第1話

文字数 2,964文字

鈴木亜砂子様

もしもあなたが明日、この世からいなくなるとしたら、人生最後になにをしますか。

突然のお手紙で驚いたことと思います。
僕のことを覚えているでしょうか。中高生時代、同じ学校だった上杉亮介です。
あなたと連絡をとるのは高校卒業以来ですね。元気にしていましたか。
先述の件ですが、僕はいろいろと考えた結果、あなたに手紙を贈ることにしました。
僕は明日死にます。
でもそんなに重く、暗く考えないでください。死というものは、誰にでもいつかはやってくるのですから。
そんな僕が、なぜ最後にあなたに手紙を書くのか。
それは、ずっとあなたのことが好きだったからです。
この想いを伝えないままでは、死んでも死に切れないと思い、筆をとったのです。

学生時代からあなたはとても優秀だった。成績は常にトップで、僕はいくら頑張っても二番でしたね。
物静かで世間を俯瞰し、他人との関わりを避けているようなあなたにも、唯一、熱くなるときがあった。それは目の前に難問が現れたときです。僕は今でも鮮明に覚えています。中学二年生のとき、定期テストで数学の教師があなたに満点を取らせまいと、一問だけ大学数学のレベルの問題を出しました。優秀なあなたでも、それを時間内に解くのは不可能だった。あなたは放課後になってもずっとその問題を考えていましたね。何かに取り憑かれたように自分の世界に入り込んでいて、狂気すら感じました。次の日、完璧な解答を教師に突き付けたあなたは、とてもかっこよくて感動しました。
万年二位というのは悔しいものです。あなたを妬み、嫉み、羨みました。そしてどうしても届かないあなたに、気づけば僕は惹かれていたのです。そのときから今まで、ずっとあなたのことを想っていました。
返事はいりません。というか返事をくれても、明日死ぬので読めません。
ただ、こんな男がいたことを、忘れないでいてください。

そしてもう一つ、この手紙を書いたのには理由があります。実はあなたにお願いしたいことがあるのです。あなたにしか頼めないことが。
その前に少し説明させてください。

僕がなぜ明日死ぬことになったのか。それは、ある人から「ラストレター」をもらったからです。ラストレターとは人生最後に書く手紙、そう、まさに僕が今書いているようなものです。でも僕のもらったラストレターは、ただの手紙ではありませんでした。死の手紙だったのです。
どういうことか。そのラストレターを読んだ者は、24時間後に死んでしまうのです。
こんなことを言っても、俄かには信じられないでしょう。僕もはじめて見たときは、手の込んだいたずら程度にしか捉えていませんでした。
実は、ラストレターを見るのは、今回が初めてではないのです。
二年前、僕がいつものように仲の良い四人組で飲んでいたときのこと。友人の一人がおもむろに一枚の紙を取り出しました。差出人不明の手紙でした。そこには差出人の身の上話や手紙を書いた理由の他、ラストレターについての細かいルールなども載っていました。もちろん、読んだ者は24時間後に死ぬ、ということも。それは脅迫文ともとれましたが、彼も話のネタにしようというくらいにしか、考えていなかったでしょう。内容の矛盾点や誤字を指摘して笑っていました。
ひとしきり盛り上がったあと、別の話題に移ってそんなことは忘れてしまいました。
数時間後に彼は死にました。死亡推定時刻が、ちょうど彼が手紙を読んでから24時間後くらいだったのと、死因が謎の心停止だったことは確かにおかしな点でしたが、まさか手紙を読んだせいで死んだとは誰も思いません。最初僕は、巧妙なトリックを使った殺人事件で、犯人はラストレターなんて非現実的なものを持ち出して、不可解な死を演出したのではないかと考えました。
しかし肝心のラストレターはどこからも見つからず、警察も事件性はないとして捜査を打ち切ってしまいました。
彼に外傷はなく、司法解剖でもなにも出てこない。ただその使命を全うしたかのように、心臓が止まっていただけだというのです。
次第に僕はラストレターというものの存在を信じざるを得なくなりました。
それからというもの、僕は個人的に調査を続けていました。彼に手紙を贈ったのは誰なのか。ラストレターとはどんなものなのか。ラストレターによる死の連鎖を終わらすにはどうすればよいのか。
彼は、小学校の教師でした。やんちゃな子も、勉強ができない子も、教室の隅で黙って読書するような子も、分け隔てなく一人一人と向き合う、真面目な男でした。そんな彼がどうして死ななければならなかったのでしょう。なんとしても僕は彼の無念を晴らしてやりたくて、奔走していました。
しかしつい先ほどのことです。運命のいたずらでしょうか。今度は僕にラストレターがきてしまったのです。悔しくて悔しくて仕方ないですが、行き詰まっていた僕にとって、これは大きな手がかりになります。
僕のお願いというのは、あなたにこの難題を解決してほしいのです。
ラストレターは時間が経つと消滅するので、重要な部分をここに書き残しておきます。
そこにはこんなことが書かれていました。


……この手紙を読んだあなたは、明日死にます。
この手紙を2000文字読んだ時点で、ジョーカーはあなたに渡りました。
死ぬのが嫌だったら、あなたも同じような手紙を誰かに贈ることです。
ラストレターのルールと成立条件は以下の通りです。

【ラストレターのルール】
・ラストレターを読んだ者は「24時間後に死ぬ」という権利を得る
・この場合の読むの定義は、2000文字以上に目を通し、且つ内容を理解することである
・権利を譲渡する唯一の方法は、ラストレターを贈り、受取人に手紙を読ませることである
・ラストレターは、その受取人が権利を譲渡したとき、もしくは受取人が権利を得てから24時間が経過したとき、消滅する
・受取人が死んだ場合、権利は贈り主に戻る
・受取人が贈り主にラストレターを贈っても無効となる
・権利を持った者がラストレターを読んでも権利の移動は起こらない

【ラストレターの成立条件】
・書き手が権利を持っていること
・手紙の始まりと終わりに”L”と表記すること
・2000文字以上、5000文字以内であること
・手紙を書いた理由を明記すること
・ラストレターのルールと成立条件を、一字一句違わず記載すること


念のため言っておきますが、この手紙にLの文字はないので安心してください。
もちろん上記のルールに則るならば、その権利とやらを誰かになすり付けることもできます。でも僕はそんな事はしたくない。
僕に手紙を贈ってきた子は、まだ世の中の汚れを知らないような幼い少女でした。彼女はただただ手紙に怯えて、死の権利を回してしまったようです。彼女に対する恨みや憎しみはありません。逆にその相手が僕で、本当に良かった。ラストレターによる犠牲者は僕で終わらせたい。
僕の代わりにラストレターの謎を解き、ラストレターそのものを抹殺してください。
これぞ正真正銘、一生のお願いです。
あなたなら、それができるはずです。
そしてどうか、僕の分まで生きてください。

上杉亮介
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み