呼んでいる-3

文字数 1,478文字


『ねぇ、伊勢さん。こういう声、聞いたんじゃないの?』

私にはその声に聞き覚えがある。
あの時、必死に忘れようとしたあの声。
あの時、あの心霊スポットの公衆電話で聞いた声。
それを今度は自分のスマホから聞いている。


「あなた、誰? 友美はどうしたの?」
『何を言っているの? 友美は私よ? ねぇ、覚えている? あの時、私が言ったこと』
「何? 何言っているの? あなた、友美じゃないじゃない。だってあなた……」
そこまで言いかけた私は恐ろしくなった。
だってあなたはあの時の――公衆電話に出て聞いた声、言われた言葉を思い出す。
今まで必死に記憶書き換えて忘れていた。
忘れていた記憶と恐怖がいっきに呼び覚まされ、スマホを持つ手が振える。

切ってしまえばいい。
電話を耳から外し、通話を切る。
恐怖の中で私は意外にも冷静にそんなことを思うことが出来ていた。
それなのに――

確実に間違いなく切るを押しているのに、壊れるくらい強く何度も押しているのに、通話は切れない。
切れないどころか耳に当てていなくてもしっかりとあの声が響いて聞こえる。
『小松さん、ひとりでいっちゃたわよ。伊勢さんも追いかけていかなきゃ……ね?』
「何言っているの? いっちゃったって……」
切れない電話から聞こえる声に答えたつもりはない。
ただ自分に問いかけるように言葉に出してみてはじめて気づく。
唯香がいったのは、『行った』ではなく、『逝った』である方なのだと。


「いや、いや……やめて、何を言っているの? 聞こえない、私は聞こえていない……いやっーーーーー!」


『ダメよ、伊勢さん。最初に言ったでしょう?』
『こっちにいらっしゃいって。私、待っていたのよ、ずっと』
『あなたが思い出してまた来てくれるのを』
『だけどあなたは私の存在そのものを忘れてなかったことにして過ごしている』
『どうして? いつまで私は待てばいいの? 充分待ったわ』
『だからね、仕方ないから私の方から伊勢さんのところに行くことにしたの』

あの時の声が一方的に話す。

足元の方の布団がゆっくりと膨らむ。
その膨らみがまっすぐ私の方に向かって動いてくる。
私はかけていた布団を弾く。
ベッドに黒い渦のようなものが現れそこから変わり果てた友美が顔を出す。


『来たわよ、伊勢さん。懐かしいでしょう? 懐かしいもうひとりの友達の小松さんも待っているわ』

全てを悟り気づいた時にはもう遅かった。
最初に気づくべきことを、懐かしさのあまり疑問にすら思わなかった。
中学を卒業後、疎遠となっていた唯香が私のスマホの電話番号を知るはずがないこと。
私が携帯電話を持ったのは高校に入って暫くしてからで、大学に入った時、他社に切り替え番号も変えて、携帯からスマホにしている。
仮に誰かから聞いていたとしても、今の番号を唯香が知る手段はない。
もし、最初の着信の時にそれに気づいていたら……

でも多分無理ね。
最初が肝心だから……あの日あの時、唯香と友美と行った心霊スポット。
鳴った公衆電話に気をとられ、友美から視線を外した以降、私は友美を見ていない。
唯香とふたりで居たはずの友美を探し、見つからずその後、警察沙汰になっている。
私は心霊スポットに行こうと言ったその時からのことを忘れてしまいたかった。
なかったことにしたかった。
だけど友美はあれからずっと、私と唯香が来るのを待っていたのかもしれない。

「友美、なの?」

私の問いかけに彼女はニヤリと不気味な笑みを浮かべた。



END
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