第1話

文字数 777文字

 蒸し暑い部屋で仰向けになって僕は、Tシャツの下へ手を忍ばせた。シャツがめくれてへそが出る。その昔、母ちゃんに「お腹が冷えるからしまいなさい」なんて叱られてたのをなんとなく思い出した。
 天井をぶら下がる電灯を真っ直ぐ見つめれば、相変わらず白熱灯が白く煌々と光って眩しい。
――嗚呼、畜生
 なんとなく感じる苛立たしさを持て余して僕は、手指にギュッと力を込めた。作った拳を勢いよく振り上げる。それは空を切って、そして虚しくもそのまま落ちていった。
――はぁ
 ため息をついて目を閉じると、暑いながらも夜の空気が窓から染み入ってくるのが感じられた。それはまるで怪我で高校最後の大会に出られなくなった僕を慰めてくれているかのように、穏やかに僕を撫でる。 
 この湿度と暑さは夏独特の匂いとなって僕の記憶を刺激する。
 ふっと、小学生くらいのときの記憶が甦る。本を広げて夢を膨らませていたまだ体の小さな自分の姿。あの頃はまだ自分が特別だと信じ、いつか物語の主人公のように華々しい人生を送るんだって息巻いていた。
 しかし……現実はこんなもんだ。自分は主人公にはなれない。そんなことはとっくの昔に気がついている。
 いや、まだ僕は心のどこかで……、自分はすごいはずだなんて、甘い希望を胸に秘めているのかもしれない。じゃなければこんなに落ち込まないさ。
 恥ずかしいな、と僕は思う。レギュラーを勝ち取った大会。それが終わったら、いや、1勝できたら、君に想いを伝えようなんて。そんなこと思っていた少し前の自分が恥ずかしい。
 結局僕は怪我をして、試合はベンチで応援。チームは1回戦敗退。高校生最後の夏は暑さの本番を迎える前に幕を閉じた。まあ現実なんてこんなもんだ。

ギャッギャッギャッギャッギャッギャッ――

そんな僕を嘲笑うかのように、家の外では蛙が喚いていた。
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