呼んでいる-1

文字数 1,887文字

人は都合よく記憶を摩り替える。
自分にとって都合の悪いこと、そして――
忘れてしまいたい恐怖がある。
忘れることが出来ない代わりに都合よく書き換えてしまう。

まさかその結果、時を得てまた自分の身に起こるなんて。
私は唯香から貰った電話に出るまで思いもしなかった。


◆◇◆◇◆

その年の夏は例年にも増して猛暑日が続いていた。
私は大学のサークルで、特に仲のいい女友達と、少しリッチな避暑地で数日を過ごす。
地元に戻ってもすぐ家に帰らず、駅前のカフェでつい先日の思い出話に熱が入る。
気づけば外はすっかり暗い。
家に戻ると両親は既に寝ているのか、灯りひとつ点いていなかった。
手探りで階段を登り自室へと入ると、着の身着のままでベッドへと倒れこむ。
汗ばんだ身体が気持ち悪いけれど、やはり自分の部屋は安心できるし居心地がいい。
少しだけ、少しだけ横になってからシャワー浴びよう。
そんな事を思っているうちに目蓋は重く、いつしか寝入ってしまっていたみたい。
みたい――というのは、自分の意思とは関係なく起こされたから。
鳴り響くスマホの着信音。
手探りでスマホを手に取り時間を見れば真夜中。
あれから2時間少々寝入ってしまっていたみたい。
目蓋は重く、そのまままた寝てしまえそうなのに、スマホの着信音は諦めずに鳴り響く。
仕方なくスマホを持った手に力をいれ、もう一度、視界の中に入れると、懐かしい名前が出ていた。

小松唯香――中学まで一緒で特に仲良くしていた女友達。
進学した高校が別々になったことから疎遠。
同じ地域内にまだいるみたいだけれど、卒業してから顔を見かけたこともなかった。
だからかもしれない。
懐かしさが先走り、彼女からスマホに電話がかかってくることへの不自然さに気づかなかったのは。

「もしもし?」
電話に出て一呼吸、私の方から問いかけた。
『希(のぞみ)? あたし、唯香。小松唯香。わかる?』
「うん、わかるよ。久しぶりだね」
眠気の残る脳を一気に目覚めさせるような明るい声は中学の頃と変わらない。
そんな唯香のペースに私も釣られていく。
『ホント、久しぶり~で、今日って何の日か知っている?』
「唯香……相変わらず突拍子もないこと言い出すね。なんかあったっけ?」
まだ僅かに残る眠気と、疲れからくる気だるさとが重なる。
私は無意識に考えることを拒否して、唯香の口から教えてもらう事を望んだ。
『本当に覚えていないの? 中学の時、あたしと友美と希とで行ったじゃない、あの有名な心霊スポット。今、そこにいるのよ、あたしたち』
そういえば、そんなところに興味本位で行ったことがあったっけ? くらいの記憶しか、今の私には思いだせない。
それでも話を合わせなきゃと思うのは、ここでそうだっけ? と聞き返すと、話が長引きそうだったから。
「本当にあの場所にいるの?」
『嘘言ってどうなるのよ。ねぇ、あの時、最後まで行くのをイヤがっていた友美がね……』
唯香はそう話を切り出し、またあの場所に行くことになった経緯を話し出す。
私はベッドの中から起き上がることなく、殆ど一方的に話す唯香に相槌を打ち続ける。
すると、唯香の方から友美と代わるねと言い出した。

『伊勢さん?』
電話口から聞こえる、遠慮がちなトーンで話す関根友美に私は久しぶりと声をかける。
唯香と違い、友美は私や唯香の後ろを遠慮がちに付いてくるような少し控え目な子だった。
それは今も変わらないみたい、電話口から聞こえる話し方から伝わってくる。
唯香や私は名前で呼ぶのに対し、友美は中学を卒業するまで、小松さん、伊勢さんと名字で呼び続けていた。
「本当にあの場所に唯香といるんだね。どういう心境? あの時は最後の最後まで反対していたのに、今回は友美から誘うなんて」
『そんなに私から誘うのは不思議?』
「ううん、そういう意味じゃないの。ただほら、場所が場所じゃない。だって友美ったらあの時、怖がって私と唯香の後ろに隠れながら行ったし」
唯香の話を聞いているうちに、その時の記憶がくっきりはっきりと思いだされた私は、そう口にした。
3人それぞれ違う性格をしていたのに、妙に居心地がよかったのかどこに行くにも何をするにも一緒だったことも鮮明に思いだし、懐かしさがこみあげて来る。

中学生活最後の夏休み。
受験を控え夏期講習と自宅の往復で終わってしまうのが嫌。
当時とても話題になっていた心霊スポットに行こうと言い出したのは私。
即答で同意してくれたのが唯香、友美は最初から最後まで反対していたっけ。
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