは叱られた子どものように頷いた。
 「わかりゃ、よろしい。」セリーヌは満足そうに首を縦に振った。「それで、何かあったのかい?」セリーヌは表情を和らげ、明るい口調で訊ねた。「揃って、その姿で私を呼ぶなんざ、今まであまりなかっただろ? 何か私に伝えたいことがあるんじゃないのかい?」
 リウェルとフィオリナは勢いよく顔を上げ、セリーヌを見た。
 「『何故、わかるんだ?』って顔だね。」セリーヌは笑いながら、からかうかのように言った。「それくらいはわかるさ。何年、おまえさんたちの顔を見ていると思っているんだい? さあさ、早く言ってみな。」セリーヌは待ちきれないとばかりに二頭の白銀竜たちを促した。
 リウェルとフィオリナはゆっくりと顔を見合わせると、互いの表情を探るかのように見詰め合い、暫し後、再びセリーヌに向き直った。
 〈口で説明するよりもご覧に入れたほうが早いと思います。〉リウェルがセリーヌに答えた。
 〈リウェル、口ではなくて『念話』よ。〉フィオリナはリウェルを見、得意気に指摘した。
 〈今の僕たちには、どちらも同じだよ。〉リウェルは翼を上下させると、片目でフィオリナを見た。〈フィオリナ、一緒に見せよう。〉リウェルは気を取り直したかのように言った。
 〈わかったわ。〉フィオリナはリウェルの顔を見た。
 リウェルとフィオリナはセリーヌに向き直ると、姿勢を正した。
 〈セリーヌさん、見ていてくださいね。〉リウェルはフィオリナに目配せした。
 リウェルとフィオリナは変化(へんげ)の魔法を起動した。背の翼と長い尾とは体に吸い込まれ、長い首はその長さを減じた。セリーヌが見上げるほどだった二頭の体は次第に縮んでいき、四つ足の姿勢から二本足で立ち上がった。二頭の白銀竜たちが浮かんでいたその場所に現れたのは、服を纏い、編上靴を履いた少年少女だった。顔立ちと身につけた服とから双子と見紛うばかりの二人は、期待の籠もった表情を浮かべセリーヌを見た。
 〈セリーヌさん、いかがですか?〉〈いかがですか?〉
 リウェルとフィオリナはその場で両腕を半ばまで持ち上げると、その場で一回転してみせた。白銀色の髪を揺らし、小屋に向き直った二人が目にしたのは、瞬きするのも忘れたかのように目を大きく見開き、顎が外れるのではないかと思わせるほどに大きく口を開けたセリーヌの姿だった。セリーヌは言葉を発することもなく、息をするのも忘れたかのように、ヒト族の姿へと変じたリウェルとフィオリナを見詰めていた。
 〈セリーヌさん?〉フィオリナが怪訝そうに念話で呼びかけた。
 セリーヌは、フィオリナの念話が届いていないかのように、二人を見詰め続けた。
 「セリーヌさん?」フィオリナは声を出し、首を傾げながら呼びかけた。
 「大丈夫ですか?」リウェルが心配そうに、声を出して呼びかけた。
 「あ? ああ、大丈夫、大丈夫さ。」セリーヌは、リウェルとフィオリナがそこに居ることに初めて気づいたとばかりに、視線を彷徨(さまよ)わせた。やがて、斜め上を見詰めたセリーヌは、大きく息をつき、肩の力を抜くと、宙に浮かぶ少年少女を改めて見た。「まったく、驚かされてばかりだね。念話の呼びかけの次は、これかい。」セリーヌは両腕を体の前で組み直し、芝居がかった所作でおおげさに溜め息をついてみせた。
 リウェルとフィオリナはゆっくりと顔を見合わせると、満面の笑みを浮かべた。
 「成功だね。」「成功ね。」リウェルとフィオリナ手を取り合い、その場で何度も跳びはねた。やがて二人は跳びはねるのを止めると、互いに歩み寄り、鼻先を触れ合わせ、頬を擦りつけ合った。頬を擦りつけ合うこと暫し、二人は見詰め合い、再び反対側の頬を擦りつけ合った。
 「さあさ、そんなところで浮かんでいないで、こっちに来て話を聞かせておくれ。」セリーヌは気を取り直したかのように、寄り添う二人に向かって呼びかけた。
 「はい、セリーヌさん。」二人は頬を擦りつけ合うのを止めると、手を離し、セリーヌに向き直った。宙に浮かんでいた二人は、階段を下りるようにして足を下ろし、地上に降り立った。
 「今日の仕事がてら、おまえさんたちの話を聞かせてもらおうかね。」セリーヌは笑みを浮かべながら、歩み寄る少年少女に向かって声を掛けると、小屋の中へと向かった。
 リウェルとフィオリナはセリーヌの後に従い、小屋へと歩み入った。

    ◇
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