第1話

文字数 1,382文字

 東京駅京葉線地下ホームに向かう長い下り階段を下りていた、その時、
 トントントントン…
 私の左側をリュックを背負った白髪の老婆が追い抜いて行った。
 別に高速道路を走行している訳ではないので左側から追い抜くのは違反ではない、が、その勢いが暴走運転に似ていて何となく(かん)(さわ)った。(ん~、追い返してやれ。)←この思い付きはよくありません。反省…。
 トントントントン…
 私は荷物を左手に持っていたが、軽く膝を曲げ本気モードに入った。
 トントントントン… トントントントン…
 老婆との距離が縮まらない。追い抜くどころか、自動車の(あお)り運転に相当する距離までも追いつけない(もちろん煽るつもりはありませんでしたが…(笑))。老婆は半袖シャツに日よけの腕抜きをして両腕を軽く曲げ、運動靴を履き、明らかに日頃から体を鍛えている格好をしていた。両腕の振り、足の動きは一定で軽い。
 それに比べてこちらは重い。これから仕事、昨夜は飲み過ぎた。
 こちらから仕掛けた以上、階段を下るペースは下げられない。(ん~、あの老婆、恐ろし)。結局、老婆との距離は縮まらないまま、階段を下り切った。白髪の老婆はその勢いで私の視界から消え去って行った。

 最近、私は健康のため上下の移動には階段を利用している。病院の1階から6階まで、駅の乗り換えなどは全て階段を使う。お陰で、併設された上りエスカレーターを利用する人と同じかそれより速く階段を上れるようになった。
 階段の上りは、足腰の筋力よりも心肺機能の影響が大きい。階段を上れない人は途中で、足の筋肉が疲れて休むより、息切れで休憩することが多いからだ。逆に階段の下りは重力の位置エネルギーを利用するので心肺や筋肉への負担は少なくて楽だ、と私は思っていた。
 ところが階段の下りは、階段の上りより体の負担が大きいのだ。階段の上りはお尻の大臀筋(だいでんきん)、大腿の後面を形成するハムストリングス(hamstrings)(=大腿二頭筋(だいたいにとうきん)半腱様筋(はんけんようきん)半膜様筋(はんまくようきん)からなる)を主に鍛えることができる。これに対して階段の下りでは、大腿前面の大腿四頭筋(だいたいしとうきん)が鍛えられる。しかも筋肉を伸ばしながら筋肉に力(収縮)が入る。これを遠心性の収縮(Eccentric(エキセントリック) contraction(コントラクション))と呼び、筋肉に大きな負荷がかかり筋肉を効果的に鍛えることができるのだ。また膝にも負担がかかるので、膝を軽く曲げて着地をすることが大切だ。
 さらに階段を降りる時は、集中力や体幹のバランス感覚も必要だ。
 当院の健康推進センターの健康運動指導士(俗にいう「体操のお兄さん」)にこの話をしたところ、
 「そのお婆さんは、相当に鍛え上げていて、只者ではない。」
とのコメントだった。
 恐れ入りました、んだ。

 さて写真は、日暮れ時の羽黒山の国宝五重塔付近の参道である。2014年7月23日夕方の6時50分に撮影した。

 羽黒山は山頂まで 2,446段の石段と杉並木が続き、山伏修行の地としても知られる。
 最初、夕暮れの中、神秘的な杉木立に囲まれた参道の石段を山頂まで登るつもりだった。が、実際に日が暮れると想像以上に付近は暗い。風に木立がゴ~っと唸る。お堂の軒下に灯が(とも)った。何だか石段を上り切る自信も、足を踏み外さずに下る自信もなくなった。
 写真を一枚撮って、お茶を濁した次第である。

 根性ねえの~。んだの。
(2023年7月)

 
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