第3話 運行本部会議にて

文字数 1,988文字

 あけぼの運行本部会議が開催されたのは、研究者グループによる全体協議会の開催が決まった翌々日のことだった。

 運行本部会議は、宇宙船に乗っているすべての組織が参画する意思決定機関である。トップは末木(すえき)船長で、運行クルー、研究者グループ、医療スタッフのそれぞれ代表がメンバーになっていた。

 乗組員全員の横断的な会議ではあるものの、宇宙船の運行部門と惑星の調査研究部門とは互いに干渉しないという厳然としたルールがある以上、話し合われる内容はスケジュール調整ぐらいだった。最近ではもっぱら情報交換会の場と化している。

 この日の本部会議は定例ではなく、第四ポットでのトラブルを黒田副船長から報告された末木が、議長権限で招集したものだった。

 宇宙船のブリッジの一階層下に位置する会議室では、二十名の本部員が大きな円形テーブルの所定の席に着いていた。欠席者はいない。

「急に呼び立ててすみません」

 末木はぴょんと跳ねるように立ち上がると、緊急招集の理由を述べた。

「このところポット内のラボ区画を巡ってトラブルが起きているようですね。本日はその件の詳しい事情を教えていただいたうえで、当事者たる研究グループではどのような決着を考えておられるのかを明らかにしていただきたいと考え、集まってもらいました」

 四百五十名の命を預かる船の最高責任者である末木は、右手の指先を耳元でグルグル回しながら喋る。

 かつて処女航海で隕石流の衝突事故に遭遇し、瀕死の重傷を負った女性船長は、両腕と左足が培養細胞による再生筋肉と炭素繊維骨格で構成されたラル(生体義肢)に置き換わっていた。

 末木のラルは最新式なので、脳波の微弱電流を受信し、反射に近いスピードでの動きを可能としているが、無意識下での信号にも反応してしまう欠点があった。

 そのことを承知している運行本部メンバーは、船長が一見不可思議な仕草を見せてもいちいち驚いたりはしない。

「それでしたら、私たち当事者から直接話を聞けば済んだじゃないですか。わざわざ運行本部会議を開く必要性があったのですか」

 櫓木(ろぎ)は不満を全身に漂わせていた。

「大げさですよ。これは私のラボと浦川(うらかわ)ラボの間のちょっとしたトラブルであって、末木船長や運行クルーの皆さんのお手を煩わすことじゃない。どういうつもりですか」

 櫓木が睨みつけた先には、副船長の黒木が背中を丸めて座っていた。

「船の安全のためです」

 何かを答えようとする黒木を制止して立ち上がったのは、動力装置の主任エンジニアの田野倉(たのくら)だった。年齢は若いが、運行クルーの中では副船長の次の地位にある。

「第四ポットにある核融合室に支障が出ては困ります。パーテーションを移動するくらいなら直接核融合室には影響はないが、頻繁に位置を動かすと、天井のヘリウム流通ダクトを破損させる危険がある」

「それだけではない」航空士の権藤(ごんどう)が話を引き継いだ。

「パーテーションを動かすのに、部分的に重力維持装置を解除するだろう、これから先、航路上には小惑星群があるんだ。勝手に船内に無重力空間を発生させられたのでは危険なんだ」

 本部会議には、運行クルーから船長を含めて八名が選出されている。スタッフの多くは、日頃からやりたい放題の研究者グループを快く思っていないので、こういう場では張り切る傾向があった。

 対する研究者グループからは九名が運行会議のメンバーに選ばれていた。管理会の五名は固定で、残りの四名は管理会からの推薦である。

「誤解があってはいけない。櫓木さんからきちんと説明しましょうよ」
 茶野(ちゃの)が水を向けると、櫓木が不揃いな顎髭(あごひげ)をしごきながら立ち上がった。

「これは当然の権利の行使であって、トラブルでも何でもない」
 櫓木は強い口調で、これまでと同じ主張を繰り返した。茶野が満足そうに目を細める。

 櫓木が腰を下ろすのを待って声を上げたのは権藤だった。

「ならば研究者の皆さん方の管理会の場できちんと議決すれば良かったでしょう。そうすれば黒田副船長から運行スタッフに正式に伝達されたのです。その段取りを踏まなかったから、こういう事態になっている」

 権藤の反論に、天野が「まったくそのとおり」と続いた。
「我々も櫓木さんには注意したのですが、残念ながら本人に手続きを間違っているという自覚がない」

「ふん」櫓木は苦虫を噛み潰したような顔になった。

「では次回からは、黒田さんに話をするようにするよ」
 捨て台詞を吐くと、櫓木は椅子にふんぞり返った。

「次回から?」
 伊吹(いぶき)の周波数の高い機械音が響き、隣の席の船越(ふなこし)が耳を抑えた。

「あなた、さらに浦川ラボを圧迫していくつもりですか」

 櫓木は伊吹を一瞥すると、口を歪めて笑って見せた。タングステン製の黒い歯がきらりと光る。

「先日から浦川ラボのメンバーが加わったから、こっちは手狭なんだよ」

 その大胆不敵な発言には茶野もさすがに驚き、目を白黒させた。
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