第9話(4)嫌い棍棒

文字数 2,661文字

「へっ、やるじゃねえか、ジロー」

「これくらい造作もない……」

「近接戦もイケるアーチャーってのはなかなか反則だぜ」

「戦いに反則もなにもないだろう……」

「まあ、それはそうだな」

「さて……」

「待て、ジロー、ここは下がれ」

「何故だ?」

「残りはこいつに片付けさせるんだよ」

「……」

「な、なんだよ?」

「お前に指図されるのは、やはり気に食わんな……」

「だ、だから、言っているだろうが、俺の言葉はあの御方の言葉だ!」

「ふん……」



 ジローがどこか不満そうに下がる。それよりも不満そうな顔でエリーが前に進み出て、ジャックに声をかける。



「……ちょっと禿げ頭さん?」

「は、禿げ頭だあ⁉」

「……お禿げ頭さん」

「おを付ければ良いってもんじゃねえよ!」

「まあ、そのへんはどうでもよろしい……」

「よろしくねえよ!」

「さきほど、なんと言いんした?」

「あ?」

「残りは片付けさせるとかなんとか……」

「あ、ああ、そう言ったっけな……」

「……気に入らねえでありんすね」

「あん?」

「やれるものならやってみなんし!」



 エリーが声を荒げる。ジャックが笑みを浮かべながら呟く。



「ふん、なかなか気が強そうだな……だが、こいつを見てもその態度が保てるかな?」

「なにを……⁉」

「う~ん……」



 やや大柄で太った男が前に出てきて、エリーが悲鳴を上げる。



「きゃ、きゃああああっ⁉」

「うん?」

「なんだ、どうかしたか?」



 太った男が首を傾げ、ジャックがさらに悪い笑みを浮かべる。



「そ、それ……」



 エリーが太った男の股間を指差す。指を差した先には、一応服を着ているとはいえ、膨らんだというか、長くなったものがあったからである。ジャックが口を開く。



「ああ、あまり気にしなさんな」

「き、気になりんすえ‼」

「そんなところを見つめるだなんて、魔族の女って言うのは……アレなのか?」

「べ、別に見つめているわけではありんせん! 嫌でも目に入るのでありんす!」

「まあ、そんな下手な言い訳はしなくても良いって……」

「い、言い訳ではありんせん!」

「おい、さっさと片付けちまいな」

「……飯は出るのか?」

「てめえはそればっかだな……あいつらを片付けたらなんでも食わせてやるよ」

「なんでも……うん、なんだかやる気が出てきたぞ……」



 太った男がエリーの方にゆっくりと迫る。エリーが思わずたじろぐ。



「くっ……」

「大人しくやられてくれ~」

「! だ、誰が⁉ 出て来なさい! 『ポイズンスネーク』!」



 エリーが本を開き、ポイズンスネークを呼び出す。ジャックが声を上げる。



「モンスターを使役する魔族か! 気をつけろ! 厄介だぞ!」

「関係ないんだな~!」

「なっ⁉」



 太った男が股間のものを振りかざし、ポイズンスネークを殴りつける。鋭く強烈な一撃を食らったポイズンスネークは地面にうずくまって動かなくなる。ジャックが笑う。



「へへっ、相変わらず器用に扱うもんだ……」

「なっ……武器?」

「ああ、こいつは『棍棒のゴロー』だ!」

「なにもそんなところに仕込まなくても! って、ゴロー⁉ そこはサブローじゃないでありんすか⁉」

「いやあ~」



 ゴローと呼ばれた太った男が自らの後頭部をポリポリと掻く。エリーが声を上げる。



「別に褒めてないでありんす!」

「そ、そうなのか……」

「ゴロー! 落ち込んでいる暇があるなら、さっさとやっちまえ!」

「ああ!」

「!」

「それ~!」

「ごはっ⁉」



 ゴローが股間の棍棒を横に薙ぐ。頬を思い切り張られた形になったエリーが倒れ込む。



「ふん……後は裏切り者のこいつか……」

「新参者に言われたくないんだけど……」



 ジャックがイオに視線を向ける。イオが睨みつける。



「お~怖っ……なあ、イオよ。戻ってこねえか?」

「は?」

「あの御方には俺から上手く言っておく……この国を盗る為にはお前の力も……」

「断る!」

「! ひ、人の話は最後まで聞けよ……」

「断る‼」

「! ちっ……手駒は多い方が良いんだが……まあいい、ゴロー、やっちまえ!」

「ああ、分かった~」

「やられるか!」



 イオが体勢を低くして、斜め下からゴローに突っ込む。ジャックが驚く。



「む⁉」

「それが上下左右の方向にしか振れないというのは分かっている! 斜めからの動きには対応出来ないだろう……ぶはっ⁉」



 イオが吹き飛ばされる。股間から取り出した棍棒を持ったゴローの姿があった。



「そういう相手には、単純に棍棒を持って振り回せば良いんだな~」

「ば、馬鹿な……それ、取り外せるのか⁉」

「うん。さすがにここには仕込まないんだな~」

「し、知らなかった……三本足の種族かと思った……」



 イオが体勢を立て直しながら呟く。ジャックが呆れる。



「馬鹿かてめえは……ゴロー、とどめを刺してやれ」

「おお~!」



 ゴローがイオとの距離を素早く詰め、棍棒を振り下ろす。動きが鈍くなっていたところを突かれたイオは思わず目をつむる。



「くっ……⁉」



 イオが目を開くと、棍棒を右手の人差し指と中指で防ぐキョウの姿があった。



「……人の入浴中になにをやっている……」

「むう……⁉」

「やっと出て来やがったな! キョウ!」



 キョウの姿を見て、ジャックが叫ぶ。



「………」

「ど、どうした?」

「……えっと、誰だっけ?」

「なっ⁉ ジャックだ! こないだ会ったばっかりだろうが!」

「ああ、『野蛮のジャック』か……」

「だれが野蛮だ! い、いや、案外悪くねえか……?」



 ジャックは顎を手でさする。キョウが尋ねる。



「それよりもなんだ、この珍妙な集団は?」

「誰よりも珍妙なてめえに言われたくねえよ!」

「それもそう……だな!」

「うおっ⁉」



 キョウが棍棒ごとゴローを投げ飛ばす。



「お前らまとめてぶっ飛ばしてやるよ……!」

「それはこちらの台詞だ……!」

「む……?」

「はあっ!」

「⁉」



 いきなり現れた大柄な男の攻撃を食らい、キョウが吹っ飛ばされる。ジャックが驚く。



「や、山の王⁉ ど、どうされたのです⁉」

「ようやっとだが力が戻ってきた……よって山から降りてきた。戯れだがな」

「は、はあ……」

「ジャック、お前の言っていたほぼ全裸の男……大したものではないではないか」

「ふ、不意を突いたくらいで良い気になるなよ……」

「! ほう、今の一撃を食らってなお立ち上がるとは……」

「こ、こやつは倒すべき男、キョウです! この国を盗る上で邪魔になります!」

「ふむ……キョウか……さらに力を回復させてから、ケリをつける。一旦山に戻るぞ」

「ええっ⁉ は、はい……」



 大柄な男はジャックたちを連れて山に戻っていく。キョウは舌打ちしながら呟く。



「ちっ……この借りは必ず返すぜ……」
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