意地悪で優しい贈り物

文字数 2,000文字

 クリスマスイブ。小学六年の姉弟である(みどり)(こよみ)は、両親の用意したプレゼントを前に考え込むことになった。
 碧はクリスタルハウス。暦はマジックグッズ。紙袋に入れられた各々のプレゼントの中見は希望通りに違いない。
 パズル好きな父が難問を用意していた。
「見ての通り、外見では区別できないよね。二人はジャンケンをして、勝った方がどちらか一つを触らずに選ぶんだ。負けた方は、必然的に残りを選ぶ」
 それだけなら簡単だ、と暦は思った。ジャンケンに勝ってもし姉さんへのプレゼントを選んでしまっても、あとで交換すればいい。――ところが。
「自分が選んで受け取った物は自分で使うこと。手放したり貸したりはしていけない」
「えっ!」
 二人は声を揃えて叫んだ。さらに碧が続ける。
「あの人形の家、前から欲しかったのに」
「姉さんはまだいいよ。マジックに興味がないわけじゃないだろ。こっちは人形の家をもらっても使いようがない」
「好きな女の子にプレゼントでもすればいいでしょ」
 言い合いを始めた子供達に、母があきれた口調で言葉を掛ける。
「あら。早くもあきらめたのかしらね」
「でも確率五割に賭けるなんて、ほしい物がそこにあると分かっているだけに、なおさら納得できない」
「そうだそうだ」
 姉の反駁に弟が加勢する。
「第一、お父さんもお母さんも本心では普通に渡したいくせに。こんなゲームをさせようだなんて、ツンデレなんだから」
「よく分かったわね」
 にこにこしてあっさりと認める母。碧や暦の反論も用をなさない。
「考えれば分かるはずだよ」
 父が言った。
「こんな条件下でも、確実にほしい物を手に入れる方法に」
 紙袋を選ぶ期限は、明日二十五日の正午までと区切られた。
 碧と暦は聖なる夜に、額を寄せ合って頭を悩ませることになった。

 さて、碧と暦はどう紙袋を選べばいいのでしょうか?

           *           *

 二十五日の午前中、父は仕事のため出掛けていた。
 だから姉弟の前にいるのは母一人。プレゼント二つを横目に、碧が口火を切る。
「一晩考えたんだけれど」
「うんうん」
 母は弾んだ口調で相槌を打つ。目を細め、楽しんでいることがありありと窺えた。碧達が物心ついたときから、ずっとこんな感じだ。
「まず、勝ち負けを」
 碧は暦に目配せをし、じゃんけんをした。碧がチョキで勝ち。
「勝った私が選ぶね」
「うん。どっちを選ぶのかな」
「その前にお母さん、紙袋を区別できるよう、右手と左手に持ってよ」
「はいはい、分かりました」
 椅子から腰を上げると、母は紙袋を左右の手に持った。
「持ち方で重さの差を見抜こうとか、扱い方の違いで材質の違いを推し量ろうとしてもむだよ。重さはほぼ同じだし、頑丈に梱包されているから」
「そんな姑息な真似はしないって。ちゃあんと、論理的にね」
 碧は迷う素振りを挟み、母の右手にある袋を指差す。
「碧はこっちでいいのね」
 そう言う母の声や表情は、心なしかがっかりしたよう。
 碧は微笑しそうになったが堪え、首をはっきりと横に振った。
「そうじゃないんだなあ。――暦、こっちを受け取りなさい」
「しょうがないな、はーい」
 打ち合わせ通りに返事する。暦は母の右手から紙袋を恭しく受け取ると、「じゃあ、次は僕が選ぶ番だね」と言った。
「そうね」
 母の表情が元の明るいものに戻っている。どうやら正解だったらしい。ここでやめてもいいのだけれど、折角なので最後まで続けよう。
「姉さん。姉さんはお母さんが左手に持つ紙袋を受け取って」
「ええ。――プレゼント、ありがとう」
 母に頭を下げながら紙袋を受け取る。中身を確かめる前に、碧は母に聞いた。
「これでよかった?」
「凄いじゃない、二人とも。お父さんから聞いていたのと全く一緒」
 父の課した条件には、優しい抜け穴があった。“自分で選んで受け取った物は自分で使わねばならない”とは言い換えれば、他人が選んで手渡された物なら自分で使ってもいいし、他人に譲ってもいいことになる。だから碧は暦のためにプレゼントを選び、暦は碧のために選んだ。これなら仮に自分のほしい物を受け取れなくても、交換できる。
「お父さんが言ったのは“勝った方がプレゼントを選ぶ”で、“勝った方が自分のプレゼントを選ぶ”じゃなかったもんね」
 母は「ちゃんと気付くものね」と感心しきりである。
 碧と暦は紙袋を置くと、改めて母に言った。
「プレゼント、ありがとう。今度は私達からのクリスマスプレゼント」
「え、今年ももらえるの? うれしいっ」
 手のひらを合わせて喜びを露わにする母。
「もっちろん。ただーし!」
 碧と暦は声を揃えた。
「あるゲームをしてもらうわね、お母さん」
「ゲーム……?」
 目を丸くした母に、碧は少々意地の悪い笑顔になってうなずいた。
「うん。準備してから説明する。さあ、暦」
「OK」
 そして姉弟はキッチンへ急ぐ。
 一日遅れのサンタクロースになる。

 終
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