十一、

文字数 2,741文字


「ただいま~」
 清家のせいで最後は複雑な思いになって帰宅した一葉は、夕食と入浴を済ませて二階に上がると部屋で待っていた千歌の姿をカメラのLV映像に捉え、液晶に映る彼女の姿に目を(しばたた)かせた。

 そこに映っていたのは、()()()()()大人になりかけの雰囲気を纏う紀平千歌……であった。
 幼かった顔つきは少し大人びて、昨夜までの純和風の美少女は、どうやら正当進化を遂げたようだった。

 動揺を通り越して言葉を失った一葉を前に、千歌の方は少し(はしゃ)ぎ気味でいて、くるりとその場で回ってみせたりする。
 と、何か違和感を感じたらしく、自分の胸元を確認してから一葉を向いた……。

 ──…胸? うっそ……揺れるんだ⁉
 ……って、なんで?なんで⁉ なんでおっきくなってるのっ?

 背も高くなっていて、中三生としてはちょっと高めの一葉と比べても、ほとんど変わらない感じだ。体型(スタイル)に関しては(Aカップの)一葉なんかとは、その……比べるまでもなく、そろそろノーブラはいろいろとムズカシイ感じで……、同性ながら一葉はドギマギとさせられる。

 少し顔を朱らめた一葉と、やっぱり恥ずかし気な表情になっていた千歌は、目が遭うとお互い困ったように笑みを返し合う。
 取り合えず一葉は千歌にカメラを向け、彼女の説明を聞くために録画を始めた。

 買ってきた予備のバッテリーの充電も忘れない。

  ◆ ◆ ◇

 録画の千歌の説明するところによれば…──、

『一葉ちゃんとの計画を〝マチちゃん〟に相談したの。そしたら、私は今年中学三年になってるはずだからって、特別に体を成長させてくれたの』 とのことだった。

 その〝マチちゃん〟というのは何者なの? と一葉が問うと、『案内人』との答えが返ってきた。

「あの……それって…──つまり〝死神〟的な?」
 『案内人』という言葉の響きからイメージしたことを恐る恐る一葉が訊く。すると千歌は曖昧に肯き、録画で補足してこう言って笑った。

『マチちゃんはね、そういう言い方すると、すごく嫌がるの』

 そう言う千歌によれば、〝マチちゃん〟は普段は猫の姿をしているという。
 一葉は思う。──…へー、そうなんだ。猫なのね……。

 どうも〝あちらの側〟へ渡るのには『案内人』なる存在がいるらしい。
 千歌はその案内人に親しくしてもらってるのだと言った。
 その案内人のマチさんは、千歌がこれまで〝こちらの側〟に留まるのを黙認 (?)してくれていて、いよいよ今年はあちらの側に行かなくてはならなくなると、せんぱいへの最後のメッセージのために特別に中学三年生に成長した姿にしてくれるなど、いろいろと千歌を応援してくれる存在らしい。

 そんなことを聞いた一葉は、ちょっと安心した。
 てっきりひとりぼっちだとばかり思っていたけれど、千歌にはそういうふうに応戦してくれる存在もあるのだ。
 そう思うと、一葉もなんだか心強かった。

「まだ夏休み前やけど、さっそく明日から撮影始めよう思うねん…──けど……」
 そう言って質問の目線を向けたものの、いったんそこで言葉を切った一葉に、千歌は小首を傾げる。
 一葉は、ダメ元だけど言ってみる、という感じで言葉を続けた。
「──…千歌の服やけど、やっぱしそのワンピだけしかあらへんの……?」

 そうしたら液晶画面の中で千歌は「ああ!」という感じに笑い、その顔に悪戯っぽい表情が浮かんだ次の瞬間、〝ポン!〟っと音と煙がしたように──ホントに狸が頭の上に木ノ葉を載せてやるように…──なって、あっと言う間に煙が晴れたら、一葉の通う学校の(中等部の)夏服のセーラー服姿で立っていた。──…(まさ)に〝瞬間芸〟、だった。

「すごぉう‼ これって、どないな服でもいけるんかいな?」
 一葉が目をパチクリとさせて重ね訊きすると、千歌は表情の豊かな両の目を自分の両手の指で指差してみせた。それから一葉に近寄ると、ほんとに〝舐めるように〟一葉の全身……というより一葉の身に着けたものを見て、うん、と頷く。
 と、また〝ポン!〟っとなって、今度は英字でロゴの入ったTシャツに七分丈のパンツ姿──いまの一葉の部屋着姿…──になった。
 どうやら目で見た物なら身に着けることが出来る、ということらしい。

 千歌がにっこりとした笑顔を一葉に向ける。簡単な意思疎通は、こんな感じでわざわざ録画しなくてもわかるよね? ということを言っているのは理解でき(わかっ)た。

 けれど、目下のところ一葉は別の問題に捕らわれている。

 ──…なるほど……。これはブラが必要ね……。

 実際、同じものを着ているはずなのに、英字のロゴ入りTシャツは一葉には余裕があるのに、千歌にはそれ程でもない。
 困ったことに、千歌は見た物でないと身に着けることが出来ないらしかったが、一葉はブラを持ってなかった……。

  ◆ ◆ ◇

 ともかく──ブラについては明日お店で見てもらうことにし…──、気を取り直して一葉は、明日の打ち合わせを、と改めて千歌へとカメラを向けた。

「──明日やけど、まずね、千歌のこのリストの中の一番上にある『伏見のお稲荷はん』に行こう思うねん」
 液晶画面の中で千歌がこくりと肯く。でも、気持ちがあまり入ってないように感じた。
 ちょっと「あれ?」って思ったが、その後に、意味有り気に目を輝かせながら、千歌が何事か語り始めたので、取り合えず録画したのを再生してみることにした…──。

 ──…そうしたら……、
『一葉ちゃん、くいしんぼ!』の第一声で、ハッ! ……とさせられた。
 思わずベッドの上の千歌 (……の座ってるハズの空間)に視線を遣る。
 そこに何もないの確認して、千歌の発言を再生中は、彼女の表情(かお)を見ることが出来ないことに思い当たった。

 あわあわしていると、手元のカメラから千歌の声が鳴ったので、あたしはカメラの液晶画面に視線を戻した。

『──…のオムライス、美味しかった?
 あれ、ほんとはネ、お兄ちゃんのチョイスだったんだよ。
 清家さん巻き込んで、清家さん、お兄ちゃんに頼まれてたいへんだったと思う。
 でもでも、一葉ちゃん、あーんな大きな口で頬張るんだもん、
 私、ちょっと恥ずかしかったよ…──』

 そんな感じのマシンガントークの炸裂……。
 その後の千歌の話を要約すれば、放課後からの半日中、ずっと千歌はあたしらと一緒に居たということだった。


 ──なによ、それ……。そんなのぜったいアンフェアだよ……。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み