第2話 英単語覚え方のすすめ

文字数 2,713文字

 英単語に喰われる夢を見た。英単語に口がないことは私も分かっている。英単語の中にOが含まれていても、それは口ではないし、英単語は二次元だから我々の世界には介入できないはずだ。分かっていても夢では冷静になれないものだ。
 朝の4時に目が覚めてしまった。私は寝室を出て、今日も寝違えていないことに感謝した。
 玄関に気配を感じて、警戒しながら手前のドアをゆっくり開けると、私の英単語帳を熟読している武将が胡坐をかいていた。立派な甲冑を身に付けているが、私生活では何の役にも立ちそうになかった。
「私の英単語帳返してください」
 私は武将が持つ種類の強さに屈するのが嫌でそう言った。
「これは、お主のか。すまん、すまん、ほれ」
 武将は思ったよりも素直で、座ったまま私に英単語帳を差し出してきた。だけど、立ってこちらに返すほどの気遣いができないのならば天下人にはなれないと思った。私は仕方なく歩いていくと、武将は持っていた英単語帳を引っ込めた。
「そう簡単に返してもらえると思うな」
 やはり、私たちは戦うしかないんだね。最初からそんな気がしていたよ。貴方とはもっと違う形で出会いたかった。そしたら私たち恋人とかになれていたのかな。
 武将は口の上に立派な髭を生やしていて、そこに重なるように鼻毛が出ていた。木を隠すなら森の中ってか。前言撤回だ、どんな出会い方でも恋人にはなっていない。ただ、なれていたのかなという疑問形だったからわざわざ前言撤回する必要なかった。
「わしが今から8個の英単語を適当に読み上げる。その日本語訳が全て答えられたら、お主の勝ちだ。わしも潔くこの本を返そう」
 フェアではない勝負だ。だけど勝負を受ける側はいつだってそうだ。それに私が勝負に勝っても、この武将が英単語帳を返す保証はない。だから私はこの勝負に勝った上で英単語帳なんていらないと言ってやる。それでこそ完全勝利だ。
「第一問、tend」
  一問目にふさわしい。何がふさわしいのかは自分で言っておきながら分からないが。
 これはtend→天丼で「天丼にしがちである」で覚えている。
「~しがちである」
「それで本当にいいのか」
 一問目からいちいち確認しないでほしい。この武将まさか時間稼ぎが目的か。
「正解だ。第二問、afford」
 これも簡単だ。afford→アフォガードで、「アフォガードを飲む人は余裕がある」で暗記して、答えは余裕があるだ。あれ、「アフォガードを食べる人は余裕がある」だっけ。まあどちらでもいいのだけど。
「第三問、nod」
最初の方だからって簡単なものばかり出題していないか。正解を最後まで積み上げさせて最終問題に難問を出し、私の感情を揺さぶろうとしているのだろうか。nodはなるほどの短縮形だからうなずくの意だ。
「第四問、mend」
 これも簡単。そのままだ。
 そう思ったのに、なぜか突然頭が真っ白になった。mend→面倒くさいで、「○○が面倒くさい」と暗記したことは確かなのだが、何が面倒くさいのか思い出せない。世の中には面倒くさいことが多いという事実が私から候補を絞るのを妨げていた。最近あった面倒くさかった出来事を思い出してみる。この思い出すという作業が面倒くさい。だから答えは「思い出す」だろうか。違う気がする。武将は勝利した気でいた。仕方がないから私は不正をすることにした。
「ちょっと電話来たから出てもいい?」
「電話ってなんだ?」
 私はスマホで電話するふりをしながら、mendで検索をかけた。答えは「修理する」だった。ああ確かに修理するのは面倒くさい。私は自ら作った語呂合わせに感心した。そして、電話を終えたふりをして回答した。
「正解だが、大分雲行き怪しくなってきたんじゃないか」
「御託はいいから、次の問題出してよ」
 一度は言ってみたかった言葉だ。
「まあいい。第五問、imitate」
 私は安堵の息を漏らした。imitate→今見たってで、「今見たって、すぐにはまねできないよ」で、答えは「まねる」だ。これは語呂が良すぎるから私にとってはラッキー問題だった。
「第六問、lean」
 そういえば、さっきから武将の発音が正確なことが気になった。この武将、英語精通系武将だったのか。ならば認識を改めないといけない。英語に関しては完全に格下だと思っていた。
 そして、leanが全く分からない。これは語呂合わせを作っていない単語かもしれない。だとしたらもう詰んでいる。もう一度不正をするか。いや、二回不正を働くのは私の信条に反している。
 leanのスペルを空中に書いてみた。その時、雷に殴られたかのように答えが閃いた。これは、語呂合わせを作る代わりに、形で覚えた単語だ。つまり、小文字のLを壁に見立てて、残りのeanがその壁に寄りかかっているのだ。よって答えは「寄りかかる」だ。私は得意げに正解を口にした。
「やるな。さあ、ラスト前だ。第七問、condemn」
 カンデン?
 私の頭がプチパニックになって目が泳いでしまったせいで、武将に動揺が伝わった。武将は早口言葉を三回言ったつもりが、実は四回言っていた時くらい嬉しそうだった。
 私は自分が考えそうな語呂合わせを必死に考えた。カンデン=「感電」は私らしくない。カンデン=「噛んでん」という関西弁の方が私っぽい。これを元に文を作るとして、「今、私噛んでんねん」=「食事中」となるのではないか。そして、全て繋がった。
「答えは非難する」
 武将の驚きを隠せない表情は見物だった。
「正解だ」
 このcondemnに関して、二つの語呂合わせを作っていたことも思い出した。一つは今の「今、私噛んでんねん。話しかけんといてくれる、と相手の行動を非難する」というもの。二つ目は、カンデンではなくローマ字読みをしてコンデンと捉えて、「混んでんじゃん、空いてるって聞いていたから来たのに、と相手を非難する」というもの。関西ver.と関東ver.のお好きな方をどうぞ。
「最後の問題だ。これが答えられたら英単語帳はお主にやる。第八問、prevail」
「普及する」
 私は即答した。最後の問題だからって一番悩むと思わないでほしい。これは「プリプリのベイルが普及する」で完全に頭に入っている。意味なんてない。ちなみに、preserveは「プリプリのサーブを保護する」で覚えている。混同しないのかと問われるとしないとしか答えられない。これは感覚の問題なのだ。
「お主、全問正解だ。こりゃ最高だ。」
 そう言うと、英単語帳を置いて、玄関から出て行った。
 翌日の英単語テストは、日本語の単語を英語に訳する形式だったので、散々な結果で再テストする羽目になった。

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