第2話

文字数 1,201文字

 切り取り線に沿ってカレンダーを破る音は、ジッパーを開ける音にも似ているなと思った。八月の終わりに少し早めにカレンダーを破る。もう九月は間もない。
 僕は進学するのか、社会に出るのか、未だに頭を抱えていた。高校三年生の秋へと差し掛かった今、早く大人になりたいとずっと思っていた。けれど、いざその分岐点に立たされると僕はどうして良いか分からなかった。
 正直やりたいことはなかった。頭も良くない。今まで部活という好きなことに打ち込んできた結果がこれだ。しかし、唯一頑張った部活も怪我でレギュラーが取れなかった。
 三年間何が残ったんだろう、と虚無感に襲われる。そして、
 ――あの娘は進学するって言ってたなぁ
 先日図書館で思わず彼女と会ってしまった時のことを思い出した。そして込み上げる焦燥感――

 夏休みも終わりに差し掛かり、僕は企業への応募書類を記入するために図書館を訪れた。提出時期が迫ったから取り敢えず書くそれは、なんとなく家では書けなかったのだ。しかし久々に訪れた図書館は、自動ドアをくぐると冷ややかな冷気が立ち込めていて、ここの静粛な雰囲気は僕には不釣り合いだと、僕を拒絶しているように感じた。
 並ぶ長机に席はまばらに空いていた。思ったよりも勉強している人が沢山いることに驚く。どこに座ろうか席を見繕っている時に、あの娘を見つけた。
 僕は静かに彼女の斜め向かいに座った。彼女に見つかりたくない気持ちと気がついて欲しい気持ちが入り交じりつつ僕は書類の記入に集中する。
 たまに目をあげた時に自然と視線が彼女に止まる。慌ててそらす。そんなことを繰り返す。視線に止まる彼女はいつでも参考書に真剣に取り組んでいた。
 しばらくして、閉館のアナウンスが館内を流れる。
 もうこんな時間かと筆記具を片付けていると、後ろから不意に肩を叩かれる。
 少し驚いて叩かれた方に顔を向けると、そこには彼女が立っていた。
 ――気づかれた! いつから?
 内心バクバクしながら僕は自然を意識して彼女に話しかけた。
 「おつかれ」
 「珍しいね」
 彼女は少しニヤニヤしながら僕にそう言った。

 それから僕らは二人で自転車をカラカラ鳴らしながら、近くの公園まで歩いた。
 まだ夕方の気配は明るい。
 数日前のことだけれど、公園で話したことは正直よく覚えていない。
 断片的に覚えているのは、彼女は大学へ進学するつもり。だとか、将来は看護しになりたいだとか、成績が思うように伸びてなくて焦っているだとか……。あとは僕のことを何か聞かれたけれど、曖昧に返したこととか。頭の良い彼女は将来のビジョンを明確に持っていて僕とは正反対だと思い、やはり手の届かない相手だと再確認したこととか。
 彼女の焦燥感は僕の焦燥感をさらに掻き立てる。
 話しているうちに辺りはいつの間にか暗くなってしまったことはよく覚えている。
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