第5話:邂逅!八ヶ岳哨戒任務④

文字数 8,904文字

 八ヶ岳山中、異常熱源発生現場、時刻は14時23分44秒
 その山はかつての美しさを忘れてしまったかのようだった。辺りの景色は、UMAから発せられる黒い煙のおかげでずっとモヤがかかっている。
 山裾には、既に息絶えたUMAの残骸が横たわっていた。そしてもう一体のUMAは、今なおその巨体を引きずりながら辺りを徘徊している。
 長い年月をかけて築かれた木々や澄んだ川の形が、ほんの二時間ほどでその全容を変えてしまった。これほどのエネルギーを持った生物が、突如としてこの日本に現れた理由は一体何なのか。これは何かの警告なのだろうか。
 巨大UMAはまるで何か探しているかのように、同じところをぐるぐると歩き続ける。その度に美しい植物たちは踏み倒し押しつぶされ、後には土と砂しか残らなかった。周辺には徘徊する無残な足音以外、何もなかった。
 この世のすべての生物が、絶滅してしまったかのような静寂の中
 「こんな…」
 誰かが遠い上空で呟いた。
 不図広すぎる晴天の只中に、その空の青さに似つかわしくない、奇妙な形をした鉄塊が一つ。


 驚き、感動というよりも、茫然と言った方が正しい。
 イチハ隊メンバーは言葉を失っていた。
 ヴァルキリーの合体工程は完了していた。それはマモルが見たマニュアルの写真よりも鮮明で、富田が想像していたロボットよりも遥かに重厚で現実的な兵器だった。
 「こいつは魂消たぜ…」
 「まさか、ほんとに合体するなんて」
 村田と百合子が気の抜けた声をこぼす。
 現場にいた誰もが、この驚くべき変化に目を奪われていた。それは研究所から事態を観測していた伊佐間も同様だった。ヴァルキリーの合体工程を見たのはこれが初めてだったからだ。
 備えつけのカメラには、一つの塊となったヴァルキリーの姿が映し出されていた。まさしくヴァルキリー5機が組み合わさった姿がそこにあった。
 そして、変化したのは外観のみならずコクピット内部も同様で、液晶に映る計器類がヴァルキリーのそれとは明らかに違っていた。
 全体の大雑把な構造としては、5号機を中心部とし、その下部に3号機と4号機、前部には2号機、後部が1号機となっている。それらが各部分に合わせた細かな変形・結合を行い、全体として一つの形状を成していた。
 「これは…大昔の戦争映像で見たことがあるぞ。確か、列車砲、とかいう奴に似てるな」
 ナカガワが顎に手を当てながら、記憶を探って言った。そして、そのイメージはこの鉄塊の姿をよく言い表していた。
 列車砲とは過去の世界大戦の際、大口径・大重量の大砲を列車に搭載し、移動運用された兵器である。運用には多数の人手が必要であったが、その攻撃力は類を見ないものだった。武装は超長距離射撃主体の為、砲身の長さは戦車とは比べ物にならないほどだ。この合体ヴァルキリーの砲身はまさしくそれを彷彿とさせた。その列車砲に似た姿のものが今、中空に超然と浮かんでいるのだった。
 また、更に正確にいうならば、この合体ヴァルキリーは幾つかの点で列車砲とは異なっていた。まずは機体の下部、すなわち3号機と4号機で構成される部分からは、四本の機械脚が伸びていた。また前後左右上下各部に可変式ロケットノズルが複数見受けられ、制御スラスターによって空中での姿勢制御や移動が可能となっていた。まさにその姿は空中に浮かぶ移動砲台といったところだった。
 「イチハ隊各機」
 突然、無線から声が響いた。マモルの溌剌とした声だった。
 「なんとか合体は無事完了した!とりあえず、ご苦労様」
 初の合体工程を完了することができ、マモルはまずその労をねぎらった。だが、その言葉を聞いてもイチハ隊のメンバーは釈然としなかった。確か、さっきまでヴァルキリー全機は墜落しかけていたはずだ。
 「私たち、さっき墜落しかけていたと思うんだけど…。なぜかしら、気が付いたらこんなに高い空の上にいたわ。」
 「それは僕も不思議です。さっき何が起こったのか少しも覚えていません。それに、頭が覚めてるというか…。なんだか、自分の神経がイチハ隊の皆と繋がっているような、広がった感覚があります。」
 「あぁ、それは俺も感じてる」
 百合子の疑問に続いて、富田と村田も同調する。マモルはそれらの疑問に対しても、一つ一つ丁寧に説明していく。
 「そうだ。その感覚こそがこの合体システムの現象なんだ。合体完了しミトコンドリア・フォトンが稼働した今、俺たちはバイオスイッチとヘルメットによって全員の感覚とリンクしている。皆の感情や感覚が共有のものとなっているんだ。」
 「共有のもの…」
 「俺たちの思いが強ければ強いほど、それは大きな出力となってこのヴァルキリーの力を2倍にも3倍にもする。さっきは墜落する中で、偶然にも心を一つにすることができた。みんなはまだ慣れてなかったから、リンク現象が発生した途端に脳がオーバーフローを起こしたんだろう。だが、次からはうまくやれるはずだ。」
 「お前は大丈夫だったのか?」
 自分のヘルメットをこつこつと叩きながら、村田がマモルに質問する。
 「ああ。俺はミトコンドリア・フォトンへのリンク訓練も行っている。その経緯についても、またいずれ話そう。だが、今はまず目標の殲滅が先だ」
 「そうだな、お前には説明してもらわないといけないことが山ほどある。とっとと片付けちまおうか」
 「一点補足だが、」
 会話の中に伊佐間が入ってきた。
 「この合体ヴァルキリー、一応コードネームもちゃんとあってね。今後はこちらの名前で呼称を頼む。… …コードネームは『フィルギヤ』だ。」
 「フィルギヤ…」
 富田が自身に覚え込ませるように、言葉に出した。


 「怪物のさっきの伸びる手、警戒しなくちゃね…。でも、その前に試運転を早くしないと」
 百合子は自分の目の前に広がる操縦桿やディスプレイを見ながら、どう料理したら良いのか頭をフル回転させている。同様に富田も手元のスイッチ等の確認に余念が無い。
 「フィルギヤの操縦は皆の分担となるんだ。百合子と文三は索敵とデータ解析。村田は操縦だ。ナカガワが砲手で俺が全体を見る。皆の思考はエモーショナルリンクしているから、大まかなところは共有できるだろう。きっとうまくいくはずだ。巨大UMAがまだこっちに意識を向けていない今のうちに、一発お見舞いしてやろう。」
 「了解!」
 フィルギヤ各部のロケットノズルが、それぞれ別の生き物のように小刻みに動き始める。村田が物凄い集中力で試運転を始めたせいだ。そのうちフィルギヤが上下左右にゆっくり動いたかと思うと、みるみる内に活き活きと、まるで生き物のような挙動を見せ始めた。
 「さすが村田。もう完璧じゃないか」
 ナカガワが自身の操縦設定を行いながら話かける。
 「大体分かってきたぜ。結構直観的で使いやすい」
 というや否や、村田は一気にフィルギヤの高度を下げる。
 「ひいいい!!」
 「…くっ、ちょっと、村田ァ!!」
 百合子の意識が一瞬、飛びそうになる。
 「へへへ。どんなもんだい」
 「あんた、絶対許さないからね」
 「遊んでるんじゃない。…俺も大体分かってきたぞ。マモル隊長、これはレールガンだな。」
 ナカガワもフィルギヤのスペックを把握しつつあった。
 「レールガンって、確か電気と磁力で弾を飛ばすやつだよね」
 「百合子の言うとおりだ。そう、フィルギヤの主兵装はレールガンになる。それで目標を狙ってくれ。それに、どうやら砲弾も特別製らしい」
 「ほぉ。そいつは、期待できるな。了解、それでは発射準備に入ろう」
 ナカガワが口笛を鳴らしながらマモルの言葉に答える。
 次の瞬間、フィルギヤの長い砲身が重力を受けながら鈍く動き、眼下の巨大UMAに向いた。それとともにフィルギヤ本体も機体を地上に垂直方向へと傾けていく。各部必要なロケットノズルから燃焼ガスが放出され、機体を細かく調整安定させる。
 「よし、いいぞ村田。… …標的をセットする…」
 ナカガワがコクピット内で指を動かし、せわしなく機器を操作する。
 「巨大UMA周辺の状況、依然変わらず。先ほどと打って変わって沈黙を保っています。」
 「環境データ送信。… …これは、もしかして休憩タイムってやつかもしれないわね。」
 富田と百合子も各種データを参照しながら情報共有を随時行っていく。
 「機体操縦は俺が専任しているんだ。たとえまたさっきの腕が飛んでこようとも、絶対に当てさせはしねぇよ。」
 ―――…ヒィイイイイィィ… …――
 辺りに女の悲鳴のような音がこだまする。フィルギヤがレールガンの充填を開始する際生じる音だ。
 「よぉし。やってやるぞ。皆、発射の衝撃に備えてくれ。」
 ナカガワが照準レティクルを巨大UMAの身体に合わせる。
 「データ班は発射データと攻撃データに注視を頼む。村田、発射の際の機体制御よろしく」
 マモルがヴァルキリー各機から集まってくるデータを確認しながら、全機に指示を出す。
 「オーケー。というか、マモルの指示が先に頭の中に流れ込んでくるよ。大した技術だな、これは。」
 「発射用意」
 ナカガワが発声する。
 フィルギヤの機体から再び白い静電気のような光が発生する。砲身が標的に絞られていく。
 遥か上空から、ナカガワが巨大UMAの挙動を追う。標準レティクルと自動補正システムがUMAの身体を捉えた。瞬間、
 「ファイヤ!」
 ナカガワが発射スイッチを押す。
 長大な砲身の内部で大出力の電磁が発生し、超加速で吐き出さる特殊砲弾。
 ―ガッ ゴォンッッ――
 とてつもない発射の衝撃でフィルギヤの砲身は大きく仰け反り、機体は態勢を崩し後方に押し飛ばされた。
 「うわぁあああああ!!」
 「きゃあっ!」
 「ぐぁあッ」
 「うおッ!!」
 「くッ」
 態勢の崩れたコクピット内で、村田がすかさず姿勢制御を行う。4本の機械脚のスラスターを器用に使いながら、機体後部を突き立てるような形でフィルギヤが押し留まった。
 「どうだ!?」
 態勢を立て直すのに手間取り、全員UMAへの直撃を目視してない。
 マモルがディスプレイのメインカメラを注視する。
 砲弾の爆煙でまだはっきりと巨大UMAの状況が見えない。そこへ伊佐間からデータが送られてきた。
 「今の着弾の映像だ」
 上空からのドローンカメラから、砲弾がUMAに当たる様が記録されていた。
 特殊砲弾はまず、徹甲弾のようにUMAの背中から内部深くに潜りこんだ後、少し間を置いていくつもの爆発が発生していた。どうやら、標的の体内に潜り込んだ後、分裂し内部から爆散するのがこの特殊砲弾の特徴らしい。
 「うへぇ、なんて破壊力だ。こいつはすげぇや」
 「身体の中から破壊なんて、恐ろしい武器ですね…」
 「それで、現状はどうなってる?データに何か変化はあるか」
 マモルがすぐに次の展開に目を光らせる。
 「えーっと…、お?おお!」
 「どうした?文三」
 「弱ってますよ!!効いてます。今の攻撃、凄く効いてるみたいです!」
 「周辺の異常熱源が弱まってる。明らかに攻撃後の変化だから間違いないと思うわ。」
 百合子から戦況データが共有される。
 「よし、行けるな。」
 研究所から伊佐間も一言入れてくる。バックヤードの分析班側も少し安心したのだろう。
 「ああ。良い感じだ。後もう何発か当てれば、殲滅できるだろう。ナカガワ、行けそうか?」
 「大丈夫だ。砲身の方も問題ない。ただし、次弾チャージまで4秒ほしい」
 「4秒か。わかった。」
 「あ、あの…」
 富田が声を出す。
 「どうした?」
 「次弾チャージまで4秒かかるということですが、さっきのレールガンの反動は相当のものでした。まして、ここは空の上です。踏ん張るところがありません。次弾装填が完了したとしても、発射態勢が完了しなければ目標へ打ち込むことができません。空中からではそこがリスクになると思いますが…」
 富田が先ほどの1発目のデータを参照しながら、考えるように言う。だが、マモルはその件に関してはまったく気にしていない。ふいに村田に声をかける。
 「という分析だ、村田。どうだ?」
 「まぁ、一般的にはそうでしょうな。だが、まぁ次を見てなって。言ったろ、大体分かってきたって。俺が操縦を専任してる限りは安心しな。」
 と言いながら、村田は、ふん、と鼻を鳴らした。どうやら何か策があるようだ。
 「よし。それじゃ、そっちは任せたぞ。次弾の準備にとりかかろう!」


 青空の下、中空に四本の機械脚を広げ、長大な砲身を地上に向けるフィルギヤ。
 遠方から眺めたその姿はアメンボを想像させる。
 その長い砲塔が、今まさに膨大な電磁を帯び、発射の機会を伺っていた。
 「誤差自動修正。目標捕捉。」
 「目標、未だ沈黙。変ですね。生命反応は確かにありますが、まったく動きがない。」
 「了解。今までの経験もある。何が起こってもおかしくはない。引き続き警戒を続けながら、各機準備を進めよう。次弾計画は3発連射だ。いけるな?ナカガワ、村田」
 「了解です」
 「あたぼうよ」
 「よし、それでは始めよう!」
 先ほどと同様に、ナカガワはレティクルに巨大UMAを捉える。深く息を吸い、大きく発声した。
 「発射用意…」
 ―――…ヒィイイイイィィ… …――
 「あ!」
 瞬間、富田が目標のわずかな変化をキャッチする。
 「隊長、UMAに動きが!」
 「オーケー!」
 「ファイヤ!」
 ―ガッ ゴォンッッ――
 砲弾は予定通り、先ほどと同様UMAの背中に真っすぐに潜りこんだ。その後体内で4つに分離、更にランダムに内部を泳ぎながら、激しく爆散した。ドムンッという、籠ったような爆音が何度も地上で響いた。
 UMAはその爆発の度に態勢を震わせながら、時折よろめいて見えた。
 「グ…、グゥゥゥゥ…」
 始めて苦悶とも思える声を吐き出したかと思うと、その両手は天空のフィルギヤを目掛けて振り上げられた。百合子の4号機を狙ったときと同じだ。
 一方、初弾を発射した後のイチハ隊は、こちらもやはり先ほど発射した時と同じく、その激しい反動のおかげで砲身は大きく仰け反り、それにつられて機体の腹部分が露わとなった。
 「ああ!やっぱり制御が難しいのか」
 文三がコクピットの揺れに耐えながら言ったそのとき、
 「だから、俺が操縦してるんだって!」
 村田がすぐに対応する。先ほどと同様に姿勢制御スラスターを使った。がしかし、それは制御するためではなかった。
 腹部分を見せていたフィルギヤは更にスラスターを吹かし、そのまま後方に回転した。結果として機体を一回転、つまりバク転させ元の態勢に戻った。発射の反動を逆に利用したのである。
 「どうだ!!」
 「ははッ!」
 あまりの操作技術に、思わずマモルも笑いが零れてしまった。
 「でかした、村田!!」
 ナカガワは既にレティクル内に目標を補足。再充填完了済、
 「ファイヤ!」
 ―ガッ ゴォンッッ――
 2発目は、今度はこちらを向いているUMAの上半身辺りに着弾し爆散した。
 が、その煙幕の中から、二本の黒く大きな腕がフィルギヤ目掛けて伸びてきていた。
 「ホラ、おいでなすった!」
 村田の瞳孔は既に開いていた。右脳の隅々にまで白い光が行き渡っているかのような感覚だった。そしてその理性を超えた鋭い感覚は、エモーショナルリンクで接続されたイチハ隊にもれなく共有される。
 うっすらと白く輝くフィルギヤの機体が、もの凄い速度で伸びてきた黒い腕の一本目を右ロールで避けた。続いてすぐに二本目の腕が飛んでくる。しかし最早、速度がまるで追い付いていない。フィルギヤは、真下へ急加速する。
 「わわっ!」
 「ああ!」
 「クッ…。ナカガワ!!」
 マモルの押しつぶれそうな声。
 「…おう!」
 フィルギヤの激しい下降はそのままに、銃身は目標を捉え続ける。そして、しかる後、ナカガワは力強くスイッチを押した。
 ―ガッ ゴォンッッ――
 3発目の砲弾も予定通り巨大UMAの腹の中へと届き爆散した。
 巨大UMAは全身から砲弾による煙を上げながら、ゆっくりとその場へ崩れ落ちていった。


 「やりましたね…。生命反応なしです」
 富田がまず第一声を上げる。
 フィルギヤは、下降はそのままに、速度を緩めながら八ヶ岳山麓へ着陸した。
 「よう、やったな。」
 伊佐間からも無線が入る。
 「あぁ、なんとかな。いや、ほんと参ったよ」
 マモルも作戦の完遂に本当に安堵していた。
 「分析班でも生命反応の消滅を確認した。殲滅完了だ。よくやった」
 「まぁ、あれだけの砲弾を食らわせれば生きてはいられないだろう」
 「あれ。フィルギヤのエネルギーがゼロになってしまいました。」
 富田が暗くなった液晶ディスプレイを眺めながら言う。その他のスイッチも軒並みつかなくなった。それを受けて伊佐間が答える。
 「あぁ。そうなったらエンプティ、終わりだ。合体は通常の燃料と、お前ら自身の力で動いている。既に通常燃料は空だったんだろう。」
 「通常燃料は既にカラ?じゃ、じゃあ、さっきの戦いは…」
 村田が心配そうに入ってくる。
 「お前らの力で動いていたんだろうな」
 「マモル…」
 「僕らは燃料が切れた機体に乗っていた、ってこと…?」
 「お前らは一体、なんて無責任なものに俺たちを乗せやがったんだ!」
 伊佐間の答えを聞いて、今更ながら震える富田と村田。百合子、ナカガワまでもがそれを聞いて恐れ慄いた。
 「はは。いや村田。お前の操縦、実に凄かったよ。いつもあれくらいだったら良いんだけどな。」
 「ふざけるな!!二度とごめんだ!」
 マモルが燃料の切れたフィルギヤのコクピットを開き、地上に降り始めた。
 「あ、おい、マモル!」
 それを見ていた富田や百合子、ナカガワもその後に続いた。
 地上に降り立つと、ヴァルキリーのコクピットから見た風景よりも、更に凄惨な世界が広がっていた。殲滅したUMAがその巨大な体躯を残している。向こうに見えるのが一体目で、手前にあるのが二体目のUMAだ。富田を連れて、百合子が殲滅した二体目のUMAに近づいてみる。
 「近くで見ると、本当に大きいわね」
 ヘルメットを脱いで小脇に抱えながら百合子が言った。
 「一体、この生物は何でできているんでしょう?はやく分析班が来てくれるといいのですが…」
 「過去の事件でも、ここまでの巨大なモンスターは無いわよね。本当に今回対処できたのが奇跡的だわ。」
 「ただ、それに関しては少し思うところがありまして…。」
 何やら含みのある物言いをする富田。
 「思うところって、どういうこと?」
 興味深い内容に、百合子も聞かずにおれなかった。目の前のUMAの事も後回しに、富田に詰め寄るかのように近づく。
 「え!ええっと…、ですからね。フィルギヤですよ。こんな高威力の兵器、一体何のために作ったんですか?通常のバイオハザード殲滅だったら、ここまでのシロモノは必要ないはずです。自衛隊もいるんですし。明らかに、今回のような巨大UMAを想定していますよね」
 「確かに…」
 「中央はこの化け物について、既に何か知っているのかもしれないってことです」
 そういうと、富田はずれつつある厚底眼鏡を少しあげた。こういった仕事に関する話については、分析等、業務内容が近いこともあって富田と百合子は話が合う。
 「なーにを内緒話してるんだい?お二人さん!」
 と、マモルとナカガワがこちらに近づいてきていた。まだ少し向こうの方から、マモルが手を振りながら言う。
 「たいちょーう!この怪物、本当に大きいですね!」
 「新生物発見で、分析意欲が湧いてくるか!?」
 マモルが冷やかしのように富田に言う。
 「村田はー?」
 「コクピットで寝てるー。疲れたんだってさ。百合子と文三も疲れていないか?」
 「僕らは大丈夫でーす」
 そのやりとりを見ながら、ナカガワもつかの間のひと時を楽しんでいる。
 と、その変化に気づいたのはナカガワだった。
 初めは何がおかしいのか分からなかった。隣にいるマモルは除外するとして、自身の目に入る2人の隊員とその後ろの風景。いや、風景といっても、彼らの後ろにあるのはほぼ巨大なUMAの死骸だ。その風景の中に違和感を感じる。とすると、違和感の正体はUMAの死骸?
 全身が毛に覆われたUMAの死骸は、その全容が把握しにくい。その身体の全箇所に体毛が生えているから、どこがどの部分か分かり難いのだ。そう、違和感はUMAの身体だ。身体?身体…、ではなく、腹の上に乗っているのは右腕?そうだ、あれは右腕だ。その右腕が、一瞬、かすかに動いたような気がする。まさか。生命反応はゼロだ。見間違いか?いや、違う。今俺がすることは、例え見間違いだとしても、リスクを最小限にする行動だ。右腕のすぐ下には丁度、百合子が立っている。
 「百合子ッ!そこからすぐに離れろ!!」
 3人の隊員が、ナカガワのただならぬ声に反応した。
 「一体、どうした?」
 マモルがナカガワに聞いた、まさにその瞬間―
 腹の上にあったUMAの右腕が、一体どういうわけかすぐ下にいる百合子の位置へ振り下ろされようとしていた。
 そして、そのときマモルは見た。ナカガワの眼球に映る百合子の姿を。
 次の行動は一瞬だった。マモルの身体は百合子を強く押しのけ、安全な方向へと紙一重で突き飛ばした。身代わりとなったマモルの位置に、UMAの大きすぎる右腕が無造作に落ちてきた。
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