第2話:邂逅!八ヶ岳哨戒任務①

文字数 6,461文字

 厳戒態勢、東京湾上空。ヴァルキリー1号機で旋回しながら、ナカガワは思う。
 こいつは、マモル隊長を襲ったあの化け物に似ている…。姿形こそ似ていないが、そのどす黒い奇怪な形状と雰囲気の禍々しさ、巨大さは間違いなく、あの日イチハ隊全員を絶望に叩き落したあの怪物と同種のものだ。突如海底から出現した後は未だ目立った動きは無いものの、時折大きく深呼吸するような動きを見せている。


 一葉マモルはイチハ隊の隊長だった。
 未来科学防衛研究所発足後、異常災害・正体不明脅威による国土侵略を想定し即応できる部隊。日本における陸海空自衛隊の管轄を部分とする、そのラインとは別個の全権限行使可能な部隊として、アース特別防衛隊は組織された。マモルはその初期メンバーとして、成り立ちから部隊を支えた中心人物の一人だった。
 1年前のあの日、マモル率いるイチハ隊は八ヶ岳付近で哨戒任務にあたっていた。
 八ヶ岳は山梨県と長野県を跨ぐ南北30kmの山塊で、登山やトレッキング、ロッククライミングのほか、多数の温泉地帯があることで知られており、全国でも愛好家の多い山である。本哨戒任務は、そこで登山者が滑落したこところに端を発する。
 滑落事故自体は、地元の山岳救助隊が対応し事なきを得たが、その登山者から不信な報告があった。それは、今まで聞いたことのないような獣の咆哮とともに、突然地面が震えだし、そのせいで足を踏み外し滑落したのだという。登山者グループは5名おり、そのうちの3名が滑落事故に遭遇している。
 正体不明の咆哮については、当該5名のみならず、周辺登山者も聞いているとのことで、山岳救助隊から念の為にと未来科学防衛研究所に一報が入った。
 未来科学防衛研究所では、こういった報告を日々受けている。それらを各種データと参照精査した結果、対応要と判断された場合はアース特別防衛隊へ出動要請が発せられるのだ。
 今回報告があった八ヶ岳周辺では、以前から既に特定地域で、異常な地質温度の上昇を検知していた為、要請があったイチハ隊は直ちに出動した。
 イチハ隊のメンバーは以下となる。一葉マモル(1号機)、村田雄二(2号機)、富田文三(3号機)、佐伯百合子(4号機)マイク・ナカガワ(5号機)。搭乗機種はヴァルキリーである。
 ヴァルキリーはレーダー探索機器が充実しており、広範囲・高深度で探査、物標を補足できる。ただし機体容量の大部分を探査設備に充てている為、その分機動力が犠牲となってしまうのは否めないが、こういった哨戒任務には打ってつけの機体と言える。
 通常は哨戒任務が発生する場合は、イチハ隊の中で何組かに分散し対応に当たるのであるが、今回の任務についてはメンバー全員での出動となった。これら隊の出動采配については、全てリーダのマモルに一任されている。
 「みんな。ここら周辺が、山岳救助隊から報告のあった場所だ。一旦ここで二手に分かれよう。文三、研究所で分析した地質データを周辺地図にマッピングしてくれ」
 「了解。えーっと、お待ちくださいよ、…ちょちょいのちょいっと。オッケーでーす」
 全員のモニターに異常熱源の位置が表示された。南北に一つずつ、大きな赤丸地帯が表れている。
 「よし。それでは、ナカガワは俺と来てくれ。一緒に北に向かう。後の三人は南の熱源だ。村田はシンガリを務めてやってくれ」
 「ラジャー」
 「それでは、みんな気をつけて。異変があればすぐに情報共有だ」
 全員で了解の掛け声を合図に、ヴァルキリーは瞬時に2機と3機に再編成された。
 マモルとナカガワのイチハ隊エース2トップは、3機と別れた途端爆発したかのような加速を見せ、それぞれ横回転したかと思うと、みるみる八ヶ岳山麓の奥深くへと消えていった。
 「ちぇっ。見せつけてくれるぜ、あの二人」
 口角を少しあげながら村田が言う。
 「ヴァルキリーで、なんであんなスピードが出せるんでしょうかね。本当に意味が分からない」
 「空気抵抗を少なくしてるのよ。まぁ、理論は分かるんだけれど、いざやれと言われても、私には、できやしないんだけどさ」
 百合子が勝気そうな、それでいて少し悔しそうな顔で言った。
 「村田さんだって、本気出したらあれくらいできるんでしょ?」
 富田がこちらのチームも負けてないぞとばかりに、村田に突っ込んで聞く。
 「よせやい。俺には無理だよ。第一、あんなにスピード出したら危ないし、怖いもの。」
 「ホラ、まーたまた、出ましたよ、グウタラ雄二さん」
 「なんだよ」
 「私も、村田ならできると思うけどな。」
 すぐに百合子が後を引き取って賛同する。
 「あのね、お前さん方、ちょっと人を買いかぶりすぎだぞ」
 「うふふ。どうかしらね。とにかく、シンガリはしっかり頼んだわよ、2号機さん」
 「へいへい」


 「特に今のところ、何も見当たりませんね」
 ナカガワが辺りの山々を見下ろしながら、用心深く言う。雲一つない青空の下を縫うように2機の機影が進んでいく。
 「いや、地質異常と現地からの報告という二つの根拠が重なっている以上、本件は極めて緊急性が高いと考えるべきだ。何かある、と思っておいた方がいい。いつでも迎撃できるよう気を抜くな。」
 「了解」
 哨戒任務に特化したヴァルキリーとはいえ、最低限の武装は施してある。M61Bバルカンを主兵装とし、AIM9ZZヨルムンミサイルを2発装備。おおよその脅威はこれらの武装を駆使して対処が可能だ。だが、今回の事案は何かがおかしい。今まで対処したものとは、何か違う驚異を感じる、とナカガワは思った。
 これまでも、アース特別防衛隊が武装行使する場面はいくつかあった。地球にはあらゆる事故が存在する。それの際たるものが、人類により引き起こされるバイオハザードだ。21世紀以降、これにより世界では、元来人類有史には存在しなかった、奇妙な化け物達が大量発生することがあった。それらをできる限り未然に、秘匿性をもって国益を保護するといった観点から、アース特別防衛隊は出動要請され事態解決を行ってきたのである。
 ナカガワも第一期アプレンティスとしてイチハ隊に入隊して以来、数多くの事案に携わってきた。自身にもその自負はある。
 だが、今回のように研究所内で幾ら分析を行っても、事案の全容が掴めないばかりか、対処すべき相手の姿が一考に見えない今回は、やはり何かがおかしいと肌で感じざるを得なかった。これは長年の隊員生活から鍛え抜かれた野生の感であるのかもしれなかった。
 「鳥が…」
 マモルがついと口を開いた。
 「え?」
 「鳥が一匹も飛んでいないな」
 ナカガワは、改めて周辺を見渡した。そういわれてみると、現在は昼過ぎであるにも関わらず、山全体がしんと静まり帰っているかのように見えた。
 「確かに、空にも一匹も飛んでいませんね。本当に奇妙だ。」
 「まるで地震の前兆のようだな」
 ナカガワは、先ほどから拭えない不安さを上乗りするような、マモルの言葉に寒気を覚えた。今にも得たいのしれない何かが襲い掛かってくるような…。
 ナカガワは自身の乗る5号機の少し前を飛ぶ1号機を眺めながら、なんとか心の平静を保とうと考えていた。と、ナカガワが不図下を見ると、小さな青い鳥が数羽、穏やかに小川の上を飛んでいるのが見えた。八ヶ岳に生息するルリビタキだった。その小柄で愛らしい姿を見ていると、なんだか自身の心まで洗われるような気がした。
 「あ、マモル隊長。鳥、いますよ。小さな青い鳥。優雅に飛んで…」
 その鳥の群れのすぐ近く、鬱蒼とした木々の中から、どす黒く大きい何かが、マモルとナカガワを狙いすましたかように姿を現し、その大きな手で掴みかかってくるのが見えた。
 「う、うぉおぉおおおお!!隊長ォー!!」
 ナカガワは咄嗟に叫んだ。
 その声がマモルにも届いたのか、ヴァルキリー1号機と5号機は、寸でのところで旋回しその黒い何かに飲み込まれるのを回避した。正体不明の黒い手がゆっくりと空を切った。だが5号機と違い、一瞬反応に遅れた1号機の態勢はまだ不十分で、正常に復帰できていなかった。距離を取ったナカガワが更にマモルに向かって叫ぶ。
 「隊長ー!!」
 「大丈夫だ!!上空に散開し、迎撃態勢に移行しろ!!俺もすぐに態勢を立て直す!」
 事態は目まぐるしい。一体この巨大な黒い物体はなんなんだ。おそらく体長はゆうに60mはあると思われる。全身毛に覆われているようで、かつ黒い煙をまとっている。こいつは生き物なのか?バイオハザードの産物?だが、ここまで大きい人工物なんて、ありうるのだろうか。昔でいう、ゴジラ?そんなバカな。
 だが、十分に観察している時間は今はない。黒いヤツの腕と思しき部分が、今度はナカガワの5号機に向かって素早く伸びてきた。
 「うおぉぉぉ!」
 5号機は更に鋭く旋回を続ける。まるで視界をミキサーに入れてシェイクされているようだ。
 あまりの急旋回、急上昇を行ったせいで目の前が一時的にレッドアウトしたが、敵の攻撃をなんとか回避することができた。ナカガワはすぐに急降下を行い、1号機に目をやった。
 と、既に黒い物体は1号機をその眼中に捉えており、身体全体の向きをかえ、今にもマモルを包み込もうとしていた。
 「この野郎ッ!!これでもくらえッ!!」
 ナカガワは照準レティクルを黒い物体の身体と思われるところに素早く合わせ、力まかせにスイッチを押した。
 ヴァルキリー5号機はヨルムンミサイル2発を同時発射した。ヨルムンミサイルに搭載されたジェットロケットが紅蓮の炎を爆発させながら標的に襲い掛かった。その様子はまさに、古代神話に出てくる世界蛇のようだった。


 百合子はなぜか妙な胸騒ぎを感じた。
 「ねぇ、文三。何か、マッピングデータに異常は見当たらない?」
 富田は少し前からヴァルキリー3号機を自動操縦に切り替えていた。鉛筆の芯を舐めつつ実地データをくいるように見つめている。データ分析に余念がない。
 「うーん、なんだろうなぁ。」
 時折アフロの中に鉛筆を突っ込んで、ガリガリと頭を書く。厚底眼鏡の縁を鉛筆で持ち上げる。
 「ねぇ!文三ったら!」
 「なんなんだよ、百合子さん。さっきからうるさいなぁ。ちっとも集中できやしないじゃないか!」
 「だから、異常はないかって聞いてんの。」
 「ですから、まだ異常は見当たりませんって!さっきから何回、同じこと言わせるんですか。僕は今、研究所の集積データと実地データを繋ぎ合わせて、新たな発見がないか調べてるところなんです。邪魔しないで下さい!」
 そこまで言って、富田はヴァルキリー3号機のコクピットをミラーモードに変更し、外側から内部が見えないようにした。また、通信も一時シャットアウトした。
 「あ、こんのぉぉぉぉ」
 「まぁまぁ」
 二人のやり取りを静かに聞いていた村田が口を開けた。
 「そうキャンキャン言いなさんなって。そんなに急かさなくても、もうちょっとしたら向こうさんの方から出てくるだろうよ」
 「だけど…」
 「一体どうしたんだ?百合子。さっきから妙に落ち着きがないぞ。なんだかいつものお前らしくもない。何か心配事でもあるのか?」
 正直なところ、百合子自身にも、自分がなぜこれほどに落ち着きを失っているのかが分からない。ただ、今自身が置かれているこの現状に対して、とても違和感があり気持ち悪いと感じている。
 「お前の落ち着きのなさは、この異常熱源のせいか?丁度この近辺が、マッピングで記された場所なんだけどな」
 百合子は、村田の言う通り異常熱源が自身の精神に影響しているのかもしれないと思った。と同時に、イチハ隊の一員としてただのメンタルの部分で自身が平静を失っているという事実についても、辟易した。
 「そうね、ちょっと私、なんだかおかしいのかもしれない。ごめん」
 「いや、気にするな。確かに俺もさっきから、嫌な予感ってのは感じてるぜ。一体全体、なんでこう、この辺りは静かなんだ?山中だからって、妙に静かすぎやしないか」
 村田も百合子の言うような違和感は、なんとなく感じていた。ただ、今そのようなことを考えていても仕方がない。その違和感を分析という科学的側面と現場から拾い上げる身体的側面、それら両面から、解決方法を導きだすことこそが、現実的であると思った。
 「それにしても、文三はまだ引き籠っているのかね。おーい!まだ現状分析はできないのかい」
 と、村田が3号機のコクピットに向かって喋りかけていたその時、突然ミラーモードが解除され富田の声が鳴り響いた。
 「大変だ!!」
 「うわっ!びっくりしたな。なんだよ文三。突然に…」
 富田はこの上なく焦っていた。あまりにも焦りすぎ、3号機だけを唐突に急旋回させてしまったほどだった。
 「コラ!待て待て。文三、落ち着きやがれ。ヴァルキリーを止めろ。何がどうしたんだ一体。順序だてて言ってみろ」
 村田が、慌てふためき右往左往している富田を宥め落ち着かせた。
 「文三、一体どうしちゃったの?」
 「あ、あぁ。ごめん、ごめんよ。ただ、早くしないと…」
 「うん。早くしないといけないから、一から順序立てて教えてくれる?」
 百合子も富田のあまりの慌てように、タダ事ではない雰囲気を感じとり不安だったが、なんとか平静を保ちながら次の言葉を待った。
 「う、うん。そうだね…。今ね、僕、ここの異常熱源の実地分析をしていたんだ。すると、ある事が分かった。ここの異常熱源が、徐々に正常に向かっているってことなんだ。」
 「正常に向かっている?」
 「へぇー。じゃぁ、良かったじゃねぇか。万事解決なのかな、もう帰っていいのか?」
 冗談を言う村田に向かって、富田が突然大声を上げた。
 「バカッ!!」
 「ヒイ!お、驚いた…。冗談だよ…」
 「良いかい、真面目に、よく聞いてくれよ。この場所の熱源は、確かに正常になっていってるんだよ。ただし、ただしね、詳しく調べてみると、熱源が移動した形跡があるんだ。」
 「熱源が移動?」
 「つまり、ある方向性をもって、異常熱源が発生している痕跡があることが、分かったんだ」
 「ある方向性って?」
 百合子も村田も、未だ理解が追い付かないでいる。
 「ある方向性をもって。もっと分かりやすくいうと、ある方向に向かって、熱源が移動しているんだ」
 「つまり、どこに向かっているの?」
 「つまり、北さ。北に向かって異常熱源が移動していってる」
 「移動って、そりゃ一体全体、どういうことだ…?」
 村田はあまりのことに、まだ理解が追い付かないでいたが、百合子は少しづつ、事の重大さに気が付いていった。
 「ちょっと待って、もし、もしに仮によ。その、異常熱源の元が、報告にあったような正体不明の咆哮の主の可能性も…」
 「多いにあるね。というか、この状況からだと、無いと考える方が難しい」
 「おい、北ってまさか」
 鈍感な村田も、さすがに事態の深刻さに気がついた。
 「おいおいおいおい、これはもしかして、なんて無駄足踏んじまったんだ!」
 「マモル達が危ないわ。すぐに合流しましょう!」
 「僕の予想によると、熱源元は進行速度は速くないと思うんだ。急いで向かえば、途中で追いつけるかもしれない」
 富田はそういうと、ずれつつある厚底眼鏡を人差し指の背中で押し上げた。
「くそ、間に合ってくれよ」
村田はそう言いながら、機首を急速旋回させ、先頭に立った。
「よし、行こう。みんな、気をつけて俺に続いてくれ。」
 ヴァルキリー三機は、統制のとれた編隊を組みながら、スピードを上げ北の方角へ飛んで行った。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み