第1話

文字数 1,031文字

 成瀬にいきなりキスされた。
 化学準備室で当番の仕事を二人でしていたときに、不意打ちだ。
 
 大きな机の脇の狭いとこで、私は金属の器具を片付けていた。近くで成瀬の息を大きく吸ってはく音が聞こえた。それから
「なあ」
と呼ばれた。
 ん?と振り返った瞬間、私より少し背が高く日焼けした成瀬が少しかがむように背を丸めて、顔を斜めに近づけていて驚いた。
 むに、とぬるくて柔らかいくちびるが触れた。目の前は成瀬の顔でいっぱいだ。温度や肌の匂いまでもほんの数センチのところにふわりと感じた。
 キスをされた瞬間、私は即座に飛び退いた。どういう状況か、すぐに分からなかった。
 ___今、キスされた?いや、事故?敵ザルがなんで?
「何すんのよ。ちょっとからかいが過ぎるでしょ」
 成瀬は、口の前に握りしめた手を当てた。みるみる間に顔を赤らめて、ごめ、といった。
 まったくこいつは何考えてるのか。
 はっとして照れるくらいなら、やらなかったらいいじゃん。

「何でなの?」
「何でか分かんない」
 そっちが分からなかったら、こっちは永遠に分からない。狼狽えて真っ赤な野生児というギャップに嗜虐性を刺激されて、棘のある言葉を入れた。
「へえ。成瀬くんは誰にでもこういうことしちゃうんだ。キス魔なの?」
「ちげーよ。こんなことしたのは初めてだ」
「ふうん。__で、何で?」
「分からんけど、それでもっていうなら話すよ」成瀬は恥ずかしくてこちらを見れない、という視線の外し方だった。「こういう狭いとこに二人でいるとよ、もし隕石がグランドに落ちて爆風が来たり、巨大地震が来たりしたら、俺たちに向かって、棚が倒れて金属や薬の瓶なんかが降りかかったりする。そうなったら俺がお前を庇わなきゃいけないのかなって、ふと思ったんだ。で、近くに寄ったら何でかキスしちゃってた」
 隕石のせい?高校生になっても成瀬は相変わらず訳が分からない。小さな隕石の衝撃波でロシアで何千もの建物が被害にあったって聞いたことはあるけど。
 隕石、衝撃波、キス。いや、やっぱり変でしょ。
「そうじゃなくて、何で私なの?」
「したくなったからだよ!」
 へ……。開き直った成瀬に、今度は私が言葉を失った。成瀬の欲を身に受けた感じがして、熱い。顔が真っ赤になっているだろうことが、悔しい。俯いた私としばらく対峙していた成瀬が、ごめ、と再び言葉を置いて去った。
 天真爛漫な子ザルだった成瀬が、声も見た目も大人に変わっていっていることに、後ろ姿を見ながら気づいた。

 

 
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