第1話
文字数 2,000文字
高校の時仲良くしてた部活の先輩、柳さんが僕の小説にコーヒーをかけた。
先輩方からのいじめのターゲットの順番が僕に回ってきた時だった。
それは裏切りだった。
その後良い先生に恵まれたおかげでそこから抜け出せた僕は教師になった。
この春僕の勤める小学校に赴任してきたのは柳先輩だった。
「林、懐かしいな、よろしく!」
先輩は何事もなかったように僕に言い、僕も忘れたかのように振る舞った。
僕らは同学年を受け持った。
先輩のクラスでいじめが起き、保護者から相談を受け、校長、教頭、同学年の担任で話し合いの場が設けられた。
先輩は「傍観している生徒も同罪です。クラス全体の問題として指導します」と言った。
どの口が言ってんだ。
僕の心はコーヒーの染み込んでいく小説のようにじわじわとくすんでいった。
僕はあの時のコーヒーまみれの小説を毎日1ページずつ破って先輩の机の引き出しに入れ始めた。
5日目の放課後、僕のクラスに先輩が来た。
机の上に僕の入れた小説5ページ分を投げ、言った。
「たった一回コーヒーかけただけだろ。しつけーんだよ」
そう言って僕に背を向けて教室から出ていった。
そう、たった一度。
その一度が僕にはとんでもない傷になった。
例えば、何度も殴られることよりも深い傷だ。
たった一言、「あの時はごめん」という言葉が聞けたなら先輩は先生になったのだ、と水に流すつもりだった。
いっそ、全てを忘れていたならまだ許せていただろう。
しかし、先輩はハッキリと自分のしたことを覚えていた。
何度にも渡る話し合いの末、いじめに遭った児童はフリースクールへ通う意向を示した。
「ここに居場所を作ってあげられなかったことは残念ですが、これからもできることはサポートしたいと思います」
職員会議で先輩が言い、教頭が「他の先生方、何かありますか」とまとめに入った。
僕は口を開いた。
「柳先生は僕の高校の先輩なんですが、本当に立派な人でした」
みんなはぽかんとしている。
「あ、部活は弓道部だったんですが、僕は的にされたことがあります。先輩が僕を的にしたことなんてありません。ただ見ていただけです、立派でしょ。あ、傍観者も同罪、でしたっけ?先輩は自分のしたことどんどん過去のことにできるから立派ですよね。その点僕は、昔のことズルズルと引きずってしまってダメですね。
あぁ、でも一度だけ、先輩が傍観者でなくなった時がありました。僕の大切な小説に先輩が意図的にコーヒーをかけたことがあったんです。やられた僕はいじめだと思ったけれど、先輩にとってはちっちゃなことでした。
そんな立派な先輩の言う通りにしていれば子どもたちは幸せになれるんですよね?
ね、皆さんそう思うんですよね?
僕はそうは思いませんが。
逃げるも逃げないも本人の自由です。でもね、いじめられた方がどうして居場所を奪われなきゃならないんですか?どっちかと言えばいじめた方の居場所こそなくなるべきでしょう。いじめっ子たちにも未来がある、まだ未熟な子どもだ、って?また加害者擁護ですか。
じゃあどうするかって?そいつら含めた子どもたちの良心に訴えかけるしかないじゃないですか。伝えるんです。そうです、ありきたりなことです。でも、それが教育です。それが無駄なことだと我々大人はやる前から思うでしょう?だって、大人にもいじめは存在するんですから。
けどね、本気でやればそれをちゃんと受け止めてくれる子だって存在しますよ。
我々が本気でないことを子どもたちは見抜いているんです。だからいじめを夢物語みたいに思うんです。傍観者が悪い、なんて口でならいくらでも言えますよ。だけどね、同じ言葉でも、本気で言ってるかどうかが問題なんです。本気の子どもを増やしましょうよ。増やさなくてどうするんですか。
大人が騒いで守ったらよけいにいじめられる?バカじゃないですか?守られた子ども、味方を得た子どもは確実に勇気をもらいますよ。1人じゃなく一緒に悩んで戦ってくれる人がいるんですから。敵を減らすんじゃない、味方を増やすんです。この世界はそんなに狭くないよって教えてやるんです。
先生は先に生きている人でしょ、先に生きている人が、大人が諦めてどうするんですか。教えることを放棄してどうするんですか。裁くんじゃない、教えるんです、根気強く。僕らは教師じゃないですか。子どもたちが自分の行く道を選べるように導くのが仕事じゃないんですか。
大切な小説にコーヒーをかけられたことをそれくらいなんだ、と言う人間になれなんて僕は子どもたちに言いたくはない!」
「…はい。えー、林先生の仰りたいことは以上でしょうか。他の先生方は大丈夫…です、ね、では、この件はこれで終わりということでよろしいですね」
先生方はかったるそうに頷いた。
先輩を始末しようと思っていた僕は考えが変わった。
この汚い大人たちをまとめて始末しよう。
あの小説に書いてあった方法で。
子どもたちの未来のために。
先輩方からのいじめのターゲットの順番が僕に回ってきた時だった。
それは裏切りだった。
その後良い先生に恵まれたおかげでそこから抜け出せた僕は教師になった。
この春僕の勤める小学校に赴任してきたのは柳先輩だった。
「林、懐かしいな、よろしく!」
先輩は何事もなかったように僕に言い、僕も忘れたかのように振る舞った。
僕らは同学年を受け持った。
先輩のクラスでいじめが起き、保護者から相談を受け、校長、教頭、同学年の担任で話し合いの場が設けられた。
先輩は「傍観している生徒も同罪です。クラス全体の問題として指導します」と言った。
どの口が言ってんだ。
僕の心はコーヒーの染み込んでいく小説のようにじわじわとくすんでいった。
僕はあの時のコーヒーまみれの小説を毎日1ページずつ破って先輩の机の引き出しに入れ始めた。
5日目の放課後、僕のクラスに先輩が来た。
机の上に僕の入れた小説5ページ分を投げ、言った。
「たった一回コーヒーかけただけだろ。しつけーんだよ」
そう言って僕に背を向けて教室から出ていった。
そう、たった一度。
その一度が僕にはとんでもない傷になった。
例えば、何度も殴られることよりも深い傷だ。
たった一言、「あの時はごめん」という言葉が聞けたなら先輩は先生になったのだ、と水に流すつもりだった。
いっそ、全てを忘れていたならまだ許せていただろう。
しかし、先輩はハッキリと自分のしたことを覚えていた。
何度にも渡る話し合いの末、いじめに遭った児童はフリースクールへ通う意向を示した。
「ここに居場所を作ってあげられなかったことは残念ですが、これからもできることはサポートしたいと思います」
職員会議で先輩が言い、教頭が「他の先生方、何かありますか」とまとめに入った。
僕は口を開いた。
「柳先生は僕の高校の先輩なんですが、本当に立派な人でした」
みんなはぽかんとしている。
「あ、部活は弓道部だったんですが、僕は的にされたことがあります。先輩が僕を的にしたことなんてありません。ただ見ていただけです、立派でしょ。あ、傍観者も同罪、でしたっけ?先輩は自分のしたことどんどん過去のことにできるから立派ですよね。その点僕は、昔のことズルズルと引きずってしまってダメですね。
あぁ、でも一度だけ、先輩が傍観者でなくなった時がありました。僕の大切な小説に先輩が意図的にコーヒーをかけたことがあったんです。やられた僕はいじめだと思ったけれど、先輩にとってはちっちゃなことでした。
そんな立派な先輩の言う通りにしていれば子どもたちは幸せになれるんですよね?
ね、皆さんそう思うんですよね?
僕はそうは思いませんが。
逃げるも逃げないも本人の自由です。でもね、いじめられた方がどうして居場所を奪われなきゃならないんですか?どっちかと言えばいじめた方の居場所こそなくなるべきでしょう。いじめっ子たちにも未来がある、まだ未熟な子どもだ、って?また加害者擁護ですか。
じゃあどうするかって?そいつら含めた子どもたちの良心に訴えかけるしかないじゃないですか。伝えるんです。そうです、ありきたりなことです。でも、それが教育です。それが無駄なことだと我々大人はやる前から思うでしょう?だって、大人にもいじめは存在するんですから。
けどね、本気でやればそれをちゃんと受け止めてくれる子だって存在しますよ。
我々が本気でないことを子どもたちは見抜いているんです。だからいじめを夢物語みたいに思うんです。傍観者が悪い、なんて口でならいくらでも言えますよ。だけどね、同じ言葉でも、本気で言ってるかどうかが問題なんです。本気の子どもを増やしましょうよ。増やさなくてどうするんですか。
大人が騒いで守ったらよけいにいじめられる?バカじゃないですか?守られた子ども、味方を得た子どもは確実に勇気をもらいますよ。1人じゃなく一緒に悩んで戦ってくれる人がいるんですから。敵を減らすんじゃない、味方を増やすんです。この世界はそんなに狭くないよって教えてやるんです。
先生は先に生きている人でしょ、先に生きている人が、大人が諦めてどうするんですか。教えることを放棄してどうするんですか。裁くんじゃない、教えるんです、根気強く。僕らは教師じゃないですか。子どもたちが自分の行く道を選べるように導くのが仕事じゃないんですか。
大切な小説にコーヒーをかけられたことをそれくらいなんだ、と言う人間になれなんて僕は子どもたちに言いたくはない!」
「…はい。えー、林先生の仰りたいことは以上でしょうか。他の先生方は大丈夫…です、ね、では、この件はこれで終わりということでよろしいですね」
先生方はかったるそうに頷いた。
先輩を始末しようと思っていた僕は考えが変わった。
この汚い大人たちをまとめて始末しよう。
あの小説に書いてあった方法で。
子どもたちの未来のために。