thifa

文字数 745文字

 視界の端で、青い色が揺れる。スポーツバッグみたいな四角いリュックと、青いリボンのキーホルダー、そしてその持ち主の後ろ姿を今日も眺めている。ひとつに結われた髪は少し癖があって、さらされた首は日に焼けていた。毎日、三駅分だけの時間。人の多い電車の中が、いっそう苦しくなるような心地になった。
 理由は、彼女のキーホルダーだ。あれは、あるYouTuberの誕生日記念グッズで、今はもう公式から入手する手段はない。誕生日前に受注生産の予約期間があったので争奪戦などない平和な世界だ。だけど、私は買っていない。アクリルスタンド、ポーチ、キーホルダー、缶バッジのセットで一万円。私ははお金がなくて、親に頼むこともできなくて、諦めた。予約期間が終了するその瞬間まで、スマホの画面を見ながらこの世を呪ったことは忘れられない。
 それを彼女は購入したのだろう。同じ高校生なのに、なんて不平等なのだろうと、怨みが募る。羨ましいのは事実だけど、恨んでいるわけではない。あのキーホルダーを引きちぎってやろうとか、盗んでやろうとも思わない。
 ただ、話をしてみたいと思った。同じものを好きな人なんて日本中、世界中にたくさんいる。私たちの人生がどこにあるのかわからなくなるほどに、世界は広い。だから、ネットで探せば語り合える友人もいるのに、現実で視界に入ると意識してしまうのはなぜだろう。彼のファンは五十万人以上いるのに、現実で出会った瞬間、運命みたいに目で追いかけてしまうのはなぜだろう。
 どこで、いつから彼を知った? どんなところが好き? あなたは、どんな表情で彼を見て、言葉を聞いているの?
 同じ質問が、毎日体内を巡っている。
 けれども、今日も電車のアナウンスと共にドアは開き、振り返ることもなく彼女は降りていった。
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