第17話 主張が激しい女 量子もつれーよ

文字数 2,912文字

 核クリスタルの光をバックに、綾瀬量子が踊っている。
「量子――あの子がハンサモだったのね!?」
 奈々はポカンとした表情で、モニターの量子のダンスを観ている。
「でもなんでだ、さっきまでここにいたじゃないか!」
「量子もつれって奴だ! 奈々が大獏正一だったみたいによ、同時に別のところに存在する、つまり量子がここにいて、しかし量子であるハンサモがあっちにいて!」
「うわっ石井ッ!!」
 いつの間にか量子艦に乗り込んで、誉たちをぎょっとさせたサンキュー石井が適当に解説した。しかし、今回は的を射ている気がする。
「量子だけにか? しかしなぜ? 全く動機が分からない。なんで、量子は地玉を破壊した? 彼女は地玉のパン工場で働いている、生粋の地球人だったんだぞ!」
「じゃあ、直接訊いてみな!」
 誉は外にいる量子へ通信を送った。
「やってくれたな量子……、地玉を破壊したのは君だったんだ!! どうして! 何でだ!? そして今も、レジスタンスを滅亡に追いやって……」

『あたしだってつらいんだ! あたしだってつらいんだ! あたしだってあたしだってあたしだってあたしだってあたしだってあたしだってあたしだってあたしだってあたしだってあたしだってあたしだってあたしだってあたしだってあたしだってあたしだってっっっ!!』

 世界を破壊した張本人・量子は踊りながら叫んでいた。
「君が地玉でコツコツと地球パンを作ってた理由は何だったんだ? 地球に育てるためじゃなかったのか、なぜだ、量子――答えてくれ!」
 すると量子は言った。
「誉、どうしていつもあたしの気持ちに気づいてくれないの? 君に食べてもらいたいから作ってたに決まってんでしょ! フリーズドライだって、コロッケパレットだってみんな美味しいって言ってくれたじゃん! 奈々ちゃんのダンスばっかじゃなく、あたしもダンスももっと観てよ!! なのにいつも、いつもいつも、奈々ちゃんのことばっか観てて、だからあのままじゃ、あの星では何も変わらないって分かっちゃったのよ!!」
 まるで聞き分けのない子供のような言葉を、量子は宇宙中にまき散らしている。
「そんな、――そんな理由で地玉を破壊したっていうのか!? 君は」
「そうよ、悪い!? 誉! ずっと、一緒に戦ってて楽しかったヨ! だからこの戦いは絶対スターダスト・リーグの勝利で終わるはずだったのにィ――なのに、また奈々ちゃんは誉のトコに戻ってきちゃって」
 陰陽は、人間の中にも存在する。人間はクリスタルにアシストされながら、無限大の力を発揮する――。量子は、この世界を壊したかった。諸星奈々をどっかへやりたかった。
「そんなのあたしどうすればいいの?」
「……」
 奈々はずっと黙っている。
「ドーしていつもそうなるのよッ!」
 言葉は悲壮だが、ダンスする表情は屈託のない笑顔。
「ほっほぉー」
 サンキュー石井が頬に右手を当てて、左右の眉をゆがめている。こんな状況で、やたら感心しているのは、この男だけだ。
「こりゃーあれだな、痴情の量子もつれだ!!」
「――は?」
「『痴情のもつれ』と、『量子もつれ』を量子が同時に起こしたって訳! 単なる量子もつれじゃないって、いい加減気づきなよ。当事者なんだから誉田誉はさぁ」
「あ、なるほど――」
 奈々が奇妙に納得している。
 奈々にとっても、当事者たる立場であり、結果、地玉が破壊され、今日にいたることに自責の念を感じているらしい。
「こりゃ尊いねぇ、一つの愛のカタチだ!」
「そんな無責任な――」
「しかし量子の『力量』は大したものだ!」
 誉は、ニヤつくサンキュー石井に向き直った。
「お前、――何か知ってるんだな? 量子の秘密を」
「量子はさ、パン工場にいたとき、小麦の精製時に採取できる微細なクリスタルを、ずっと捨てずに一人でコツコツ集めていたんだ。そいつを自分の体内に取り込んで、一人で強大な創造力を蓄えていた」
 量子は「しょうがパンぼうや」ことジンジャークッキーでハンサモを作って、マグネットで生命を与えた。それが地玉最期の日の午後の話で、パン工場に冷やかしに行ったサンキュー石井は作っているところを目撃した。
「俺が観たのは、普通の二次元のしょうがパンぼうやに混じって、二十センチくらいの立体的なしょうがパンぼうやだった。埴輪みたいな奴。そこに、量子はクリスタルを仕込んだのさ。それがハンサモだって、ようやく気付いたよ」
 インド神像風のハンサモは、古代インド哲学と量子力学が通じていることを現しているんだろう、などと石井は適当に補足した。
 半年前の星祭りのとき、量子は初めてハンサモを生み出した。諸星奈々が来たからだった。量子は以前、誉の家を訪れた際に、部屋の中に奈々の3DHDが飾られているのを目撃している。それで、嫉妬心からハンサモを作って追い払おうとしたのだろう。パン製造では毎日形のいびつな廃棄パンが出るが、ハンサモも最初は真っ黒こげ(ベンタブラック)で陶器みたいにカチカチになったしょうがパンぼうやの廃棄パンだったのだろう。それに対して奈々は瞬間的に、自分の中の男性性から大獏正一を生み出したのだ。
 半年前、量子は星村長に配慮して、ハンサモは宇宙へと消え去った――という体裁を取った。

「もういいわ、すべてを新しくするから!」
「止めてくれ! これ以上、宇宙に破壊エネルギーをまき散らすのは!!」
「破壊なんてもう飽きたわよ!」
 量子は踊りを止めずに言った。
「あたしは一人でだって、新宇宙を創造できる。あたし、あたしの理想の世界を作り出せるんだ!! 誉も、奈々も、石井も、みんな観てて!!」
 量子のダンスと共に、核クリスタルが莫大なエネルギーを放った。宇宙空間へと、まばゆい光が放射され、広がっていく。
「ヤメロ、君は核クリスタルを使って、結局ベンタブラックホールしか生み出せなかったじゃないか!」
 宇宙開闢が始まろうとしていた。
「うるさいな!!」
「量子、一人で宇宙創成なんて無茶なコトするな!! 創造力はプラスとマイナス、必ずセットだ! セントラルサンから聴いたぜ!! このままじゃ、君自身が体力を消耗して、消滅してしまうんだぞ!」
 あのいい加減なサンキュー石井が、クソまじめな面になって叫んでいる。
「お前には俺が着いてるじゃないか!!」
 石井はサングラスを取って、眩しさに顔をしかめる。今取らない方がいいのに。
 当事者たる誉たちが立ちすくんでいるうちに、レッド・フェニックス率いるスターダスト・リーグは、全軍、綾瀬量子と核クリスタルに向かって突撃していった。作戦を指揮していた量子が真犯人だったのでは、もう地玉の住人たちは信用されなかったとしても仕方がなかった。このままでは核クリスタルが破壊されてしまうのは時間の問題だった。
 量子のもとには、戦闘で負け、クリスタルの姿に変じた純黒サイドの星団の兵団の魂群が帯となり、量子はそれに力を与えて、自身のダンスのエネルギーを乱反射させた。
 一方で、スターダスト・リーグも光子砲を量子に向かってシャワーの様に降らせた。
 激しい閃光で、目の前の一切がまばゆく輝き、誉たちには何も見えなくなっていた。
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