第2話 復讐は自分の強みを生かして

文字数 1,594文字

 その日の午後の業務時間中に、廊下の曲がり角直前で野田が立ち話をしている声が聞こえたため、松田は反射的に立ち止まり、耳をそば立てた。
 (なぜ俺は立ち止まっているんだ、ビクついている訳でもなかろうに・・)
 と松田が後悔しかけた時、野田が同期の課長補佐と話している声が聞こえてきた。
 「・・スタートアップと言えばさ、Station Fって知ってるか?フランスのスタートアップ支援とかアクセレレーションを行ってる聖地みたいな場所なんだけど、行きたいんだよね。だから異動先、フランス大使館のアタッシェ狙ってるんだ。でも、フランス語がなー、仕事以外の時間取れなくて仏検も2級落ちたし、DELF(フランス国民教育省が認定した唯一の公式フランス語資格)で大使館赴任の基準点取るなんて、夢のまた夢だよ・・」
 野田には誇らしい話ではないためか、あるいは廊下で話しているためか、いつもより声は大きく無かったが、明確にその声を耳にした。
 
 松田はその場をすぐに離れ、一度深呼吸をした。そして野田への復讐の決意を固めた。
 その後、松田は怒りの全てを復讐のために注ぎ込み、生活スタイルも徹底的に変えた。その時は既に8月末であったが、松田の復讐を達成するためには、時間が4ヶ月弱しか無かった。そうしなければ次の機会は半年近く待つことになり、その前に野田が人事異動でいなくなってしまうためだ。
 (勝負は、4ヶ月で決めなければならない・・・)
 松田の復讐は、フランス語の資格を野田より先に習得し、野田に屈辱的な形で突きつける事であった。約半年に一回の頻度で行われるフランス語の試験のために、次に行われる12月の試験で結果を出す必要がったのだ。
 松田は人に対して率直にものを言う事が苦手ではなかったが、今回の件では直接本人に異議を唱えても何か物足りなく、この復讐を考えた。人を殴る様な喧嘩もした事もなく、またその様な社会的地位を危ぶませる非合理的な事を避けたかった松田は、ほぼ唯一と言っていい、自分の得意分野である勉強というフィールドでその復讐を達成しようと考えたのだ。
 東京大学卒の松田は勉強が得意であったが、勉強で成果を出してきた自負があったが、特に自分の能力が高いと感じていなかった。それでも松田が東京大学に入れた理由は、常に「どの様にすれば自分の達成したい事が上手くいくか?」を徹底的に考えて抜いたからだと分析している。
 大学受験の時、松田は冷めた目で周りを見ていた。一斉に問題集を購入して、それを1ページ目から始めていく大半の学生は、計画を作ると言っても1日の何時間を勉強に割くか、と言った程度の極めて抽象的なものであり、その達成されない計画と考え無しに行われる勉強を続ける事に終始し、結局は費やした時間数が最も多かった人間が難関大学まで辿り着くという、非効率的なチキンレースの様なものだと。自分はそのレースを外から見て、最も効率の良いゴール方法を考えてからレースに参加するのだと考えており、それが上手くいった。
 国家公務員試験を終えて以降、当時の松田がまとまった時間を割いて勉強した事は殆どなかったが、入学試験の時と同様、松田は仏語検定とDELFの情報収集を始め、具体的にどの様な状況になれば、それらの検定を4ヶ月でクリアできる様になるかについて一週間徹底的に考え抜いた。
 その作業が終わると、自分がどの様に勉強すれば知識が定着するかも考えた。彼の知識定着にはパターンがあり、朝に本である項目を流し読みし、その知識を口に出し、人に話す事、そして夜の時間、夜ご飯を作る際や歯を磨く際に、関連した項目を教えている動画を見る事。この動作を行えば、知識の定着が効果的に行われる事を確認していた。
 これらの確認を行うのに松田は1ヶ月を要したため、実際に勉強したのは3ヶ月程度の期間であった。
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