第5話 バトル IN 全体協議会の開幕

文字数 1,828文字


 全体協議会に参加した研究員は、事前の想定よりも少なかった。すり鉢型構造をした円形ホールの階段状の客席が疎らなのを見て、浦川(うらかわ)は落胆のため息をつく。
 彼のラボは四名の研究員が全員参加したが、多くのラボでは代表だけ出席している状態だ。

 第二、第三ポットにあるラボでは、代表すら顔を見せていないところもあった。

「過半数は超えているみたいだけど、基本的にはみんな無関心なのかな」

 船越(ふなこし)がホールの最後部の座席でビタミンドリンクを飲んでいると、遅れて入ってきた伊吹(いぶき)が隣に座って話しかけてきた。

「無関心とは違うな」
 船越は幹部の中でも情報通で知られている。彼の光る眼は、離れた位置に座る櫓木(ろぎ)の背中に向けられていた。

「櫓木さんのラボは無駄に大きい削岩機を使って惑星からとんでもない量の鉱物を採取してきただろう。系外物質搬入税が余計にかかるし、いったい何の用途があるのかと思っていたら、それをいろんなラボに無償で提供していたんだよ。そうすると今日みたいな議題では、顔を出しにくいラボが出てくる」

「第二ポットといえば、西田さんの姿が見えないな」

「そうだな」船越の目線がホール内を隈なく動く。

 やがて彼はサングラスを装着すると、「憶測なんだけど」と断って話を始めた。

「運行本部会議であれだけ喧嘩したのだから、普通だったら今日は茶野(ちゃの)さんの糾弾に先陣を切るところだろう。だけど西田さんは、管理会の一員になりたがっているから、そちらの目的の達成のためには櫓木さんか茶野さんのどちらかを味方に付けたいはずなんだ」

「つまり、どういうことだ?」伊吹は耳の後ろのノブを回し、声量を落としてから船越に顔を近づけた。

「どういう動きがあったのかは知る由もないが、茶野に近い筋から篭絡(ろうらく)された可能性があるな」

 なるほど、と伊吹は手を打ったが、同意まではしなかった。

 西田が天野の強い影響下にあるのは誰もが知っている。そんな西田が管理会に入っても天野の発言力を強めるだけの意味しかないと考える人が少なくないことが、彼の管理会入りを(はば)んでいた。

 壇上では、抽選で選ばれた運営メンバーによる進行で、議長を決める投票が始まった。
 全員協議会は研究グループだけで仕切られるルールになっており、黒田たち運航スタッフには出席の権利がない。そのため、議長役は毎回出席者の互選で決まるのだ。

 ちなみに運航スタッフや医療スタッフが、研究員による全員協議会の状況を知ることができないかと言うとそういうことはなく、傍聴は自由だ。現に、二階の最前列からは黒田の浅黒い顔が覗いていた。

 伊吹は座席の前のパネルを操作して、出席登録した研究員の中から一人を選んでボタンを押す。彼が選んだのは天野だった。別に幹部を選ぶ義理も何もないのだが、場を仕切れないと困るので、リーダーシップがある天野にするのが無難に思えた。

 投票の結果、選ばれたのは第一ポットにラボがある垣内(かきうち)だった。温厚な性格で、幹部連とも良好な関係にある。

 正面中段の座席の天野は、僅差で敗れたことへの不満を隠そうともせず、頬杖を突いた状態で壇上へと進む垣内の姿を目で追っていた。

「今日の議題は、第四ポットにおける櫓木ラボの一方的な面積拡張です」

 垣内はハスキーな低音で、幹部会からの発議書を読み上げた。

「浦川ラボでは面積縮小に伴い、一部の植物サンプルの繁殖ができなくなりました。これについて、浦川さんから陳述をしてもらいます」

 客席の最前列に座っていた浦川が立ち上がる。するとホール右端に座っていた櫓木が発言ボタンを押した。

「冒頭の説明に虚偽がある。私のラボでは一方的な面積拡張はしていない。そもそも……」
「まだ発言は控えていただきたい」垣内が櫓木を制した。

 浦川が登壇すると、(まば)らな拍手が起きた。

「先程、櫓木さんから『一方的ではない』という主張がありましたが、それこそ虚偽です。彼らのラボでは就寝時間中に、許可なくパーテーションの移動を行ったのです。向かって右川の壁を幅一メートルにわたって動かされたため、採取した植物サンプルを生育するカプセルの電源が取れなくなりました。現在、それらカプセルは天野さんのラボに一時的に預かってもらっています。こんな横暴が許されていいのでしょうか」

 浦川は櫓木を指差した。

「一刻も早くパーテーションを元の位置に戻すことを要求します。そして、私のラボからサンプルの種子を持ったまま逃亡した研究員二名の返還を求めます」

 また疎らな拍手が起きた。
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