最終話「キセイの麓」

文字数 2,652文字

D14は防具に身を固めた大人三人と肩を並べ、カルデラを見下ろしている。早朝のことで第二の月が青白く背後に浮かんでいる。表面で小さな光の信号が規則的に点滅している。カルデラの中心は黒く染まっており、そこにCprmlgsが眠っていると知らなければ、世界の裏側まで続く大穴と錯覚するそんな光も帰らない暗黒であった。気密性の防具を身に着けたD14達はところどころ結晶化していることを除いて月面に似た斜面を下っていく。D14は今はストラと名乗り、第二の月を拠点とする人間の軍隊とともに行動していた。彼らは半神を自称する指導者の下Cprmlgsに復讐するために集まった人間たちだった。特殊な技術を持って、人類のためにと活動していたがD14にとってはどうでもよかった。今、彼らはこの故郷を取り返すために最終決戦を始めようとしていた。D14以外は重い足取りで歩く。
「意識をしっかりと保つんだ。肉体的な問題は何一つない」
先頭を歩く最年長のリーダ格の男が鼓舞するように話し始める。
「死んでも、このスーツが目的地に運んでくれるのでしょう?」
おどけて仲間の男が答える。
「そうだ。世界の果てに行けと命令された男は今、海溝を歩いているらしい」
「生きているのかい?」
「そろそろ座りたいと言っているそうだ」
「犯罪者とはいえ、あんまりな最期だな」
「ストラ、大丈夫か?相槌だけでもいいから、話し続けるんだ。Cprmlgsに近づくほど思考ができなくなると説明しただろ」
「わかった」
眠るCprmlgsの体表を流れる六等星よりも暗い流星を探していたD14はぶっきらぼうに答えた。
「それから、あまり直視するな」
「やっぱり、俺たち三人で行ってストラは連れてくるべきじゃなかったんじゃないか。若くて有望なのに」
「そう、こんな自殺は俺たちみたいな老兵がやるべきだ」
「私以外に四人目に志願した人はみんな行方不明になったり体調不良になったりしたんだから」
定時連絡が本拠地から入る。
「リーダー話し続けるって言っても、未来のない俺たちじゃ愚痴っぽくなってしまう。何か明るい話題はないのか?」
「お前たちじゃなければ、俺の武勇伝でも聞かせるんだが、一緒に体験したお前たち相手にしたところで面白くもないだろ」
何とか会話を続けている彼らにあくびをしながらD14は待ちながら歩き続けている。近づくにつれて一人ずつ話すことをやめ、遂にD14以外の班員は意識が溶けてしまった。そして、通信機を、防護服に張り巡らされた動きを制御するコードをD14が破壊して、部隊は死人のみとなった。周囲と比べて少し高い結晶の上にD14は座り、意識をなくしてなお行進する部隊とCprmlgsを頬杖をついて眺めていた。ただ、近くでゆっくりと眺めたかったそれだけの理由でD14はここまで歩いたのだ。少しして、閃光が三つ弾けた。彼らが、人間の神の名のもとに自身を否定することで、周囲の物もろとも消失させる。正に人間の存在自体をかけた攻撃でCprmlgsの中枢を破壊するために行進していたことを思い出し、目的を遂げた彼らに拍手した。Cprmlgsの心配はまったくしていなかった。星の数すら数えられないのに人間が夜空を征服することなんてできやしない。そんな思いで足をぶらぶらさせながら、空を眺めていた。奇襲されたCprmlgsは体表にみられる銀河の流れは乱れ、頭を失い端からちぎれ、快晴に溶けている。最早、巨大な鳥の姿はなく、蚊柱のように飛び、小鳥の群れであることを露わにしていた。月から飛び出した人間たちが自身を削り弾丸と化して攻め込む様子をピンチのヒーローを応援するときに子供が見せる信頼と不安の混ざった興奮の面持ちでD14は眺めていた。人間の攻撃が効いたというよりは自壊するように、Cprmlgsは陽光に消えていく。熱く握りこぶしを作り、D14は立ち上がっていた。
掃討されようとするなんて、人間なんかに!そう憤っても、D14の手は届かない。仲間のピンチに左腕の夜空は震えていた。拳を握るだけはとても抑えきれず、自身を強く抱いていたD14はその震えに気が付き、自分の肉体の中で叫ぶ声を聴いた。躊躇うことなく背負っていた曲刀を抜き、少し高くなった輝く岩の上に左腕を乗せ、刀身を夜空を捕まえていた左腕に食い込ませた。右手で峰を押し、二の腕から切り落とした。切り離されたD14の左腕は青く輝く星を抱き、同族のもとへ飛んで行った。傷口から血液が流れることはなく、ただ、切られた蔦から粘り気のある水滴が。熱せられ、染みを作る前に気化した。ともに旅した夜空がCprmlgsを蘇らせる。D14が乗ったプロペラ機を思い起こさせるような翼だったが確かに快晴に星を飾りながら巨大な鳥となり、煌めく星の神経が張り巡らされる。全身を震わせ、一声鳴いた後、早朝ごと人間たちを飲み込んだ。少し縮んだCprmlgsは片腕のD14のすぐ近くでまた、眠り始めた。徐々に左腕を夜空に溶かしていたD14は満足げにカルデラの上に作られた夜空を眺めながら考えていた。決心したように小さく頷き、あの神呼びの鈴を鳴らした。大地が揺れ、地表が雪崩でも起こすように盛り上がる。地表全てが変形し、蠢いている。D14は曲刀を突き刺し、掘り返し木の根を見つけて、先端を切り落とした。片腕で精いっぱい地中から根を引き出し、左腕の大気に散っていく蔦と接触させた。D14から伸びる蔦は根の内側に食い込み森の焼け跡に侵入していった。D14は眠るように目を瞑り、久しぶりに森と繋がった。ただ、以前と異なり、その夢の中で自分こそが森の支配者であると高らかに宣言していた。例え、自分が燃え尽きても欲しいものがあるのだ。
「Cprmlgsが、星空が欲しいんだ!」
初めて正しく発音した名前とともにずっと抱えていてたった今気が付いた思いを言葉にして、叫んだ。張り巡らされた木の根が蔦に分化し、Cprmlgsに絡みつく。今までと同じように近づくだけで全てのものは高温の夜空に包まれた。分の悪い、絶望的な状況でも抵抗する森を無理やり動かしてD14は手を伸ばし続けた。ずっと、君は、私とともに居たじゃないか。それでも、私のことを燃やし尽くしはしなかっただろう。狂気的な確信で青白い一等星に語りかけ続けた。

 少女が楽しそうに果物をかじりながら、大量の縄を綯ったような幹の巨木の下で旅人の話を聞いている。足元には結晶に覆われた果物が、頭上には星が輝き、幹からすらも光が漏れる宇宙の中で。

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