呼んでいる-2

文字数 1,836文字


◆◇◆◇◆

私たちの住んでいる場所は都心から少し離れた郊外。
昔は小さな町と周りは田畑で農村地帯だったらしい。
その場所を買収して都心に近く緑豊かな住宅地にしようと開拓。
私が物心つく頃には今の状態が既に出来上がっていたけれど……
開拓途中で工事が中断。
そのままの状態で今もなお放置されている場所がある。
そこがこの辺りでは有名な心霊スポットとされていて、テレビ中継もされたことがある。
未開拓のその場所は木々で覆われ、人が通るような道もない。
雑草生い茂る道を少し歩くと柵で区切られたその場所がある。
いつもは何重にも針金や鎖で出入り口の扉が開かないよう固定されている。
だけどあの頃は、テレビの取材とかで人の行き来が頻繁にあった。
偶然にもその入り口を固定していたモノが女の子の力でも簡単に外れてしまえるくらい緩んでいた。
先に足を踏み込んだのは懐中電灯を持っていた唯香。
続いて私が友美の手を握り中へと入る。
入ってすぐ、コンクリートで舗道された道とこれから家が建つのか、その土台のような四角い敷地が幾つか並ぶ。
その先に進むと一気に雰囲気が過去へと遡る。
今の時代からは想像もできない、木造の平屋が並ぶ。
既に半壊して人が住めるようなものではない。
唯香が懐中電灯で辺りを照らすと、その一角に年代物の公衆電話があった。
あの当時でも赤い、しかもダイヤル式の公衆電話なんてなかったと思う。
私たちの年代ではドラマや映画でしか見る機会がないくらい、もう過去のものとなっていたと思う。
心霊スポットにいるという期待と恐怖からなるドキドキ感より、珍しいものを見つけた興味の方が勝った。
私は、友美の手を放しその公衆電話に駆け寄って行った。
赤い色は薄暗くてもよく目立っていたけれど、もっとよく見たくて私は唯香から懐中電灯を借りようと振り返る。

◆◇◆◇◆

そんな思い出話をしていて私はふと思い出す。
あの時、振り返った私の視界の中に唯香っていたっけ?
その流れで私は友美に聞いてみた。
「ねぇ、そういえば唯香は? あの時、唯香ってどうしていたんだっけ?」
『小松さんなら、ひとりでいっちゃたわよ……』
「ああ……やっぱり。相変わらず考えるより先に行動しちゃうんだ。友美は平気?」
私はあの時も今も、私たちを残し先に奥へと進んで行ったのだと受け止め、人一倍怖がりの友美を気遣った。
『平気。だって伊勢さんが傍にいるから。伊勢さんだけは私をひとりにしないでしょう?』
「もちろんよ。だって私たち友達じゃない。何をするにも一緒だったでしょう?」
『そう……だよね。伊勢さんはいつも私の傍にいてくれたもんね』
「うん、そうだよ。私から電話切ったり絶対にしないから。だから安心して。私を信じて」
あの時も、振り返った私の視界の中に唯香はいなかった。
友美はひとり恐怖に怯えながら、私とそう離れていない、暗くても肉眼でなんとか人の気配を感じ取れるところに立ち尽くしている。
そんな友美に私が歩み寄ろうと、公衆電話に背を向けた時――

――と、そこまで思い出話が進むと、電話の向こう側で電話が鳴り出す。
ごく普通の呼び出し音。
若い女の子がスマホの着信音に設定することの方が少ない、その音が電話の向こうから聞こえてくる。
だとすれば、鳴っているのはあの時あの場所にあったあの『赤い公衆電話』しかない。

「ねぇ、友美。もしかして、今鳴っている電話の音って……」
『そうよ、あの時も鳴ったあの電話がまた鳴っているの。ねぇ、伊勢さん。あの時、鳴った電話に出たわよね。何を聞いたの?』
「何を……って――」
私は咄嗟に出かかった言葉を飲み込む。
あの時、唯香にも同じ事を聞かれている。
『何か聞こえた?』 ではなく、『何を聞いたの?』 と。
聞き方に何かひっかかるものを感じた私は咄嗟にこう答えた記憶がある。
『何も聞こえなかったよ』 と。

だから友美に聞かれてもこう答えるに決まっている。
「何も聞こえなかったけど?」
出来るだけ落ち着いてそう口にした。
だけど、電話口から聞こえてくる友美はクスッと笑う。
遠慮がちにはにかむように笑う友美がクスッと笑うはずがない。
次第に笑い声は低く不気味さを増していく。
「友美? ねぇ、友美、どうしたの? 大丈夫?」
私の問いかけに友美は不気味な笑いを繰り返す。
その笑いがおさまると、地の底から響くような低い声が電話口から聞こえてくる。
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