Castel of the Cinqctuary

文字数 3,896文字

 竜の世界にある一国─ザッハガルド。主に軍力と高い鋳造技術が栄えたこの国は、女王レオノーラが統治しており他国から戦力要請があればいつでも派遣を行っている。戦士たちは日々鍛錬に勤しみ、いつ派遣要請が来てもいいよう準備をしていた。
 今日も戦士たちが訓練をしている間、レオノーラのは城の中にある自室で複数枚のレポートを見て唸っていた。それには、先日神の世界で起きた不可解な事件の顛末が書かれていた。なんでも、普段はおとなしいふわふわ綿毛の生き物が急に狂暴化し、口に入るものなら何でも食べてしまうという事件だった。食べ物ならまだいいのだが、口に入るもの全てを食べてしまうのだ。例え、それが瓦礫でも宝石でもはたまた固い延べ棒であっても……だ。
 それらを治めたのは、神の世界の四大天使たちと天の教会と呼ばれる組織だった。天使たちの力と天の教会に所属するシスターたちの力を用い、原因を特定し対処することができた。その後は、その生き物が発生した地点を浄化し封印を施しこの事件は幕を閉じた。最後はそう締められて、結果を読み終えたレオノーラは更に低く唸った。
「なぜ、天界でこのような事件が起こったのだ……?」
 わざわざ天界で、それも四大天使が総出し解決したということに疑問を持ったレオノーラは首を捻った。これは何かがあるのではないかと考えていると、扉をこつこつと叩く音にはっとし声を挙げた。
「レオノーラ様。準備が整いました。応接間までお願いします」
「ああ。わかった」
 きりりとした若い男性の声にレオノーラは椅子から立ち上がり、いくつかの資料を持って自室を出た。扉を開けると額から小さくも鋭い角を生やした少年─アベルが小さく頭を下げて待っていた。皺ひとつない服を着こなしまるでレオノーラの執事かのような立ち姿は、他の世話役よりもしゃんとしており、少年でありながらとても印象に残る立ち振る舞いだった。先頭を歩くアベルに続くように歩くレオノーラも、軍人としてはたまた女王としてのオーラを十分に前に出しているその様は声をかけるのも躊躇ってしまうような美しさだった。黒檀のように黒く長い髪は紫色のバラを模した髪飾りできれいに束ねられていた。その髪色と同じドレスも、ゆったりとしていながら戦闘の時は邪魔にならないという作りになっており、それを両立させるドレス作者をいたく気に入っている。腰には自国で製造した愛剣を差し、歩く度に揺れる精密に作られたバラの施しが何とも美しい。
「レオノーラ様」
「うむ」
 アベルが応接間の取っ手を握り、ゆっくりと開くとそれと同時にレオノーラは中へと入っていく。少し遅れてアベルは応接間に入ると、そこには既に何人かが談笑をしていた。神の世界より自身の名が国の名である蒸気と歯車の国王─マルドゥーク、神の世界にある蝶の国の女王─フリンデル。世界でも希少な青蜂の女王─ブルピアー。そして、各地に太いパイプを持つスー一族が取り仕切っているスー商会の代表取締役、タオ・スー。以上の面々が大きな円卓を囲み、茶を楽しんでいた。レオノーラとアベルの姿を見たマルドゥークは食べかけのスコーンを皿に置き、フリンデルは傾けかけたティーポットを元に戻した。他の二人は臆せずただ頬杖をついていた。
「待たせたな。ではこれより会議を始める」
 凛とした声が応接間に響くと、参加者一同背筋を伸ばした。アベルは参加者の前にきれいに束ねられた資料を置いていくと、各自手に取り中身を確認し始めた。資料をめくって一枚目の真ん中に大きく「天界の秘匿について」と書かれていた。それが、今回の議題内容。
「天界の秘匿……ネ。なぜ、この議題にしようと思ったアル?」
 タオ・スーがお茶を飲みながらレオノーラに尋ねた。レオノーラは小さく咳払いをしながら口を開いた。
「それについてだが、これはあくまでわたしの勘というものも含まれている」
「ほう……聞かせてもらおうかの」
「では、次の資料を見てくれ」
 皆が次のページをめくると、そこには大きな建物をスケッチしたものがクリップで付けられていた。ただ無機質でなんの変哲もないただの建造物にしか見えないのだが、そこにレオノーラは違和感を覚えているという。
「なんじゃこの建造物は」
「見たことないですね。それにこの建物、雲を突き破っていませんか?」
「これは一体……」
「詳細は一切不明だ。それについては何もかもが謎に包まれている。唯一わかっているのは、それが神の世界に建造されているということだ」
「なるほど。それにしても……同じ神の世界にいるというのに、この建物の存在に全く気が付きませんでしたわ」
「……同じ世界にいる者ですら気が付かない。何か特別な力が込められておるのだろうか」
「ところデ、このスケッチはどうやって入手したアル?」
 タオ・スーがスケッチを指さし問うと、レオノーラは小さく頷きながら答えた。
「あぁ。これは、神の世界へとうちの戦士たちを派遣したときに偶然発見したそうだ。あまりにも異様な建造物だったと言っていてな。紙に起こしてくれたものだ」
「……そう。それにしても、見れば見るほど怪しい建物ネ」
 胡散臭いと言いたそうな物言いに、レオノーラは何も言わず頷いただけだった。いつからあるのか、だれが建てたのか、何の目的なのかが一切わからないこの建造物について神の世界からは何の通達もないというのもひっかかる。それが秘匿しているのではないかと言われても的外れな意見とは誰も思うまい。ただ、この建造物についてこちらが質問をしても正直な意見が返ってくるとは思えないというのも事実であり、今はこの建造物だけが神の世界は何かを秘匿しているのではないかという脆弱な根拠しかない。一同深いため息を吐き、資料を閉じた。
「ほかにも気になる点があるのじゃが……いいかの?」
 小さく挙手をしたブルピアーがレオノーラに尋ねると、レオノーラは頷いた。それを確認したブルピアーは柔らかく笑むと「では」と言い、話題を出した。
「この建造物と七罪の長─ルシファーの堕天は妾たちに何か影響はある……と考えておる」
「る、ルシファーさん。なんで堕天してしまったのでしょう……何か知ってはいけないことを知ってしまったからなのでしょうか……?」
「それもそうだが、七罪というのも本当かどうかも怪しいとこではある。出所はあるのか?」
「もちろんアル。でも、ルシファーが堕天したということはこっちもさっぱりアル。それに、ルシファーは世界規模の混乱を起こそうとしているという噂があるネ。ウチの扱う情報に嘘はないネ。ま、サービスしてあげるネ」
 大きな声をうなり声を挙げたマルドゥークが意見すると、自身たっぷりにタオ・スーが胸を張りマルドゥークの問いに答えた。更にタオ・スーは簡単に七罪について話始めた。
「七罪とは、傲慢、怠惰、嫉妬、暴食、憤怒、強欲、色欲を指すネ。傲慢はルシファー、怠惰はベルフェゴール、嫉妬はレビヤタン、暴食はベルゼブブ。憤怒はサタン、強欲はマモン、色欲はアスモデウスを表しているネ。現在、色欲以外の所在は魔界にて確認済みアル。でも、どういうわけか、色欲だけが見つからないネ。きっとどこかにいるんだとは思う……ン? どうしたアル?」
 すらすらと読み上げるタオ・スーに、レオノーラとアベル以外の皆は口をぽかんと開けながら聞いていた。それもそうだろう。いきなり聞きなれない言葉の羅列が出てきたのだから。マルドゥークは口を開けながら明後日の方向を、フリンデルはカップを手に取ったまま固まり、ブルピアーはクッキーを持ったまま固まっていた。
「そ、そんな変な顔でこっちを見ないで欲しいネ。もうこれ以上は有料ネ。タダ働きは御免アル」
 皆からの視線に思わずはっとしたタオ・スーは、額から大量の汗を流しながら顔を赤くしながらそっぽを向いた。そっぽを向いたタオ・スーにフリンデルは「いえ」と言いながらカップを置き、お辞儀した。
「色々情報をいただき、ありがとうございます。大切に使わせていただきますね」
「ふ……ふんっ。今日は喋り過ぎたネ」
「タオ・スー。その情報に対しては、わたしから支払いをさせてもらおう。それらを調べるまでにかかった労力を無料でだなんて厚かましすぎる話だからな」
「……後で交渉するアル」
「もちろんだ」
 うっかり口が滑ってしまったとはいえ、本来話すはずのない情報まで出してしまったタオ・スーとしては商人としての自覚が欠損したという思いが強かったのだと思う。その顔には思い切り「やってしまった」と書いてあったからだ。
「商人にとって情報は商品の一部だとは承知している。だが、ここにいる以上は協力すると約束をしているから……な?」
「……わかってるネ。今、ウチが持ってる情報を皆に共有するアル。それでイイカ?」
「ああ。構わない。それに対してもこちらから支払いをさせてもらおう。では、今日はここまでとしよう。解散」
 レオノーラが解散と告げると、参加していた皆は緊張感を解いた。ある者はお菓子に手を伸ばし、ある者は新しいお茶を注ぎ、ある者は窓ガラスから見える城外の景色を眺めたりと様々だった。
 その様子をなんとも言えない不安色が強い面持ちで見ているレオノーラがいた。その原因は、さっきタオ・スーが言っていたあの言葉。「ルシファーは世界規模で混乱を起こそうとしている」というものだ。それが果たしてこの世界を巻き込むほどの騒動になってしまうのか……今は考えても仕方がないと思っていても、その思いとは裏腹に不吉の念はレオノーラの頭からぴったりとくっつき中々離れてくれなかった。
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